平和とは、つまり日常である。



 馬鹿みたいにズタボロの衣服は例え気に入りのものであろうと問答無用でゴミ袋に直行だ。あぁでも勿体無いから使えるものは洗って縫い直して雑巾とかランチョンマットとかに仕立て上げるのでもいい。それすら叶わないようなものは迷いなくゴミ袋に放り込んで、使えそうなものは脇に退ける。修復がきくものはリサイクル品とは別に小分けして、簡単に畳むとそっと重ねて、次に折り重なる布の山から引っ張り出したものについている黒い染みにぴくっと眉を動かして首を傾げる。これはあれだろうか。血染みって奴なんだろうか。
 点々と残る染みにちょっと怖い気もしつつ、これって刺繍とかワッペンとかなんかそんなので隠せるかなぁ、と漠然と考えてとりあえず保留のところにぽいと放り投げた。
 落ちそうな汚れのついた服は盥に放り込んで、ある程度溜まったら近くのクルーに頼んで洗濯場に持っていってもらう。えっさ、ほいさ、とこの事業仕分け、じゃなかった衣装仕分けの手伝いに借り出された五番だったか六番だったか、とりあえずどこかの隊の一般クルーは重たいものをそれほど苦でもなさそうに持ち運んでいく。それにあの筋肉はやっぱり見かけではないんだなぁ、と感心しながら、山の中からまた服を引っ張り出してはくるくると回して状態を確認して、特に問題なしと判断して綺麗に折りたたんだ。
 さすがに誰の服かなんてものはわからないから分けることはできないけれど、畳んであるものの上に重ねるようにして置くと、ちょっと重ねすぎたのかぐらりと傾いた。あ、と慌てて手を差し伸べれば、その上から別の大きな手が傾いた洗濯物を押さえて崩れるのを防いだ。
 ほっとしつつ腕の長さを追いかけるように視線を上に向けていけば、カイゼル髭の麗しい英国、紳士・・・?風な人が穏やかに笑っているのが視界に入る。

「ビスタさん」
「これは分けたほうがよさそうだな」
「あ、はい。そうですね、半分ぐらいに分けておいて貰えれば」

 名前を呼べば、若干の苦笑とともに重なり合ってバランスを崩した洗濯物を二つの山に分けてビスタさんが床に置く。そうするとさほど高さのなくなったそれはなんなくバランスを取り戻し、私はその上にさらに畳んだ一枚をぽんと乗せた。

「どうしたんですか?マルコさん達ならあちらですよ」

 わざわざこんな隅っこの一角で、もそもそ衣装仕分けしているところにこなくとも、同じような作業をしている仲のよさそうな面子はほかにもいる。エースさん達は性質が性質なのでちょっとばかしこの作業から追い出されているが、マルコさんやハルタさん、そして見かけによらず繊細なジョズさんなどは、黙々と衣装仕分けに精を出している。
 ちらり、と、こんな作業場に激しくつりあわない面子を見やれば、ビスタさんは笑いながら横に腰を下ろした。

「なに、野郎の手伝いをするよりも、可愛い女の子の手伝いの方がやる気も出るというものだろう」
「ナースさん達はいませんものねぇ」
「まぁナースがこんなことをしている姿も想像しにくいが。・・・これはどこに分類するものだ?」
「染みが酷いですね。解れも・・・廃棄処分のところに入れてください」

 それはもうどうにもならんな。あっさり判定を下すと、ふむ、と頷きながらビスタさんがゴミ袋に服を放り込む。大きな手が無造作に扱う様を眺めながら、だがこの状況の発端はナースさん達だよねぇ、と数時間前のことを思い描いた。・・いや、まぁ、多分クルーの自業自得だとは思うけど。

「あれですねぇ。いくら海の上が大半の生活基盤で海賊で男ばっかりだからって、一週間洗ってない服着てるのはダメですよねぇ」
「いや・・まぁ・・・それは、そうだな」
「婦長さんのあの一喝は実に見事でした。まぁ、それで何がどうなってこうなったのかよくわからないんですけど」

 汚らわしい格好で親父様に寄り付くでないわこの病原菌共が!!とすらっと長い足で、十センチはあろうかというヒールを閃かせて見事なハイキックをお見舞いした婦長さんは、まるで女王様のようだった。国の女王じゃなくて鞭持ってそうな方の女王様ね。
 しかもその白くてほどよくむっちりと肉のついた長い足は豹柄のブーツに納まっているものだから、雌豹というフレーズが頭の中を駆け巡る。・・まぁ、ナースさん達は皆様妖艶無敵な雌豹な気がするが。中にはロリ巨乳という感じの人もいるし清楚系もいるんだけれども、皆様中身がとってもお強いので、ふとくのいち教室の先輩達を思い出すのだ。
 あの忍たまを虐め遊び抜く鬼畜な先輩方。・・・女性の強さは異世界共通なのかなぁ、と思いながらしみじみとぼやけば、ビスタさんは口端を持ち上げて小さく苦笑を零した。

「衛生面に気を遣うナースだからな。実際問題、オヤジに限らず一般クルーにしても清潔にしておいて損なことにはならんさ」
「尤もな話ですけど・・・」

 なら最初からしていればいいんじゃ・・・?という言葉はぐっと飲み込んで、私は張り付いた笑みを浮かべるに留める。衛生面に気を遣うとかじゃなくて、普通の感覚にはなりえないのだろうか・・・。まあ、実際問題、真水が貴重な船上生活でそう頻繁に洗濯などができるはずもない。そこは海の上という制限上致し方ないことであり、ある程度の着まわしには目を瞑るしかないのだ。それは十分理解しているので、私としても一々気にすることではないが(あぁそれでもお風呂が恋しいと思うのは日本人の性だよね・・・)、しかしこれを期にもうちょっと気にするべきなのかもしれない。案外丁寧に服を畳むビスタさんに意外に思いながらも、そう結論をつけて洗濯物の山を崩した。ある意味色とりどりの衣服たちに、雪崩を錯覚させられながらも、適当に引っ張り出した一枚を検分して適当に折りたたむ。これは洗えばいける。次は繕わないと着れない。次も洗えばいける。これはダメだ、廃棄処分。こっちはリサイクル。ばっさばっさと切捨て御免の勢いで仕分けしていけば、その様子をのんびりと眺めていたビスタさんが、いやはや、とばかりに顎を撫でた。

「なんというか、手馴れているなぁ」
「数時間も同じこと繰り返していれば嫌でも慣れると思いますけど・・・」
「いやいや、あいつらを見てみろ。すでにふざけあってちっとも進んでない」

 そういっては偉いなぁ、と明らか子供を見守る父親みたいな目線でしみじみと言われ、私は訝しく眉を潜めて離れた位置で衣装仕分けに精を出しているだろう面子を見やる。・・・・・・・・・・・・・・うん。

「飽きたんですね・・・」
「飽きたんだろうな・・・」

 ぎゃあぎゃあと叫びあいながら服を振り回し、山となる衣装を崩しながら戯れるいい年した男共の姿を微笑ましいと呼ぶには、いささかむさ苦しすぎた。
 これでもうちょっと若ければまだしも、マジいい年したおっさんなのになにやってるんだろう。あ、何気にエースさんも混じっている。あれか、大半がこっちの手伝いに入ってるから暇になったのか。きっと想像に間違いはないんだろうなぁ、と思いながら、私は苦笑を零すと膝の上で服を畳んだ。騒がしい、けれど賑やかな。ふとその騒動の絶えなさが、学園の様子を思い出させてくすくすと笑みが零れた。もっとも、あちらの方が若くて可愛らしいのだけれど。

?」
「いえ・・・なんていうか、はい。楽しいところですね」

 騒動の大半は一年は組と呼ばれる学園と、騒動の大半は二番と四番と呼ばれる海賊船と。年齢層は全く違うのに、生きる世界も違うのに。それでも似ているなぁと、懐かしさとほんの少しの寂しさと、けれどもやっぱり感じる微笑ましさに、瞳を細めればビスタさんは軽く目を見開く。それからあー、となんとも言い難い声を出すと、苦笑のような、擽ったそうな、それはそれは穏やかな顔で、彼は深く頷いた。

「そうだな。楽しい船だ」
「本当に。でもお仕事はちゃんとして欲しいですねー」
「ははは・・・面目ない」

 ちょっと笑顔で言ってみれば、ビスタさんはそっと視線を外した。居た堪れなさを全身で表している様子に、それも当然かと思う。学園の皆は子供だけれど、ここにいる人たちは皆大人なのだから、遊んでばかりいないでちゃっちゃと片付けて欲しいものだ。知らないぞ、その滅茶苦茶になった衣装の数々。
 折角より分けていた衣類も、より分ける前のものと一緒くたになってもう何が何やらわからない状態になっている。一人、黙々と我関せずで仕分けをしていたマルコさんでさえ、突っ込んできたサッチさんにぶち切れてぎゃあぎゃあ言い合っているのだから、あそこは最早機能しないといってもいいだろう。うん。いつ片付くんだろうね、あそこ。
 生温い微笑を浮かべつつ、ちゃくちゃくと自分の分を片付けていく私の傍らの山は、ビスタさんが身内の恥から逃げるためなのか、頑張ってくれているおかげで減るスピードも速い。
 この調子ならそう時間もかかるまい、と思いながら、廃棄処分のゴミ袋の中に、ぽいっと衣装を放り込んだ。
 例えばこの後、騒ぎすぎて結局作業がちぃっとも進まなかったクルーに、それはそれは麗しい婦長さんからの華麗なるハイキックが炸裂することなど、きっと誰も想像していなかったに違いない。

「小さいの方がしっかり仕事を終えているとはどういうことですか!!いい年した大人が、しかも隊長が!!あぁ全く情けなさ過ぎて涙が出ます、このマダオ共め!」
「わ、ワリィ・・・」
「面目ないよい・・・」

 そんなお説教をBGMに、ビスタさんのローズティーを一口すする。ほう、と温まった吐息を零しながら、私がのんびりとした空を見上げて、今日も空は青いなぁ、と呟いた。あぁ。

「平和ですねぇ」
「平和だなぁ」

 たとえバックが阿鼻叫喚でも、私の周りは平和なので、それはそれでいいんじゃないかと思う、そんな一日だった。