蒼天の花



 翔けるようにグランサイファーが空を行く。部屋の窓から見える外は一見変わり映えのしない青い空ばかりのようで、その実雲が描く模様は多種多様だ。荒れることのない空は長く飛んでいれば退屈そのものだろうが、嵐などに見舞われたら大変どころの話ではないので、やっぱりこの退屈が愛おしいものである――なんて現実逃避はともかく。

「・・・やっぱり、真面目に対策考えた方がいいよねぇ」

 流れる雲を追いかけていた視線を外し、部屋に設えている椅子の背もたれをぎしり、と軋ませて溜息を零した。今、私達・・・グランサイファーは一悶着あったアウギュステから飛び立ち、次の目的地であるルーマシー群島とやらに向かっている最中である。
 曰くその群島はザンクティンゼルよりも辺境の・・・未開拓の島らしいのだが、なんだってまたそんなところに、と思わないでもない。まぁ黒騎士から意味深にルーマシー群島に来いと言われたから素直に向かっているわけなんだけど。いやまぁわかるよ。色々謎だし、リヴァイアサンの空図もルーマシー群島を映してたし、ルリアちゃんの事情込みで行く流れになってるのはわかる。
 黒騎士がわざわざ「来い」と言うぐらいなのだから、そこで得られる情報は事態の進展に欠かせない重要なものなのだろうといくら鈍い人間でも察するというものだ。・・・罠でないことを祈るばかりだが、アウギュステでの考察が正しければ黒騎士は故意にルリアちゃんに星晶獣の力を集めさせている節がある。まぁ黒騎士の横にいたという女の子のことも気になるが、ひとまずその点を考慮すれば恐らくルーマシー群島にも星晶獣がいることであろう。
 わざわざ黒騎士自ら情報を仄めかしたのだから、多分、島に着いたら黒騎士御自ら、そして黒騎士の横にいた少女もなんらかの接触を図ってくることは間違いない。そう、つまり、何をどう考えても予想を立てても、ほぼ確実に、戦闘行為、若しくはそれに準ずる行動をとる羽目になるだろう、ということで。そうなると、うん。そうなるとなぁ。

「艇で待機してるのも手なんだけど、1人で艇にいるのも不安なんだよなぁ」

 いやもうだって絶対全員で島に降りるでしょ?黒騎士あるいは星晶獣のところまで行くでしょ?その間艇でぼっちでいるって・・・安全なのかそうでないのか判断つけかねるんだよなぁ。もしも艇に何かあっても私じゃ対処しきれないし。仮に黒騎士の罠だとしてうっかり戦闘要員全員出払った艇を帝国に襲われでもしたら普通に詰むし。かといって兄さん達に着いて行っても確実に戦闘に巻き込まれてどっち道危険だし。そもそも艇が絶対安全なわけじゃないのが痛い。誰か1人でも残ってくれるんならまぁ、仮に魔物に襲われても平気だと思うんだけど・・・私1人じゃちょっと、うん。怖い。素直に怖い。やめて私非戦闘員。
 そうなると逆に安全なのは兄さん達に着いていくことなんだよね・・・戦闘のスペシャリストがいるわけだから、生存率は上がるはず。でも危険は危険である。こうなると何が自分にとって最善且つ安全なのか・・・思考を巡らせるが、行き着くところは結局のところ1つなのである。

「・・・対抗策が1つもないってのが、ネックなんだよね・・・」

 戦闘力、に関しては今更どうすることもできない。いや、戦えない、ことは、ない、と思う。全く戦えないわけじゃないのだが、いかんせん武器がないわけで。元より非戦闘員且つ正規料理人確保の間の臨時団員の立ち位置のつもりなんだから、戦闘行為は私の範疇外だ。つかそもそも乗り込む予定など微塵にもなかったんだから当然だが、今の所展開が早すぎる上に事情が事情すぎて正規料理人を採用する暇がない。暇がないということは私が降りる余裕もない。つまりまだしばらくはこの艇にいなくちゃならない。そうなるとどう足掻いても戦闘行為からは逃げられない。できる限り回避はするつもりだが、自分を守る術が全くないというのは問題だ。せめて自分の身を守れるだけの対策は考慮するべきだろう。堂々巡りの末、結局のところなんか対策を考えなくちゃいけないよね、という結論に落ちつく。不本意だが。非常に不本意だが、背に腹は代えられまい。しかし武器は今のところない。オイゲンさんに頼んで銃の一丁でも融通して貰うか・・・いやでも使い慣れない武器は逆に危ないよね。それにラカムさんもオイゲンさんも長銃使いで短銃を持ってないのがなぁ。火縄銃は使用経験あるけども、ああいうのは後方、距離を取って攻撃が届かないところから狙い定めて撃つものであって、遮蔽物の少ない乱戦の中でぶっ放すものじゃないんだよ。動きながら乱射してるあの2人が信じられない。護身用が欲しいのに護身にならない武器じゃ意味がない。
 私が一番馴染があるといえば刀、ないしは剣といったところだが・・・それならカタリナさんが多数所持してあるから自分のを買い揃えるまで借りれるかな、と思ったが正直、直接的な殺傷行為に繋がる武器は遠慮したい、というのが本音だ。そんなこと言ってる場合か、と言われるかもしれないが、人間を相手にするかもしれないのに刃物とか、抵抗がある。
 まだ星晶獣とか魔物なら気持ち的に折り合いもつけようというものだが、人間は、ダメだ。甘いっちょろいことを言っていることはわかっている。自分と仲間の命と他人の命など天秤にかける必要がないことも。
 だけど、だけど、私は。・・・両手を持ち上げ、自分の掌を見つめると微かに掌が震えているのがわかる。小刻みに震える手をぐっと握りしめ、顔面に拳を押し付けるように覆った。視界を塞ぐように掌の下できつく瞼を閉じ、奥歯を噛みしめて、隙間から息を吐き出すように溜息を零した。
 背負いたくない。もう何も。この手で、自分の手で、人殺しをするなんて、もう、二度と。目を閉じれば思い出す。瞼の裏に浮かび上がる。人の血のねっとりとした生臭さも、肉を断つ重たさも、罪悪感に悲鳴をあげた自分の心も何もかも。今なお囚われ続ける私に、これ以上何を背負えると言うのだろう。
 ただ現状、帝国という明確な敵の存在がある以上対人の可能性は消えてなくならない。それを思うとどうしても二の足を踏んでしまう。でも、このまま丸腰でいるわけにもいかない現状が差し迫っている。ああ・・・どうしたものか。

「・・・島に着くまでに、考えておかないと」

 そして形にしておかなければ、どの道私の命が危ない。・・・人生ままならないことが多すぎて、疲れ切った老人のごとく湿った溜息を吐き出した。





 酷く静かな、緑に沈んだ島――それが、ルーマシー群島だった。
 グランサイファーの甲板から見下ろした島の全貌は、深い緑に覆われた島、としか言いようがない未開拓の島だった。アウギュステが海を内包した青い島だというのなら、ルーマシー群島・・・その中でも主島と思われる一番大きな島は、木々に侵食された緑の島といったところか。森は広く、空から見下ろした限りでは大きな街などは見られない・・・小さな集落程度ならもしかしたらありそうだが、見下ろす限りではこんもりと盛り上がった木々の緑色をした頭しか見えず集落らしきのは見つけられない。
 そもそもルーマシー群島に来いとだけ言われて群島の中のどの島、ということも聞かされてなかったわけだが・・・。

「・・・感じます。あの島から、リヴァイアサンの気配を」

 降りる島の狙いがつけられず、仕方なく群島周辺をぐるりと回るようにグランサイファーを飛ばしていると、甲板で長い髪を揺らしていたルリアちゃんが、胸元の宝石に手を添えて何かを探っているかと思ったら、薄く目を開けてぽつりと言った。
 無難に一番面積の広い島に降りる?と検討している中、ティアマトの守りからかそういう仕様なのかわからないが、多少の風はあるものの普通に立って動き回れる程度には抑えられた風圧の中でルリアちゃんの声は不思議と耳によく届く。風に乗せられた声に一斉に視線が向く中、ルリアちゃんの右手がすっと持ちあがった。

「グラン、あの島から星晶獣の・・・・リヴァイアサンの気配を感じます」
「わかった。・・・ラカム!」
「イエッサー!」

 真っ直ぐに指差された島に視線を向け、兄さんは疑いも確認もせずに即座に頷くと舵輪の前にいるラカムさんに声を張り上げた。威勢の良い返事の後、ぐんっと軌道が曲がり進路を変えた艇がぐんぐんと島に近づく。見る見る内に大きく近づいてくる島の緑の奥深さに、はっと思わず振り返って甲板に出ている面子を見渡した。・・・カタリナさんとかラカムさん、グラン兄さんもまぁいいとして・・・イオちゃん・・・もまぁセーフか・・・オイゲンさん・・・うーんセウト?ルリアちゃん・・・アウトだな・・・。脳内で瞬時にはじき出して、私は急いで上陸の手筈を整えている兄さん達の横を通り過ぎて甲板から船内へと戻ると、自室に戻って箪笥を引っ繰り返した。
 ばたばたと必要かな、と思うものを引っ張り出し、片手に抱えてから鞄を雑に右肩に軽く引っ掛けるようにして背負い、続いて部屋から飛び出して生活用備品や食料とは別に保管している薬草や薬品の部屋に入ると、棚や壁に吊るしてある薬を見渡してえーっと、と眉を潜めた。

「虫除けスプレー、なんてもの買ってなかったな・・・ハーブでなんかいいのあったっけ・・・」

 肩に雑にかけていた鞄をテーブルの上におろし、ぶつくさと呟きながらテーブルの引き出しを開けて鍵を取り出した。それを手に持ち、壁際に設置してあるガラス戸の棚の前に立ち、鍵穴に鍵の先を押し込んでガチャリと捻り回す。
 鍵が開いたことを確認して戸を開き、中の薬品を取り出しながら、お空の世界の摩訶不思議アイテム(ポーション的な)を瓶が割れないように丁寧に保護しながら鞄に入れた。
 そのままテーブルの上のブックエンドに立てかけてあるノートを取り出して、さらさらと日付と使用した薬品名、数、使用者名を記入して元の場所に戻す。
 薬品などというのは基本的に扱い注意なものが多いし、そもそも貴重なものでもある。騎空艇に乗っている以上、加えて騎空団などという荒事も扱う仕事柄、こういったものの管理は死活問題だ。水や食料もそうだが、医薬品関係もホント気を付けないといけない。決して安いものではないし無駄遣いも安全管理も怠ってはいけないものだと思っている。
 専任の医師なり薬師なりが常駐していればまた違うんだろうけど、今の所そういう団員もいないので、ひとまずはこのやり方を続けていくしかないだろう。
 一応皆が使える救急セットとか、応急セットなんかはこことあと食堂とか皆が集まるところに置いてあるので、この部屋は今の所ただの薬品保管庫みたいなものではあるが・・・とりあえず必要になるかもしれないものを鞄に詰め込み、再び棚に鍵をかけて引き出しに鍵を戻して部屋を出る。ずっしりと詰めた荷物分重くなった鞄のショルダーベルト部分が肩に食い込むのを感じながら、食糧庫へと向かう。必要なのはハーブ類なんだが、一応食料品と水もいれておくべきかなぁ・・・。ルリアちゃんがいる限り迷子になる確率は低そうだが、なにせ外から見た限りでもかなり緑深い秘境っぽい。少しばかり逡巡し、備えておいて損はないか、と最低限詰めておくことにした。荷物は軽くするに越したことは無いのだが、まぁ、なんだ。備えあれば憂いなしともいうし。心配性と言わないで。あらゆる可能性を考慮しているだけなの。そう、これは万が一に備えているのだ!!・・・とりあえず虫除けハーブを探そう。ぶつくさと誰に聞かせるでもない言い訳を連ねつつ、食糧庫漁りに精を出した。
 あ、でもハーブは煮出して使わないと意味がなかった・・・ん?リヴァイアサン、コロッサス?え?手伝ってくれるの?いやそりゃ水と火を用意しなくていいの助かるけども。・・・・・・果たして星晶獣を生活道具扱いしていいのか、と思ったが、2人、2匹、2体?がやる気満々ならいいのかなぁ、とひとまず目を瞑ることにしよう。便利なものは神様でも使えってな!とりあえずキッチンに向かおうとした瞬間、ゴウゥン、と揺れた艇に、どうやら無事に島へと着陸したらしい、とほっと胸を撫で下ろして顔を戻した瞬間、すでにハーブを煮出した精製水が出来上がっていた。え?鍋は??・・・ほぅ。水の球を作りだしてそれにハーブ突っ込んで水球を直接火あぶりにして沸騰させたと。そしてそれをまたリヴァイアサンが冷却したと。
 水と火属性の星晶獣だからできる離れ業だね!水球を維持って精密なコントロールがいるよね!そしてそれを超いい感じに短時間で煮出す火加減もすごいコントロールだよね!!

「うっわチートっていうか超便利。マジ便利。2人ともありがとうマジ助かる大好き」

 思わず素で感心と感動と感謝の乱舞に見舞われ、輝かしい目で2体を見つめて抱きしめた。ミニマムサイズになった2体の星晶獣は満更でもない様子でふんす、と鼻を鳴らし、私は急いで鞄の中を漁って冷却されたハーブ水を詰める瓶容器を取り出してそれに詰め込みカシャカシャと振って軽く混ぜ、試しに自分にシュッと吹きかける。少々ツンとしたハーブ独自の匂いが鼻腔を刺激するが、まぁそういうものだし殊更に不愉快な匂いなわけでもないので、こんなもんか、と納得すると、ばたばたと遠くから足音が聞こえて顔をあげた。リヴァイアサンとコロッサスは足音が聞こえた時点ですぅ、と影を薄くして消えたので、恐らくルリアちゃんのところに戻ったものと思われる。

「あ!こんなところにいたのか。探したぜぇ」
「皆待ってますよ?」
「ごめんごめん。ちょっと準備してて今行くよ」

 ひょこ、と顔を出したビィとルリアちゃんに笑みを浮かべてたった今出来上がったものを服のポケットに雑にツッコミ、よいしょ、と鞄を背負い直して早く早く!と急かす2人の駆け足に続いてグランサイファーの廊下を駆け抜け、すでに降ろされているタラップからひょこ、と下を見る。スロープ型になっているタラップを駆けおりたルリアちゃんとぱたぱたと羽を動かして外に出たビィが、先に島に上陸していたグラン兄さん達の元に行くのをみて私も駆け足で艇から降りる。鬱蒼と生い茂る密林の様子を見上げていた兄さん達が、こちらに気づいてぱっと振り返った。

「もう。遅いわよっ」
「ごめーん。ルーマシー群島がこういうところだとは思わなくてさ。準備しきれてなくって」

 こつん、と杖先で地面を叩いて眉をキリっと吊り上げたイオちゃんに顔の前で両手を合わせて謝りつつ、準備ぃ?と語尾をあげたラカムさんの疑問に答えるようにへらり、と笑みを浮かべる。

「なに持ってきたんだよ」
「まぁ色々ありますけど、とりあえずルリアちゃんこっちおいでー」
「?・・はい、なんですか?」

 森に突っ込む前にやることやってないとな、というわけでひとまずカタリナさんと話しているルリアちゃんを呼び寄せると、きょとんと目を瞬かせてとことこと近づいてくる。靴こそ他島で購入したもの履いているとはいえ、その恰好は実に無防備だ。真っ白いワンピースの丈は短く、太腿の半分、よりやや上の位置に裾がきて、白くほっそりとした素足を晒し、袖もないノースリーブからは同じく白い二の腕が見えている。肘から先こそ手甲のようなもので覆われているが、それにしたってこの中で一番無防備であることは否めない。・・・こんな恰好でこんな未開拓の密林に行くとか、怪我してくれといってるようなものだよね、本当。

「はいこれ。私の服だけどとりあえず下に着てね」
「ふぇっ?」
「こんな密林にそんな素肌晒して入るなんて危ないんだから。飛び出てる枝とか、葉っぱが鋭い草花とか、中には毒持ちとか、触っただけでかぶれたりする危ないのも世の中にはあるんだよ!虫だってたくさんいるし、噛まれたり刺されたりとかしたら大変だからね、ある程度防御してないと」

 できるなら密林探索用のもっと生地の分厚い服などが望ましいが、生憎と準備ができなかったので薄手だろうとひとまず長袖長ズボンでないよりはマシ作戦で行きたい。
 ズボンはどっちかというとタイトなものを選んだし、長袖のトップスもワンピースの下に着れる程度の厚みのはずだ。幸い私とルリアちゃんの体格に大きな差はない、はず。いや腰とか脚の太さとか長さとかはあれだけど、ベルトとかでなんとかできる範囲のはずだ。うん。・・・くっそ美少女のプロポーションうらやま妬ましい。
 恰好としてはいささか不恰好だが、こんな危ない場所でお洒落になど気を遣っていられない。・・・今後も考えて、こういう場所用の服も購入を考えておかないとな、と要購入リスト(脳内)に蛍光イエローのペンで太く線を引いておく。

「はわわ!そんな、わざわざ服を貸してくれなくても、私このままで大丈夫ですよっ」
「ルリアちゃん、森を舐めちゃいけないよ。そもそも見知らぬ場所なんだから、用心するに越したことは無い!」
の言うとおりだ。ルリア、ここは好意に甘えて着替えてきた方がいい」
「その通りだな。気が回らなかった俺らが悪い。森の探索を舐めちゃいけねぇぜ」

 手渡された衣服に驚いたようにあわあわと遠慮するルリアちゃんに、カタリナさんとオイゲンさんからのフォローが入る。年長、しかも経験豊富な2人からそう言われてしまえばルリアちゃんも固辞するわけにもいかず、わかりました、と1つ頷いて、私の方を向くとにこっと満面の笑みを浮かべた。

「ありがとうございます、!」
「いえいえ。ちょっと不恰好にはなっちゃうけど、許してね?」
「ふふっ。そんなことで文句言いませんよ」

 ぎゅっと服を抱きしめて、じゃぁ着替えてきますね!と言ったルリアちゃんが艇の影に向かったところで念のため兄さん達もルリアちゃんとは逆方向に向いて貰う。
 見えないとは思うけど気分的に視線は逸らしておくものでしょう、やっぱり。

「ねぇ、それじゃ私も着替えた方がいい?」
「イオちゃんはギリセーフだと思う。幸い腕も脚も、大部分隠れてるし。まぁでもとりあえずこれだけはふっておこう」
「え?ひゃっ冷たっ」

 強制着替えになったルリアちゃんを見送ったイオちゃんが自分の恰好をぐるりと見下ろして裾をひょい、と抓んで持ち上げ問いかけてくる。正直長い裾がどっかで引っ掛けそうな気もするが、それいうならカタリナさんのマントとかもそうだし、まぁそこはもういいかなぁ、と私はとりあえずオッケーを出した。破れたら繕うよ、うん。しかし剥き出しになっている部分はあるので(ショートパンツとニーハイの隙間とか)イオちゃんの手をひょいと持ち上げてしゅっと霧吹きを吹きかけると、突然の冷たい霧吹きに甲高い声が上がる。

、なんだそれ?」
「簡易虫除けスプレー。簡単にハーブ煮出して作ったものだから、市販ほど効果はないと思うけど・・まあないよりマシでしょ」

 首を傾げてひくひくと鼻を動かすビィにカシャカシャとスプレーを振りながら答えると、ほへー、とイオちゃんとビィの口が丸く開いた。

、準備いいわね」
「この島がどういう島かもうちょっとわかってたら、もっとちゃんと準備できたんだけどねぇ」

 すまんな、全部簡易的で。頬に手をあてて軽く溜息を零しつつ、イオちゃんの両手、太腿、首筋など基本剥き出しになっている部分に霧吹きの中身を吹きかけて塗りこめながら自分にもかけて兄さんに手渡す。

「はい。とりあえず皆使って。多少は虫除けになると思うから」
「ありがとう、。本当、よくここまで気が回るね」
「そう?心配性なだけだと思うけどねぇ」
「いや、の機転は本当に助かる。場所によって備えが変わることは当然のことなのに、言われるまで気が付かないとは・・・」
「そういう細かい所に気づけるってのは重要だぜ。俺も、うっかりしてた。女の子だしなぁ、こういうところはもっと気を付けておくべきだった」
「お前、本当どこでこういう知識身に着けてくるんだよ?」

 感心したように回される虫除けスプレーを吹きかけているラカムさん達に、普通じゃね?と思いつつまぁ足りないところを補うのが仕事ですし、と無難に言い返す。皆さん戦闘特化でいらっしゃるので、私は細々としたフォローに回っているだけである。だからお願い。できるだけピンチなことにはならないで頂きたい。
 ラストにビィにシュシュッと吹きかけると、けふけふ、と咽たのでビィにはちょっときつかったかなぁこれ、と思いつつ入念に塗りこめておく。いや、だってこの子言うなれば全裸みたいなものだし・・・ドラゴンが虫に刺されたり植物でかぶれたりするのかわからないが、とりあえずやっておいて損にはならないだろう。

「皆さん、お待たせしましたー!」
「お、じゃぁやっと出発だな」
「ルリアちゃん、ウエスト大丈夫?」
「大丈夫です!ほら、ピッタリなんですよっ」
「マジか、ありがとう」
「ほぇ?」

 この明らかに細い美少女の胴回りとほぼ同じだと?ありがとう!!ぺろん、とスカートの裾を捲りあげてお腹周りを見せてくれたルリアちゃんに思わずぽろっと本音を零しつつ、彼女にも虫除けスプレーをシュシュッと吹きかけ、ひとまず準備を整え終える。
 私の服をきて、確実に不恰好になりながらも両手両足の防御力を上げたルリアちゃんがグラン兄さんに振り向くと、兄さんはうん、と頷いて、湿気を伴う緑深い森の奥をじっと見上げた。

「よし、行こう!皆」
『おう!』

 そうしてようやく、私達はルーマシー群島の奥地へと足を踏み入れたのだった。