我が道と書いて、傍迷惑と読む



「こういう場所って、何かしら罠とかありそうですよね」
「罠?」
「ないと思いたいですけどねぇ、そんな物騒なもの。まぁ、なにはともあれ、怪しいものには出来るだけ近づかないようにするのが無難ですよ」
「あぁ、わかった」

 ひたひたと暗い洞窟を歩きながら、世間話のように軽く口にする。ふとRPGゲームのようなダンジョンだと思ったのもそうだし、学園でも罠なんて割りと日常茶飯事だったものだからなんの気はなしに口から出たものだった。
 まぁ、普通そんなゲームみたいなトラップや仕掛けなんて、あるはずがないのだけれど。
 しかし用心に越したことはない。注意を促すように二人を見れば、わかっているのかいないのか、ニカッと笑顔で彼らは頷いた。主に笑ってるのはロジャーさんだったけど。いうなれば、その時点で私は悟っておくべきだったのかもしれない。
 奴に、忠告なんぞ無意味だったのだと。





 あれだ。なんだ。そうだ。私、この地下空間で一生を終えるのかもしれない。

「ロジャーさんのばかああぁぁぁぁ!!!」
「あーはっはっはっはっはっは!すっげぇなぁ!」

 洞窟内にドップラー効果のごとく声を反響させながら、全力疾走で通路をひた走る。うっかり心のままに叫んでしまったが、逆に体力を使ってしまった感が否めず、私はぐっと奥歯を噛み締めた。目尻に浮かんだ涙が走る風に横を伝う。あぁぁぁマジこの人性質悪ぃ・・・!
 レイリーさんが持っていたはずの松明すらすでにどこかに失くしてしまい、あるのはただただ真っ暗闇の通路とひた走る私達の足音。そして背後からゴロゴロゴロと地響きのような音をたてて転がり迫る――巨大鉄球(棘付き)。
 なんてベタな!しかしベタじゃんありきたりじゃんと言うなかれ。ふっつーに怖い!!!
 ただの巨大鉄球でも怖いし危険だっていうのに棘付きとか!もう明らかに殺意が滲み出過ぎてていっそ笑えるわ!笑う余裕などないけどな!!
 どうやらこの通路、下に傾斜がかかっている・・・要するに坂道になっているらしく、走っている合間にもスピードが上がっていくのがわかるが、逆に非常に危険だと眉を寄せた。
 自分の意図しない速度の底上げは得てして制御がしにくい。持て余した分が、結果的に足をもつれさせたりして怪我をする可能性が高いのだ。しかもただでさえ灯りもない暗闇の中。多少目が慣れたとはいえ、何も見えていないに等しいのだ。ぶっちゃけ自分よくまぁこけずに走れてるなって思う。どうも一本道をひたすら走ってるみたいだから、ロジャーさんとレイリーさんとはぐれていないことが不幸中の幸いだが、しかし状況を考えるとそんなことに喜んでるバヤイじゃない。
 坂道ということは、つまりボールの速度だってどんどん上がっているということだ。ボールの速度がこちらを上回るか、それとも何か回避方法でも発見して逃げきれるか・・・二つに一つ。
 残念ながら、後者はどうも希望が薄い気がしてならないんだが・・・てかその場合、ボールに追いつかれる云々の前に、自分が体力切れを起こしてぶっ倒れそうである。いやマジで。
 すでに呼吸は荒く、口の中が乾燥しきって呼吸もままならない。心臓の稼働率が半端ではなく、酸素が脳みそまで回っていないのかなんだか頭がぼぅっとしてきたような気さえした。目の前が霞んでいるかどうかは暗闇なのではっきりとしないが、すでに、私は、自分の限界を、超えている。ただ死にたくないという一心で足を動かしているだけで、しかし徐々にだがそのスピードも落ちてきている気がしていた。
 自分では一生懸命動かしているつもりなのだけれど。、後に迫る球体の地響きが、なんだか近くなっているような気がするのだ。同時に、横を走っていたと思われるロジャーさん達の気配も、遠くなっていく。思考の片隅で、あぁもう無理かもな、と諦めが過ぎった。
 死にたくない。生きていたい。こんなわけのわからないところで鉄球に押しつぶされたり串刺しにされたりなんていう惨い死に方は真っ平御免だ。
 嗚呼しかし。しかしだ。死など、努力や気力だけでどうにかなるものでも、ないのだ。
 どんなに願ったって、死にたくないと思っていたって、訪れるものは過不足なく我が身に降りかかるのだ―――諦めと自嘲が浮かんだ刹那、世界がぐるりと反転した。

「レイリー!横に飛べ!!」

 すぐ近くで、ロジャーさんの怒鳴り声が聞こえる。だが、それを認識した瞬間には私は誰かの胸に顔を押し付けられていて、走っていたはずの足は止まり体が浮いているような感覚を覚え・・・・あっと思ったときには、何かを下敷きにして横倒しに倒れていた。
 ドシャア、と地面を滑っていく音がする。衝撃に弾むと、近くをゴロゴロゴロ、と鉄球が転がっていく音がし、やがてどこかにぶつかったのかドガァン、と激しい轟音が周囲に轟いた。
 その拍子にグラグラグラ、と地面も揺れたようで振動に身を縮こまらせるとぎゅっと閉じていた目に、突然刺すような光りが差し込み無意識に更に瞼に力を篭めた。
 ドッドッドッドッ、と激しい心音がする。体全体が心臓になったみたいに、血液が凄まじい勢いで体全体を駆け回っているのかのように落ち着かない。
 ただ誰かの腕に抱かれたまま小さくなっていると、すぐ上でわぁ、と歓声染みた声があがった。

「すっげぇ・・・!」
「・・・?」

 感嘆を篭めた声音に、閉じていた目を恐る恐る開けてみる。一瞬暗闇に慣れた目では痛いほどの明かりが目を刺したが、数度瞬きをするとそれにも慣れ、クリアになった視界に私は言葉を失くした。

「・・・ここ、は・・・・」
「ロジャー、。大丈夫か?」

 どうやらあの鉄球が何かの仕掛けのスイッチになっていたのか、柱の上でも煌々と燃える松明が等間隔で並び、周囲を明るく照らしている。その中で私達とは反対側にいたらしいレイリーさんが、急ぎ足でこちらに向かってくるのを視界に納め、私はそこで初めて自分がどういう体勢でいるかを自覚した。うおお!?

「おう。平気だ。も平気か?」
「は、はい。大丈夫、です。なんとか。・・・ありがとうございます、ロジャーさん」
「これぐらいどうってことねぇよ」
「それにしても、驚いたな。まさか通路の先がこんな遺跡になっていたとは」

 そう感嘆符混じりに辺りを見渡すレイリーさんに、確かに、と頷きながらそっとロジャーさんの上から体を退かし、ぺたりと地べたに座り込んだ。
 どうやら、逃げ道のなかった一直線の通路から、広い空間に出たことに気がついたロジャーさんが私を抱えて鉄球の軌道線上から横に飛びのいたらしい。
 ロジャーさんは座り込んで後ろ手に地面に手をつき、なんとか生きてたな!と豪快に笑ってレイリーさんに話しかけている。その光景を横目で見つつ、必死で息を整えることに専念する。
 興奮気味にすっげーすっげー!と連呼しているロジャーさんを信じられないものを見る目で見やりながら、地面に両手をついてガクリと項垂れた。
 し、死ぬかと思った・・・!てか確実に自分死ぬと思ってた・・・っ。じわり、と目の奥が熱を帯びた。迫り来る鉄球への恐怖、死への畏怖、助かったことへの安堵、生き延びたことへの感謝。様々なものが渦巻いて、カタカタと細かく震える手を土ごと握り締めることでそれをなんとか押し留めながら、信じられない速度で鼓動を打つ心臓に唇を噛み締めた。
 生きている、生きている、生きている。助かったのだ。もう脅かされることはないのだ。奪われることだって何も。無事なのだ。助かったのだ。もう、大丈夫なのだ。
 握った拳を持ち上げ、口元に押し当ててきつく目を閉じる。どくどくと早鐘を刻む心臓さえ愛しい。このまだ荒い心音さえも、生きているからこそのものだと思えば何を苦に思うだろう。息苦しくても喉がどんなに痛くても、足がこれ以上ないほどの疲労を訴えていても。
 それが生きている証だというのならば、それはどんなに尊い苦痛であろう。
 泣くことを堪えるように眉をきゅっと寄せていれば、ぽん、と不意に頭に重みが加わった。閉じていた目を開ければ、さすがに汗をかいたのか、じんわりと湿った額に前髪を張り付かせたレイリーさんが、穏やかに目を細めて微笑んでいた。

「お互いよく無事だったな」
「そう、ですね・・・。死ぬかと思いました・・・」
「俺もだ。さすがに永久に走っていられる自信はないからな」
「その割りには、息、乱れてませんけど・・・」
「これでも疲れてはいるんだぞ?あそこの体力馬鹿と違って」

 そういってくい、と親指を向けた先には、なんの躊躇も無く遺跡の崩れた柱にべたべたと触っているロジャーさんがいて・・・・・って!!

「ロジャーさん!!無闇ったらに触らない!!!」
「うお!?」

 咄嗟に大声で叫ぶと、突然の大声に驚いたのか、べたべたと弄り倒していたロジャーさんが、小さく万歳、をするように両手をばっと上にあげて、硬直する。
 それにほっと安堵の息を吐いてから、とりあえずこっちに戻ってきてください、と軽く促し、大人しく戻ってきたロジャーさんを正面に座らせ、ついでにレイリーさんは斜め横に座るように言って、円陣・・というよりも三角形の形を築くように座り込んだ。そして息を整えて、正面に何故か自主正座をしているロジャーさんをきっと睨みつける。

「なんというか、私が言うのもどうかと思いますけど、ロジャーさん」
「はい」
「十歳にもならない子供じゃあるまいし、好奇心だけで怪しいものにベッタベタ触るのやめてください本気で。さっきもそのせいで死に掛けたんですよ?私こういうところは罠があるかもしれないから、怪しいものには近づかないほうがいいっていいましたよね?ロジャーさんもわかったって言いましたよね?なんで思いっきり怪しいボタン押すんですか!普通子供でも押しませんよあんなあからさまなボタン!怪しいものには無闇に触らない!近づかない!これ鉄則!わかりました?!」
「は、はい!」
「いい返事です。これからは妙なもの見つけたら私かレイリーさんに必ず言ってくださいね。勝手に触っちゃダメですからね。私もうあんな目にあうの金輪際御免ですからね!」

 そういって締めくくると、しおしおと項垂れるロジャーさん。どうやら落ち込んでいるらしいが、恐らくそう経たずに復活すると思うのであまり意識しないことにする。この手タイプは長期間落ち込むことなどそうないのだ。例えるならば三年は組。彼らのようなタイプだと思えばいい。三歩歩けば多分忘れる。
 ふふ、人間死にそうな目にあえば自己保身のためにもこれぐらいの忠告はできるものさ・・・!というか今多分私はナチュラルハイになっているのだと思われる。走りすぎて螺子が飛んだような状態だ。項垂れて麦藁帽子を見せ付けるロジャーさんを見ながらふぅ、と溜息を零せば、横からくくく、と押さえきれない笑いが耳に届いた。

「・・笑い事じゃないですよ、レイリーさん」
「いや・・・悪い。まるで親子のようだと思って・・・ハハッ。いい年した男がこんな女の子に説教されるとはな」
「私だってしたくてしたわけじゃないですよ。とりあえず、早く地上に出る道を探さないと・・・」

 もうこんなところにいたくない。誰があんなベッタベタな罠がある、恐らくあれ以外にも色々ありそうな危険地帯に長居したいと思うか。どうやら妙なツボに入ったらしく、くくく、とお腹を抱えて笑いを噛み殺しているレイリーさんはさておき、周りを囲む遺跡を見渡しながら、ひとまず休憩、と肩から力を抜いた。
 その瞬間、ぐうううう、となんていうかそりゃもうわかりやすく且つ大きな腹の虫の声が、静かな遺跡に木霊した。・・・・・・・・・・緊張感の欠片もないですね。

「腹減ったー・・・」
「あれだけ走ればそりゃ減りもするさ」
「なんか持ってないのか?レイリー」
「持ってるわけ無いだろ、馬鹿ロジャー」

 そういって、大音量で泣き叫んだお腹を抱えて、さっき私が怒ったときよりも一層泣きそうな、そうそれは悲壮といってもいい表情でめそっと眉を下げるロジャーさんは、なんていうか、本当に年の割りに幼すぎないか?と思ってしまう。
 レイリーさんはロジャーさんの訴えをすげなく返して肩を竦めると、諦めろ、とある意味今のロジャーさんにはとても酷なことをさらっと告げた。それにがくぅ、と肩を落としたロジャーさんの気の落としようといったらない。見ていて不憫に思うぐらいだ。かといって、私だってまともな食糧を持ってるわけではない。せいぜい携帯食があるぐらいで・・・それだって私一人ならまだしも、三人分の胃袋を満足させるほどの量など見込めるはずも無い。
 が、なんていうか、あんまりにも空腹を訴える姿が見ていられず、溜息混じりに背中の荷を下ろした。
 
、なんだそれ?」
「えぇ、まぁ、色々と。水と・・・携帯食糧が微量ではありますがあるので、一旦食事にしましょう。言っておきますけど、満腹とは程遠いですからね」

 多少の飢えを凌ぐ程度だと心得ておいて欲しい。食糧、といった途端に目をキラキラさせて涎を垂らし始めたロジャーさんに釘を刺しながら、さくさくと火の用意をして(幸い火種はあったし、燃えるものと言ったらそこらに木片が何故か転がっていたので、それを拝借した。転がっていた理由は深く考えたくない)小さな鍋を上に置き、竹筒から水を注ぎいれ、干し飯を浸してしばらく煮込む。正面から注がれる痛いほどの視線が居た堪れない・・・。

「変わった飯だな。どうやって作ってるんだ?」
「それは炊いたお米を一度乾燥させているんです。乾燥させると日持ちもいいですし、栄養もそれなりに取れるんで携帯食としては便利なんですよ」

 できるだけ食糧は温存しておきたい、ということで全部は使わず残しておいた干し飯を触って首を傾げているレイリーさんに応えつつ、実はこっそりと用意しておいた塩(少量。塩分は大事!)を炊いた鍋の中に入れて、鍋の蓋の上に半ばおかゆになったものをつぎ、レイリーさんに渡してから残りをロジャーさんに渡す。
 キラッキラッした目で鍋を受け取ったロジャーさんが嬉々としておかゆをかきこむのを見届けてから、私は水を一口口に含んだ。水も、節約しないとなぁ・・・。
 色々と考えなくてはいけないことが山ほどある。溜息を交えながらどうしたものか、と思っていると、おかゆを口に運んでいたレイリーさんがふと手を止めてこちらを見た。

「・・・、君の分はどうした」
「え?あぁ、私は別に。今のところ食べなくても支障はないので」

 任務中、ろくに食べれないことだってあるのだからと、少量の食事ですむように一応訓練はしてきているのだ。いや一応学園にいる間は三食きっちり食べさせてもらってますけど、授業の一環としてはしてきてるんだよ、本当に。
 多少空腹感はあるものの、耐えられないわけじゃない。一食二食抜いたところで死ぬわけじゃないし、これからもしかしたら何日もさ迷う羽目にだってあうだろうし。節約できるところで節約しておかなければ、この先酷い目にあうのは確実だ。
 なのでもう食べるものはあげられないんですよロジャーさん。言えば、しょぼーんとする彼はひとまず視界の外においておき、空になった器を受け取り軽く手拭いで汚れを拭き取る。
 水洗いができればいいんだけど・・・できるはずがないので仕方ない。
 片付けを始めれば、ずい、と鍋の蓋が差し出される。あぁ、終わりましたか。受け取ろうとすれば、蓋の上にはまだおかゆが残っており、眉宇を潜めて私はレイリーさんを見た。

「食べないと持ちませんよ?」
「それを言うなら君のほうだ。子供が大人に遠慮するもんじゃない」
「遠慮ってわけではないんですけど・・・」

 実際さほど必要ではないから食べていないだけで、そんなに気にしてもらう必要はないんだけど・・・。躊躇いつつ鍋の蓋を受け取れば、ロジャーさんが身を乗り出してきた。

「なんだなんだレイリー。いらねぇんなら俺が貰うぞ?」
「誰がやるか。これはの分だ。いいか、絶対食うんじゃねぇぞ」

 ギロ、と睨みをきかせるレイリーさんに、ロジャーさんがぶぅ、と唇を尖らせる。私は別にロジャーさんにあげてもいいんだけど、と思いつつ、折角の厚意を無碍にするのもどうかと、ありがたく頂くことにした。まぁ、お腹が減ってるには減ってはいるしね。

「・・・では、ありがたく頂きますね」
「元はの分だ、遠慮なんかしなくていい」
「いらなかったら俺がもら、・・・いてぇ!!じょ、冗談だろ、相棒!」

 ゴチン、と大層痛ましい音を出して殴られた頭を押さえて涙目でレイリーさんから距離を取るロジャーさん。その様子にレイリーさんはそれは素晴らしい笑顔でもう一発いくか?と首を傾げつつ問いかけるあたり、この人は逆らってはいけない部類の人間だと、ひっそりと視線を逸らした。顔を引き攣らせるロジャーさんの気持ちがよくわかるわぁ。笑顔が異常に綺麗な人って、腹黒い人が多いよね・・・!
 もぐもぐと口を動かしながら、所々崩れた遺跡の柱を見やり、肩を落とした。
 さーて。どうやれば地上に出られるんだろうか・・・。というか、出る気あるのかな、この人達。賑やかしく口論している二人を眺めて、ひっそりと溜息を吐いた。