そろそろ和食が恋しいです。
「なぁ、。お前、ワノ国の料理は作れるか?」
煙管からプカリと紫煙を吐き出して、切れ長の瞳を細めた彼は妙に幼く、首を傾げて見せた。
※
夕食の準備が始まる少し前に厨房に入ると、すでに何人かは下ごしらえに入っていて厨房は少しのざわめきに包まれていた。その中をきょろりと見回すと、見慣れた背の高いコック帽が視界に入る。ふと思うがあのコック帽の高さにはなんの意味があるのだろうか。
割りとどうでもいい疑問を覚えながら近づくと、見習いに指示を出していた背中がこちらに気がついたようにふりかえる。
「おぉ、来たのか、」
「すみませんコック長。あの、今日はちょっとお願いがあるんですけど・・」
「ん?なんだ?」
おずおずと相手を見上げながら切り出すと、はて珍しい、とぱちりと瞬きをしてコック長が体ごとこちらを向いた。見下ろす視線が先を促したので、ほっと胸を撫で下ろす。よかった、生意気いいやがってみたいな雰囲気にならなくて・・・!
「あの、今日は厨房の隅をちょっと使わせて欲しいんです」
「厨房の?何か作るのか?」
「はい。あ、でも材料があったらなんですけど」
「大概のものはあると思うが・・・なんだ、そんな珍しいものなのか?」
「珍しいのかどうかは・・・まぁ、この船ではあまりみかけないですね」
この世界であれが珍しいに分類されるものなのかはわからないんだけど、まぁ、でも、あまり作られてはいないようだから珍しいのかもしれない。曖昧に濁すように答えると、そこは料理人の性というものか、興味深そうに顎鬚を撫でてコック長はふぅむ、と口角を吊り上げた。
「どんな料理だ」
「和食、えーと、ワノ国の料理です」
「作れるのかっ?」
「材料さえあれば簡単なものなら」
くの一教室には作法として料理だって習う授業があるんだし、別に料亭が出すようなもの作るわけではないのだから、よほど失敗しなければ普通にできると思う。それともワノ国というのが珍しいのか?驚いたように目を丸くしたコック長に小首を傾げれば、コック長は少し考えた上で、了承の意を口にした。
「まぁ隅の方ならいいぞ。材料は何がいるんだ?」
「必要なのは調味料なんですけどね。お味噌とお醤油とかあります?」
「あぁ、あるぞ」
「じゃぁそれください。あとの材料は・・・適当にもらってもいいですか?」
「好きに使え」
交渉成立。ていうかマジであるんだ。醤油はまぁありとして味噌が。受け取った味噌と醤油と、あと適当な食材を抱えて厨房の隅っこに移動する。時々好奇心の視線がついて回ったが、そんなに私が料理するのが珍しいか?!いや今までこんな風にはしてこなかったから当然かもしれないけど。けど最近偶にエースさんとかにねだられて簡単なおやつぐらいなら作ってるんだけどなぁ。それとも単純に和食に興味があるのか。・・・そうだよなぁ。この船基本的に洋食だもんなぁ。あと量がすごい。そして肉がすごい。うん。嫌いじゃないけど、胃もたれしそうだ・・・。
そんなことを考えながら、ついて回る視線に多少の居心地の悪さを覚えつつもひとまず脇に置いておき、手を洗ってエプロンを身につける。大人サイズのそれだから正直でかすぎて足首まであるっていうか下手したら床につきそうなんだよねぇ。なので裾を折って仮縫いさせて頂いている。さてもとにかく、えーと、白米はすでに準備されてるし・・・最初に肉じゃがいくか肉じゃが。
じゃがいもと玉ねぎ、ニンジン、それと牛肉を並べて早速取り掛かる。お肉は家や地域によっては豚肉だっていうところも。我が家は基本牛だったけど。思えば室町時代で牛食うってすげぇな忍たま。さすが時代背景の割になんでもありな世界。その癖、リアルな部分もあるんだから、不思議な世界だよね。さておき、レシピなんて高尚なものはないので授業で習ったこととおばちゃんの料理の手際、あと母親の手順などを思い出しながら野菜を切っていく。洗ったじゃがいもは皮を向き、一口大、だけどちょっと大きめに切り分けてごろごろと転がす。この辺りは好みの問題だ。じゃがいもはちょっと大きくてほこほこしてた方が個人的には好きだったりする。玉ねぎはくし型に切り分けて、ニンジンもちょっと大きめにカット。牛肉も食べやすい大きさに。ここらは割りとざっくり切り分けて、鍋を火にかける。
カチカチっとコンロを回すとぼっと火が点り、赤というよりも青い炎がちろちろと揺れた。
その炎を見つめながら、密やかに感動を覚える。うおおコンロ便利。超便利!
釜で炊いたお米は最高に美味しいけど、でも便利さでいうならコンロはやっぱり革命的だ。いやマジ、楽だよこれ。だって指だけで作業が終わる。あの時代の火を焚く苦労といったらもう・・・!思わず涙も浮かぶ苦労を思い出し、目尻にきらりと光るものを指先で拭った。これ食堂のおばちゃんにあげたいなぁ。いやガスないから無理だろうけど。あとお母さんにもあげたいなあ。やっぱりガスないから無理だろうけど。
そんなことを思いつつ、熱した鍋に油を引いてまず肉を投入。じゃぁじゃぁと肉の色が変わるまで炒めると、肉の焼けるいい匂いが鼻腔を潜った。正直これで塩コショウまぶすだけでも十分だ。まぁ今回はメイン肉じゃがなので食べないけど。
ある程度お肉が焼けたら切ったじゃがいもとニンジンを加え、更に炒めて最後に玉ねぎ、それとインゲン、出汁を加えてぐっつぐつと煮立たせる。灰汁が出てくるのでせっせと灰汁とり作業に精を出しつつ、ある程度取り終わると今度は調味料を加えていく。
この辺りきっちりとした配分覚えてないから超適当なんだけど・・・確か最初は薄めに味付けして、仕上げに整えると美味しくできるんだよとかなんとかおばちゃんが言ってた気がする。でもどうせなら正確な配分覚えておけばよかったな!
しかし後悔してもすでに遅い。なにせうろ覚えはうろ覚えなのだから、どうしようもない。まぁ、調味料はお酒に砂糖、醤油とみりんというたった四つだけだ。どばどばっと、いやそんな大量投入するわけではないが、イメージ的に四つの調味料をいれて落し蓋を落す。
まぁあとはこれでしばらく放置だ。十五分から二十分目安で煮立たせて、その間に魚を捌く。
捌くといっても三枚下ろしにするわけじゃない。内臓を取り出して塩を塗りこみ、焼くだけ。
うん。まぁでも、私も慣れたもんだな・・・。昔、それこそ、現代にいたころはこんな作業したこともなかったのに。それが良いことなのか、実はよくわからないまま、ただ感慨深くグリルにいれて火をつける。その間に肉じゃがは一旦火を止めて冷ますことにする。煮物は冷めると味だしみこんで美味しくなるのだ。食べる前にもう一度暖めなおせばいいだろう。
ジジジジ、と温まるグリルの中で魚が丸焦げにならないことを祈りつつ、次に汁物にとりかかる。味噌汁の具は豆腐とわかめ。豆腐もあるんだねビックリだ!そして豆腐というと某先輩を思い出すよ!まぁでもぶっちゃけそんなに上級生と接触した記憶ないんだけどね。ただ、話だけはよく聞くのだけれど。いやに豆腐に詳しい先輩がいるとかどうとかそんな感じの。
肉じゃがですでに取っていた出汁を再び煮立たせ、沸騰させると火を止める。おばちゃん曰く、味噌をいれるタイミングは煮出しが沈み始めた頃がベストだという。さすが食堂のおばちゃんである。細かいところに気にかけて最高に美味しいタイミングで美味しくなることをしているから、あんなに美味しいものができるんだなぁ。
そうして沈み始め、出汁の透明度が出始めた頃に味噌を溶かしていく。お玉に掬った味噌の量は目分量です。うん。薄かったら足せばいいだろ。濃かったらごめんだけど。
くるくると味噌を溶かしていると、すでに肉じゃがを作っている途中で夕食の準備に集まったコックでざわめきを増した厨房の中、いやに張りのある声が後ろからあれっ?と素っ頓狂な声をだして近づいてきた。
「何作ってんだ?」
「お味噌汁ですよー」
「お味噌汁?・・・それって、ワノ国の料理の?」
薄黄色に変わっていく鍋の中を、ひょいと覗き込むリーゼントが顔の横で揺れる。前方に突き出たそれがゆっさり揺れる空気を感じながら、解きいれた味噌をぐるりと掻き混ぜて火をかけ、切っておいた豆腐とわかめをどばどばっといれると、リーゼント、もといサッチさんがほう、と感心したようにぱちりと瞬きをした。
「、お前ワノ国の料理なんか作れたのか」
「えぇ・・・まぁ、一応」
私的には、ワノ国とかいう料理ではなく、和食という括りのつもりではあるのだけれど。ただ、この世界には日本もなければ和食という言葉もない。ただこれらの料理を示すのは「ワノ国」というものだけであり、そのことにいささかの寂しさを覚えつつも、興味津々に鍋の中を覗き込むサッチさんに小皿に味噌汁をちょこっと掬いいれると、すっと差し出した。
「味みてくれます?薄かったら味噌足そうと思うんで」
「お、いいぞ。それにしても味噌汁かー。飲んだことねぇな」
「あんまり作られないでしょうからね」
使った味噌だって、あるけどあんまり使ってませんって感じで、ほとんど使われた形跡がなかったのだから。料理人として未知、といってもいいものか・・・まぁあまり食したことがないだろうものに、躊躇いもなく口をつけたサッチさんは、こくりと太い喉を上下させて味わうようにしばらく口の中をもごもごとさせる。いや、ごめんなさい。そんな奥深い味とか出せるような代物じゃないんですけど。
「これ、味噌以外に出汁もいれてるのか?」
「そうですよ。お味噌だけじゃ美味しくないですから」
「へぇ。味噌の味だってしっかりしてるから、十分なように思うけどな」
「味噌だけど出汁も入っているのでは全然違いますよ。で、どうですか?薄いですか?」
「いや?いいんじゃないか。美味いわ、これ。なんかほっとする」
そういって、さらにもう一杯、と小皿に味噌汁をいれるサッチさんに、じゃぁいいか、とあっさりと判定を下して肩から力を抜いた。うーん。作れるものは作ったって感じだな。主食のご飯は炊き上がっているだろうし、肉じゃがもできた。あ、味みてねぇや。ちょっと食べておこう。
「なぁなぁ、それはっ?」
「肉じゃがですけど」
「・・・味見していいか?」
「どうぞ?」
蓋をとって小皿にじゃがいもを乗せると、サッチさんが身を乗り出すようにして肉じゃがを見つめてくる。まぁ、自分の舌よりも他人の舌、しかもサッチさんは見事な腕を持つコックさんである。味みてもらって損はないな、と自分で食べずに小皿を出しだせば、サッチさんは嬉々として見た目味がしみこんでいるように見えなくも無いじゃがいもに箸をいれた。ほろり、と形を残しながらもすんなりと割れたじゃがいもに、火は通ってるな、と確認しながら割れた中をみる。薄っすら茶色に染まっているじゃがいもに、これは冷めていけば更に染みこむかなぁ、と思いながらじぃ、とサッチさんを見上げた。
「甘い煮込み料理なんだな。いや、甘じょっぱい?・・・もう一個食っていい?」
「砂糖入ってますからねー。じゃぁお肉もどうぞ」
「サンキュ!」
ふむ、二個目希望ということはそれなりに食べれるってことか。さくっと肉じゃがを盛って差し出せば、ほくほくとした顔で頬張るサッチさんに、評判は上々かとほっと胸を撫で下ろした。よかった。とりあえずなんとかなりそうだ。
「そういや。ワノ国の料理なんか作ってどうするんだ?」
咀嚼し終えたところで、普通最初のほうにくるんじゃないかという質問が不意打ちのように浴びせられて、道具の片付けを始めた手をとめてサッチさんを振り返る。
若干視線が鍋に向けられていたようだが、私はスポンジをにぎにぎと握って粟立たせながらあぁそれは、と口を開いた。
「イゾウさんに頼まれたからですよ」
「イゾウが?・・・そういやあいつ、あの辺りの奴だったっけな」
「えぇ。いきなりワノ国の料理は作れるかって聞かれるから、何事かと思いましたけど。故郷の味が恋しくなったそうですよ」
「恋しいって。そんな柄かよあいつ」
可笑しなことを聞いた、とばかりにけらけらと笑うサッチさんに、いや、洋食ばっかり食べてたら和食の味は恋しくなるだろう、と内心で思う。ちなみに和食ばかりだとこってりしたものが食べたくなります。なんだろうね、このないものねだりな感じ。
「あー可笑しい。イゾウが故郷の味が恋しい、ねぇ。・・・ん?なんでそれでに頼むんだ?」
「私が同郷の人間に見えたからじゃないですか。ほら、私が最初にこの船に来たときにきていた服。イゾウさんの着ているものとは違いますけど、似た感じでしたでしょう。だからひょっとして、って思ったみたいですよ」
「あー。あのピンク色した。確かに、ありゃワノ国の奴によく似てたな・・じゃぁはワノ国出身なのか」
「・・・まぁ、似たようなところではありますねえ」
全く違うといえば、違うけれど。そもそもワノ国がどういうところなのか知らないし。はぐらかすように答えると、サッチさんはその言い方に感じるところがあったのか、ふぅん、と鼻を慣らした。・・・思えば、私の話など彼らにしたことがない。聞かれなかったからというのもあるし、話しようがなかったということもあるのだけれど。突っ込まれるだろうか、と道具にスポンジを滑らせると、サッチさんは重苦しく口を開いた。
「・・・てか、イゾウが頼んだから作ったって事は、これ全部イゾウのための料理ってことか?」
「え?あぁ。そうですね。そうなるかもしれませんね」
一応自分が食べる分も含めてますけど。それを抜かしたとしてもせいぜいあと2、3人分ぐらいしか作ってない。ていうか他の人たちに食べさせることはまるで考えてなかった。当たり前だ。プロの料理があるのに、なんで私の料理をわざわざ食べる必要があるのか。全く無いな。
あえて突っ込んではこなかったのかなぁ、と話題を変えたサッチさんに小さく微笑むと、サッチさんはノオオオ!!!とやたら大袈裟に頭を抱えて天を仰いだ。
「女の子の!しかもの初手料理が!イゾウのためのものとかなんだそれ美味しすぎる!!!」
「初って。おやつ程度ならエースさん達にも作ったことありますよ?」
「それとこれとは別だろ。羨ましい!しかもイゾウオンリーのためだぞ?!なにそのシュチュエーション!イゾウずるい!俺もが俺のために作ったもの食べたい!」
「私はサッチさんが作ったものが好きですよー」
「・・・!!」
サッチさんに限らずここのコックさんの作ったものは美味しいから全部好きだけど。へら、と笑いながらサッチさんの叫びを聞き流すと、サッチさんはくわっと目を見開いて、それからがばちょ!と音がつきそうな感じで抱きついてきた。覆いかぶさるような形になって、激しいスキンシップだなぁ、と段々と慣れてきた感覚に洗い物の手を止めることは無い。
残念ながら、最近よくエースさんとかハルタさんに抱きつかれるので、そろそろ慣れてきたんだこれが。エースさんの場合、おやつを作って欲しいときに抱きついてくるのでわかりやすいが。ハルタさんは多分ノリだ。うん。
「の好きなもん一杯作ってやるからなーー!そして俺にもなんか作ってくれ!」
「何かって言われても・・・」
どさくさに紛れてちゃっかり自分の要望言ってくれちゃうサッチさんはなんだかんだ要領が良い人なのではないかと思う。交換条件というわけか。まぁ別にいいんだけどさ。お世話になってる身だし。じゃぁ何作りましょうかねぇ、とのんびりと口を開けば、サッチさんはしばし考えて、すっと横の鍋を指差した。
「これ、また作ってくんねぇ?」
「・・・肉じゃがをですか?」
「あぁ。あと味噌汁も」
「いいですけど・・・同じものでいいんですか?」
まぁ下手に作ったことの無いようなもの言われても困るのだけれど。きょとんとしながら首を傾げ、伺うように首を逸らして抱きつくサッチさんを見上げれば、彼は目を細めてどこか面映いような、それでも柔らかな表情で頷いた。
「あぁ。これが食べたい」
「そうですか。じゃぁまた今度作りますね」
食べたいと言ってもらえるのは嬉しい。それに今回作ってなんとかなりそうだとわかったし、結果オーライってやつかな。ザァ、と水で食器の泡を落としながら、じゃぁ肉じゃがに合う添え物も考えないとなぁ、と思考を巡らした。今回は焼き魚だし、別のものがいいよね。なにが合うかなぁ、と思いながら、洗った道具の底を指で擦ると、きゅきゅっと、甲高い音をたてた。よし、綺麗になった。きらりと光った金具に、にっこりと笑みを浮かべる自分が映るのを眺めて、ピン、と閃く。
「和え物にしよう」
キュウリとタコの酢の物とか、いいんじゃないだろうか。意識を次のメニューに移した瞬間、厨房の壁掛け時計が、カチっと一分、横にぶれる音がした。
さぁ。夕食の始まりだ。