乗船賃は如何程で?
喉がカラカラに渇く。ねばついた唾液をごくりと飲み込んで、やたらめったら巨大な人間を見上げた。鋭い双眸がじっと黙ってこっちを見ている。年齢分の何かを重ねた眼差しがただ無言で決断を迫っているようで、正直に内心で怯えながら、私は色々を諦めることを決意した。
「私を、この船に、乗せてくれませんか」
しん、と静まり返った船上に、きつく拳を握り締めた。向けられる視線が息を呑んだことは理解した。目の前のオヤジさんとやらも目を軽く見開いて、真意を探るように私を上から下まで眺め回す。その視線に非常に居た堪れなく思いながら小さくなると、オヤジさんはふぅん、と顎を擦った。
「・・・船に乗るって意味をわかってんのか?嬢ちゃん」
まるで試すかのような物言い。こちらの返答の一言一句聞き逃すまい、とするように尋ねるオヤジさんに小首を傾げ、普通に乗せてくれって意味以外に何があるだろうか、と思考を巡らし・・・・・・・はっと気がついた。
「いや、いやいや仲間にしてくださいって意味じゃないですよ?!えーと、なんていうか、その、海賊である皆さんにこんなことお願いするのもあれなことだとは重々承知してるんですが、それでも現状考えるとこれ以外術がないっていうか、要するに私を町とか村がある陸地まで運んでくださいっていう意味でですね?!だからその、・・・無理ならいいんですぅ!」
やめてやめて眉間に皺寄せないであんた別に優しい顔立ちじゃないんだからそうされると怖いんだって!!もしかして勘違いさせたかもしれない、と思って(いやでもそこまで深読みするかなぁ?)慌てて付け足しのように説明すると、不愉快に感じたのかなんなのか、元々迫力のある顔が一層迫力を増してひぇぇ!と震え上がる。
あぁやっぱり海賊にこんなお願いするもんじゃないな!慈善事業とかしそうにないもんな!なんのメリットもない小娘を船に乗せるとか普通しないもんな!大人しく物強請ればよかった・・・っ。
びくびくしながら、助けを求めるようにちら、とエースさんを振り返ると、突如「グララララララ!!」と大声が響き渡った。だからその笑い声なんなの。
「面白れぇ!海賊船を足代わりに使う気か!!」
「いえあの、無理というか嫌ならそれでいいんで・・・無茶言ってすみません」
怒られないならそれに越したことはないので、笑われたことにちょっとほっとしつつ、眉を下げて頭を下げる。よし、とりあえず、何か事が起こる前に陸地に帰ろう!!
交渉失敗でもなんでもいいや。食い下がろうかとも思ったが、やっぱり海賊は怖い。森に帰っても怖いものは怖いのだが、それでも、まぁ、なんだ、住めば都っていうじゃないか・・。
今まで暮らしていけたんだからなんとかなるって。きっと、多分、恐らく。・・・自信ないなぁ・・・。ちょっとしょんぼりとしつつ、今度は海賊じゃない普通の船が通りがかるのを待とう、と拳を握った。何時になるかわからないが。一生こないこもしれないが。
・・・あー。あの落とし穴にまた落ちたら戻れないかな?何度も試して結果的に無駄に終わった作業に思いを馳せつつ、エースさんに島に戻ってもいいですか?と問いかけると、彼は、え、お、と挙動不審に言葉を濁らせ、えーと、とばかりにオヤジさんに視線を向けた。
「オ、オヤジ・・」
「グララララ!そんな顔すんなエース。おい、嬢ちゃん」
「はい?」
「いいぜ。次の島、いや、人がいる島だったか。そこまで船に乗せてやらぁ」
「オヤジ!」
エースさんの困ったような、縋るような、そんななんとも言えない視線に、またしても大声で笑いつつ、オヤジさんがにぃっと口角を持ち上げる。なんだか悪人臭い笑顔だなぁと瞬きをこなしていると、本当かオヤジ!と声を弾ませて、エースさんは満面の笑みを浮かべてこちらを振り返った。
「よかったな!一緒に船に乗れるぜ!」
「・・・へっ?」
きょとーん、と喜ぶエースさんとは裏腹に上手く飲み込めなかった状況に目を丸くさせると、パチリと瞬きをしてえ、本気ですか?と問いかけようとして、
『えええええええぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!』
何重にも重なって聞こえた驚愕の大合唱に、言葉をごくりと飲み込んで首を竦めた。
ちょ、声でかい上にすごい息ピッタリだな!船が揺れるんじゃないかというぐらいの大合唱に、ポカンとしていると、マルコさんが少し慌てたようにオヤジさんに詰め寄った。
「オヤジ、本気かよい?確かにこいつはぁ俺達を助けてくれたが、それでも船に乗せるなんて・・!」
「グララララ!礼がしてぇと言ったのはこっちだ。その礼として要求してきたことに応えねぇなんて、情けないことはしねぇよ」
「しかし、オヤジ。子供に海賊船はきついんじゃないか?」
うん、まぁ、ご尤も!カイゼル髭がダンディなおじ様、格好は一体どこの騎士か皇子様?みたいな格好で正直それはどうよ?と思ったが、ここはきっと私の常識が通じないだろうから言葉にはせずに確かに、とこっくりと頷く。そもそも通るとは思わず帰る気満々だったので、要求が通ったことに未だついていけてないです。え、あれ?マジで私この船に乗れるの?ていうか乗るの?
自分で言っておきながら現実になると途端尻込みしてしまうチキンな性根に、ざわつく船上でおろおろと視線を泳がす。うん、えーと、乗せてもらえるのはありがたいけどでも自分の身が危険になるなら考え物だし、そもそもやっぱりこう、全員とは言わずともそれなりの人数には納得してもらえないと居にくいっていうか・・・。
結果的に、このままじゃ折角のオヤジさんの許可だが断る方向になりそうだな、と思っていると、ポン、と肩に誰かの手が乗り、ひぃ!?と肩を跳ねさせた。これが乱太郎たちなら口から魂が飛び出してふよふよさ迷うところである。
「まぁまぁいいじゃねーか。俺は賛成よ?こんな島に女の子一人残すのも後味悪いし」
「サッチ。だがなぁ」
「それに、海賊船だってことはこの子も承知してるだろ。これ言い出すのにも随分時間かかってたし、考えに考えた結果、出した答えなんだ。海賊船だから、なぁんてのは野暮ってもんだぜー?」
な、と言って顔を覗きこんできたのは、リーゼントのお兄さんだ。格好が白いコック服なのが違和感といえば違和感だが、確かこの人、エースさんにバケツもってこいって言われた人のような?そう思いつつ、まぁ、一応、現実目にしないことはどうとも言えないが、少なくともある程度のリスクはわかっているつもりである。海賊とサバイバル、天秤にかけて選んだ末の申し出というのも嘘じゃない。どこまで現実を理解しているのかは、本当に、わからないけれど。そう思いながら、戸惑い気味に、はぁ、と頷いた。
「そう、ですね・・・。一応、多少は、リスクについては、考えたつもりではありますが」
「うんうん。だよなー。随分考えてたもんな」
この人対応軽いなおい。それが素なのか計算なのかサッパリだが、厳しい面して話しやすい部類の人である。リーゼントとかヤンキーの兄ちゃんそのままの癖になんでこんな軽いんだ。まぁ、下手に警戒心も露にこられるとどうしていいかわからないし、これぐらいさらっとしていた方が、今は心安いというものだ。でも苦手な人種っぽい気もするなぁ、と思いつつ、肩にまわされた腕にちらちらと視線を向ける。・・・見知らぬ人とのスキンシップは苦手なんですが。
「な。この年でこれぐらいしっかり物言えるんだ。そう過敏になるこたねぇよ」
「むっ・・・」
それに、置いていくなんてことになったらそこの末っ子が暴れるぞー、なんて、ニヒヒ、と面白そうに笑うリーゼントのお兄さん。・・・・・・あ、そっか。わかった。
その新しい玩具を見つけたような、面白いこと大好き!というのがありありとわかる顔に、この人あれだ、愉快犯タイプだ、と一人納得してそれとなく肩にかかっていた手を外しにかかった。愉快犯は性質悪いよホント。自分のフォローに回ってくれているのはわかるが、それにしてもそれ以上に「面白そうだから」という理由が大部分占めていそうでなんとも言えない。肩を外せば、ちょっと目を丸くして、それからにこー、と笑ったリーゼント、いやサッチさんは何故か楽しそうに私の頭をなでた。・・これは、私が彼に対してどう思ったか、彼も理解したのではないだろうか・・・。
「サッチの言うとーり!置いていくなんて許さねぇからな!」
「エース、お前なぁ・・・」
「大体マルコ!あの島どういうところかわかってんだろ?あそこに一人置いてくっていうのかよ?」
「うっ・・。いや、けど、今まで過ごせてたんだろい?」
「今までとこれからは違うだろ!大体俺たちが助けられたのに、を助けないなんてそんなことできるかよ!」
あのままじゃ俺たち二人ともマジやばかったんだぜ?とむくれるようにして言うエースさんに、マルコさんは今度こそ反論を失って溜息を零した。項垂れて眉間に皺を寄せる姿に、申し訳なさを覚える。なんか本当すみません・・・。
「・・・・えっと、あの、私、別に乗せて貰えなくても」
「グラララララララ!!!!」
いいですよ、という言葉は、再度、今度は大きな笑い声によって掻き消された。・・・この船の人たちは、人の言葉を途中で遮るのが趣味なんですか・・・!最後まで言わせてもらえない・・項垂れると、その笑い声にピタリを言い争いが収まり注目が声の主に集まる。
「おい、馬鹿息子共。この船の船長は誰だ?」
「オヤジに決まってるだろ!」
「そうだ、この俺だ。その俺が決めたことに、グダグダ文句つけてんじゃねぇ!」
ギロリ、と周囲を睨みつけ、尚且つ口角を持ち上げるオヤジさんの迫力といったらない。無意識に息を止めるようにひっと喉を引き攣らせる。と、とんだ暴君がいる・・・!七松先輩とは別の意味の暴君がいる・・!いやいや、周囲の意見は大切ですよ!と言いたいけれど雰囲気的に言い出せるはずもなく、私は口元を引き結んで固まったまま、オヤジさんの堂々たる一喝に、正直置いてけぼり感が否めなかった。
「この嬢ちゃんはこれからこの船の客分だ!文句がある奴ぁ俺に直接言って来い!」
たった、それっぽっちの宣言だけで。周囲から、反論の声の一つも上がらないのは、どうかと思います。え、いや、マジ私乗せて貰えなくてもいいんですけど・・!?ポカン、としていると、にこやかなサッチさんと満面の笑みのエースさんが、よかったな、と囃し立ててくれた。え、あ、うん。
「・・・・・・本当に、いいんでしょうか・・・?」
「オヤジが決めたんだから、いいんだって」
「そうそう。それに、もさすがにあそこにまた戻りたくないだろ?」
まさか戻りたいの?と言われると、微妙っちゃ微妙なんですが。居た堪れない中にいるよりはマシかなぁと思わないでもないし、でも乗せてもらえるならそれはそれでありがたいし。
複雑だ、と思わず呟けば、ぽんぽん、と頭を叩かれた。
「だーいじょうぶだって。言葉ほどあいつ等も迷惑がっちゃいねぇから」
軽く言うサッチさんに、いや、それはどうかなぁ?と私はなんとも言えない顔で苦笑いを浮かべた。とりあえず、迷惑かけないように頑張ろう・・・。
なんだかちぃっとも嬉しいな!なんて気持ちは出てこずに、非常に複雑な心境のまま、私は船の乗船券をゲットした。あぁ、本当に、これでいいのだろうか?先行きの不安を抱えた私を、まるで笑い飛ばすかのように、オヤジさんの大声が再び船上に響き渡る。
「野郎共、宴だぁ!!」
『おーーーー!!!』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何故に!??