絶対安眠枕希望
見上げた天井の、上から吊るされたランプは風もないのに揺れている。ゆらゆら、ゆらゆら。体もなんだか揺れているような心地を覚えて、ここが船の上だと嫌でも思い知らされながら、そっと掌で目元を覆った。嗚呼。と。声にもならない掠れた吐息のようなものが、唇から零れ出た。
きぃ、と蝶番の軋む音が小さく暗い廊下に響く。小さなといっても、静まり返った船内にその音はいささか大きいようにも感じられて、ぎくりと扉の動きを止めると室内を振り返った。
薄暗い室内で、身じろぎする気配もなければすよすよと穏やかな寝息が乱れることも無い。音がなる前の光景と変わらずただ夢の中にいるだろうナースのお姉さま方にほっと胸を撫で下ろすと、そろそろとより慎重に体を室内の外へと出すと、ゆっくりと扉を閉めた。
ぱたん、と空気の抜けるような音がしてしまった扉を一瞥し、少々慣れない暗闇をしばらくじっと見つめた。そうすると目が慣れてきて、ぼんやりと廊下の様子がわかると無言で足を進めた。特に足音を殺すような慎重な動きこそしなかったものの、暗闇故の足元のおぼつかなさになるべくゆっくりとした動作を心がけつつ、船内から甲板へと続く扉をあけて、頬を撫でる潮風の匂いに鼻をひくつかせた。
扉を開けた途端に、目の前に濃紺の海が広がる。明るい月がぽっかりと丸く・・・いや、多少丸みが削がれているようにも見えるので、満月ではないのかもしれない。それでも満月に近い形状の黄金月を見上げて、その横にキラキラと瞬く星にあぁ、明るいな、と目に痛くないのに思わず目を細めた。
吹き抜ける潮風に、ぶつぶつと反射的に粟立った肌を片手で擦るように宥めながら、何か羽織るものでも持ってくればよかった、と少し後悔する。
けれども今更戻るのも可笑しい気がして、仕方なしに月明かりに照らされて青白く染まる甲板に出ると、私はぐるりと辺りを見回した。以前はここら一体が宴後の酒飲みたちの墓場のような有様であったけれど、今日は別にそんなものがあったわけでもなくただ騒がしい夕食の何気ない時間があっただけだ。だからこそ、昼間とも宴の後ともつかない、ひどくガランとして殺風景な、いやに静かな甲板がそこには存在している。
無論、皆が皆寝静まっているわけではなく、どこかの隊が不寝番をしているのだろうけれど。ふと何気なく見上げた先に、見張り台を見つけて目を凝らすように細める。・・・暗闇と遠目すぎて、人影があるかどうかもわからなかった。うーん。潮江先輩とかなら見つけられるのだろうか?そんなことを思いながら、ぺたぺたと足音を立てながら甲板を進めば、ふと船首の方で目立つ巨体を見つけた。専用の、やはり巨大なソファに腰掛ける、これで巨人族じゃないとか嘘だ!!と突っ込みたくなるような巨体の主に、あれぇ?と首を傾げてほぼ無意識的にそちらに足を向ける。
ぎぃぎぃと音を立てながら波に揺られる船の上を進み、ソファに深く腰掛ける巨体の主、特徴的な三日月形の髭をしたこの船の船長は、こちらを振り向きもしないでどうした、と低い声で空気を震わせた。
「餓鬼がこんな時間に起きてるとは、感心しねぇなァ」
視認もしないで、後ろにいるのが私だとわかっている様子のエドワードさんに驚いて目を丸くすれば、グラララ、と夜なので控えめな笑い声が甲板に響く。
いや、人がいる程度のことなら気配とかそういうのでわかるだろうけど、さすがに誰がいるかってのは、わからないんじゃ・・・。どうやってわかったんだ、この人。
「・・・なんで私ってわかったんですか?」
「グラララ。体重が軽い、足音の幅もせめぇ。何よりそんなひ弱な気配、お前しかいねぇよ」
驚きと謎でどことなく呆然としながら問いかければ、簡単なことだ、とエドワードさんはようやくこちらを振り向いてにぃ、と特徴的な髭の下の口角を吊り上げた。ともすればそれがすでに凶器になるんじゃ、というぐらいピーンと鋭い鋭角的な三日月形の白い髭の下で、薄い唇が釣りあがるのを見つめて、そうなんですか、と気の抜けた返事を返す。
ひ弱な気配ってなんぞ?自己主張がないってことだろうか。そりゃこの船の人たちは皆自己主張激しいですけども。そう思いながら、そりゃもう巨大すぎて膝小僧にすら届かない彼の足元に近寄ると、彼の横にいくつか転がる酒樽に、おやまぁ、と肩から力を抜いた。
「・・・ナースとお医者さんに怒られますよ?」
「グラララララ!こんないい月夜に飲まずにいられるかってんだ!」
「どうせ飲むなら満月の方がいい月夜じゃないですか」
どうせあと数日で満月になるのだし。まだ完全なる円形とは言いがたい月を見上げ、やはり私の体の何倍もあるだろう酒樽に顔を顰めながら、大きな朱色の盃を傾けるエドワードさんを見上げれば、彼は欠けた月もいいもんだ!と笑い飛ばした。
結局、なんだかんだ飲みたいだけなんだろうな、と理解するとそれ以上小言めいたことを言う気にもならなくて、そもそも私が制限できるようなことでも、するようなことでもないのだし、と肩を竦めた。
「まぁ、いいですけど・・・お一人ですか?」
「話のわかる奴ぁ好きだぜ。馬鹿騒ぎもいいが、たまには静かに飲む酒ってのも乙なもんだろう」
言いながら、恐らく月を浮かべた酒を煽るように飲むエドワードさんに、その辺りの感覚はよくわからないが、と思いつつ相槌を打つ。・・・ふむ。確かに、普段大勢の人が行動している船は、楽しいけれど落ち着きがない。悪い意味ではないけれど、静けさとは無縁に近いものがあるので、偶にはそんな風流に浸るのも悪くないのだろう。いや酒飲みの風流は私には理解できないけれど、なんとなくわかるような気もするのだ。
偶には一人で、しっぽりと飲んでいたい。つってもしっぽりの度合いを越えた酒量のような気が転がる酒樽の数からいってもするんだが、やはり私が口出しするようなことではないので、あえて口を噤む。この船の長たる人間に、小言をいっていいのはこの船の人間だけだろうし。
じゃぁ私もさっさとここから離れなければならないな。一人酒をしているっていうのに、邪魔するのも忍びない。そもそもまさかいるとは思っていなかっただけに、どことなく毒気を抜かれたような心地を覚えながら、一応建前上、お酒はほどほどに、と一言添えてその場から去ろうとすると、エドワードさんはまぁ待て、と帰ろうとする私を呼び止めた。
まさか呼び止められるとは思ってなかったので、意外な気持ちで目を丸くしながら振り返れば、エドワードさんは金色の目を細めて盃を傾けた。
「折角きたんだ、ちょっとばかし付き合え」
「私、飲めない上にそのサイズのものを持てないのでお酌すらできないですよ?」
「そんなこたぁわかってる。いいからちょっとこっちに来い」
怪力の持ち主ならまだしも、酒樽を持ち上げるようなことは当然できるはずもないので、エドワードさんにお酌なんて夢の又夢だろう。まぁ、普通サイズならできるんだろうけれど、それをしてもあの人にしてみればなんていうか、飲み足りないなんてものじゃないのはわかりきっている。
訝しく思いながらひらひらと手招きをされて仕方なしにもう一度彼の足元までいけば、ひょいっと指で抓まれるようにして体を持ち上げられた。ひぃ!と挙がった悲鳴は条件反射だ。扱いは多分丁寧なんだろうけど、彼の手が大きすぎてなんかぷちっといきそうで超怖い。
ていうかできるんだろうな、ぷちっと潰すことぐらい。うおおおこえぇ・・・されないとは思うけどもし今くしゃみとかで手に力がはいったらぷちっといく!死なないまでも大怪我は必至だ!緊張に体を強張らせながらひしっと彼の指先にしがみつくと、エドワードさんはグララ、と小さく可笑しそうに笑って、そっと私を膝の上に乗せた。置いた、という方がしっくりくるが、まぁ、乗せた、ということでいいんだろう。
しかし膝の上なのにやたら広い。立って歩ける膝ってなんなのだろう、と人類としていいのだろうかこのサイズは、と思いながら私は呆然と、膝の上なのにさほど距離が縮まったように思わないエドワードさんの顔を、顎下から見上げるように首を逸らした。でかすぎてひっくり返りそうだ。本当、適切な距離があると思うんだこういうのって。大きい人間はちっさい人間の苦労を知るべきだ!反り返った首筋に違和感を覚えながら小さく憤慨していると、エドワードさんは盃の中の酒を回すようにくるくると動かした。
「そういえば、お前イゾウに夕食作ってやったんだってなぁ?」
「え?あぁ、はい。頼まれたので」
「ワノ国の料理だったか。珍しくイゾウが上機嫌だからなんだと思やぁ・・・くく。あいつも可愛いところがあるもんだ」
「そうですねぇ。でも、この船の料理にわしょ、・・・ワノ国の料理はないですから、恋しくなるのも普通じゃないですか?」
味濃いのばっかだと薄味が恋しくなるもんだよ。咄嗟に和食と言いかけたそれを言い直して、別に可笑しなことではないだろう、と首を傾げる。大人であろうと、子供であろうと、恋しくなるときは恋しくなるし、そうでないときはそうではないのだ。
らしくないと言われようと、人である限り、きっと郷愁の念は消せない。たとえそれがどんなに嫌っている場所であろうとも、生まれ故郷は、あまりに人にとって、大きな存在だ。
きょとんを見上げれば、エドワードさんは瞳を細めると、くつり、と喉奥を震わせた。
「そうだな。故郷ってのは、忘れられないもんだ」
しみじみと、感じ入るように月を見上げたエドワードさんも、故郷を思い出しているのだろうか。遠くを見つめる視線に、そんなことを思いながら彼の膝の上にぺたりと座り込んで私もぼけっと月を見上げる。大きな月は冴え冴えと輝き、あれが太陽の反射だとは思えないぐらい、輝いて見えた。・・・ん?でも異世界でも月って太陽の反射で光ってるのだろうか?
異世界といっても、ワンピースという漫画の世界なのだから、そこらの理屈は多分通用するのだとは思うけど。なにせ考えたのは地球の人間だ。きっと、作った人間の常識が当て嵌められるに違いない。もっとも、ここを作り物だというには、私は少々色んな経験をしてしまったけれど。
「お前も、故郷が恋しいか?」
「・・・・・・・・え?」
不意打ちだった。ぼけっと見上げていた頭上から、不意打ちに落とされたそれに言葉が詰まる。瞬きを繰り返して思わず後ろを向けば、エドワードさんはとくとくとく、と酒樽から酒を器に注いでいて、こちらを見てもいない。けれども、私はその逸らされた目を見つめ、あぁ、と苦笑を零した。そうか、この人は。
「えーと、そうですね。ちょっと、ホームシックになってました」
「グラララ・・・そうか。イゾウの飯を作って、懐かしくなったか?」
「きっかけは、多分。でも、まぁ、ちょっとだけですし」
ただ、本当は、少し違うのだけれど。にこ、と笑みを浮かべながらちょっとだけ、と指先で単位を表し、顔を見られないように前を向いた。なんとなく、あんまり見詰め合ってると、奥底まで暴かれそうで怖い気がしたのだ。この人は、深い。それが年の積み重ねゆえか、それともこの大きな海賊団を率いているからこそか、わからないけれど。
ともかくも、あまりこういう状況で目を見せることは、突きつけられたくないことまで突きつけられる可能性があると、思う。もっとも、そんな深くまで無遠慮に踏み入るような人種とも思えないが。それでも、何かあると他に思わせることは、できる限り避けたかった。
あぁ、全く。近づかなければよかった。後悔してももう遅い、と小さく溜息を吐けば、頭の上に重みが加わり、思わず頭が下がった。へ?と間の抜けた声を出せば、何かが頭の上を上下している。えーと・・・?
「エドワードさん?」
「ったく、つくづくお前は餓鬼らしくねぇな・・・。エースの方がよっぽど餓鬼らしい」
「はぁ」
「ちっとは甘えてみやがれ。この船のクルーじゃないとか野暮なことは考えるなよ?餓鬼一人くらい甘やかすなんざ、わけねぇんだ」
どこか呆れすら滲ませて溜息のように言われて、頭を撫でる手・・・というか最早指に、かっくんかっくん首を動かしながら、思わず笑みを零した。・・・うん。普通に無理かな。中身的に、見た目どおりの甘えなど、できるはずもない。泣くことすら、最早出来はしないのに、誰かに、甘える、なんて。それに、やっぱり、私はただの行きずりの人間でしかないのに、そんなことまで、できるかと言われたら、首を横に振るだろう。甘えるって、結構難しいんだな。こういう時。
「・・・私、もう寝ますね」
「あぁ?」
「エドワードさんと話してたら、ちょっと楽になりました。ありがとうございます」
話を摩り替えるようにそういえば、眉をぴくっと動かしてエドワードさんの指が止まる。それを幸いにとその下から抜け出ると、笑顔を浮かべて頭を下げた。
嘘では、ない。会話をすることでいくらか楽になった部分も確かに存在していた。恐らく今なら寝てもさしたる問題はなさそうだ。気が紛れたというべきか、他人との会話は暗く澱んでいたものをいくらか払拭してくれていた。未だ澱むものはあれど、それはいつものこと。
逃げのようにも思えたけれど、エドワードさんが何か言う前に高い膝から降りようとすると、上から落ちてきたのは深い溜息だった。あ。わざとらしかったか?流石に。
「お前・・・いや。お前がそうしたいんなら俺ぁ何も言わないが、な」
「エドワードさ・・・・ふえ?!」
「言いたくないなら聞きやしねぇ。甘えられないなら仕方ねぇ。・・・が、俺ぁ遠慮はしねぇぞ?」
「・・・ごめんなさい。それとこれと、どういう関係が・・・?」
只今、服の背の部分を抓まれてまるで猫の子のように持ち上げられているところである。首許を持たないのはせめてもの優しさか。宙ぶらりんで吊り下げられて、正直怖いなぁ、とか服破けませんか?とか思いながら顔を引き攣らせると、エドワードさんはグラララ!と笑い声をあげて私を掌に乗せると、すくっと立ち上がった。そうすると一気にまた高さが増して、おまけに揺れも加わるものだからまたしてもエドワードさんの指にしがみつく羽目になる。うおおおおだからなんだってんだ本当にーーー!てか高いよぉぉぉぉぉ!!!!
想定外の高さに体を竦ませながら、混乱を極めた頭でエドワードさんを見上げる。え、え、なんですかこれどういう状況ですかていうか何処に行く気ですか!?
人の問いかけなど無用とばかりに歩き始めたエドワードさんにちょっと待てや!と声を荒げたいのに相手が相手だけにはくはくと口を動かすしかできない。うぉぉよくわからんが自分確実に下手打ったなこれ!なんだ?!なんのフラグが立ったんだ?!この後の展開は何が起こるの?!
状況的に恐らく彼は私を慰める?的な行動に移ると思われるのだが、何故に掌に乗せられて運ばれなくてはならないのか。ていうか人間の掌に乗るとかすごい体験だ。
ふと思い当たると、私ホントすごいことばっか体験してる、と妙な感心を覚えた。いやでも体験せずに済むならそれに越したことはないのだけれど、仕方ない。体験しちゃってるんだから。何か間違った方向で諦めの溜息を零すと、その間にエドワードさんはずんずんと甲板から船内へと入り、暗い廊下を奥に突き進んで、そうしてやたらとでっかい扉の前に立った。それこそエドワードさんが普通に通れるぐらい大きな・・・・大きな?
「・・・・・・・・エドワードさん?」
「餓鬼は寝る時間だからな。さっさと寝ちまうに限る」
「えぇ、まぁ、そうですけど。子供でなくても寝る時間ですけど。・・・あの、私、部屋戻ります、よ?」
うん。読めた。先の展開読めた。読めたけど回避の方法はどれ!?とりあえず暗に一人で寝れますよ!とアピール交じりに恐々と口を開くと、エドワードさんはにやりと口角を吊り上げて、それから扉に手をかけた。
「言っただろ。俺ぁ遠慮はしねぇ」
「私は遠慮をしたいのですが・・・」
ぼそっと突っ込むも、エドワードさんは笑って取り合ってくれない。あの、私の意見はなきもの扱いなんですか・・?がくりと肩を落とせばそれが諦めという名の了承ととったのか、エドワードさんは意気揚々と暗い室内に入り、ベッドに近寄るとそっと私をそこに下ろした。咄嗟にスプリングで弾む白いシーツの上で、ぐるりと周囲を見渡して観察する。
何もかもが彼サイズの部屋の中では、私はまるで自分が小さくなってしまったかのような、そう、不思議の国のアリスのような、そんな不思議な違和感を覚えた。アリスも、小さくなったときの世界はこんなにも不思議と違和感に溢れていたのだろうか。本当に、自分のサイズは変わらないはずなのに、小さくなってしまったかのようだ。
エドワードさんの部屋はあらゆるものが彼のサイズに合わせて大きかったけれど、物自体はそれほど多くは無かった。例えば今私が座っているキングサイズを通り越した最早それをなんと例えればいいのかわからない巨大なベッド。大の大人が3、4人は楽に寝転がれそうなそれの上に私が乗ると、まるで自分が人形にでもなった心地になる。これで人形めいた美少女的な幼女が乗っていれば、尚のこと人形めいて見えたことだろう。残念ながら、私は美少女などと言われるような美貌は持ち合わせてはいないけれど。
その次に目に入るのが木の温かみがどこか懐かしい木製のテーブルだ。テーブルの上には羽ペンと本やノート、あるいは書類に、インク壷がある。それらが無造作に端の方に寄せて置かれていて、あそこで航海日誌などを書くのだろうか、と想像を膨らませる。あまり、そういったことでテーブルに向かうイメージはないんだけど。
他に目立つといえばコートをかけるスタンドと、棚や床に置かれた複数の酒瓶だろうか。
とりあえずこの人はお酒がなければどうにもならないのだろうと思わせるには人の部屋に置いておくにはあまりに大量なそれに眉を潜め、根っからの酒好きだとしみじみと実感させる。
まぁ、別に、いいんだけど。いくらか覗いたことのあるクルーの部屋に比べて、船長の癖にあまりといえばあまりに殺風景な部屋の様子に、この人は物にそれほどの執着がないのだろうと思わせた。酒さえあればいいってことなのだろうか。そんなことを考えながら巨大なベッドにちょこんと座ったままでいると、エドワードさんは肩にかけていたコートを脱いでスタンドにかけ、ベッドの脇に座ると体重がかかったベッドが大きく軋みと歪みを帯びた。エドワードさんを受け止めるベッドは頑丈ではあるけど、沈み方が私にしてみれば半端ない。思わず軽い坂道のように斜めったマットレスにバランスを崩して手をつけば、彼はグラグラと声を殺すように喉奥を震わせ、ブーツを脱いで毛布を引き寄せながら寝転がった。彼の頭を受け止める枕も、すっごく大きい。なんだか全部全部がスケールがでかすぎて、色々追いつけない状態だ。
現実味が、夜の薄暗さのせいか、それとも月の蒼い光のせいか、どうにも薄く感じられる。呆然としていれば、エドワードさんはちょっと眉を動かしてから私を大きな手で包むと、枕元にもってきてそのまま押しつぶすように手に力を加えた。押しつぶすといってもそんなに力が強いわけではなくて、ただ押されるがままに横になっちゃうような、そんな力加減で。気づいたときには、彼の枕元で横になっている状態で、私はしばし状況を飲み込むように噛み締め、やがていやいやいや、と首を横にふった。
「エドワードさん。本気で一緒に寝るつもりですか」
「何を今更。いいからさっさと寝ろ。何なら子守唄でも歌ってやろうか?」
からかうように楽しげに提案されて、若干興味をそそられるものがありつつも、それ多分クルーに嫉妬の視線浴びせられそうで怖いなぁ、とぶるりと肩を震わせる。あの人たちのエドワードさん好き度が半端なくて時折ここは海賊船じゃなくてなんかの親衛隊もしくはファンクラブなんじゃないかと思うときがあるのだ。それぐらいパねぇと思うんだ、あの人たちのエドワードさんへのラブコールは。
とりあえず丁寧に辞退をしておきながら、私は今更逃げられないよなぁ、とまるでサイズ違いも甚だしいベッドの上で、ぐったりとうつ伏せで顔を埋める。グラグラグラ、と笑うエドワードさんが恨めしい、が。とりあえず一緒に寝る、という状況もさることながら、寝るに当たって尤も懸念しなければならない可能性が一つ。
「エドワードさん」
「なんだ?」
「私、エドワードさんの横で寝るとなると、生きた心地がしないので是非とも部屋に戻りたいんですけど」
「どういう意味だと聞きたいが・・・それは、あれか。サイズ的な意味合いか」
「正直なところ、まさに。エドワードさんの横で寝てたら寝返り打ったときにうっかりぷちっといかれそうで超怖いんです。嫌ですよ寝てる間に本気で永眠とか」
リアルありそうで怖いんだ。ちっとも安眠できないよ!切実に訴えれば、エドワードさんは顎をなでるように指を擦り、なるほどなぁ、と納得したように頷く。納得していただけましたか!ならば私を是非ナースさん達のところに戻してください!
きらきらっと目を輝かせれば、エドワードさんはふむ、と一つ呟いた後、じゃぁ、と口を開いた。
「、もっと上へあがれ」
「・・・上?」
「あぁそうだ、俺の顔の横ぐらいにだ」
「諸枕の上ですね。・・・それで?」
「そこなら寝返り打ったところ問題はねぇだろう。毛布は、まぁこれでも使え」
とりあえず言われるままずりずりとベッドの上を移動して、結果的に枕の上ですか?という場所に落ち着くと、エドワードさんはさらりと毛布をもう一枚、自分の上からどけて私に渡してくる。でかすぎる上に顔の横にこんなんあったら邪魔じゃないかと思うのだが、特に気にした様子もなく、ただこれで寝れるだろう、と満足気な様子に、かくんと肩から力が抜けた。あぁ、もう、どうしたって譲る気はないんだ。この人。
「・・・・・も、いいですよ・・・」
「グララララ!ようやく諦めがついたか!」
はぁ、と力なく項垂れると、彼はそれこそ思い通りになって嬉しそうな笑い声をあげて、横になった私に瞳を細めた。もふっと、体全体を受け止めるマットレスの感触に顔をこすり付けるようにして埋めて、なんかもう何もかもどうでもいい・・・と投げやりな気持ちさえ浮かんだ。それこそ、目覚める前の悪夢すら、どうでもいいと思えるぐらいの、脱力感。
ぼんやりとした視界に、小さな自分の手が視界に入る。知らず力をこめ、ぎゅっと握り締めると、次の瞬間にはふっと力が抜けて目を閉じた。例えば、瞼の裏には今も鮮やかに、あの光景が浮かぶけれど。
「・・・エドワードさんといたら、悪い夢もみなくなりますかね・・・」
ぽつりと呟けば、私は彼の顔の横ぐらいにいる。当然彼の耳にも入るわけで、エドワードさんは眉を動かすと、にぃ、と髭の下、口角を吊り上げた。
「悪夢ぐらい、俺が追い出してやらぁ。だから、お前はなにも考えず眠っちまえ」
悪い顔とは裏腹の、優しい声が、体を震わせる。穏やかな空気は心地よくて、低い声は頼もしくて、思わずほっと息を吐くと、ふんにゃりと顔が笑み崩れた。
「おやすみなさい」
「あぁ。おやすみ」
大きな手が頬を撫でるとき、思い出したのは誰の手だったか。曖昧なそれはまどろみに消えてしまい結局誰なのかわからないままであったけれど。
ただ、呼吸を感じるぐらい近くにいる人の気配は、私から悪夢を遠ざけるのには十分な代物だった。