セーラー服と日本刀
父が死んだ。
死因は、急性心不全という、よく聞くようなさりとて身近に起こるとは考えないような、近くて遠いものだった。
日中に、私が学校で授業を受けている頃に、父は死んだらしい。らしいというのも、帰宅した時に倒れた父を見つけてからの話なので、推定死亡時刻のことなど細かく聞いていない。説明されたような気もするが、正直あまり頭に残ってはいなかった。
突然の父の死と、その後目まぐるしく執り行わなくてはならないことが多すぎて、ゆっくりと考えている暇などなかったのだ。不幸にして、私の両親は幼いころに離婚しており、私は一人っ子で尚且つ父に頼れるような身よりはない。離婚した母を頼ろうにも、母方の親族とは離婚した時点で断絶状態だし、母自体に関わりが一切ないのだ。
まぁ、母の連絡先がわからなくはないのだが、頼るには憚られる程度には交流がなかったので、結果私が一人で執り行わなくてはならなかった。なにより、迷惑はかけたくなかった。父は母を愛しており、母の夢を応援し続けていたので。娘たる私が亡き父の意思を汲むのは自然な流れだろう。まぁ、呼んでせめて線香の一つでもとは思うが、万が一、母が別にいい人を見つけていたら気まずい所ではないので、臆病な私はそっと母の連絡先を箪笥の中に仕舞い込んだ。色々整理がついたら、手紙の一枚でも書いて報告だけはしておこうかと思う。一応、元夫婦で、私は彼女の娘なのだし。
まぁ、私は普通の人とは違うかなりレアケースな人間なので、普通の中学三年生とは精神的事情が違ったのが不幸中の幸いか。所謂前世もち。記憶の引き継ぎ強くてニューゲーム?チートとはいかないがそれなりに要領は掴んでる。ぶっちゃけて父親より通算した中身は年上だったりするので、慣れないことではあるがやれることはしたと思う。
幸いご近所さんには恵まれた方だったので、気遣ってくれる人も手伝ってくれる人もいた。神社の神主さんには感謝してもしきれないぐらいだ。
葬儀は無論身内だけ、と言いたかったがまぁ、さすがに一人だけでは、と周囲に言われて葬儀の手配やら事後処理やら諸々を手伝ってくださった神主さんご夫妻とご近所の方数名だけで執り行った。
雨も降らず、さりとて超晴天、というわけでもなく。初夏の過ごしやすい気候の中、粛々と進んだ葬儀は無事に終わり、参加してくださったご近所さんが全員帰るのを見送って一息吐く。
学生の正装である紺色のセーラー服を揺らして家の中に戻れば、しん、と静まり返った借家でお香の香りが鼻につく。疲れを感じながら廊下を歩き、祭壇が飾られている部屋に入って、祭壇前の座布団の上にゆっくりと座った。白い経机の前で巻線香がちらちらと煙を燻らせている。見上げた先では遺骨の入った骨壺と白木の位牌、それから微笑みを浮かべる父の遺影がある。あぁ、今度は私が見送る番になったのだな、と思いながら、そっと瞼を伏せた。
まぁ、見送らせずに済んで、よかったのだろう。ちょっと、いやかなり、早すぎた気もするが、なに。私の方が大分親不孝をしてきたのだから、偶にはこういうこともあっていいだろう。自分の中の落としどころを探すように言葉を重ね、微笑みを浮かべた。
その時、ピンポーン、と玄関のチャイムの音が静かな家の中に響き、油断していた私はびくりと僅かに肩を揺らしてから、慌てて立ち上がった。
誰だろう、こんな時に。葬儀に来なかったご近所さんが線香でも持ってきたのだろうか?いきなり業者関係は来ないよね?そう思いながら玄関でサンダルを足先に引っ掛けるように慌てて玄関のドアを開ける。今にして思えばちょっと不用心にすぎたかな、と思うけれど、その時はそこまで頭が回らなかった。
はぁい、と少し間延びした返事を返して、玄関のドアを開ければ、そこに立っていたのは見慣れない黒スーツのおじさんで。
はて。まさか本当にどこかの営業マンでも来たか?と小首を傾げた。まぁ、だとしたらちょっと非常識。葬儀直後とかないわーと思いつつ、怪訝に眉を潜めてじろじろと見れば、黒スーツのおじさんは眼鏡の縁をくいっと持ち上げて。
「さんですね?」
「え?」
私の名前を確認したと思ったら、その瞬間、私の目の前は真っ暗に塗りつぶされた。