一名様、ご案内!



 生憎と男の、しかもいい年した青年期の男の着替えなんぞ持っているはずがない。
 ほぼ身一つでこんな密林地帯に放置されたのだから、それも当然のことではあるが。
 自分の着替えさえこの一着しか持っていないのに、他人の服なんぞ用意できるはずがないのだ。この衣服だって、上が下着と更に上の着物との二段構成なのを駆使して、着まわしているのだ。下半身を裸にして(さすがに下着がないのは心もとなかったのでそこらの葉っぱで代用した。私は裸族か!!)過ごしたことだって何回もある。
 というわけなので、お兄さん方のズボンを洗っちゃうと必然的にすっぽんぽんになるわけで。まあさすがに、下着は、うん、穿いたままだけど・・・しかしパイナップルお兄さんはまだシャツを羽織ってるからマシだが、刺青お兄さんは上半身裸だからまじでパンツ一丁なんですけど。いや気にしないけどね、別に。素っ裸の一年忍たまを見たことあるし。せめて下隠そうよ、と思ったが10歳児の無邪気さにそこらの羞恥心はないのかもしれない。いやあれは組だからないのかもしれないけど。少なくとも彦ちゃんたちはもの凄い勢いで私のあの場から遠ざけたので、彼らは女子にあの姿を見られたくないという羞恥心はあったのだろう。あと不本意ながらふんどし一丁の先輩も見たことあるよ!変質者かと思ったよ!
 まぁ、幸いにもお兄さん方(いや、パイナップルお兄さんはすごく微妙な顔してるが)はあまり気にしてないようだから、こちらも反応する必要はあるまい、とばかりにとりあえず収穫したばかりの木の実をあげてみた。美味しくはないけど、不味くもない、微妙な味の例の果物である。笑顔で受け取ったお兄さんが一口かじって微妙な顔をしたので、味覚的にも差異はないのかもしれない、と私も果実を齧った。

「・・・なんか・・・味薄い・・・」
「あぁ、熟してないのか元よりそういう味なのかはわからないですけど、やっぱり薄いですよね」
「肉とかねぇの?」
「残念ながら、自分よりも巨大な生物を仕留められるほどの実力も道具もないので・・・」

 ここ数ヶ月、魚肉はともかく動物肉は食していませんよ。おかげで最近体重が前より軽くなった気がするんだ。強制ダイエットだよ。この年頃はもっと食べなくちゃいけないんだけどねぇ。まぁ、おかげで足音とか消しやすくはなったんだけど。苦笑を浮かべてすみません、と謝れば刺青お兄さんはいやこっちも無遠慮だった、と果物を大口を開けて齧り付いた。
 がり、むしゃむしゃ。果肉から溢れた果汁がお兄さんの手首を伝い肘の先まで到達すると、ぼたぼたと音を立てて地面に染みを作る。周りよりも少し濃い色になった地面を見つめそれよりどうやって本題に移ろうかなぁ、と模索していると、今までじっと、果物を受け取ることなく私を見ていたパイナップルお兄さんがそれよりも、と普通よりも肉厚の唇を動かした。

「なんでこんなところに、お前さんみたいな子供がいるんだよい。ここは無人島のはずなんだが、実は集落か何かがあんのかよい」
「えぇと・・・」

 じぃ、と半眼でこちらを見るお兄さんには言い知れぬ圧迫感を感じる。喉を僅かにひくつかせ、なんかどえらい警戒されてるな・・・と内心でびくびくしながら、齧りかけの果物を手の中で転がした。うぅ、刺青お兄さんはフレンドリーなのにこの人はなんでこんなに怖いの・・・!
 別に何か悪さした覚えはないのに、何故こんなにも警戒されるんだろうか、と思いながらもどう説明しようか、と頭を悩ませる。えーと、私は忍術学園という学校の生徒で、先輩が掘った落とし穴に落ちたら密林に出ちゃいました、とか言っても通じるわけない所か頭の神経を疑われるよね・・・。しかし嘘を吐いても、なんだかすぐにばれそうだ。ていうか嘘吐くにはお兄さんの雰囲気が怖すぎる。え、どうしよう。

「・・・・気、気がついたら、このジャングルに放置されて、まして」
「ほーう?こんなジャングルに?」
「はい。えぇ、もう、そりゃ、気がついたら」

 うん、嘘じゃない。嘘じゃない。気がついたらここだったんだ。穴から出たらここだったんだ。マジわけわかんねぇ。万感の思いを篭めて言い切れば、ひとまずそうかよい、と納得したようにパイナップルお兄さんは頷いた。ふぅ、と一端胸を撫で下ろせば、それで?と続きを促される。
 それで?それでって・・・。

「・・・その後はわけもわからずサバイバル生活ですけど。とりあえず生き延びることを重点に。さすがに、こんなところで餌になって死ぬのも野垂れ死ぬのも嫌なんで」
「へーすごいな。こんなところで生活なんて、大変だったろ」
「えぇ、それはもう。見たことない生き物ばっかりですし、しかもどれも凶暴だし・・何度死ぬかと思ったか」

 襲われたのも数え切れないぐらいある。そのたびに命からがら逃げだして、怪我したことだってもう両手の指では収まらないぐらいだ。幸いにも規格外にでかい生き物から、小さな生き物が逃げるのはさほど難易度の高いことではない。ちょっとそこらの木の影や草葉に身を潜めてしまえば、もうやつ等は私を見失うのだから。だから気配の殺し方とか遁術のレベルが以上に上がったんだな・・。生き残るのに、力をつける以上にそれは私にとって必要な術だったのだ。
 なんとも言えない過去のことを思い出し、疲れたように微笑めば、一瞬お兄さんの眉がぴくりと跳ね上がる。それを隠すようにしゃくりと果物を齧り、芯だけになったそれをぽい。とそこらに投げ捨てると、お兄さんは手を伸ばして私の頭をがしがしと乱暴になでた。
 それにぎょっと目を見開いて肩を大袈裟に揺らすと、そんなこちらの動揺も気にしていないかのようにわしわしと髪を掻き混ぜられる。
 ていうか力強い強い痛い痛いちょ、倒れる・・・!

「こら、エース。手加減しろよい。倒れそうになってんだろい」
「あ、わりぃわりぃ。大丈夫か?えーと・・」
「・・です。
「そっか。悪かったな。・・・俺はエース。で、こっちのパイナップルみたいな頭してんのがマルコな」
「誰がパイナップルだ!!」

 ぐしゃぐしゃになった頭にちょっとした疲労感を覚え整えつつ、呆然と見ればニカリと屈託なく刺青お兄さん、もといエースさんが笑う。そんなエースさんに心底呆れたような、それでもしょうがないな、と諦めるような、そんな暖かな目を向けてパイナップル、もとい、マルコさんは溜息を吐いた。私はそんな二人をみて仲が良いんだなぁと瞬きを繰り返す。
 あぁ、いいなぁ。友達、仲間とでもいうべきか。一人じゃないって、いいなぁ。ふと思い出すのは様々な人の顔や声で、懐かしさや言い知れぬ寂しさを感じて瞳を細めて二人を見つめる。あぁ・・・・帰りたいなぁ。ぽつりと一点の染みができたように黒ずむ部分を見ないようにそっと視線を下に下げると、よし、じゃぁそろそろ行くか!と視界にちょっと入っていたエースさんの足が動いた。・・・えぇ?!

「まだズボン乾いてませんよ?」
「そんなの着てたら乾くって。それにそろそろ戻らないとあいつらも騒ぎ出すかもしれないしな」
「あぁ・・・そういや随分陽も傾いてるな・・・仕方ねぇよい。戻るか」

 言いながら、よいしょ、と立ち上がりそこらの木の枝に引っ掛けていたズボンを取って穿きだす二人をポカンを見やり、あぁなんだ、と肩から力を抜いた。帰ってしまうのか。当たり前か、この人たちはここではない何処からやってきたようなのだから。そういえば無人島と言っていたな。やっぱりここには私以外に人はいないということなのか。そうか、そうか。・・・・この人たちには、帰る場所が、あるんだな。羨ましいという気持ちを押し隠して、私はズボンを穿く二人を所在無く眺めながらふぅん、と鼻を鳴らした。

「・・・まだ人がいるんですね。そういえば、エースさん達はこんなところに何しにきたんですか?」
「んーまぁ島があったから立ち寄ったってのもあんだけどなー」
「次の島までに食糧がもつかも危うかったからな。まぁここらで肉ぐらいは調達できそうだよい」
「え、あの巨大生物どうやって捕まえるつもりですか」

 現代の武器があるならいざ知らず、どれだけの人数か知らないが生身の人間じゃ無理だろあれは。ていうかあれ食用になるの?え、食べれるの?無理だろー、と思いつつ訝しげに見れば、簡単だろー、とエースさんは大口を開けて笑った。いや無理だろー。どんな超人だよあれを仕留めるのが簡単とか。冗談なんだろうなと思いながら笑い、まぁしばらくはこの島にいるみたいだし、できればもうちょっとお話したいなぁと思うが、引き止めるわけにもいかなくて肩から力を抜く。・・・ついてっちゃダメかなぁ。ダメだよねぇ。なんかマルコさんには警戒されてたもんなぁ。あぁでも、折角の自分以外の人間なのに。また一人にされるのが寂しくて、それでも我慢しなくてはならないんだろう、と軽く俯けば、よし、とエースさんの声が頭上から聞こえた。・・・うん?

「行くぞー
「え、何処にですか」
「俺たちの船に決まってるだろ!」

 そんな何当たり前のこと聞いてんだ見たいな顔されても!え、なに私も行っていいの?え、でもマルコさんあんまりいい顔してなかったよ?え、どうしたらいいの?え、え、え、え?と頭にクエスチョンマークを飛ばす中、マルコさんがおいエース、と止めようとしたが、エースさんはマルコさんを振り返り、ちょっと眉間に皺を寄せた。

「なんだよマルコ」
「そんな餓鬼を連れて行ってどうすんだよい」
「何言ってんだ!俺たちはこいつに助けられたんだぞ?礼をするのは当然じゃねぇか」
「まぁ、確かにそうだが・・・」
「だろ?だから、。お前もぼけっとしてないで早く立てよ」
「はぁ」

 渋るマルコさんにエースさんは構わず、対照的な二人にどうしたら?と困惑している私に向き直るときょとんとしている様子にしょうがねぇなぁ、と腕を伸ばしてきた。おいおい。

「エースさん・・・?」
「軽いなーお前。ちゃんと食べてたのか?」
「ちゃんとと言われると微妙ですけど・・・いやいやそれよりも何故に抱っこ?歩けますよ私」
「考えてみればお前歩くのが遅そうだしな。こうした方が早いだろ」
「個人的には下ろして貰いたいんですけど・・・いや真面目に」

 抱っことかそんなこの年だと割りと恥ずかしいんですけど・・・。いや楽なんだけどやっぱり気持ち的に非常に複雑だ。なんとも言えない顔で抱き上げられたままどうしたものかなーと視線をさ迷わせれば、マルコさんとばっちり目が合う。あ、そういえば、この人反対派だっけな。そうして無意識に眉を下げると、マルコさんははぁ、と溜息を吐いて「なんて目をしやがるよい・・・」と小さく呟いた。はて?

「・・・まぁ、助けられたのは事実だからな。礼ぐらいしなきゃオヤジに怒られるよい」
「な!じゃぁ行くぞー」
「え、ちょ、このまま?!」

 下ろしてくれないんですか?!ぎょっと目を見開くと、エースさんは意気揚々と、マルコさんはしょうがないなーとばかりにのんびりと足を動かし始める。私は抱き上げられたまま、エースさんの逞しい腕に座った状態で、ポカンと口を開けていた。
 まさかの展開になってしまった・・・。嬉しいけど、なんだか複雑な心境です。ていうかオヤジ?・・・この人たち似てないけど家族なんだろうか?沸々と疑問がわくも、とりあえず人類との接触継続可能なことに、知らず力の入っていた体から緊張を解いていく。あぁ。

「どんな船だろうなぁ・・・」

 あわよくば乗せて貰えないかしら、なんて。それはあまりに贅沢な願いであろうか。ぼんやりと、正午を過ぎて傾く太陽を見上げて、眩しさにそっと瞳を細めた。