白髭さん家の掃除婦さん
「・・・お手伝い、しましょうか?」
思えばその一言から私の仕事にそれが加わり、尚且つこの船に慣れる一因にもなったのではないだろうか、とそう思う。
居場所ができることはありがたいし、ほんと微々たる手伝いしかできていなかった私には心情的に救われた部分もあれど、いかんせん酷すぎる、とも思うわけで。
総合的にみて、プラスなのかマイナスなのかいまいちわかりにくいなぁ、と鼻腔を刺激する酸っぱいような生ゴミの腐ったようなむせ返るような臭いに、ぐっと眉間に皺を寄せた。
例えば、隊長と呼ばれる人たちの部屋はすっごく広い!ってわけじゃないけど個室であるのに対して、そうでない人たちは基本的に数人固まっての団体部屋である。
そうなると、やっぱり個人の性格や性質にも寄るが部屋の整頓の良し悪しというものが出てくるわけで、ある種の偏見もあるが海賊なんてヤクザな商売している面々で几帳面さなんぞぶっちゃけないんじゃないかと思う。よく言えばおおらか。悪く言えば大雑把。
使えればよくね?着れればよくね?男所帯ならではの考えは恐らく、船員の大半が占める考えなのだろう。この船に乗船してかれこれ数週間経過した現在、海賊船だのぎゃあぎゃあ言ってた頃が懐かしく思うぐらいには慣れてきた中、最早腐海と化している一室の前で私は物体Xと成り果てている物をゴミ袋に回収し、なんだかなぁ、と溜息を零した。
「一週間前ぐらいに掃除したと思うんですけど・・・」
「いやーはっはっはっはっは!」
「一週間もあればこうなるだろ!」
「そうだそうだー!掃除なんて邪道だー!」
汚くても死なないぞー!と囃し立てるクルーに、じゃぁやりませんよ、と言えば即座に掌を返された。さすがに悪臭には耐えかねているらしい。その中掃除している私はなんなんだろうか、と思いつつ、ぐしゃぐしゃになった何かの雑誌を拾い上げる。
扱いがとても雑だなぁ、と思いながら折れて曲がっている雑誌の中を見れば、まぁ想像に違わないいかがわしいそれである。ぼんっきゅっぼーんなお姉さんの裸体が惜しげもなく晒されているそれを、背後を振り返って同じく片付けている限りある常識人(今回ヘルプを求めてきた人)に問いかけた。
「これはいりますか?廃棄ですか?」
「あー?それはー・・・・・・・・・バズゥ!!おま、あれほどこういうもんはが来る前に隠しておけと!」
「いやーはっはっはっはっは!いいじゃねぇか!減るものでもなし!あとそれは飽きたから捨ててもいいぜ」
「そうですか。じゃぁ捨てますよー」
いらないものは即行捨ててしまえ!ということでぽいっと燃えるゴミの中に放り込む。極普通になんでもないことのように対応する私に限りある常識人がお前等のせいで毒されてる!!と嘆いていたが、元よりこんなもんだ私は。しかし見た目10歳児がエロ本片手に淡々と作業する姿は確かに嘆きたくなる構図なのかもしれないな。内容がわかっているわかってないに関わらず、真っ当な神経ならなんとなく居た堪れなくなること請け合いだ。
しかもそれが女の子だなんて、そりゃ嘆きたくもなるだろう。でもすごく今更。初っ端からこの部屋こんなだった。
「やっと床が見えましたねー」
「おぉ。見違えるようだな!」
ゴミの分別しただけなのが、それだけで見違えるようだ。つまりゴミさえちゃんと捨てていれば十分部屋として機能するはずなのだ。日頃の怠慢がよくわかる。ちなみに悪臭を放つ衣類などはまとめて洗濯行きである。ついでに今彼らが着ているものも色々酷い有様なので全部脱いでもらって洗濯行きだ。故に実はパンツ一丁で部屋の掃除をしているのであるが、絵面がすごくシュールなことになっていた。むさくるしい上に気持ち悪い。
そんな格好にさせた張本人が自分なのだが、まぁそれはそれとして。おっさんの裸体見てもなんの特にもなりゃしない。生憎と筋肉フェチでもオヤジ好きでもなんでもないのだし、男の裸体できゃーきゃー悲鳴あげるようなそんな若い女の子でもないし。
見た目だけでいうならそれこそ親子ほど違いがある人もいるわけで、そんな相手に何を思うことがあるだろう。よく父親ってパンツ一丁で家の中歩き回ってるよね。
感覚的にはそれと似たようなことを覚えつつ、次は箒がけかしら、とゴミ袋を脇に避けると、入り口の方から呆れ混じりの声が聞こえた。
「またお前等はなんて格好してんだよい。気持ち悪い」
「あ、マルコ隊長!」
振り返れば、入り口から入る光を背にして、やや逆光で翳った顔で呆れたように半目になったマルコさんの姿が眼に入る。クルーがいきなりの隊長出現にいささか驚き目を丸くしていると、部屋の中を見回してマルコさんはじとり、とクルーをねめつけた。
「この前も同じことしてなかったかよい、お前等」
「あははははは」
「いやいやそんなまさか!」
「ちっとは自分で小まめに掃除しろい。ったく」
比較的に綺麗好きに部類されるマルコさんは、部屋の惨状に不快感を表しつつ、笑って誤魔化す気満々のクルーに溜息をつくと、がしがしと頭を掻いた。まぁ綺麗好きとはいっても、この人の部屋は最低限のものしかないというか、生活感が乏しいっていうか・・・仕事場って感じであって部屋って感じしないんだよね。あるいは寝て起きるだけの場所みたいな。
ある意味で、この部屋のような生活感がないといってもいいかもしれない。その代わり、本やら書類やらで雑多な印象は受けるけれど。少なくとも物体Xなどというものはないのだから、ここよりもマシな環境であることは確かだ。それはともかくとして。
「誰かに用事ですか?マルコさん」
「んん?あぁ、忘れるところだったよい。、エースが呼んでたぞ」
「エースさんが?」
私を?はて、それはまた何故だろうか。わざわざクルーの部屋を覗きに来るなんてあまりしそうにないマルコさんの来訪に首を捻れば、その解答にまたしても首を捻る。
口元を覆っていたマスクを外して理由を問えば、なんか必死に探してたよい、といわれてはぁ、と曖昧に返事を返す。・・・・何があったのだろうか?
「・・・まぁ、とりあえず、この部屋がもう一段落ついたら向かいますとエースさんにお伝えお願いできますか?」
「後は他の奴らでもできるだろい?」
「いや、放っておくと結局このままでいっかなーみたいなノリに向かいそうなんで・・・」
足の踏み場できたしいいんじゃね?みたいなノリにね、なりそうで。ぼそりと言うと、一斉に部屋の人間が顔を逸らした。図星かこの野郎。思わずじと目になる私に、大して上手くもない口笛がぴーぷー吹かれて、呆れとも諦めともつかない溜息を零す。
その私の様子に、そこはかとないマルコさんの申し訳なさそうな視線を向けられたが彼は肩を竦めるとしょうがない、と腕を組んだ。
「一段落したらエースのところに行ってやってくれよい」
「はい、わかりました。すみません、お手を煩わせて」
「それをいうならこっちの方だ。うちのクルーが面倒かけるよい」
子供になに部屋片付けさせてんだ、という冷たい視線も、汚部屋の主たちは視線を逸らすことで対抗する。いやまぁ、仕事があるならそれはそれでありがたいのでいいんですけどね。大して苦でも・・・いや悪臭はすごい苦行なんだけども。
微苦笑を浮かべながらとりあえず一通り終わったら、との話でその場を凌ぐと、再びマスクを装着して箒を木目に沿って動かし始めた。そうしたら舞うわ舞うわ埃の山。マスクグッジョブというぐらいの埃だ。
「一週間でなんでこんなに埃が溜まるのか、不思議でなりません」
「グランドラインだからな!」
全部それですむと思わんでくださいよあんたら。全く悪びれない様子に溜息を吐きつつ、この後はゴミを捨てにいって、それから洗濯物を洗濯機(手動。船大工さん頑張りました!)に放り込んで、と行動を黙々と決めていく。というか部屋の片付けさえ終わってしまえばあとは彼らに任せても平気だろう。洗濯物ぐらい洗い場に持っていけばあとは力仕事が待っているのだし。手動の洗濯機はやはり全自動とは異なり酷く重労働だ。
あれマジ大変だよねぇ。手洗いも大変だが、手動も大変だ。全自動洗濯機、いつかできないものか、と思いつつ、ばっさばっさと箒を動かした。