雨宿り
ぴたり。万屋からの帰り道、歩いていれば唐突に同田貫が足を止める。
その動きに一歩遅れて、彼よりも前に出たところで振り返った。彼は空を見上げ、鼻をひくひくと動かして眉を寄せる。ちっと打たれた舌に、私は同じように空を見上げ、あぁ、と一つ頷いた。
「雨、降りそう?」
「・・・帰り着く前に一雨きそうだな、こりゃ」
「まいったな。降る前には帰れると思って傘は持ってきてないや」
なんとなく降るかもな、という気はしていたが弱い気配だったので、多少でかける分には問題ないと思って油断したか。というか、思いの外買い物先で時間を食ったのが原因か。荷物自体は重たいものは早々に郵送したけれど、軽いものはお互いの手の中にあって、買い物袋がガサガサと揺れている。まぁ、明らかに荷物の量は同田貫の方が多いのだが、いいのかな?何かあった時抜刀し辛くない?と聞いたら、そん時は落とすからいい、と言われた。いいんだ、それで。どうする?と同田貫が目を向けてきたので、少し考えて周囲を見渡し、ざわざわと通り過ぎる人並を抜けて、ぴしっと一点を指差した。
「濡れて帰ったら皆五月蠅そうだし、落ち着くまであそこでお茶でもしようか」
「あー・・・いいんじゃねぇの」
ひっそりと建つ甘味処に、同田貫は一瞬何か考えたようだが特別拒否もせずに頷いた。彼が何を思ったかは知らないが、ほら行くぞ、と率先して動いたので問題はとくにないのだろう。私も続いて歩いたところで、暖簾を潜って店内へと入った。少しじっとりと湿気のあった外とは違い、空調を利かせているのかカラリとした店内は過ごしやすい。時間帯を外しているからか、さほど込み合っていない店内は静かで、入ったところで店員さんが声をかけてきて窓際の席に誘導された。通り過ぎる席の間で、数少ないお客で審神者と刀剣男士、あるいは審神者同士、刀剣同士が甘味を突きながら談笑している。
どちらかというと比率は短刀や加州清光のような刀剣が多いようだな、と思ったが、席に着いてメニューをみればなんとなくわかった。なるほど、和カフェなのか。和菓子を用いた目に楽しい系のスイーツが華やかに記載されたメニューに、こりゃ同田貫やら山伏さんやらはあんまりこないだろうな、とは思った。別に彼らが甘味嫌いというわけではないのだが、シンプルにではなくこってこてにデコレーションされたスイーツは確かに、彼らのイメージからは離れている。腹に入れば皆同じとはいえ、店の中で食べるのはあまり好まないだろう。気にしない個体もいれば、そういうのが好きな個体もいるんだろうけど生憎うちの同田貫はこういう可愛らしいのはあまり好まないタイプだ。食べないわけじゃないけど、あえて食べようとも思わないというか。
まぁ、私も今はそこまでがっつり食べたいわけじゃないので、簡単にわらびもちを頼んだ。きなこがたっぷりまぶしてある、あとでお好みで黒蜜もかけられるという実にシンプルな一品だ。華やかな和パフェとケーキのページとは違って実に大人しいものである。
一応同田貫にメニューを見せながらどうするかと尋ねると、一瞥をして顔を顰めた。
「こーひーだけでいい」
「じゃぁわらびもちちょっとあげるね。すみませーん」
とん、とドリンクメニューでブレンドコーヒーを指差した同田貫に合わせて店員に声をかける。うちの子達はお茶の方が好きだがコーヒーなんかもそれなりに嗜むのだ。というか店に出ると存外お茶を出すところが少ないというか。ウーロン茶じゃねぇんだよな、いや好きだけど。みたいな感じだ。わかる。日本茶を飲みたいのにカフェメニューには紅茶とコーヒーがほとんどなんだよ・・・!ほうじ茶ラテとかじゃないんだよ飲みたいのは。
そうして頼んだメニューがくるのを待つ間、窓に目を向ければ石畳の道にぽつぽつと黒い染みが出来上がっていくのが見えてあぁ降ってきたな、と目を細めた。
瞬く間にザァ、と強い雨になると、平然と外を歩いていた人達も慌ただしく駆け出していく。どこかの軒先に入るのか、店の中に飛び込むのか。そうなるとこの静かだった店内も俄かに騒がしくなり始めて、一足早く入っていて正解だったな、と思った。
「込んできたね」
「関係ないだろ。それより本丸に連絡はしたのか」
「あ、してない」
言われて、そうだしとかないと過保護な面子が騒ぎ出す、と慌てて端末を手に取った。
同田貫が呆れたように嘆息して、つまらなさそうに背もたれに背中を預けて軽く俯く。目を閉じるとこのまま寝入ってしまいそうだな、と思いながら本丸への連絡を済ませると、丁度そのタイミングでコーヒーとわらびもちが到着したので、巾着に端末を仕舞ってわらびもちに手を伸ばした。
「今度の出陣なんだけど、同田貫には新しく来た子の補佐でレベリングに付き合って欲しいんだよね」
「あ?その役目は岩融じゃねぇのか?」
「最近出ずっぱりだったから、ここらでちょっと休ませようと思って。同田貫もここしばらく出陣組に回してなかったし、久しぶりに出たいでしょ?」
「まぁ、戦に出してくれるならなんでもいいけどよ」
そういって、ニィ、と口角を上げた彼の目が爛々と光る。彼の錬度的には物足りない戦場になるだろうが、戦場の空気に触れるだけでも違うのだろう。
元々本丸稼働時から高錬度(諸事情により)にあった同田貫が、錬度上限までいくのはあっという間で、勿論その間に新しい刀剣も増えたりしているのでなるべく全員に任務は回るようにしていても優先度というのはできてしまう。
結果、古参と呼ばれる面子の出陣頻度が減ってしまうのは仕方がないといえば仕方がないのだ。そのあたり、同田貫も多少の不満はあれども理解してくれているので、表だって文句は言わないが鬱屈は溜まっていたのだろう。低錬度の刀の付き添いとはいえ、戦に出れると聞いて彼の顔に久々に張りが戻ったように見えた。ごめんよ、今度は古参組でメンバー組んで思いっきり戦えるところに行かせてあげるから。あくまで歴史改変を正すためのお仕事なのだが、まぁそこに多少の私情を交えても構うまい。戦なので何があるかわからないので気は抜けないが、思いっきり戦えなくなるのも彼らの腕を鈍らせてしまうことになってしまう。
とりあえず今はこれで我慢してくれ、とわらびもちを差し出すと、同田貫は特に抵抗もなく手ずから口に含んだ。所謂はい、あーん状態だが、いつものことなので気にしない。一口程度ならうちの本丸ではよく見る光景である。だが、瞬間ガタガタ、とどこからか音が聞こえてなんだ?と首を巡らしたが、端末を弄っている審神者とかパフェを突いてる刀剣とか、普通の光景しかなくて首を傾げた。
「燭台切の作ったわらびもちの方がうまくねぇか」
「お店でそれは言っちゃいけないよ。まぁあれは・・・拘り方がすごいというか・・・美味しいけども」
「歌仙や堀川も一緒になって凝るからな・・・てかそりゃアンタが出来たてのわらびもちを食ったことがねぇって言ったからだろ」
「だからといってまさか山にわらびを取りに行ってガチで手作りするとは思わないじゃないか・・・!」
いやそこまでしなくていいよ!?って言ったのにやる気になった彼らは止まらなかったんだ。なんでわらび粉作りから始めてるの!?って思ったけど、こっちはこっちで勉強になったので・・・まぁ、いいかなとか。そうか、わらび粉ってああやって作るんだなって・・・。
「まぁうまいもんにありつけるんだからいいじゃねぇか」
「刀とは、って言いたくなるけどまぁ美味しいからいいのか・・・」
美味しいは正義だよね、確かに。きなこの上から黒蜜を回しかけて、半分に減ったわらびもちを突きながら再度窓に目を向ける。おっと。
「そろそろ止みそうだね。食べたら出ようか」
「あぁ、そうだな」
言いながらコーヒーを含んだ同田貫はちらりと水滴のついた窓を見て、今度は手を伸ばして私からスプーンを奪い取る。
「よこせ」
「はいはい」
そういえばきなこより黒蜜派だったね、君は。
そしてやっぱりガタッと物音が聞こえたのだが、果たして誰がそんなに興奮しているのだろうか。