泥だらけ
一仕事終えて、小腹がすいたので何か抓めるものでもないかなって厨に向かう途中、何故か庭先で正座を強制されている泥団子を見つけた。正確に言うと泥まみれになった鶴丸さんと鯰尾と骨喰だった。そして庭先に立ち、正座している面子に激怒しているのは歌仙さんだった。その内番服には泥が跳ね、顔にも付着している辺りおおよそ何があったか悟り苦笑とも呆れともつかない半目で、私は青空説教会にそろそろと近づく。
特に鶴丸さんの恰好はひどい。元々真っ白な汚れなんて気にしないぜ!と洗濯班泣かせの装束を、ぐっちゃぐちゃのどっろどろの泥色に変えて、あれ多分洗濯するだけじゃ落ちないぜ、って姿に変えているのだ。泥の中に突っ込んだんです?って聞きたいが、多分突っ込んだんじゃないだろうか。そして色こそあれだが、鯰尾もどっこいどっこいの有様である。どれだけハッスルしたの、と逆に問いかけたいぐらいだ。
「全く君達は!!仕事をサボって泥遊びだなんて全く雅じゃない、雅じゃないよ!」
「いやー折角晴れたわけだし、こんなにもいい泥があったらやりたくなるだろう?」
「馬糞じゃないだけ許してくださいよ歌仙さん」
「畑の泥はいい泥だと思う」
骨喰さん、それは論点ズレてますよ。反省の欠片とも見えない3人に、歌仙さんの額の青筋がピキキ、と浮かんだのが傍目からも見えた。あぁ、これはもう一発来てしまうぞ、と思って深く息を吸い込んだ歌仙さんを引き止めるように私は後ろから声をかける。
「歌仙さん、ちょっと落ち着いて」
「っ主」
「状況はおおよそわかってるけど、とりあえず深呼吸ね。そして3人は、泥遊びをするなとは言わないけどそれは仕事が終わってから、ですよ。罰として今日の夕餉のから揚げは3人の分は他より減らしますからね」
代わりに歌仙さんと、そうだな。燭台切さん、あとは御手杵辺りにでも追加しておこうか。颯爽と現れてさらっと罰を言いつけると、3人の背後に衝撃が走った。すべからく、鶏のから揚げとは大体にして好物になりやすいものである。
「そんな主さん!よりによってから揚げを減らすなんて!!」
「鬼だな君は!夕餉を減らすなんて鬼畜の所業だぞ!!」
「俺は兄弟に巻き込まれただけで本意ではないぞ、主」
「あ、骨喰!!自分だけずるいぞっ」
歌仙さんのお叱りには微動だにしていなかったくせに夕餉が関わってくると思えばこの変わり身。ひくっと歌仙さんの口元が引くついたが喧々囂々と慈悲を!!と訴えてくる必死さに、はああぁぁ、と重たい溜息を吐き出して眉間に刻まれた皺を揉んだ。
「君達は、本当に・・・!」
わなわなと震える拳に彼の憤りが現れているようだ。そうだね、きっと通りすがりに泥遊びに巻き込まれてこんな姿になってしまったのにこういう態度取られたらイラッとするよね。でもとりあえずどうどう。落ち着け歌仙さん。
「仕事が終わってからなら私も罰なんて言いませんけどねぇ。どうやら?3人とも?仕事そっちのけで遊んだようですし?」
「うっ」
「うぐぅっ」
そういえば今日はこの3人は畑当番だったような気がする、と思いながら雨上がりの庭先を見て、呆れたように肩を竦めた。ちょっとねちっこく言えば、反論の余地がないのか鶏を絞めたような声を出して鶴丸さんと鯰尾が顔を逸らした。骨喰は相変わらず表情に乏しい顔で、それでも心なしか視線が泳いでいる。それでも不満そうにちらちらっと見てくるので、私はうーん、と首を傾げ、そっと歌仙さんの服の袖を引っ張った。
歌仙さんはなんだい?と言いつつ、体を傾けて耳を寄せてくる。そして私は聞こえよがしに、
「反省の色が見られないので、彼らの夕飯はサラダのみがいいですかね?」
「あぁ、それはいいね!自分の食い扶持は自分で収穫させればより効率的だよ」
「じゃぁそういうことで、」
「ああああああすみませんごめんなさいもう仕事中に遊びませんからそれだけはーーー!!!」
「もうしない!内番中に泥遊びなんてしないからサラダのみはやめてくれ!!」
「すまない、主。歌仙。今後はしないと誓おう」
だから、変わり身。そう思いつつ、コロっと態度を変えて縋りついてくる3人を、というか主に鶴丸さんだろうか。平安刀の癖してこいつは、という顔で歌仙さんが心底呆れた目を向ける。でもそれ今更だよねーと思いつつ、くすくすと笑ってじゃぁ減らすだけにしますね、と罰の内容は変えないでおく。え?だって仕事サボりはだめでしょ?
まぁそれでも。
「まぁ折角だし、ここ数日は晴れ間も続くみたいだし、有志を募って泥遊び大会でも開きますか」
「えっ主本気かい?」
「豊穣の祈願も兼ねて、ね。それでどうよ?御三方」
まぁ、久しぶりの晴れ間にテンションも上がった結果だろう。それ自体はしょうがないことだとわかるので、遊ぶ分には別に泥だらけになろうが私は構わない。あとが大変だとは思うが、まぁ偶にはいいだろう。あくまで有志なので、やりたくないならやらなくていいわけだし。そういえば、サラダのみは回避したものの、から揚げが減ることに変わりはなかった3人はしょぼんとしていた顔をあげて、キラキラキラッと目を輝かせた。美形の目が輝くとすごい眩しいな・・・。
「さすが主!話がわかるなっ」
「馬糞は!馬糞はありですか!?」
「馬糞はなしだよ鯰尾」
むしろなぜ許されると思った。即座に釘を刺しつつ、ぶつぶつと参加メンバーの目星をつけ始めている骨喰と、すでにチーム戦を想定して企画を練り始める鶴丸さんと鯰尾に、歌仙さんは溜息を吐いて肩を落とした。
「・・・とにかく、そういうことは仕事が終わってから考えたまえ。あと、本丸に上がる時にはちゃんと庭で泥を落としてから入るんだよ」
「じゃぁ企画案に関しては3人に任せるから、大筋が決まったら企画書持っておいでね。でも仕事しないと許可しないから、ちゃんとやることはやるように」
それで問題がないようなら全員に通達するから、と声をかけて、わっかりましたー!と元気のよい返事を受けて、私は歌仙さんに向き直った。
「というわけで、歌仙さんは泥落として来たら?」
「・・あぁ、そうするよ。全く、彼らには困ったものだね」
言いながらも、別に嫌いなわけではないのだから、歌仙さんも大変だねぇ、と私は苦笑するに留めておいた。
うんうん。泥遊び大会が盛大なものになるだろうが、鶴丸さんにはほどほどと言い含めてないと、なんかやらかすだろうな、とは思っている。むしろ言い含めてもやらかす気しかしないので、その場合は最終兵器今剣が出動することになるだろう。
そうならないことを密やかに祈っているよ、鶴丸さん。まぁ私にはほぼほぼ関係ない話ではあるんだけどね!