セーラー服と日本刀



 住めば都とは、よくぞ言ったものである。
 鍬を手に持ち、耕した畑を眺めて首に巻いた手ぬぐいで汗を拭う。米神を伝う汗と、鼻の頭に浮かんだ汗を拭きとりつつ、さて次は、と視線を下に落とす。
 そこにあるのは籠に入った野菜の苗。種芋もごろっと転がっているので、重量はそこそこのものだ。もっとも、人一人が生活する程度なので、そうたくさんの量でもないのだけれど。これらは全部、この屋敷の庭・・・いや、正確に言えば、畑であったのだろう場所で半ば野生化していた野菜たちである。多分、昔の名残で放置され残った物がそのまま自生していたのだろう。ありがたいことである。
 ほぼ雑草と野生化した野菜からなる林みたいな場所を見つけることができたのは重畳だ。いや、本当に、鬱蒼と生い茂りすぎてそこが畑だったなんてわからないぐらいだったのだが、なんか見覚えのある葉っぱがチラホラ見えてたし、おまけに一部で何やら実っている野菜もあったので、これは、と思って掘り起こして正解だった。
 畑の名残で野菜を見つけ、肉っ気こそないものの、なんとか食糧問題もひとまずの解決を見せたのだ。圧倒的に足りない栄養素はあったが、仕方ない。精進料理と思おう。でも米がないの辛い。主食ないの辛い。今じゃがいもとかで賄ってる。辛い。
 せめてこの場所が異次元でさえなければ、山なり川なりで肉っ気を探せたのに、閉鎖された空間ではこれ以上の発見がないのだ。辛い。
 まぁそれでも食べるものがあるだけ幸せな方だろう。味付けも何もあったものじゃないが。調味料はね、さすがにね、駄目だったよね。台所で見つけたそれらの悲惨な姿を思い出して、くっと目頭を押さえた。せめて塩だけでも無事であれば、と思ったが、まぁ、無理だったよね。なんかほぼ石になってた。あれ砕くの無理だわってぐらい石だった。
 結果、素材の味を生かしまくった食事事情になっている。辛い。飽食の時代を生きた美味しいものの為ならばどんな苦難も乗り越える民族性に、これはきつい。
 塩気って大事。贅沢を言うなら醤油とか砂糖とか、さしすせそは欲しいよね。全部ないですけど。ないですけど!!代わりに野菜をひたすら煮詰めた野菜だしを駆使してます。
 現代風に言うとべジブロス?だっけ?そんな感じ。まぁこれも調味料が一切ないので、本当に本気の野菜オンリーの出汁である。まぁ、それでも結構美味しいんだが。
 やっぱり人間、贅沢は敵よねぇ、と思いながら籠を抱えて植えつけに精を出す。
 とはいってもそれほど広い面積でもないので、考えるよりもよほど早く植えつけも終えた。泥だらけの手を軽く払って、桶に組んだ水を柄杓で掬い、ばしゃばしゃ、と植えたところに撒いていく。水を吸った分だけ色が濃くなった土を眺め、植えた箇所すべて水やりを済ませると、桶の底の方に残った水で手を洗った。冷たい水の心地よさに、どろどろになった体を考えて首を傾げる。・・・水浴びでもしようかな。
 綺麗になった手を首にかけた手ぬぐいでふき取り、使った道具を片付けるために鍬と桶をよいしょ、と抱え物置き場に戻る。道具を片付け終えると着物の袖を留めていたたすきをしゅるり、と音をたてて解く。畑仕事するのにたくし上げ、帯で留めていた裾も下そうとして手をかけたところで少し考えてから手を放す。
 動きやすさを考えるとこのままの方が断然いいからだ。袴を穿こうにも、現状この屋敷にある衣服はどれも男物ばかりだ。そうなると、袴の丈がどうしても合わず、結果袴無しで着るしかなくなる。学校の制服をずっと着ているわけにもいかないので、最近は男物の着物でローテの毎日だ。まぁ別にこだわりもないし見る人もいないので、気にもしていないのだが。一応、たくし上げた着物の下にはスパッツを着用している。スカートを穿くときは大体スパッツ着用なので。まぁこれも一着しかないので、着物の裾をたくし上げる時ぐらいしか着用しないけど。さておき、汗と泥で汚れた体を清めなくては。さっぱりしたいなーと思いながら、一旦部屋に戻りタオル代わりの手拭いを一枚手に取り、鼻歌混じりに相変わらずぎしぎしと鳴る廊下の床を歩いていく。まぁ、これでも来た当初より随分とマシになった方だけれど。
 その廊下を、トタタタ、と可愛らしい音をたてて何かが横切った。酷く軽い足音で、歩みを止めると頬の筋肉を緩めておや、と声をかける。

「お掃除中?ありがとね、しぃちゃん」

 目の前を横切ったのは、二頭身の小さな体で廊下を雑巾がけをしている妖精さん。
 先ほどの私と同じように、袖をたすき掛けし、小さな体で大き目の雑巾を使い廊下の清掃に勤しんでる。私が声をかけると、ぴたりと足を止めて妖精さん・・・あと何人かいるので、便宜上しぃちゃんと呼んでいる彼は顔をあげ、ひらひらと手を振った。
 もみじよりも小さい手で、掃除に勤しむ姿は健気に尽きる。後で私も手伝おう、と思いながらも、今はとりあえず汗を流してサッパリしたかったので軽く労いの言葉をかけて後で手伝う約束をしてから、しぃちゃんとは別れた。 
 この屋敷に滞在することになって大体一週間程度だろうか。このちっさいお方たちは鍛冶場、それから一部の部屋に複数人いることが判明した。屋敷の探索がてら発覚した事実だが、全ての部屋にいるわけではなく一部ということが益々何かの妖精染みている。
 ちなみにその部屋とは、この屋敷でもどこか異彩を放っていた部屋ばかりである。医務室のような、という印象を抱いた部屋と、同じく神棚の置かれた祈祷場所のようなあの部屋。どうもあそこを住まいとしているようで、数人の妖精が身を寄せ合っていたのは可愛いの一言に尽きた。相変わらずどの部屋もどういう用途の部屋なのかはいまいちわからなかったのだが・・・あ、でも医務室には刀の手入れ道具一式があったので、もしかしたらそれ専用の部屋だったのかもしれない。まぁ壁のデジタル時計の謎は解けないままだが。そのせいで多分本来の役目をさせてあげれていないのだが、本人たちはあまり気にしていないらしい。むしろ他にやるべきことに精を出しているぐらいだ。
 やるべきことっていうか、やることがないからそれしてるっていうか・・・とどのつまり、先ほどもあったようにこの屋敷の掃除や修繕といった雑事である。
 そもそもが家に憑いているような存在なので、屋敷自体を綺麗にしていくことは苦ではないらしい。任されよ!とばかりに小さな手で張った胸をどんと叩いた姿は愛くるしくも頼りがいがあった。おかげで、今ではすっかり、というにはまだちょっと足りないが、当初よりも随分と綺麗になってきたのは事実だ。ただどうにも材料がないので直しきれない部分もチラホラ。
 まぁでもあの幽霊屋敷染みた場所から一応人が住んでる気配がし始めたのは結構な進歩だと思う。辿り着いた井戸で、刀を近くに立てかけ桶をカラカラと引き上げながらそんなことを考える。引き上げた桶を脇に置き、首に巻いた手ぬぐいを水に浸す。軽く絞ってから、着物の上半身を肌蹴させて、ひんやりと冷えた手拭いを首筋にあてた。誰もいさなすぎて外で着物脱ぐのも抵抗なくなってきたわー・・・。
 女としてどうよ、とは思うものの取り繕う相手もいないのでまぁいっか、と流したのは割とすぐの話だ。そして相棒たる刀がガタガタ鳴らなくなったのも割とすぐである。
 あれかな、この刀は「外で脱ぐなんてはしたない!」とでも怒っていたのかな?でも伝わらないし伝えてもどうにもならないから諦めたのかな?しょうがないよね、刀だもの。今ではとっても静かなものである。
 一通り体を拭き終え、さっぱりしたところで着物を再度着直して、手拭いを軽く手洗いする。汚れた水は捨てて、濡れた手拭いは首に巻く。冷たい感触が心地よく、火照った体には丁度いいぐらいだ。着物の衿首が湿るが、まぁすぐ乾くだろうからあまり気にしない。そのまま刀を腰の定位置に差し込み、柄を一撫でしてから屋敷に戻った。
 無論、先ほど交わした妖精さんとの約束を守るためである。まだまだこの屋敷の全てを掃除できたわけではない。最低限の部屋しか片付けていないし、そもそも廊下だってまだ一部しか綺麗にできていないのだ。果たしてどれほどの時間をかければ綺麗にできるのか。それほど長い時間を過ごしたいとも思わないんだが、ひとまずやることがあるうちはそれらを行うことによってマイナス思考を退けていたい。
 屋敷に戻れば、廊下をとんてんかんと木の板と木の杭、それから木槌で穴が開いた部分を修復をしている妖精さんが。ちなみに先ほど廊下を磨いていた妖精さんとは別の妖精さんである。ぶっちゃけ見分けつくの?と言われると難しいが、意識してみると纏う気配というかオーラというか?が微妙に違うのでそれで大体見分けている。
 しかし意識してみないといけないので、今後はパッと見でわかるように何か目印でもつけたいところだ。

「精が出るね、にぃくん。その木の板どこから持ってきたの?え?庭から?・・・あぁ、なるほど。そういう方法もあるのか・・・」

 言葉は交わせないのでほぼ身振り手振りだけれど、おおよそ何が言いたいかはわかる。木槌を打つ手を止めて、庭を指差しボディランゲージを駆使する姿に非常に和みながら、おおよそを理解してすごいねぇ、とその頭を撫でた。
 えへへ、と頬を染めてちっちゃな両手でほっぺたを押さえててれてれとはにかむ妖精さんプライスレス。まぁ、あの庭に聳えているそこそこの樹木を如何にして木の板にまで精製したのかは知らないが、できるんならいいんじゃないかな。それで屋敷が快適になるならむしろ存分にしてくれたまえ。でも庭の樹木も無限ではないので、ほどほどにね。
 頭を撫でて存分に堪能してから、部屋の掃除してくるわーとひらりと手を振って立ち上がる。同じように手をぶんぶんと振りかえして、後ろからとんてんかんと木槌の叩く音が再び聞こえてくるのを背中で聞きつつ、廊下を歩けば、やはりちょこまかと動く小さな影たち。それら一つ、いや一人?一人に労いの声をかけながら、ふと空を見上げる。

「・・・空気、変わったな・・・」

 あの廃れた空気が、生気を取り戻していくその気配に、やっぱり妖精さん達のおかげなのかねぇ?と小首を傾げた。