セーラー服と日本刀



 一つ、この屋敷には私以外の人間はいない。
 二つ、この屋敷は俗世と物理的に隔離されているらしい。
 三つ、この屋敷にはどうも何かしらの守護がかけられているらしい。
 四つ、この屋敷に人間はいないが、どうやら人間じゃないモノはいるようだ。
 
「はは、ワロス」

 自分でもひどく乾いた適当な笑い声だと思ったが、そうでもしないと頭を抱えて絶望するぐらいしかできないので仕方ない。虚ろな目になるのも仕方ないと思うのだが、頭痛のする思いで頭を抱え込み、やがて深い深い、肺の中が空っぽになるぐらい深い溜息を吐いて、何をさせたいのかさっぱり意図も掴めないまま、縁側に腰を落ち着けた状態でぼんやりと刻一刻と落ちる日を眺めた。
 ・・・異空間的なところに隔離してる癖に、太陽の動きだとかいう自然現象は再現してるんだな。夜になれば月でも昇るのだろうか、と思いながら爪先で円を描くように地面の上を滑らせてざりざりと弄繰り回す。

「どうしたものかなぁ・・・」

 心底弱り果てたように呟くものの、突破口がいきなり目の前に現れるわけでもない。
 現状、このオンボロ屋敷に留まる他ないのだが、それにしたってこの屋敷の不可思議なこと!まぁ、それに気づくのが遅かった私も私なんだけど。
 そも、人間がいないことは最初の内にわかっていたが、それ以外にも注目するべき点はいくつもあったのだ。本当に今更なんだけど、完全に退路を断たれたが故に冷静になった頭で、ようやく気付いたので私も大概パニクってたらしい。しょうがないよね拉致誘拐されてるんだし。これでパニックになるなという方が難しい。
 まぁ、まず異空間的な所に隔離しているその謎技術も然ることながら、次に気づいたのは屋敷を囲う塀を中心に広く展開されている守護の気配だ。結界、とでもいうべきなのか・・・この空間から屋敷を守るための処置なのか、それがなんのためにあるのかはわからないが、確かに神秘の気配を感じた。この広大な屋敷全体を囲う・・・いや、包む?その存在に気が付いて益々ここがどういった場所なのかわからなくなる。・・・マヨヒガ?私、知らぬままにどこぞの主の領域にでも連れ込まれたのか?
 そうなると犯人は最早人外ということになるのだが・・・いっそその方が納得できるかもしれない。それぐらい、ここは不自然に歪なのだ。
 次に、その人外の領域説を後押ししたのは、仕方なく屋敷探索をもっと進めてみようと動いた先・・・母屋とはまた別に建てられた棟にて見つけた、鍛冶場の存在による。
 何故、普通の・・・普通?の屋敷の一角に鍛冶場なんていう場所があるのかは、もうホントわけがわからないが・・・統一性がなさすぎるというかホントどういう意図でこれらの施設を併設してんの?ここどういう所なの?意味わかんない。
 しかし、無造作に枕元に置かれていたこの日本刀・・・握りしめたままのそれを見下ろして、これとこの鍛冶場は何か関係があるのかもしれない、と一つの接点を見つけるには至った。この刀はここで鍛刀されていた・・?ではあの祈祷室めいた場所も、この刀と関係があるのか?
 そう思考を展開させながら、鍛冶場に足を踏み入れた。その瞬間、今まで火の灯っていなかった炉の中に、ぼっと音をたてて火が灯ったのだ。真っ赤に燃える炎が、炉の小さな窓からゆらゆらと揺れ動いて薄暗かった鍛冶場の中を照らし出す。突然に火が点くという現象に思わずひっと息を呑んで足を止め、ホラーな現象に冷や汗を流していると、ぴょこん、と炉の影から、何かが顔を覗かせた。え!?マジで幽霊!??内心でぎゃぁ、と悲鳴をあげながら思わず刀の柄に手を伸ばしたところで、それはぴょん、と酷く身軽な動作で姿を現した。

「・・・・・・ど、どちら様?」

 あ、先に私が名乗るべき?思わずそんな間の抜けた問いかけが零れ出たのも、まず現れた姿が自分の想像していたものとはかけ離れていたからだ。なんていうか、こう、もっと妖怪っぽいおどろおどろしいものを想像していたわけね?こんな幽霊屋敷かと思うような場所だし、異空間だし、どこぞの誰か様の領域だったりなんかしたらそれこそ、ねぇ?
 しかし、出てきたのはなんいうてか・・・人形?みたいな?二頭身のちっさいお方様。デフォルメされたキャラみたいな大層可愛らしい姿で、纏う気配も穢れはなく清らかそのもの。力こそ強くはなさそうだが、少なくとも悪いものではなさそうだった。
 出てくるにはかなり想像外のものに、すとんと肩から力が抜けて、柄に伸ばしかけた手をだらりと下した。・・・とりあえず、最初に出会ったのが人間じゃなくて人外というのがなんともいえない。やっぱここ何かいるのかーと思いながら、足元にちょこん、と寄ってきたちっさいお方に、そっとしゃがみこんで距離を縮めた。目線を合わすにはあまりに背丈に差があったので。

「えーと・・・お住まいに突然押しかけて申し訳ありません」

 何を話しかけるべきか。そもそも会話が成り立つのか?それでもこうして対面してしまったので、まさか無視して立ち去るわけにも行かず(悪いものではなさそうだし)、きっとこの屋敷に憑く精霊か何かなのだろう、と推測して先住民に対するお断りを口にする。軽く頭を下げて、まぁ私のせいでもないんだけどね!と思いながらちっさいお方を見下ろせば、ちっさいお方はふるふる、と大きく首を横にふってにこ、と笑いかけてくれた。・・・い、癒し・・・!なにこれ可愛い!!普通に可愛い!!そしてなんと心優しいお方!

「うおお・・・ありがとうございます。とりあえず、しばらくこの屋敷に間借りさせて頂くことになると思いますが、よろしくお願いしますね?」

 迎え・・・少なくともなんらかの変化があるまではここを動けないわけだから、この屋敷で寝泊まりする他ない。なので、手を差し出しながら小首を傾げると、小さいお方は、やっぱりすっごく小さい手を伸ばして、私の指先?をきゅっと握ってくれた。
 ちっちゃい!ちっちゃい!ちっちゃいーーーー!!!マジ指先ですよ爪の先のような手ですよ!!うおおおお、と思わず興奮しかけたが、あまりに円らな瞳でこちらを見上げてくるので、むりくり微笑みを張り付けた。とりあえずこれは許可を貰ったということでいいのかな?ん?
 ・・・なんていう経緯を経て、明らかにニンゲンじゃないものが住んでいるこの屋敷。どうにもこうにも、人間が踏み入る領域じゃないですよねー!という結論に至るにはほぼ真理といってもいいのではなかろうか。そんな中に放置された私。遠回しに・・・いや結構直接的に?死ねって言われている気がする。

「まぁ、現状はどう生活していくかってところかなぁ」

 鍛冶場の精霊・・・妖精?さんに別れを告げて、当面の生活を考える。ああいうのが問題なく住んでいるということは怖いものがいる場所ではないのだろうし、ひとまずは安心である。問題があるとすれば、人のいないここでどう生活物資を調達していくかということである。食糧とかがあるとは到底思えないし、調達しようにも下界と切り離されていては手に入れようがない。あれ、餓死?餓死ですか?・・・庭とかの雑草食べれるかな・・・。水も調達しないと・・・井戸はあったけど、あれ使えるのかな?

「土間はあったし、火種も・・・まぁ鍛冶場から貰えそうだし・・・やっぱり食料と水だよなぁ」

 しかし、今日はもう動く気になれない。というか時間もすでに遅く、周囲は薄暗くなってきているので、これ以上の探索はできそうもなかった。
 ていうか真っ暗な中こんなホラーな屋敷を歩き回る勇気はない。何か出ても怖いし。動くなら太陽が昇ってからだな、と思いながらやはり土足で上がった屋敷の中で、さて、どの部屋で休むべきか・・・と視線を泳がせる。

「・・・あの部屋、かな?」

 唯一、パソコンのあった部屋。少なくとも現代機器が置いてある部屋は僅かながら自分の世界と繋がっているような気がして、この薄ら寒いほど生活感のない屋敷の中では比較的マシに思えたのだ。逆を言うとあそこだけはここと交わらないともいうかもしれないが。
 まぁ、しかし仮に布団とかの寝具が見つかっても使えないだろうな。今日は畳の上で雑魚寝かなーと、ぎしぎしと鳴る廊下を突き進んだ。
 あぁ―――置き去りの父の遺骨は、どうなっているのだろうか。