海賊王に、おれはなる!



 どれほどの年月が過ぎていたのか、元はもっと別の色をしていたのだろう鍵は錆びて赤銅色に変色し、多分に湿気を孕んだ洞窟内であるがためにか、いくらかの腐敗を見せてそこにあった。
 重厚な扉を開けるための鍵穴がそれでは、鍵があったとしても無事に開くか疑わしい。
 まぁ、そもそも鍵なんて持ってないのだが。運よく誰か拾ってたりしないかな、と二人を振り返れば一様に首を横に振る。ちっ。使えない奴らめ。なぁんて内心の声は出さないけれど、下手に破壊して何か起きても怖いので、ぶっ壊すか!と拳を握ったロジャーさんはレイリーさんに任せて、私は背負っていた風呂敷を下した。

「うーんと・・・あぁ、あったあった」
「なんだそれ?」
「鍵開けの道具ですよ。幸いにも鍵は錠前ですし・・・まぁ、多分、なんとか、なるんじゃないかと・・・」

 先輩たちほど上手くいくかはわからないが、まぁやって無駄なことはないだろう。
 五寸ほどの先が丸くなった鉄の棒を鍵穴に差し込み、ガチャガチャとかき回す。まさか自分がこんなピッキングをする羽目になろうとは、なぁ・・・。学んでいる時点でいかがなものかと思うが、存外お役立ちスキルではあるのでモーマンタイ。
 感慨深く思いながら、静かにしていてくださいね、と手元を興味津々に覗き込むロジャーさんに一言注意しておきながら、ガチャリ、ガチャリ、と棒を動かしていく。うーん・・・先が引っかかっている感じはするんだけど・・・。大分古い南京錠だし・・・やっぱ先輩たちほどうまくは・・・と、お?
 カチ、と何かが回る音がし、同時に錠前がピン、と浮いて後ろからおお、と感心の声があがった。

「開いた!」
「ほう。やるもんだな」
「結構うまくいくもんですね」

 自分としてもちょっと吃驚。すげぇな!と背中をバシバシと叩いてくるロジャーさんにちょ、痛い痛い!と悲鳴をあげながら開いた錠前がキリキリと錆びた音をたてて動かし扉から外し、とりあえずそこら辺に放置しておく。
 錠前に触っていた手はすっかり錆がついて赤茶色になっており、僅かに眉を潜めて軽く手を叩いて錆を落としていると、ロジャーさんは腕をぶんぶん回しながら、よし、と気合をいれるように鼻息を荒くした。

「いくぞ、レイリー。
「あぁ」
「どうぞ」

 そんな気合をいれる必要もあるまいに。そう思いつつも、恐らくここが最終目的地であろうことは想像に難くないので、いくらかの感慨を覚えながらレイリーさん共々、ロジャーさんの声かけにこくりと頷いた。あぁ、本当に長かった。ここにくるまで一体幾つの罠を潜り抜けて(偶にロジャーさんによる死に物狂いの寄り道があったり)幾つのトラップを解除してきたことか。長く暗い洞窟をひたすら歩いて走って逃げて抱えられて・・・うぅ。よく無事にここまできた私・・・!走馬灯のごとく蘇る数々の苦難・・・もう本当苦難としか言いようの無い苦難にじんわり目頭を熱くし、そっと目尻を指先で拭う。これで、例え無駄足だったとしても地上に帰る方向に持っていけると思ったら、俄然やる気も増すというものだ。早く太陽の下に出たい・・・っ。
 ロジャーさんはにぃ、と口角を吊り上げ、がしっと扉の取っ手に手をかける。
 そうして、蝶番はやはり長い年月をかけて錆びてしまったのか、いくらかの耳障りな音をたてて、軋みとともにゆっくりと、扉の真ん中に亀裂が入るように、それは開いていった。
 パラパラと零れる錆と、ギキィィィ・・・、と不快感を覚える音が重なり潤滑のない扉は重たげにロジャーさんの手によって長い年月からきっと守っていたのだろう内部を、ようやく私たちの眼前へと差し出した。

「うっほーーー!!すっげぇーーー!!」
「こりゃ、想像以上だな」

 室内に明かりは当然ながらなく、持っていた火種を近くでまだ残っていた蝋燭につけていき、暗い室内をぼう、とオレンジ色に照らしていく。その光に反射してきらきらと輝く眩いほどの金と銀と紅、橙に青、緑に黄色。様々な色の洪水が、溢れんばかりに視界を襲い、二人の感嘆の声が木霊する。
 ざくざくと床に零れる金貨の波に飛び込み泳ぐふりをしてじたばたと手足を動かすロジャーさんに、いっそ無駄じゃないかと思えるような装飾のされた剣を持ち上げてしげしげと柄に嵌めこまれた大粒のルビーを眺め見るレイリーさん。その背中を見ながら、私は部屋を埋め尽くさんばかりに溢れる金銀財宝に、感動を覚える以前に信じられないものを見た心地でぱちぱちと瞬きを繰り返した。

「・・・・マジで」

 よもや本当にこんな絵に描いたような金銀財宝が詰まった宝物庫を見る羽目になろうとは。ロジャーさん達みたいに純粋な期待もしていなかった分、その衝撃たるや結構なものだ。どちらかというと、「財宝?あるわけないじゃん。あってももぬけの殻だよきっと」程度の非常に夢も希望もない考えだったのだ。だって、普通、こんな漫画みたいな光景、実在するとは思わない。きり丸ならばどれだけ涎を垂らして喜ぶことか・・・。なんかもう喜びがスパークしてぶっ壊れるんじゃないか、あの子。
 しかし、現にこうしてはしゃぐ彼らの足元はきらきらと輝く財宝で埋め尽くされており、私は現状を認めるほか無く、いっそ非現実的な光景にさえ思える目の前の有様に、吐息を零すと恐る恐る足元に転がる硬貨を拾い上げた。この硬貨一枚でどれだけの価値になるのだろう。恐らくは全て純金製であろうから、一枚だけでもそこそこな価値にはなるはずだ。歴史的要素も加わるなら一気に価格も跳ね上がるに違いない。

、見てみろ!変なお面!」
「・・・なんか某砂漠の王様を思わせる仮面ですねー」

 ツタンカーメン的な。黄金のマスクといったところか。黄金だけでなく、額には・・・・サファイヤらしき青い宝石に、他にも何かきらきらと輝いているのでダイヤモンドとかはめ込んでいるのかもしれない。手袋もしないで触れるにはどこか憚られる、現代ならば世界遺産レベルのものを、全く頓着しないで素手に触っている上に頭から被って遊んでいるロジャーさんが私怖い。この世界にそういう概念がないのだとしても、あまりに無頓着すぎやしないか。
 とりあえず落したらと思うと怖いので、いやにそのマスクが気に入ったのか被ったまま辺りを物色するロジャーさんから視線を外した。ていうか、重くはないのだろうか、あのマスク。

「何か良いものでもありましたか?レイリーさん」
「ん?あぁ、すごいぞ。これなんか全部ダイヤモンドでできたネックレスだ。こっちはエメラルドの指輪。しかも土台は全部黄金だ」
「贅もここに極まれり、みたいな代物ですね・・・。このダイヤ拳ぐらいの大きさがあるんですけど」

 なんか、色んな怨念とか詰まってそうで怖いわぁ・・・。こんなトラップだらけの地下空間で、守られるようにして保管されていた財宝なんて、血生臭い歴史があるに違いない。
 綺麗には綺麗ではあるのだが、何か空恐ろしさを覚えて眉を潜めるが、レイリーさんは気づかずにどこから取り出したのか大きな麻袋に、非常に無造作にそれらを押し込んでいった。おいおい。

「ちょ、レイリーさん。そういうのって傷がついちゃぐぐっと価値下がるんですからもっと丁寧に扱いましょうよ」
「ん?あぁ・・・ならこのティアラはが持つか?」
「いや私そういうの持つとかすごく怖い、って、言ってる間に何してんですか」
「よく似合ってる」

 高価なもんは持ちたくない、遠慮するが、ほぼ聞く耳を持たないままレイリーさんが私の頭の上に、真珠とプラチナ、それに薄いピンクの名前の分からない宝石(ごめん、そんなに宝石について詳しくない)があしらわれた非常に乙女チックなティアラを載せて満足そうに笑う。・・・土台とあしらわれている宝石分、なんかやけにずっしりとくる重みに俯き加減になりながら、私は溜息を吐いてそっとそれを退けた。・・・とりあえず金貨とか宝石とか詰められるだけ詰め込んどけ的なレイリーさんに渡したら商品価値が著しく下がりそうな気がしたので、仕方なくそれを手に持ちつつ、はしゃぎまくるロジャーさんに眉を潜めた。

「ロジャーさん。いつまでも遊んでないでレイリーさんみたく仕事してくださいよ。これが終わったら今度こそ地上に出る道を探すんですから」
「みろみろ!王様!」

 どーん、とどこから見つけ出したのか真っ赤なマントに頭には王冠、腰には大きな剣に、やっぱりど派手なベルトを巻いて、プチ仮装チックなことをしてるロジャーさんにがっくりと肩を落とす。人の話、全く聞いてないんですねあんた。

「全くもう・・・子供っていうか、無邪気っていうか・・・海賊王にでもなるつもりですか」
「海賊王?」

 呆れた溜息とともに、レイリーさんから袋を受け取りこの天真爛漫さ、エースさんや彼の弟を思い出す、とエースさんはともかく弟については紙面上でしか知らないが、こんな主人公だったよなぁ、と思いながら硬貨を袋に詰め込んだ。
 私が手伝う必要があるかは不明だが、これだけあればいくらかぱくってもばれないだろう。地上に出たら、何が何でもこの二人からは逃げるつもりだし。(勧誘なんて知りません!)
 資金は調達しておくに越したことは無い。物の価値がいまいちわからないのが痛いが、まぁ、なんとかなるだろう。そう考えていると、突然ロジャーさんは弾けるような歓声をあげた。

「いいな、それ!」
「はい?」

 何が?なんかいいものでも今袋にいれたっけ、と思わず袋の口を覗き込むが、別段彼の興味が惹かれるような面白いものは入っていない。はて?と首を傾げると、ロジャーさんは王様ルックのまま、金貨の波を乗り越えて私のところまでやってくると、にぃ、と大きく口角を吊り上げた。

「海賊王。いい響きだな、それ」
「は?」
「世界をひっくり返すにゃやっぱ王様ぐらいにならねぇとな!よし、決めた。海賊王に、おれはなる!」
「おいおいロジャー。海賊王っつっても、何をしたら海賊王になるんだ?」

 どこかで聞いたことある台詞、と思いながら、何時の間にか麻袋三つ分ぐらいにお宝を詰め込んでいたレイリーさんが眉を寄せるのに、ロジャーさんはうーん、と首を傾げた。

「わかんねぇ。わかんねぇけど、これだけは言える」
「なにをですか?」
「この海で一番自由な奴が、海賊の中の海賊ってことさ!」

 自由でなきゃ、海賊じゃねぇしな!と朗らかに笑うロジャーさんに、つまり一番面倒かつ厄介で人の話を聞きやしないような人間が海賊王ってことなのか、と私はちょっと虚ろな目をした。うわぁ、なんかロジャーさんにぴったりな称号っぽいですね。

「・・・・・・・・・・・ん?」

 そこまで考えて、私はふと何かに引っかかりを覚えて眉間に皺を寄せた。あれ。ロジャーで、海賊王?ん?なんかどこかで聞いたことある気が・・・・あれ。どこだっけ。
 ものすごくこう、喉に小骨が引っかかったようなひどい違和感にむむ、と眉間に皺を刻み込むと、私は思い出すように記憶の糸を引っ張り・・・・・・・・突如、ゴゴゴゴ、と揺れた地面に掴みかけた何かを手放して、勢い良く顔をあげた。

「な、なに!?」
「おい、ロジャー!お前何をした?!」
「え?ここのボタン押しただけだぞ?」

 揺れが収まるどころか、益々酷くなり正直立っていることすらきつい状況になりつつある。揺れる地面は、まるで硬い地盤であることすら忘れたようにぐにゃぐにゃと動き、さすがのレイリーさんもふらつき近くの壁に手をついてバランスを取っている。そんな中で、悪びれない顔をしたロジャーさんが指差したものに二人して視線を向け、結果。

『この、大馬鹿野郎ーーーー!!!!!』

 二人分の怒声が、ズゴゴゴゴゴ、と不吉な音を立て始めた室内に、それはそれは大きな大きな声で、響き渡った。
 マジ学習能力欠落してんじゃないの!?この人!!