蒼天の花



 とはいったものの、岬の不穏な気配も気になるしどうにかしたいと思うのだが、現状現場を離れて行動できるほどの安全性を確保できていないので保留案件である。まぁあれもリヴァイアサンをなんとかできればおのずと収まる類のものだと・・・思うんだけど・・・下手に切り離されたらヤバイか?もやもやとしたものを抱えたまま、リヴァイアサンの咆哮が荒れ狂う海に響き渡る。その度に波打ち際から浜辺へと上がってくる魔物を、駆逐する勢いで兄さん達が剣の錆にしていく。正に刈り取る、という言葉が似合う手際で、ばっさばっさと海から這い上がっては即座に切り捨てられる様子は魔物と兄さん達のレベル差、というものを感じさせた。・・・リヴァイアサンが、それほど強くない魔物を召喚しているのだろう。この近辺に低レベルのものしかいないのか、それともかろうじて魔晶に抗うリヴァイアサンの理性の賜物か。

「なるほどなぁ」

 ここで高レベルの魔物が一体でも現れたらそれだけで戦線が崩れるだろうな、と思いながら戦況を見つめていると、低い声が怒号の飛び交う戦場で小さく聞こえる。
 掻き消えそうなその呟きに視線を向けると、兄さん達を眩しいものでも見るように目を眇めたオイゲンさんが、くっと肩を竦めて笑った。

「ようやくオレは、リヴァイアサンに直接礼ができるってわけだ」

 噛みしめるように目を伏せ、オイゲンさんは胸の前でぐっと拳を握るとだらりと下げて持っていた猟銃を不意にがしゃん、と構えた。その目は正に獲物を狙う狩人のごとく鋭く、咄嗟に私は銃声に備えて両耳を塞いだ。その直後、ガウン、とそこそこ至近距離で聞こえた銃声にびりっと振動が肌に伝う。

「坊主!ちぃっと背中がお留守だぜっ」
「あ、ありがとうございますっ」

 腹から声を出して、オイゲンさんは先ほどの感傷に浸っていた素振りを見せずに、兄さんの背後に迫っていた魔物の頭部を打ち抜いて破裂させ、のしのしと近寄るとがばぁっと音をたてて首に腕を回した。

「それはそうと、坊主、確かグランっつったな」
「え?あ、は、はい」

 突然肩を組んでぐいっと顔を近づけられた兄さんは戸惑い気味にオイゲンさんを見て、そんな兄さんの様子にオイゲンさんはカカと声をあげて笑った。
 そんなことをしている間でも、オイゲンさんは慣れた様子でくるり、と猟銃を回して迫る魔物の足元を打ち抜いて、バランスを崩して前に倒れかけた魔物の今度は首を狙って頭を飛ばした。・・・傭兵という名の通り、容赦ない銃捌きと狙いのつけようである。
 手慣れているというか狙いと動きに無駄がない。会話を仕掛けながらも、目が油断なく周囲を見張っており、何かあれはすぐに銃口が火を噴いた。

「さっきの啖呵、イカかしてたぜ?あの髭のおっさんに言ったヤツ」
「あ、あれは、カっとなって、つい・・」

 ニマニマと口元をいやらしく歪め、オイゲンさんがグラン兄さんの耳元で囁く。からかうような響きに少しばかり兄さんの頬が染まると、オイゲンさんの目は穏やかに細くしなった。

「大切なんだな、あの子のことが」
「え、えっと」
「大切だと思うなら、離れるんじゃねぇぞ。側にいるんだ・・・何があってもだ」

 そういって、兄さんの背中を1つばしんと力強く叩くと、その勢いに押されて兄さんが前に蹈鞴を踏む。目を白黒させてオイゲンさんを振り返った兄さんは、仁王立ちして構えるその姿に軽く目を見張った。私も、オイゲンさんの背後にぞろり、と現れた集団にぱちくりと瞬きをこなす。お、おぉ・・・急に人が増えたな?

「アウギュステの連中は皆何かしらこの海に・・・リヴァイアサンに恩がある」

 オイゲンさんが見つめる先は、兄さんを通り越して海に向かっていた。尊いものを見つめる目で、今は暴走し、荒れ狂うリヴァイアサンを見つめる。オイゲンさんの語りに呼応するように、彼の背後から現れた集団・・・オイゲンさんがまとめる傭兵集団か、各々の武器を掲げて岩場から飛び降り始めた。そのまま勢いを殺さず、魔物に突進していく姿はまるで闘牛のように雄々しい。

「だからオレは・・・リヴァイアサンをアウギュステにとっての災いにしたくねぇ。オレ達を見守り続けてくれた海は、最後までオレ達にとって幸いでいさせてやりてぇんだ」

 乱戦状態となった浜辺で、傭兵の1人が不意を突かれて魔物に襲われる。周囲のリカバリーは間に合わない、その刹那に、オイゲンさんは彼を庇うように銃声を響かせた。

「それは、オレのエゴかもしれねぇ。だがな、これがオレ達にできる唯一の恩返しだと、オレは思うんだ」

 言葉は、とても静かだ。張り上げるでもなく、淡々と、胸の内を吐き出すような語り口は静かで、それでいて滲み出るような愛情を感じる。それは、正しく愛だったのだろう。オイゲンさんが捧げる、深い畏敬と親愛。心の底から、リヴァイアサンを思う、掛け値なしの言葉だった。

「そうだろ?なぁ、野郎共!!」

 煽り立てるようにオイゲンさんが声を上げたら、地響きのように男達の応の声が帰る。びりっと銃声とはまた違う空気の震えにぽかんとすれば、その勢いにより乗せられたように、オイゲンさんは前を見据えて、多少呆気に取られ動きを止めている兄さんの肩をばしっと叩いた。

「いっちょぶちかましてやるさ――オレ達のリヴァイアサンを守るためになァ!!」

 怒鳴り、突っ込んでいく。一層士気をあげて、アウギュステの傭兵が・・・いや、アウギュステを愛する海の男達が、怒涛の勢いで魔物に組みついた。乱暴に剣を振り上げ、脳天に突き差し、銃口から弾丸を飛ばして手足を吹き飛ばす。逆に、魔物の反撃にあって負傷し、戦線離脱する人もいて、柔らかな砂浜に、海水とは違う赤い水滴が吸い込まれていった。
 その姿を、純粋に、恐ろしいと思う。士気をあげ、勇ましく戦う姿を勇敢だと思う気持ちも、ないわけではない。オイゲンさんの胸の内を、アウギュステに、リヴァイアサンに懸ける想いの強さも、尊いものだと、確かに感じ入る部分もあるけれど。
 修羅のごとく血肉を飛ばして、魔物だけではなく、人の手足すら飛ばして戦うような有様はあまりに凄惨で血生臭く衝撃的で・・・見知っているのに、恐ろしさに膝が震えた。
 ・・・正直、キャパオーバーなほど圧倒的な・・・それこそ星晶獣と戦うような、そんなものの方が色々なものが突き抜けていて恐ろしいという感覚が麻痺することがあるのだ。・・・いや、違うな。星晶獣そのものが、その状況を望んでいるわけではないとわかるから、どことない安心感を覚えていたのかもしれない。ティアマトも、コロッサスも、己の意思で、望んだからこそ猛威を奮ったわけではなかったから・・・私は、シンパシーを感じていたのかもしれない。まぁ、兄さん達が、血肉滴るような大怪我をあまりしてこなかった、というのもあるかもしれないが。しかし、今目の前で繰り広げられているそれは・・・かつてみた戦事のように生々しく、奥底で無理矢理押し込めていた何かを呼び覚ますようで、正直、見ていられない、と思った。込み上げてくるものを、掌をぐっと口元に押し付けて押し留める。吐きたいのは胃の中身なのか、もっと別の、どうしようもない何かなのか、私にはわからない。幸いなのは、人間同士の争いごとではない、という点だろうか。相手が異形の、意思疎通の難しいものだから、まだ、見ていられると、そう思う。―――兄さんや、ルリアちゃん達が、感激したようにアウギュステの人達の応援を受けて前線を盛り上げる姿が、ただ、遠い。

「――見慣れないか」

 低いこもった声が、不意に頭上から聞こえた。パチっと瞬きをして仰ぎ見ると、バザラガさんがマスク越しに私を見下ろし佇んでいた。気が付けば、私はどうやらバザラガさんやゼタさん達の近くで保護されているような形になっており・・・だから魔物の襲来がなかったんだな、と頭の隅で冷静に考えながらごくっと喉を鳴らして込み上げてきたものを飲み下した。やや視線を泳がせ・・・首を横に振る。

「いいえ」
「そうか」

 見慣れないわけでも、見知らぬわけでもない。知っているし、見慣れた光景だ。記憶の浅い場所、胸の奥底で。いつでも容易く、それは顔を出す。バザラガさんの声は淡々として感情がこもらず、そこに嘲りも蔑みも気遣いもなく、ただの問いのような形をしていて、だからこそ少しだけ落ち着いた。・・・急に昔を思い出したようで、動揺しただけなのだ。きっと。

「っゼタ、バザラガ!2人をみろっ」
「そんな、まさか本気で・・・?」

 そうして、少しばかり落ち着いたところで、ゼタさんとベアトリクスさんの息を呑むような声が聞こえて顔をあげる。ピリピリと肌を刺す張りつめた気配・・・荒ぶる海に反抗して、荒々しい怒れる天の声が周囲に響き渡った。感じ慣れた――力の塊が天に昇り、光を弾けさせるように神々しく、その姿を現す。

「プロトバハムート・・・」

 黒銀の鱗が、稲光を反射して艶めいて見える。兄さんとルリアちゃんが、浜辺はとりあえず大丈夫だと見越して召喚したのだろう。大元の・・・リヴァイアサンを、鎮めるために。
 暗雲が渦巻く空に、まるでその有り余る力を封じるかのように拘束された黒銀のドラゴンが、海上で猛威を奮うリヴァイアサンを見下して背中に背負う両翼を、1つ羽ばたかせた。その瞬間猛然とリヴァイアサン目がけて突進したバハムートが、リヴァイアサンの顔に爪をたてて削り取っていく。ド、ド、ドン!と海上を激しい爆発音と共に高い水飛沫があがり、同時に海面が大きくたわんでちょっとした津波のような高さを伴って浜辺に打ち寄せた。迂闊に近くにいた人達が、戻っていく波に魔物共々攫われてしまう。
 うわあれやばくね?と思ったが、周囲が救助に向かっているので大丈夫、だと思いたい。でも海の中で魔物に襲われたら一溜まりもないよな、と思わず顔を顰めたが、仰け反り長い尾をくねらせたリヴァイアサンは、攻撃されたというのにバハムートから一切視線を外していないことに気が付いた。その鋭い目が、キュウ、と僅かに眇められる。瞬間、脳裏に閃くようなものを感じて、はっと息を呑むと天空のバハムートに声を張り上げた。

「ダメっ。バハムート!!」

 突然大声をあげた私にゼタさんやベアトリクスさんの視線が寄せられたのがわかったが、それよりも口元に力を凝縮させていくバハムートに集中していて取り合っていられない。キュォォ、と空気を吸い込むように集まる力は瞬きの間に完成し、私の制止の声など遥か遠い星晶獣に届くはずもなかった。バハムートから砲撃が放たれる。よし、やったれー!とばかりにあがる歓声は、しかし瞬く間に悲鳴へと変わった。

「なっ!?攻撃を反射した?!」

 バハムートの放った砲撃が、リヴァイアサンに触れる直前何かに弾かれるように方角を変えて四方に飛び散る。そのいくつかが、浜辺や岩壁へ着弾し爆発を起こすと爆風に煽られるように体がよろめいた。と、その体を支えるようにとん。と肩に手が添えられる。大きくて冷たい鉄の感覚にそろりと視線を向ければ、爆風から身を守るように片手で顔を庇うバザラガさんの姿を認めて、なんとなく自分の肩に添えられた手に視線を落とした。
 ・・・明らかに不審者なのに、なんというか、優しいと言うか気遣いができるというか・・・こういう人がこう、絶妙に敵対組織にいたりするんだよなぁ、と思うと実に複雑である。信用はできないが、人となりは信頼に値する人物なのだろう。

「ありがとうございます」
「いや。・・・今、何が起こった」
「あの星晶獣の攻撃を、リヴァイアサンが跳ね返したように見えたけど・・・」

 バハムートの攻撃の余波で魔物も一掃されたが、同時に少なくはない負傷者や地形の変わった浜辺にぞっとしないものを感じながら、怪訝そうに呟くバザラガさんとゼタさんの会話に視線を向けて・・・いやベアトリクスさん?と頬を引き攣らせた。

「・・・あれは、放っておいていいんですか・・・?」
「んー?あーだいじょぶだいじょぶ。いつものことだから」

 堪らず声をかけると、ゼタさんは一旦ベアトリクスさんに視線を落とし、それから些細なことだと言わんばかりにパタパタと手を振った。バザラガさんは無言だが、あえて手助けもしない辺り、いつものことだという台詞は本当なのだろうと思う。
 なんで、ゼタさんは普通に立っているのに、ベアトリクスさんは倒れて頭から砂浜に突っ込んでるんだろう・・・。形の良いぷりんとしたお尻をこちらに向けて、両手をついて必死に砂から頭を引き抜こうと奮闘している姿は、こう、なんとも言えない気持ちになるね・・・。うら若き乙女が水着姿で臀部を露わに砂に埋まっているのだ。見ていられず、私はバザラガさんから離れてベアトリクスさんの肩を掴んで、よいしょっとぉ!と声をあげて砂場から頭を引っこ抜いた。

「ぷはぁっ。し、死ぬかと思った・・・!」
「大丈夫ですか?」

 砂のせいで呼吸困難な状態にあったのだろう。砂まみれになった頭と顔を真っ赤に、いやむしろ白くさせて、ベアトリクスさんが懸命に胸を上下させて酸素を取り込んでいる。
 ぜぇはぁぜぇはぁという荒い息になんとなく頭についている砂を払い落としてやりながら、この人大丈夫なのかな?といらぬ心配をしてしまう。こんなドジっ子属性で戦闘中とか危なくないんだろうか・・・。それを補って余りある戦闘能力があるということなのか。読めないな、本当に。

「あっはは。放っておいてよかったのにー」
「いや、こう、見ていて実に切ないものがあったので・・・」

 女の子が水着とはいえ尻丸出しで砂に頭突っ込んでるとか、事案ものである。笑うゼタさんに見た目がちょっと、と言葉を濁せばベアトリクスさんがうるうると目を潤ませて、ぺったりと砂場に座り込んだままうわぁんと声をあげて腰に抱きついてきた。

「あ、ありがとーーーー!!」
「え、あ、いえ。顔怪我としかしてないです?擦り傷とか、地味に痛いですよね」

 折角美人さんなのに顔面広範囲に擦過傷とかあったら勿体ない。どことなく年下、いや精神年齢を考えればゼタさんやバザラガさん、いっそオイゲンさんよりも私は年上なわけだが、なんとなくこの人放っておけないな、という気持ちで両頬を包んで覗き込めば、更に感動したようにベアトリクスさんが腹部に顔を埋めるようにして号泣した。なんかよくわからないが、多分この人そこそこ不憫な目にあってきたのではないだろうか。半分ぐらい自業自得のような気もするが・・・砂まみれでざらざらしている頭を撫でながら、困ったようにゼタさん達を振り返った。
 生温い視線が向けられているが、バザラガさんの深い溜息がこう・・・色んなものを詰め込んだような重たさだった。

「まぁベアのことはともかく、あの反射攻撃ね。なんか、薄い壁みたいなものがリヴァイアサンの前に展開されたみたいだけど・・・」
「何かに気づいていたようだが、知っているのか?」

 ぽんぽん、とベアトリクスさんの頭を宥めるように撫でながら、改めて考察に入った2人に切り替え早いな、と思いながら話をふられてうーん、と首を傾げる。いや、別に知っているわけじゃないんだが。

「リヴァイアサンが、バハムートから一切視線を外さなかったので。なんらかの対抗策があるのかな、と」

 そしてそれは、形勢逆転になり得る必殺のものに近かったのでは、と余裕を見せていた様子から思っただけなのだ。

「壁の正体は鏡みたいなものでしょうね。物理攻撃ならともかく、砲撃や魔術の類はその力を反射して跳ね返す・・・カウンター技みたいなものでしょうか」
「なるほど。それでこちらの方にもあの星晶獣の攻撃が跳ね返ってきたのか」

 お腹に顔を埋めていたベアトリクスさんが鼻の頭を真っ赤にしてずびっと鼻を啜って会話に参加してくる。できれば鼻をかんであげたいと思うが、生憎とティッシュの類を持っていないので額についている砂を親指でぐいっと拭い取った。
 視線をあげれば、攻撃を弾かれて癪に障ったのか、バハムートが更に急速に力を集めようとしたが、それがリヴァイアサンに放たれる前に、周囲の現状をみて顔を蒼褪めさせたルリアちゃんが慌ててバハムートを呼び戻した。初撃の反撃でもこれほどの被害が出たのだ。それ以上の力を跳ね返しでもされたら、ここら一体が焦土と化してしまう。英断と言えるだろう。
 そう思ってほっとしたのもつかの間、ぞわり、とバハムートとは違う巨大な力の動きを感じて、肌が一気に粟立った。

「海の様子が可笑しい・・・!」

 引き攣ったオイゲンさんの声が聞こえる。その声に反応するように海に視線を向ければ、リヴァイアサンを中心に、海が大きくたわんだのが見えた。ちかり、と何かが小さく渦巻く。それは見る見るうちに高く、大きく、勢いを増して・・・ひゅっと息を止めた。

「な、んだあれ・・・」
「あっちゃー。どでかいのが来るわねぇ」

 ベアトリクスさんの茫然とした声に重ねるように、こちらはどこか楽しげな様子でゼタさんが肩を竦める。バザラガさんは無言で海を見つめ、私はごうごうと唸りをあげて渦を巻く高い水柱に、リヴァイアサンの本気を見て取って顔から血の気を引かせた。
 リヴァイアサンの両脇に、2つの巨大な水柱が立つ。唸りと勢いを伴って、うねりながら天に向かって伸びるその大きさはそこらの街程度容易く呑み込みかねない。いや、仮に大きな首都だとしても、一瞬で飲み込まれて後に残されるのは瓦礫の山であることは想像に容易い。大津波にも似た、けれど大津波とは似て非なるほどの破壊力を秘めているだろうその青い水柱に、海面が巻き上げられてさらに大きさを増した。
 仮にあんな巨大な竜巻めいた渦に巻き込まれたら、一瞬で体が水圧やらなにやらで潰されるか引き千切られるか、呼吸もできずに溺死してお陀仏だ。そもそも海はリヴァイアサンのフィールドである――自分の優利属性をここぞとばかりに発揮して、強烈な攻撃を仕掛けようとしているのだ。魔晶の影響がそこまで浸食したのか、と愕然としている合間にも水柱は大きさを増して、不意にその成長を止めた。うねりながら天へと上り、また海へと戻っていくその水柱を見上げて、あれは海流だと悟る。とても巨大な、一つの海が、そこにはあった。不意に、成長の止まった2つの海流を見て、リヴァイアサンが翼にも似た大きなヒレを動かした。まるで、さぁ行け、とばかりにばさぁ!と羽ばたいたヒレの動きに合わせて、リヴァイアサンによって生み出された海流が音をたてて海上を走る。

「逃げろぉ!!」

 誰かの声を皮切りに、浜辺で茫然とリヴァイアサンが起こす圧倒的な現象に魅入られていた人達が、その呪縛を解かれたかのようにびくんっと体を跳ねさせて脱兎のごとく駆けだした。まろびながら駆け出し、ひいぃ、と上がる悲鳴は絶望と恐怖に染まっている。
 それだけ、圧倒的なのだ。目で見てもわかるが、本能がすでにあの現象に屈服している。抗う気持ちさえ根こそぎ奪うような力の差、というよりは、自然に人間が抗うことなど不可能だろう、とばかりの当然の事実だ。だってそこにあるのは海なのだ。海の脅威に、一体どれほどの人間が抗うことができるだろう?できることなど、それこそ耐えるか逃げるか程度で・・・しかし、今更逃げたところで何になる?
 あの攻撃の範囲は広い。巨大な海流は人の足で逃げたところで追いつかないほどの広範囲で全てを飲み込み、攫うだろう。今更逃げたところで手遅れなのだ。きっとこの浜辺もその形を変える、いやなくなってしまうのだろうな、と思いながら、仮に手段があるとすれば、と兄さんとルリアちゃんに顔を向ける。あれをどうにかできるのは、あの2人しか・・・!

「ま、こうなったらしょうがないわよねぇ」
「ゼタ」
「なによ。なんか文句でもあんの?」
「そうだぞバザラガ!このまま見捨ててはおけないだろうっ」

 焦って兄さん達に駆け寄ろうとしたところで、やけにのんびりとした話し声が聞こえて足を止める。は?と瞬きをして振り返れば、ゼタさんが十字に組み合わされた槍を肩に担ぎ、ベアトリクスさんが大剣を持ってバザラガさんを睨みつけていた。んん?何する気?この人達。
 この切迫した状況で、そこだけ日常が流れているかのような気負いのなさに困惑したように首を傾げると、溜息を零してバザラガさんがふいっと顔を逸らした。
 それにフフン、と勝ち誇ったように鼻を鳴らしたゼタさんが意気揚々と振り返り、見つめる私と視線が合うとばちん、とウインクを飛ばす。

「あたし達に任せなさいな」
「あぁ。こういう現場には慣れているからな!」
「え、でも」

 生身であれをどうにかするつもりなのか?ぎょっとして止めようとしたが、ゼタさんはカラリと笑ってぺしぺしと私の肩を叩くと、悠々と逃げ惑う人の波に逆らうように歩き出した。その後を追いかけるように行くベアトリクスさんを呆気に取られたように見送り・・・いや、待って?!

「ば、バザラガさん!止めないんですか?正直ゼタさんはともかくベアトリクスさんは非常に心配ですよ!?」

 大丈夫?!なんか失敗して大変なことにならない?そもそも生身の人間が武器1つであの強大な海流とやり合うってかなり無理じゃない?兄さんとルリアちゃんならティアマトとかコロッサスとか使って攻撃の相殺できると思うんだけど、ていうかそれをやらせるつもりだったんだけど、まさかの生身?!え?どんな自信なの?
 慌てて縋りつく私を見下ろして、バザラガさんはちら、とすでに兄さんよりも前に出てしまっているゼタさん達を見てからぼそり、と呟いた。

「あいつらに任せておけ。あれで場数は踏んでいる。ベアトリクスも・・・まぁ、大丈夫だ」
「不安!ベアトリクスさんの部分だけ不安!!いやでも、ちょ、あぁ?!」

 若干最後が心許ない気がする!!心なしかマスク越しなのにバザラガさんが視線を逸らしたような気さえする。しかし、私が1人あわあわと泡を食っている間に、ゼタさんとベアトリクスさんが武器を構えてあの巨大な海流に向かって突っ込んでしまった!

「我らが信条 示し 貫くための牙となれ!!」

 高らかな宣誓が、轟音を立てる海流に負けじと空に響く。波打ち際を蹴り上げ、高く飛びあがったゼタさんとベアトリクスさんは、武器を掲げて海流と正面衝突をした。
 ――本来ならば、2人の華奢な体はその巨大な水柱に飲み込まれ、消える運命にあっただろう。無謀ともいえる突撃に、誰もがあぁ、悲嘆に暮れた吐息を零した刹那、2人が構える武器が俄かにその輝きを増した。ぞくり、と背筋に悪寒が走る。

「アルベスの槍よ その力を示せ!!」
「エムブラスクの剣よ 因果を喰らえ!!」

 それが、切欠か。唸りを上げて剣先に力が集まったかと思ったら、彼女らが海流とぶつかる瞬間、一筋の閃光が走った。その光景は、我が目を疑うほどに壮絶な光景だった。
 ゼタさんと、ベアトリクスさんの武器の先と、水柱がぶつかった瞬間、あの圧倒的な質量と勢いを持っていた分厚い巨大な水柱に大きな風穴が開いたのだ。真っ二つに寸断するように水柱が上と下で分かれ、更に2人の剣先から渦を巻くような力の波動を感じた。それが広がり、一拍の後にパァン、と何かが弾けたように高い音が細く遠く空気を震わせて――跡形もなく、リヴァイアサンの放った巨大な海流を、掻き消した。
 風も、波も、その瞬間だけは酷く静かになったようで、しん、と静まり返った海原に驚愕に震えるオイゲンさんの引き攣った声が響く。

「あの攻撃を、打ち消しやがった、だと・・・!?」
「まじで何者なんだ・・・」

 呆気に取られたビィがごくりと生唾を飲み込み、軽やかに波間を漂う浮遊物に着地をしたゼタさん達を見つめる。・・・あ。ベアトリクスさんが海に落ちた。目測を誤ったのか、そもそも着地を考えてなかったのか。海にどぼんと落ちて、ばしゃばしゃと水飛沫をあげている姿に先ほどの光景とのあまりのギャップについていけず、ポカーンと口を開けて呆けるしかない。え、えぇ・・・?

「嘘・・・星晶獣の力も無しに、生身であれを相殺した・・・?」

 え。なんだこの人達。超やべぇ人間じゃねぇか。思わず彼女らの仲間だろうバザラガさんを見上げ、そっと距離を取った。いや、マジでヤバい。あんなものと互角に渡り合う生身の人間とか本気でヤバい。さすがにカタリナさんも兄さんも武器1つで星晶獣の必殺技めいたものは流せなかったよ?星晶獣の力を借りてなんとかしてたレベルだよ?それを、人間が、武器1つで、やってしまうだなんて・・・むしろ人間なの?星晶獣と同類だとかじゃなくて??え、この人達、人間にみせかけた星晶獣か何か?
 化け物を見る目で彼らを見ながらめっちゃ怖い、と震えていると、あれはなんだ!?と誰かが声をあげた。視線を向ければ、遠くから海面を漂い、夥しい量の瓦礫めいた残骸が岸に打ち寄せてくる。あれ、は・・・。

「ありゃあ帝国戦艦の残骸か・・!?」
「波で流されてきたのか・・・ヒデーぜこりゃあ」

 ・・・なるほど。最初にリヴァイアサンの犠牲になった沖にあった帝国の戦艦が、この激しい潮の流れで岸の方まで流れてきたのか。それにしてもまぁ、なんと見事な瓦礫の山だろう。燃料なんかも海に流出して大変なことになっているんじゃないか?あれ。海の生態系が大丈夫だろうか、と眉を潜めると、何を思い立ったのか兄さんが猛然と沖に向かって走り出した。

「グラン?!」
「あの瓦礫を使えば、リヴァイアサンに近づける!」

 呼び止めるようにカタリナさんが声を張り上げると、一度振り返った兄さんはそう言い残して、岸の方まで流れてきた戦艦の外壁だったものだろう何かに飛び移り、ぽんぽんとリヴァイアサンに向かって駆け出した。
 その軽やかな足取りを見送っていたカタリナさん達が、一度顔を見合わせるとふっと口元に笑みを浮かべる。

「相変わらず全力だなぁグランの奴」
「だが、グランの言うとおりだ。道はできた・・・ならば、行くしかあるまい?」
「全く、1人で突っ走っちゃうなんて団長の癖に猪突猛進なんだから」
「でも、これで・・・私達の思いを、リヴァイアサンに届けられます。私達が、出来ることがある――!」

 こくり、と。団員が頷き合う。

「行くぞ。我らが団長に続け!!」

 カタリナさんの号令で、弾けるようにルリアちゃん達がグラン兄さんの後に続いて沖へと飛び出した。どっちにしろ浮島のごとく浮く瓦礫の上では足場が悪いことこの上ない気がするのだが、続く道を見つけた彼らに迷いなど微塵もないのだろう。もうちょっと躊躇してくれてもいい気がするが、そんなことをしていたら生きていけないんだろうなぁ、と溜息が零れる。一瞬の躊躇いが命取りなのだと知っているのに、躊躇ってほしいだなんて私もどうしようもない人間だ。

「お前は行かないのか」
「御冗談を。あんなのに突っ込んでいくほど身の程知らずじゃないです」

 肩を竦め、馬鹿を言うなと首を横に振る。ノリと勢いで突っ込んでいくほど若くはないし、無謀でもない。武器もなければ実力もない、あとあんな足場が最悪な浮島をぽんぽんと飛び跳ねて移動できるような運動能力も持ち合わせてない私にあんな最前線に出て行けなど死ににいくようなものだ。いや、浮島を渡るだけならできるか・・?でも波も荒れてるし、ちょっと難しいな。今までの私をみてわかっているだろうに問いかけてくるバザラガさんは存外に意地が悪いのかもしれない、と思いながらそろりと息を吐いた。

「アイツら・・・なんでここまで体を張れるんだ。見ず知らずのこの島のために・・・」

 一切の戸惑いも躊躇いもなく、海を走る兄さん達にオイゲンさんが震える声で呟く。島の人から見てみれば、本当に何故、と問いかける他ないだろう。この島の出身でも、特に大きな世話になったわけでもない・・・行ってみれば行きずりの旅人が、体どころか命を張って立ち向かうのだ。お人好しも度を越した献身に、信じられないものを見る目を向けるのはしょうがない。一体どれだけの人間が、わが身を犠牲にこれほどの困難に立ち向かうというのだろう。
 茫然と兄さん達の背中を見つめるオイゲンさんに、ラカムさんが近づく。くく、と笑いを噛み殺して、ラカムさんの口元が誇らしげに歪んだ。

「おう、オイゲン。アンタ、昔オレに言ってたじゃねぇか」
「ラカム・・・?」
「心に竜骨を、ってよ」

 とん、と親指で自身の胸元を指し、にっとラカムさんが口角を持ち上げた。その言葉に、覚えがあったのだろう。大きく目を見開いたオイゲンさんを見てラカムさんはすっと親指を沖へ・・・兄さんへと、向けた。

「オレにも――オレ達にでも出来たってことさ。決して折れない・・・信念って奴が」

 それは、人の形をしてそこにある。ポート・ブリーズで似たような体験をしてきたラカムさんだからこそわかる眩しさで、憧れで。誰かのために必死になるという、一銭の得にもならないようなことを、命がけで行う馬鹿らしさを尊いものだと断じて。
 その、真っ直ぐに伸びた背筋に、眼差しに。気圧されたように息を呑んだオイゲンさんをラカムさんは見つめ、どうする?と首を傾げた。

「アンタも奴に言いたいことがあんだろ。このまま、見守ってるだけでいいのか?」

 発破をかけるように顎をしゃくったラカムさんを見つめ、オイゲンさんの肩が徐々に震える。ククク、と押し殺したような笑い声が零れると、ははははっと大声をあげて、オイゲンさんは目尻に浮かんだ涙を拭うように指を滑らした。

「あのミルクしか飲めねぇガキがこういう男に育ったか・・・おもしれぇじゃねぇか」
「う、うるせぇなっ。・・・で、どうすんだよ?」
「決まってんだろう。・・・若ぇ奴が命張ってんのにジジイが耄碌したままでどうすんよ!」
「ハッそうこなくっちゃなぁ!」

 ごつん、と互いの拳をぶつけて、2人の背中が沖へと飛び出していく。青春じみた汗臭さを感じるやり取りを眺め、私はこれは、と目を眇める。

「仲間フラグ・・・?」

 1つの島から1人参入?そういう制度かな?こて、と首を傾げると、ビリビリと海上で天に向かって咆哮をあげたリヴァイアサンの前に、急にティアマトが姿を現す。どうやら兄さんとルリアちゃんがいち早くリヴァイアサンの元に辿り着いたらしい。
 光を伴い姿を現した薄衣を纏い龍を従えた女性の姿におぉ、と声をあげてパチン、と手を打つ。そのティアマトが、風でリヴァイアサンの周囲に海水を巻き上げた。目晦ましか何かだろうか?攻撃とも思えないその行動にそう思った瞬間、今度は巻き上がった海水が、瞬時にパキパキと音をたてて白く濁る・・・いや、凍りついた。多分、イオちゃんとカタリナさんの仕業だ。生憎と遠すぎて個人の動きまで判別は中々できないが、おおよそ攻撃方法で大体わかる。
 凍りつく海水を見つめて、私は目を瞬いた。それはまるで、リヴァイアサンを閉じ込める氷柱の檻のようで・・・あっと息を呑みこむと、動きを制限するかのように囲う氷に苛ついたように、リヴァイアサンが口から衝撃波を放った。バキィン、とリヴァイアサンの顔周りにあった氷が砕けると、一直線に衝撃波が岸に向かって・・・いやこれ下手したらこっちに着弾しないか?と思ったら、寸前で何かにぶつかったように爆発した。ひえっとその爆音と衝撃にびくっと肩を跳ねさせる。あ、ら、ラカムさんかな?今の。恐らく横から奥義でもぶっ放して軌道でも逸らしたのだろうが、それにしても皆さん海の上でよく動けるな、と感心する。と、遠目に海面から走る氷の檻の上を、誰かが駆け上っていく姿が小さく見えた。・・・誰だ?目を凝らしてみると、どうやら兄さんではなくて・・・あれは・・・オイゲンさん?そこまで見えたところで、あ、と目を丸くさせる。

「その為に・・・?」

 リヴァイアサンの動きを制限したのは、攻撃のためだけではなく、彼の為に・・・?氷の上を駆けのぼり、リヴァイアサンの顔元まで上がったオイゲンさんの小さな姿を見つめて、私は肩から力を抜いてはぁ、と溜息を零した。

「無茶をするなぁ・・・本当」
「どういうつもりだ?あいつらは・・・」

 何故動きを止めている時に留めを刺さない、とばかりに疑念を浮かべるバザラガさんに、普通そうだよね、と横で小さく頷く。しかし、そもそも兄さん達と世間一般の認識は違うのだ。あれは討伐対象などではなく、ただ、リヴァイアサンを鎮め、取り戻すための行動なのだから。

「リヴァイアサンはアウギュステの守り神。古来より、神を鎮めるのは人の真摯な心、ですよ」
「神・・・?いや、あれは、ただの星晶獣だ」
「いいえ」

 そんな高尚なものではない、と籠った声を出すバザラガさんに、即座に否定を重ねる。視線の先で、オイゲンさんがリヴァイアサンに最後の一手を放った。仰け反る姿に目を細め、波間の一点が、青く光り輝く瞬間を視界に収める。

「神を神たらしめるのは、人の心。アウギュステの民は・・・リヴァイアサンを、心から愛している」

 だからこそ、あの星晶獣は守り神足りえたのだから。青く光る輝きが、魔晶に囚われていたリヴァイアサンを包み込み、じゅわり、と黒い靄を晴らしていく。険のあった顔つきが、光に包まれ黒い淀みが晴れていくと同時に柔らかに、穏やかなものへと変わって・・・安堵するように、リヴァイアサンが微笑みを浮かべた。と、同時にその姿が薄れ、吸い込まれるように光に溶け込み始めたところで――思いも寄らぬ、事態が起きた。

「なっ?」

 ルリアちゃんに向かっていただろう光が、2つに分かれて切り立った崖の先に向かって伸びていく。そこでようやく、崖の先にリヴァイアサンの光りに照らされ浮かび上がる人影を見つけ、目を凝らしてその影を見つめた。あのシルエット・・・鎧・・・黒騎士か!
 カッと目を見開いて、あいつまだここにいたのか、と奥歯を噛みしめる。とっくに艇にでも帰っていたのかと思ったのに・・・わざわざまだルリアちゃんの様子を見守る必要があると?監視か?いや、でもそれじゃぁリヴァイアサンの力が黒騎士に向かって流れていく説明がつかない。・・・あれ?いや、でも、光は、黒騎士に向かってはいない・・・?どちらかというとその横に向かって、ルリアちゃんが星晶獣を吸収するのと同じように吸い込まれていく姿が見える。しかし、やっぱり遠いし逆に光が強すぎていまいちそこに誰がいるのか、どんな人物なのかがここからでは判別できなかった。遠いんだよね、どっちも。やがて、2つに分かれた光が急速に収まると、シュゥン、と音をたててリヴァイアサンの姿も掻き消える。
 それと同時に、あれほど厚く垂れ込めていた暗雲がまるで台風でも過ぎ去ったかのような清々しさで晴れると、島に着いたばかりの時と同じ、濃い青色をした鮮やかな空が頭上に広がった。稲光も、吹きすさぶ風もない。
 まるで何事もなかったかのように、静かに凪いだ青い海と空の様子に――ほぅ、と吐息を零した。

「今回も、なんとか無事に終わったな・・・」

 沖の方では黒騎士と何やら一悶着しているようだが、浜にいる私が口出しできるはずもないので、ひとまず過ぎ去った嵐にほっと胸を撫で下ろす。被害が小さいとは言えないけれど、それでもアウギュステとしては最悪の事態は免れた。・・・こちらとしては、ちょっと見逃せない事態も起こっていたが、ひとまず。ひとまずは落着した結果に満足していなければならない。リヴァイアサンが消え、残された氷の檻がまるでオブジェのように海上に取り残された風景を眺め、私は横を見る。――こちらに背中を向け、この場から去ろうとしているバザラガさんに、声をかけた。

「守ってくださって、ありがとうございます」
「――ついでだ」

 素っ気なくそうとだけ言い残し去っていく背中を見送り、私は瞼を伏せると深い、深い溜息を吐き出した。

「報告って、どこにするつもりなんだか・・・」

 聞こえていまいと思ったのか知らないが、案外聞こえるものですよって。そうぼやいて、またなんか面倒なのに目をつけられたのかなぁ、とぺしん、と額に手を置いた。できるなら、敵に回したくはない人達である。なんたって、リヴァイアサンの攻撃を相殺するような人達なんだから。まいったなぁ、と愚痴を零して、腰に手をあててぐりっと後ろを振り返る。浮かぶ瓦礫の上をぴょんぴょんと飛んで浜に向かってくる姿を見つけて、ぐりぐりと眉間の皺を解すと、勢いよく右手をあげて横に振った。

「おーーーーい!!みんなぁーーーーー!!!」

 口の横に片手をあてて、大声を張り上げる。その声に反応して、ぶんぶんと手を振る兄さんの姿に、にこ、と笑みを浮かべた。
 まぁとにかく、無事にリヴァイアサンを鎮めてアウギュステの海を取り戻したということで・・・後始末は、またおいおいね!