隠し味は、すなわちLOVE!
銀色のボールの中でかしゃかしゃと泡だて器が無骨な手に操られふわふわのクリームを作り出す。真っ白ふわふわのクリームが、しっとりふわふわな卵色の土台の上にぼとりと落とされて、万遍なく丸い土台の上に伸ばされると側面も無駄のないように純白に覆われる。
まるで白粉を塗りたくったかのような真っ白い肌の上に、絞りの中にいれられたクリームが波を描くように円の縁を飾った。描くドレープはまさに芸術。更に更に、その上に真っ赤な苺と綺麗にカッティングされたブラッドオレンジが白を際立たせるようにその赤さを見せて、更にアクセントのようにブルーベリーが数個ぽつんと落とされる。
最後にチョコレートを薄く細く延ばしたものを飾り付けると、あらまぁパティシエも脱帽の綺麗で可愛い、しかも美味しそうな忍たま風に言うならボーロ、こちら風に言えばケーキ、どちらかというとケーキの方が馴染み深い、そんな魅惑のスイーツの完成だ。
知らずごくりと喉が鳴るのは甘い物好きなら当然だし、そもそもこんな完璧なケーキなんて食べたのは何時振りか。思わず瞳をきらきら輝かせるのだって、そりゃ仕方が無いってものでしょう。
「サッチお兄さん特製スイーツでっきあっがり☆いやぁ我ながら完っ璧な仕上がり。もうこりゃ女の方からほっとかないな!」
「あぁ、お菓子的な意味で」
「あぁ、お菓子を的な意味で」
物凄く納得したようにマルコさんとエースさんが深く頷いたが、サッチさんは俺をなの!お菓子じゃないの!と地団太を踏んで訴えた。イイ年したおっさんのその様子は口調込みで正直痛々しい、と思ったが、それ以上にその様子を物凄く鬱陶しいものを見る目で睥睨するマルコさんの目がまるで彼の炎のように寒々しかったので、私はそっと視線を逸らすだけに留めた。
エースさんなんか傍から興味などないかのように、サッチさんよりもケーキにばかり視線が向かって口から涎が出捲くりだ。こっちもこっちでいい年してどうかと思うが、これがエースさんだと何故かまぁいいかと思ってしまうのは、一重に人徳というものだろうか。まぁあと普通に外見も若いからだと思うが。確か二十歳だっけ?明らか三十路、下手したら四十路いっちゃってそうなはっちゃけおじさんの見た目と比べたら・・・そりゃ若い子の行動の方が目こぼしもできるというものだ。
内心での辛辣な評価はさておき、サッチさんの特製ケーキは確かに美味しそうだ。完璧な仕上がりと言われるのも頷ける。ぶっちゃけお店で売ってても違和感ないのだ。あぁ本当に美味しそう。
反射的に口の中に湧き上がる唾をごくりを飲み下しながら、サッチさんの手が綺麗にケーキを当分していく。しかし何故ああも綺麗に当分できるのかがわからない。
ぶっちゃけ我が家でホールケーキを切るときは、明らかに大きさに差が出来たものだが、サッチさんはまるでそこに線が見えているかのように綺麗に当分するもので、おまけに切り口だって完璧だ。その技術分けて欲しい。
「サッチさん、切るの上手ですねぇ」
「あーまぁなぁ。この船の人数は半端ないからな。おまけにほぼ大食らいでなぁ・・・下手な切り分け方すると喧嘩すんの」
この船のクルーは大家族の兄弟か。いやまぁ間違ってないんだろうけど。
全く、餓鬼で困るねぇ。といいながらお皿に切り分けたケーキを乗せたサッチさんがそのお皿にストロベリーソースを垂らしてミントの葉を添える。・・・カフェで出されるケーキとかいう問題じゃない。どこのレストランだ。
思わずうっとりと眺めれば、サッチさんが嬉しそうに目を細めて、それこそまるでウェイターのような所作で私の前にケーキを置き、更にフォークとレモンティを置いた。
仄かに香るレモンの爽やかさが鼻腔を擽り、甘い香りと相俟ってなんとも食欲をそそる。
「・・・食べていいですか?」
「どうぞどうぞ。それはのために作ったんだからな」
にっこりウインク付きで召し上がれ、といわれて食べない女子などいるだろうか。いやいない!反語を駆使しながら、フォークを手にとり崩すのが勿体無い力作にフォークの先をいれるとふわっとした弾力が銀色の三又の先を受け入れ、一口サイズに切り分けた。
そのまま生クリームと間に挟まれた苺を乗せたスポンジを口の中に運べば蕩けるような甘さが口の中一杯に広がり、苺の甘酸っぱさとふわふわの弾力、解けて消えるような生クリームの柔かな甘みに目尻が下がるのを自覚した。あぁ・・・おいしひ・・・・。
「美味い?」
「美味しいです」
横からじぃっと食い入るように見つめてくるエースさんの問いかけに即答して満面の笑みを浮かべると、じゅるり、と涎を啜る音がした。
「サッチ、俺も食べたい!」
「これはのだからダメ」
「ずるい!ケチ!おっさん!変態!リーゼントのくせに!」
「リーゼントの何が悪ぃってんだごるらぁ?!ていうか誰が変態だ誰が!俺は健全なの!女の尻追っかけまわすことは俺の生きがいなの!断じて変態じゃない!」
「子供の前で問題発言してんじゃねぇよい万年発情期」
「ぐふっ!」
鮮やかにカウンターにおいてあった灰皿をサッチさんの顔面に投げつけながら、マルコさんがコーヒーを片手に一口啜る。鼻血を拭きながらもんどり打って後ろに倒れていくサッチさんに思わずぎゃぁ!と悲鳴をあげたが、エースさんはその隙にワンカット分隙間のできているケーキを奪い取ってどっかりと自分の前に置いた。そのままフォークを閃かせて大口をあけて頬張るので口の横に生クリームがついてしまっている。
何故こうもこの人たちは我が道をいくのか!慌ててフォークをおいて厨房の床に倒れたサッチさんに身を乗り出しながら声をかけると、サッチさんは顔面を押さえながらひらひらと片手を振った。
「大丈夫ですか?!サッチさん」
「ってぇ・・・・こぅらマルコーー!テメェ灰皿はねぇだろ灰皿は!!」
「自業自得だよい。、気にせず食っちまわねぇとそこの欠食児童に食われちまうよい」
「マルコさん・・・クールすぎて怖いです」
冷静な対応を心がけるにしてもいきすぎなのでは?あまりに淡々とサッチさんの怒声もBGMのごとく聞き流す姿に空恐ろしい心地を覚えながら、しかし彼の言うことも一理ある、と渋々腰を下ろしてケーキを心持ちエースさんから離し、ティッシュを鼻に詰めるサッチさんを見上げた。灰皿を顔面にぶちあててよくまぁ鼻血だけですんだな。
この世界の住人が異常なほど頑丈なのは承知しているつもりではあったけれど。ていうか鼻血止まるの早くね?
「医務室行かなくて大丈夫ですか?」
「へーキだって。そんぐらいで医務室なんか行ってたら逆にボコボコにされるから」
「医務室なのに!?」
「医務室だからだろ。鼻血ぐらい日常茶飯事だもんなぁ」
すでにホールケーキを半分以下にしているエースさんがフォークに苺を刺したまま、ニカ、と歯を見せて笑う。それにティッシュを鼻に詰めていたサッチさんは眉を寄せてあのなぁ、とちょっと濁った声を出した。
「お前等ちっとはを見習って優しい言葉の一つもかけられねぇのかよ。ったく。しかものケーキ食っちまいやがって。それはお前のために作ったんじゃねぇんだぞ?」
「しし。だってサッチのケーキ美味いんだもん」
食べたいって思うのは当然だろ?と、ぺろりと半分以下だったケーキを平らげると、エースさんはなんでもないことのように笑顔でさらりとそんなことを口にする。
掛け値なしの褒め言葉は、サッチさんにとっても無碍にできるようなものではなくて、本心でいっているだろうから尚性質が悪い。
言葉に詰まって怯んだサッチさんに、マルコさんが愉快そうに喉奥をくつくつと鳴らすのを眺めながら、自分のケーキをぱくりと頬張った。・・・なんだかんだ、ここの船の人ってエースさんに甘いよなぁ。白髭海賊団の末っ子は、どうやら大層お兄様たちに愛されているらしい。美しき哉、家族愛。そんなことをしみじみ感じつつ、レモンティの酸味にほっと息を吐いた。
「だからサッチ。俺もっとケーキ食いたいなっ」
「おっ前は・・・あーもうわかったわかった!今作ってきてやるよ!」
「あーあー。結局いいように使われちまって」
末っ子(しかし二十歳)の可愛いわがまま(だが二十歳)に抗えるはずも無く、サッチさんはぶちぶちと文句を言いながらも次なるケーキの作成に手を伸ばしていた。その様子にマルコさんが目を細めて呆れとも愉快ともつかない表情で口角を吊り上げ、ひらりと手を振っておぉい、と声をかける。
「俺の分も頼んだよい」
「ドサクサに紛れやがって!この甘党コンビめっ」
悪態をつきながらも、多分ちゃんとマルコさんの分も用意するんだろうなぁ、となんとなくわかりやすい行動を思い浮かべ、オレンジの粒を噛み締めて果汁を味わう。口の中に広がる芳香がまた格別だなぁ、と最後の一欠けらをぺろっと平らげてレモンティで口の中の甘みを喉の奥に流し込むと、すっきりと後味も爽やかだった。あぁ、美味しかった。
「でも本当に、サッチさんの作るものってどれも美味しいですよね」
食堂のおばちゃんの料理に勝らずとも劣らず。あぁでもおばちゃんの料理も恋しいのだ、実を言うと。あの人の料理もそりゃもう素晴らしいもので、学園最強の名は伊達ではない。
胃袋掴まれると人間って弱いもんよね。ほう、と吐息混じりに呟けば、卵を割り解したサッチさんが、ボール片手にこちらを振り向き、にぃ、と唇を吊り上げた。
「そりゃ最高の褒め言葉だな」
「なんでこんなに美味しいんでしょうねー。やっぱり隠し味は愛情ですか?」
冗談めかして問いかけると、マルコさんとエースさんはなんとも言えない顔で眉を寄せたが、サッチさんはからからと笑って小麦粉をふるいにかけた。
「さすが。よくわかってんじゃねぇか。料理に愛は欠かせねぇよなー」
「サッチが言うと気持ち悪いよい」
「あぁ。気持ち悪いな」
「お前等ほんっと俺のことそんな虐めて楽しい?!」
折角ケーキ作ってやってる相手に対してそれはどうよ!?とほぼ涙声で訴えるサッチさんは不憫だ。尽くしてるのに報われてない感じがひしひしとする。
「わ、私はサッチさん好きですよ?」
「・・・!」
「、無理しなくていいんだよい。気持ち悪いものは気持ち悪いって言って悪いことはねぇんだよい」
「もうホントお前嫌い!」
あぁもう、マルコさん・・・。横から入った茶々に、折角のフォローも台無しだ。完全拗ねモードに入ったサッチさんが鬱憤を叩きつけるようにボールの中のものを掻き混ぜるのに、あちゃぁ、と眉を潜めて私はじろりとマルコさんをねめつける。
が、しかし相手もこんなことは慣れっこなのか、飄々としたもので何食わぬ顔でコーヒーを啜っているのだ。エースさんは楽しそうに笑うばっかりだし、全く本当に、サッチさんの苦労が偲ばれる。
「まぁそう気にするなって。こんなこたぁ日常茶飯事だし?サッチいびりなんてそれこそいつものことじゃねぇか」
「いつものことにすんなよ!お前等もっと俺を労えよ!」
「俺達のために飯作るのはお前の生きがいだろぃ」
「・・・生きがい?」
にやにや笑いながら、マルコさんがぎしりと椅子の背もたれに体重をかける。エースさんはにししと笑いながら、サッチはこの船が大好きだからなぁ!と声を張り上げた。いやそれ君らもでは?胡乱な目を向ければ、サッチさんはきょとりと目を丸くし、それから、こっくりと頷いた。
「そりゃお前、当然だろ」
「照れもないんですかサッチさん」
「事実だからな。ここで恥ずかしがってどうするよ。俺はこの船が大好きで、んでもって親父を愛しちゃってるんだぜ?」
胸をはって、堂々と、それこそ恥ずかしいことも照れることも無い、と朗らかな笑顔で言うサッチさんは自信に満ち溢れている。それこそ、こっちがちゃかすだとか逆に恥ずかしくなるだとか、そういうことを感じさせないほどに堂々としていて、ポカンと呆気に取られるか、あぁそうなのかと、納得してしまうような、それこそすんなり受け入れられるような。そんな、真っ直ぐさがあって。呆然としていれば、サッチさんは泡立てたメレンゲと生地を混ぜ合わせながら、幸せそうに頬を緩めて見せた。それは、絶対の自信と誇りに満ちた、文句なくカッコイイ笑顔だった。
「他の船だとかそういうのに興味はねぇし、そんな奴らのために何か作ってやりたいとは思わない。俺はな、この船のために何か作れればいいし、んでもって、作ったものを美味しいって思ってもらえればいいんだよ」
「・・・」
う、わ。言われた内容を噛み砕いて理解する前に、ポカンを口をあけて呆けていれば呆れたようにマルコさんが唇を尖らせた。
「恥ずかしい奴だねぃ。そういうことは口にするもんじゃねぇよい」
「なぁんだよマルコ。照れてんのか?」
「ばぁか。呆れてんだよい。・・・エース、サッチはこういうところは存外天然な部分があるからよい、あんま気にしてたら身がもたねぇよい」
「・・・・・・・・・・・・・・りょーかい」
あ、エースさん何気に撃沈してたんですね。からかうつもりで言ったのだろうそれを、存外普通に打ち返されて墓穴を掘ったらしい。カウンターに突っ伏しているエースさんを慰めるようにマルコさんがその肩をぽんぽんと叩いている。サッチさんはその姿ににやにや笑っているところを見るだに、案外確信犯な部分もあったのではないかと思うが・・・いやまぁ確かに、こんなナチュラルに告白し返されるとは思わないだろう。普通、男ってのは、いくつになってもこういうことは口には中々出せないものだとは思うんだけれど・・・。
あぁ、でも、うん。そうか。
「サッチさんは、この船の人たちのためだけに作ってるから、こんなに美味しいものが出来るんですね」
「そ。つまり、愛情の賜物ってわけだ。ま、実をいうとこれ受け売りなんだけどな」
「・・・愛情が?」
「いや、船のためにってところが。コック長がな、言ってたんだよ。例えば、他の船に、不味い飯だって言われても構わない。自分は、この船のために作ってるんだから、この船が美味いって言えばそれで十分なんだってな。もう目から鱗っていうかなぁ。料理人なんて、美味いって言ってもらえるに越したことはねぇんだよ。誰にでもな。不味いって言われるよりかは美味いって言ってもらいたい。でも、よ。・・・一番はやっぱり、乗ってる船の連中に、美味いって言ってもらいたいんだよな。まぁ、コック長も昔聞いたことの受け売りらしいけどな」
「へー」
それは、なんていうか。うん。
「素敵なお話ですね」
「だろ?だーかーら。愛情が料理の最高の隠し味ってわけだ」
ばっちこん、と飛ばされたウインクに、彼の愛情の一端を垣間見た気がした。
食堂のおばちゃんも、きっと学園の子が美味しいって思えるように、私たちのためだけに、頑張ってくれてたんだろうなぁ。
あぁ、それは、なんて、素敵なことなんだろう。ほっこりと温かくなった胸の内で、赤面して照れているエースさんの横で、知らずにっこりと破顔した。