哺乳網霊長目ヒト科ヒト属



 げっげっげっげ、とやっぱり微妙な気持ちにさせる鳥の鳴き声が、森の上空を駆け抜けていく。その、今まで感じたことのない慌しい気配に思わず上を見上げれば、なんていうか、マーブル?色をした(しかも紫と緑ってすげぇ配色)鳥がばさばさと翼をはためかせて飛んでいく姿を捉えることができた。今まであの奇妙な鳴き声の主をこの目に入れたことはなかったが、いれなかった方が視覚的によかったかもしれない。なんだあの不気味な鳥。
 襲われることこそなかったものの、気持ち的にあまりいい気はしなくて、そっと顔を戻すと私は無言で木の実の収穫をせっせと再開した。うん、私は何も見なかった。
 ころころと林檎サイズの木の実(色は黄色と常識的だった)を大きな葉っぱを使って作った袋に収め、これで終わり、とばかりに一つもぎ取るとごしごしと布でふき取って、がじゅり、とかぶりついた。果汁がぼたぼたと溢れるぐらい瑞々しいし、不味くはない。不味くはないんだが・・・この果物味が薄いんだよねー。
 熟してないから薄い味なのか、そもそもそういう味なのか、生憎とここで生活を余儀なくされてから一年も経ってない私に判るはずもないけれど。一年もいたいとは思わないけど、食べられるからいっかぁ、と思いつつしゃくしゃくと咀嚼していく。
 そうして見上げた空に、またしてもあの不気味な配色の鳥が鳴き声を投げながら飛び回っていた。・・・・?

「何かあったのかな・・・」

 騒がしい雰囲気にこてりと首を傾げ、果実をもう一齧り、しゃくっと咀嚼した。





 何時になく騒がしい森はざわめきと緊張感に包まれ、どことなく張り詰めた空気が辺りにピンと糸を張っている。上空では変な鳴き声の鳥や極彩色の鳥が警戒を促すようにぐるぐると旋回し、、地を走る生き物はうろうろと落ち着きなく地上を闊歩している。
 そんな中、何時になく強張った雰囲気につられるように私もまた緊張感を帯びながら、わっさわっさと収穫した果物を背負って森の中を足早に駆け抜けた。けれど、ふと何か気配を感じれば、すぐに物陰に隠れて息を潜める。元よりこのデンジャラスな森の中のデンジャラスな生き物に遭遇しないように行動するのは当たり前のことではあるが、この状況下で下手に生き物に遭遇すると常よりも遥かに危険なのである。
 森が緊張している、ということは、動物達がピリピリと神経を尖らせているということである。そんな中顔を合わせたりしちゃうと、ちょっとした刺激ですぐに爆発しかねない。
 つまり、普段は穏やかそうな生き物だって、荒くれものに早変わり、なんてこともあるのだ。そうなったらもう手に負えない。元々手に負えちゃいなかったけど、自分の身の危険、ひいては命が危ぶまれる。元々危ういのにこれ以上生存率を下げるわけにはいかないのだ。
 故に、ともすれば動物達以上に警戒しながら、森の中を一応安全地帯、と思われる自分の当面の寝床に向かって進んでいると、ふと聞こえてきた声に足を止めて首をぐるりと巡らした。

「声・・・?」

 しかも、なんだか、人の声、っぽい。目を丸くすると、反射的にその声、と思しきものが聞こえる方向に向かって、私は駆け出していた。辺りへの警戒なんぞすぽーんと抜け落ちて、嫌にドキドキと早くなる心臓に急かされるがまま、風に乗って届く声に向かってひたすらに走る。
 ああ、ああ、声、声なのだろうか。人の声。話し声。人、人なのだろうか。こんなところに人が?今の今まで集落さえ見つけられなかったというのに、ここにきて人がいるというのか!
 ドキドキと心臓が高鳴る。人かもしれない期待、人じゃないかもしれない不安、両方にぐらぐらと揺れる気持ちを押し込めて、辺りを見回し、耳を欹て、一歩一歩、着実に、近づいていく。

「・・・か!・・・ね・・・だろ!!」
「・・・・・う!・・・・よい!」

 ・・・・・・・・・あぁ!!近づくにつれ、それがはっきりと耳に届く。話し声だ。人の声だ。耳に届くのは、紛れもなく、人間のそれ!・・・・・・・・しかしなんで言い争ってる感じなんだろう?
 喜びに顔を明るくさせるも、所々聞こえてくるそれが何故か喧嘩をしているかのように物騒で、思わず首を捻るが、まぁいいか、とひとまず置いておいた。
 その人たちが喧嘩していようがいまいが関係ない。だってそこに人間がいるのだから、それ以上に今私にとって重要なことがあるだろうか?いやない!反語を駆使しつつ、ようやく人に会える!と喜びも露に(もしかして危険人物?とかは一切考えてなかった)地面から顔を出した大きな大きな根っこの上によじ登り、その根っこを伝って目的地にまで向かう。
 とことこと苔や茸の生えた根っこや枝の上を通っていくと、ぽっかりと開けた空間に出る。
 あぁ、ここは沼地だ。水というよりも泥に近いものが辺り一体を埋め尽くし、そこに潜む生き物もまた物騒なことこの上ない場所である。ていうか、ここにいる生き物って鰐みたいなのにやたら平べったくって、いやお前鰐?(夜行性)みたいな感じだったんだ。でも凶暴性は高かった。
 とりあえず縄張り意識が高いのだろうか、沼地に入ってきた足のながーーーーい不思議生物を、とりあえず攻撃してもっしゃもっしゃと食していた光景はえぐかった。
 こう、自然って厳しいのね、と思わずしんみりしちゃう余裕もなくなるほどに咀嚼光景はえぐかったんだが、疑問なのはあの平べったい体に如何にして食物が収まるのか?だ。生命の神秘は偉大である。・・・多分消化酵素とかが以上発達してるんだろう。食べた端から消化とかしてんだよきっと。多分。そうに違いない。
 とりあえずここには近づかないでおこう、と決めたのは割と昔のことであるが、さて。声の主たちは、と。

「この馬鹿エース!!さっさとそこの蔦掴めよい!!」
「うわいてそんな殴るなよマルコ!だってあれなんかひゅんひゅん動いて中々、」
「うるせぇよい!大体お前が足滑らせるからこうなったんだろい!落ちるなら一人で落ちやがれ!」
「ひでぇ!」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・沼に嵌ってるくせに元気そうだけどなんてこった!

「その蔦つかんじゃダメです!!」

 ひゅんひゅんと揺れ動く茶色い蔦を掴もうと、沼地に太腿まで埋まっている男(上半身裸とか微妙な格好・・・)に向かって咄嗟に声を張り上げる。その声に驚いたのか、ぎょっと蔦に伸ばしていた腕を引っ込めて、上半身裸の男の人と、パイナップル?みたいな頭をした男の人が勢いよくこちらを振り返り、視線を鋭く細めた。思わずその視線の迫力にびくっと肩を跳ねさせたが、きゅっと拳を握り締めて震えを隠すと、急いで木の根や、折れて風化した丸太の上をひょいひょいと飛び越えて彼らに近づいた。

「その蔦、食虫植物の蔦なんです。触ったらそのまま捕まって、食べられちゃいますよ」

 まぁ、食べられてたの虫どころかそこらの鳥とか虎?もどきとかもですけどね。ちなみに私がこれがそういうものだと知ったのは、やっぱりその現場を目撃したからである。だからこの森危険生物が多すぎると思うんだ。ほんと怖い。
 そう言いながら、上から目を丸くしてこちらを見上げる二人を見下ろすと、帽子を被った上半身裸のお兄さんが、子供・・・?とビックリしたように呟いた。
 うん、まぁ、驚くよね、普通。私もこんなジャングルに子供がいるなんて思わないもの。私の場合外見だけだけどな!まぁとにかく。そうこうしている内に太腿まで埋まっていたものがお兄さん二人の腰ぐらいまで沈んでいってることに気がついて、ここもしかして底なし沼なんだろーか?と新たな事実に疑問がわくも、それどころじゃないな、ときょろきょろと辺りを見回す。・・・とりあえずあの平べったい鰐もどきが来る前になんとか引き上げなければ。あれはどうやら夜行性のようだから、昼間は活動が鈍いみたいだけどいつまでもぎゃーぎゃー言ってたら確実にこの二人は捕食されてしまう。折角の人類をみすみす見殺しにできるかってーの!

「なんでこんなところに子供がいるんだよい・・・?」
「疑問はもっともですが、それについてはおいおい話しますのでとりあえず、えーと、・・・この蔦なら普通の蔦なんで捕まっても平気だと思いますよ」
「お、サンキュー」

 ぽつり、とパイナップル?みたいな頭をしたお兄さんが、胡散臭そうに私をねめつけるが、むしろ胡散臭いのあんたらだよ、と言いたいのをぐっと堪えて、多分大丈夫じゃね?と思われる蔦を、近くから引っ張ってきてお兄さんたちの目の前に垂らす。
 そうすると、上半身裸のお兄さんはニパ、と顔を明るくさせて、蔦をぐいぐいと引っ張って強度を確かめると、やっぱりどこか私を胡散臭そうに見上げるお兄さんに向かって、宥めるように口を開いた。

「まぁまぁマルコ。そう警戒すんなって。こうして助けてくれようとしてんだし、実際ここから出ないとどうにもならねぇぜ?」
「・・・元はと言えばお前のせいだろうがよい。・・・はぁ。わかったからさっさとあがれよい」
「おう」

 底抜けに明るく、語尾が特徴的なお兄さんとは対照的にあっけらかんと告げる上半身裸のお兄さん・・あ、背中に刺青してる。なんだあの刺青。なんのマーク?顔?人の顔、なのかな・・・いやでもなんだあの逆三日月。謎だなぁ。変と言えば変な刺青を背中にしているお兄さんにちょっと首を傾げるが、ぎしぎしと蔦を登って沼から脱出を試みるお兄さんのために場所を開けると、下半身をどろどろにしたお兄さんが、ふぅー、と息を吐いて額を手の甲で拭った。

「ふぃー。助かったー」
「全く、お前といると碌なことにならねぇよい」

 言いながら、すっかり汚れてしまった自身の下半身をみて顔を顰めたパイナップルお兄さんに、気持ち悪いだろうなぁ、と同情の視線を向けてから、こてんと首を傾げた。

「・・・水辺に案内しましょうか?」
「・・・・お願いするよい」

 いや、うん。その格好で落ち着いて話とかできないしね。あとやっぱり臭いもちょっと気になるし。伺うように恐る恐る提案すると、ちらり、と半目でこちらを見たパイナップルお兄さんは、きったねぇな!と笑ってる刺青お兄さん(上半身裸は長かった)に溜息を吐きながら、疲れたように頷いた。・・・・・・・・あぁ、この人苦労性タイプか。そして横はフリーダム、と。
 なんとなく二人の関係が見えたような気がして、私はなんとも言えない視線を二人に送ると、パイナップルお兄さんは、顔を顰めてそっぽを向いた。