夢と現は謎の中



 あぁ、私死んだ。そう思ったのに、突如ばちっと目が開いて、呆然とした視界に飛び込んできたのはなんと木目の天井だった。けれども、その天井に見慣れた波に揺られるランプはない。あれ?と首を傾げると、ざりり、を頭の下で髪の擦れる音がした。
 あ、私、今、もしかして横たわってる?なんだかいまいち働いていない頭でそう考えると、瞬きを繰り返す視界に、ぬぅ、と突如人の顔が現れ思わずひぃ!と悲鳴をあげてしまった。え、なに超こわ・・・!

・・・!」
「え?・・・・・・・え?」
っ。よかった。目が覚めたんだな」

 パチパチと瞬きを繰り返す。呆然とした視界に映るのは、ドクターでもナースさんでも、マルコさんでもサッチさんでもエースさんでもない。それは随分懐かしささえ感じる、稚い、今の自分とそう年の変わらない幼子の安堵の表情。見慣れた、そう、それはあの世界に行くまで、とても見慣れた、いつも身近にいた、同級生の。

「彦、四郎・・・?一平・・・?」
~~っ。うわぁん、よかったよぉ。も、もう目を開けないかと思ったぁ~~っ」
「え?・・・・えぇ?」
「心配したんだからな!いつまで経っても目を覚まさないし、打ち所が悪かったんじゃないかって・・!」
「え?あ、うん?・・・ごめん、一体何が・・・?」

 安堵から一点、今度は緊張が取れすぎたのか、くしゃっと泣き顔になった一平がうるうる、と目を潤ませて嗚咽を上げ始める。それにぎょっとしながらも、こちらは泣きこそしないがその一歩手前のような情けない顔をして眉を吊り上げる彦四郎に、何事だ?と体を起こした。
 しかし、くらっと眩暈を覚えて咄嗟に掌で顔を覆うと、揺れた体を支えるように、そっと誰かの手が背中に添えられた。その動きに覚えがあって、あ、クルーの誰かかな、と思ったが、聞こえてきた声にそれを否定せざるを得なくなる。

「ダメだよ、すぐに起きちゃ。頭を打ったかもしれないんだからね」
「・・・・・善、法寺、先輩・・・?」
「意識はちゃんとしてるみたいだね。でも、まだちょっと心配だから、もう少し寝ていようね」
「えっと・・・あの・・・?」

 テキパキと私を再び布団、うん。布団だ。ハンモックとかベッドとかじゃない。ちゃんとした敷布団だ。に寝かせようとして、善法寺先輩はあぁでもその前に、と眉を下げた。

「着替えた方がいいね。数馬、手拭いと着替えを取ってきてくれるかな?」
「はい」

 そういって、また偉く存在感の薄い、今までいたんか、というような先輩に声をかけて、善法寺先輩が自分の懐から手拭い・・・を出そうとしてそっとまた仕舞いこんだ。
 うん、なんか、汚れてましたね。さすがにそれで拭かれたくはないなぁ、と思いつつ、そこでようやく、自分の顔から首、胸元にかけてぐっしょりと濡れていることに気がついた。
 うわぁお、何が起こったんだ本当に。

「ったく本当に信じられない!寝ている人間に向かって桶の水を引っ掛けるなんて!」
「わ、わざとじゃないんだからそこまで言わなくたっていいじゃないか!」
「わざとじゃないからいいだって?ハッ。これだから不運委員は・・・その不運に他人を巻き込むなよ!しかもを!どうせ引っ掛けるなら不運同士でやればいいのに!」
「ご、ごめんね・・・」

 追いつけない展開に思考を止めていると、大声で怒鳴りあいながら、仕切りの向こうからずんずんと肩を怒らせたやはりこれも見慣れた同級生がこちらに向かってきて、そうして私を見つけると大きく目を見開いた。

「・・・!」
「佐吉、伝七・・・」
「大丈夫か?どこも痛くないか?」
「え、うん。別段、痛いところは・・・」

 しいていうなら背中ぐらい?思いっきり海面に叩きつけられたからな。どことなくひりひりとした感じを覚える背中を撫でつつ、あれぇ?と私は首をかしげた。・・・ここ、もしかしなくても、学園の医務室、なのか?ぐるり、と心配して周りを囲む彦四郎たちから視線を外して見回した視界に、見慣れた薬箪笥に、薬草をすり潰す臼やらと置かれたそんなに世話になることもないけど、しかし全く利用しないわけでもない、学園の医務室の変わらない姿が映る。鼻腔を刺激する薬物独特の、そう、医務室でしか嗅げないようなあの独特の臭いも感じて、私は半開きになった口からあれぇ?と知らず声を出していた。
 ・・・・あれ、私、さっき、確か船から海に落ちて。ていうか船に、ワンピースの世界に行ってて、エースさんが、そういえばエースさん大丈夫かな、いやじゃなくて、あれ、ここ、忍たま?え?

「・・・・・・・・・・・・・・まさかの夢落ち?」

 え。嘘ぉ。驚愕の結末に行き当たり、まさかそんな夢のような話が、と混乱する頭で事態の把握をしようと必死に回転させる。そんな私を怪訝そうに見つめる佐吉が、はっと何かに気がついたように目を見開いた。

?どうし・・・まさか、打ち所が悪かった?!」
「えぇ!善法寺先輩、頭は打ってないって言ったじゃないですか!!」
「ちょっと待って、落ち着いて!今からちゃんと検査もするから!」

 どういうことですか!と善法寺先輩に詰め寄る伝七と一平。その様子にありゃ、と思いながら、いつの間にか手拭いを着替えを持って医務室に入ってきていた先輩が所在がなさそうにぽつんと佇んでいたことに気がつき、私は一瞬二人を止めるべきか否かを考えた後、とりあえずこのぐしょぬれの状態をなんとかしよう、と先輩に向かって声をかけた。

「えーと、そこの・・・先輩。手拭いと着替え、ありがとうございます」
「・・三反田数馬、だよ。はい。うーん、でも、本当に大丈夫?穴に落ちてずっと気を失っていたんだから、どこか悪いところがあったらすぐに言うんだよ?」

 あぁ、三反田先輩というのか。そういって、優しげな笑みを浮かべてちょっといい?と言って後頭部に手を這わせる三反田先輩を大人しく受け入れつつ、手拭いで顔を拭き、首を拭いて・・・胸元は着物の袂に手を突っ込んで水気を拭い取る。
 ・・・着替えたいんだが、皆出て行ってはくれないのだろうか・・・。そう思いながら、思いがけず三反田先輩から落とされた情報に、私はははぁ、とくるり、と思考を回転させた。つまり、この、よくわからないしっちゃかめっちゃかな状況は、私があの蛸壺に落ちてからずっと目を覚まさなかったから、なっているものなのか。
 後頭部に指を這わせていた三反田先輩は、たんこぶも怪我もないね、とどこか安堵した様子でするりと手を離す。真正面に正座した三反田先輩の安堵の微笑みを見ながら、軽く頭を下げてありがとうございます、と言ってからつまり、とぽつりと呟いた。

「・・・・私、蛸壺に落ちて、気を失って、それからずっと保健室にいたの?」
「そうだよ。もう、本当に、驚いたんだからな。こんな間抜けなことして・・・はい組の生徒でもあるんだから、もっと気をつけて行動しろよ」
「・・・・どこか消えたりとかは、してないよね?」
「ないよ。ずっと保健委員がつめてたし、僕達も様子を見に・・・て、べ、別にずっとじゃないからな!と、時々暇なときにきただけだからな!」

 僕達だって忙しいのに、全くときたら、とぐちぐちといい始めた彦四郎に、あぁツンデレ。と思いつつうんうん、と神妙な顔で聞いておく。ここで下手に笑うと火に油状態になるので、こうしてツンデレに気がついてませんよー、という態度を取っておくのが一番円滑に進むのだ。たまに可愛すぎてへらっとするときもあるけど、それはそれとして。
 うーん・・・しかし、彼らの言っていることが本当ならば、というかこの状況で嘘を吐くはずがないので、十中八九本当なんだろうけど、つまり、私のあの数ヶ月に及ぶ弱肉強食サバイバル及びとんでも海域の航海、そして人外魔境な面々がいた海賊船は・・・夢ってことでいいのだろうか。
 いや、しかしそれにしてはリアルすぎるような気も・・・。なにせ異世界トリップが初めてじゃないし、しかもあそこワンピースだし。でも私はここから消えてはいなかったみたいだし?なんじゃこりゃ。わけがわからん。ぐっと眉間に皺を寄せる、色々言い訳を並び立てていた彦四郎がその険しい顔に気づき、照れから一点、心配そうな顔で首をかしげた。

?・・・どうかした?」
「三反田先輩。やっぱりどこか怪我してるんじゃ」

 そういって、未だ一平と伝七に詰め寄られている善法寺先輩に代わり、三反田先輩に不安そうに声をかける二人に、はっと気がついてぶんぶんと首を横に振った。

「大丈夫だよ、二人とも。いや、まさか蛸壺に落ちてそんなに長いこと気を失うなんて思わなくて・・・本当、佐吉の言うとおり、もっとちゃんとしないとダメだね」

 夢落ちなんてありきたりな落ちが許されていいのか。いや、まぁ、それを凄く求めていたんだけど、なんで今更夢落ち。それなら最初のサバイバルの時点で夢落ちになってくれれば・・・!
 という葛藤は胸に秘め、にこ、と笑みを浮かべて元気だよー、とアピールすれば、二人はわかりやすく胸を撫で下ろした。うん。まぁ、別にいっか。夢であろうと現実であろうと、今回はちゃんと戻ってこれたんだし。というか、きっと、夢だったのだろう。長い長い夢。
 辛くて厳しい面はあったけれども、それでも明るくて優しい、とても大きく長かった、夢。

「それにしてもこの硬貨、一体どこの硬貨なんだろう?」
「きり丸がみたら涎垂らしそうな量だよね・・・」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?
 勢いよく声がした方向に振り向けば、乱太郎と鶴町君が、見たことのある布袋をじゃらじゃらと揺らしていた。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?

「ら、乱太郎、鶴町君、そ、それ・・・!」
「あ、ちゃん。これ?なんかちゃんが落ちてた蛸壺に一緒に落ちてたものらしいんだけど・・・どこのお金なんだろうね?綾部先輩が掘っているときに出てそのままにしてたのかなぁ?」
「埋蔵金?すごいスリルー」

 のほほんと問われて、思わず顔も引き攣る。
 見たことのある布袋。中身はパンパンに詰まった金貨で、それは、間違いなく、あの時、渡されて、餞別、で。え、ちょっと待って、結局・・・・

「どっちなの・・・?!」

 夢か、現か。答えは一生、出せそうにない。