セーラー服と日本刀



 白刃煌めく上段からの切り落としを垂直に構えた短刀で受け流し、ぎゃりん、と金属の擦れあう耳障りな音が鼓膜を震わせる。火花の散る一瞬、下に沈んだ打刀が再び持ち上げられる前に、その上を抑えるように刃を滑らせ、柄を握る手を押さえつけながら喉元に一息で刃先を押し込む。ぐにゅり、と、肉を突く気持ちの悪い感触が伝わり、ガッ、と短い呻き声が漏れると柄を持つ手に力を籠めて、横に引き裂く。ぶしゅっと、勢いに任せて首筋から鮮血が噴き出て、しとどに頬を濡らした。首の半分を斬られた怨霊の頭が、その重みに耐えかねて大きく傾げる。喉を切り裂いた反動で体を反転させ、支えを失った体がどう、と地面に倒れる音を聞きながらしゃがみ膝をつきながら片手を腰元に伸ばす。そこに差してある柄を握りしめ、一閃。最下段で横薙ぎに払った打刀が、蜘蛛のような節足を数本ブタ切り、バランスを失い前に崩したところで立ち上がり様切り上げる。体の真ん中、下腹から上に。ずっぱりと縦に赤い線が走り、ぷし、と血が跳ねた。
 体が傾ぐ。足がなくなり上半身を斬られた衝撃で後ろに倒れ込む体を見送り、背中から地面に着いた瞬間、その体は更に大きく下に下がった。ぼろりと、崩れた地面の中に、吸い込まれるように大きな体が消えていく。穴の中へと落ちていく異形の姿。少しの間を置いて「オギャァァァァ」と身の毛もよだつ赤子の泣き声のような断末魔が穴の底から響いて、消えた。一切の音が消えると、耳につくのはふぅふぅ、と荒い息を繰り返す自分の呼吸音だけ。濡れた頬から滴る血の動きを鋭敏になった感覚で拾いながら、ぶん、と大きく刀を振ってべっとりとついた血糊を払って、ふところから布を取り出し血の気を拭い取る。懐紙があればいいんだろうが、生憎とこの本丸にそんな紙はない。とりあえず血を拭い取った刀を鞘に納めた。あとでちゃんと手入れをしなければ、と思いながら短刀も同じく鞘に納め、汗で額に張り付く前髪を掻き上げながら、穴の中を見下ろした。
 そこには、幾本もの竹槍が張り巡らされているだけで、そこに落ちただろう怨霊の姿はない。串刺しになった化け物の姿など見ずに済んだのはいいことなんだろうな、と思いながら、中を観察してそこに何もないことを確認してから、後ろを振り返った。そこにも、先ほど倒した怨霊の姿は影も形もなく、ただ荒らされた庭木と抉られたような地面の跡が残るばかりだ。
 僅かばかり土埃の立つ地面を見つめ、濡れた頬をぐしぐしと袖で拭く。べっとりとついた血液に、虚ろな目を向けてから、脇腹にそっと手を添えた。

「いたい・・・」

 じくじくと裂かれた脇腹が痛い。今日は無傷とは行かなかったな、と思いながら縁側から慌てた様子でぴょこぴょこと駆け寄ってくる妖精さんに、腰から刀を引き抜いて手渡した。
 妖精さんの体に短刀はともかく、打刀は大きいのだが、それでも揺らぐことなく持っているのでさすが人外、と思いつつその烏帽子の被った頭を撫でた。

「さっちゃん、短刀の方、ちょっと欠けたっぽいから、見てほしい。それと、こっちの、手入れお願いできる?今、力、渡すから、」

 痛みと疲労でたどたどしく言いながら、脇腹を押さえつつお願いをして、短刀と打刀を手に乗せる。打刀の方は特に刃毀れはしてないとは思うのだが、きちんと手入れしなくては錆がくる。どうもね、この刀たち、普通とは違うらしく・・いやまぁ何か憑いてる時点で普通ではないんだが(だって偶にすごい自己主張してくる)、まさか通常の手入れでも特別なことが必要とは思わなんだ。これらの刀を手入れするには、どうも私の力・・・この場合霊力と言えばいいのか神力といえばいいのか・・・まぁ、そういったものが必要らしい。
 幸いにして、私の場合ちょっと普通じゃない感じで持ってる諸々があるので、なんとかなってるが。妖精さんがすごい微妙というか、え、お前何モン?という目で見てきた瞬間が忘れられない。最初に手入れしたとき、中々直らないから何か憑いてるんなら、こう、力を注げばなんとかなるかな?って思ってやったらさ、なんとかなったわけで。
 遥か1で頼久さんの刀に五行の力込めるシーンあったじゃん?あの要領でやってみたらできたわけなのさ。そしたら妖精さんが「え、この人なにやったの?」って顔してくるからさ、多分、普通じゃないことしたのかなぁ、とは思った。思ったけど、まぁ、それでなんとかなるならめっけもんじゃないかと。そう思いつつ、刀に五行の力を籠めていく。この力を精製して、刃毀れとか直してるみたいだし。ただ難点は、戦いを繰り返すごとにやたら籠める量が増えていくことだろうか。まぁ、ぶっ倒れるほどでもないんだけど。
 妖精さんは気遣わしげな目線を一度私の腹に向けて、それからこくりと頷いてとててて、と屋敷に戻っていった。
 そのあとを、入れ替わるようにして別の妖精さんがやってくる。手に綺麗目な布を携えて、血相を変えてぴょこぴょこと飛び跳ねた。

「ん。ありがと、いっちゃん。ふふ、今日のは手強かったぁ・・・」

 久しぶりに短刀を含まない編成の怨霊軍団だった。布を受け取り、脇腹に巻きつけるようにして止血をしながら、重たい足取りで縁側まで歩く。手をついて、ゆっくりと座り込むと救急箱を頭上に掲げ持つようにして、とたぱたと足音を立てて妖精さん達が突撃してきた。おぉう。ありがと。
 微笑んで頭を撫でて、するり、と袂を肌蹴させる。あ、一応サラシとか巻いてるんで大丈夫ですよ!現代の下着は一着しかないので、そうそう着まわせないのですよ・・・。
 上半身を脱いで、改めて自分の体を見下ろしてみる。うむ、治りかけの傷からちょっと跡が残ってるのまで、現代に生きていたらまずないような刀傷ばかりだ。まか、全く身に覚えがない傷、というわけでもないけども。そこで新しく追加された脇腹の切り傷に溜息を零し、その拍子にずきん、と走る痛みに顔を顰めた。泣きたい。あ。そうだ。

「いっちゃん、他の刀持ってきてくれる?」

 さっきまで装備してたの手入れの方にやってしまったので、新しい武器がいる。稀に連続してやってくることがあるので、武器だけは本当に常備してないと危ういのだ。
 あれから、数は多くはないが複数の刀を拾ったので、まぁ、使い回しが利くのがいいな。どれかダメになっても武器がなくなる、ということがなくなったのはありがたい。今の所ダメになった武器もないけれど、いつ何が起こるかわからないからなぁ。
 お願いすると、さっちゃんはこくりと頷いて、ささっと背中を向けて私の寝室に向かった。大体の刀はそこに置いてるからね。なんかこう、刀も使ってるとね、まぁ刃毀れとか曇りとか色々あるわけで。そういうときに、なんかさっちゃんとかが手入れをしてくれるんだよね。そういう妖精さんだったのかな、と思うが、とりあえずあの医療室みたいな部屋。あそこがどうも刀の手入れ部屋だったらしい。そして手入れ中はあの壁に埋め込まれたデジタル時計が発動するという。・・・そこでようやく時計の意味がわかったが、戦うたびに手入れ時間増えてくのどゆことなのかな?
 まだまだよくわからないことばかりだな、と思いながらぱっくりと避けて赤い肉の見える傷口を洗って、救急箱に入っていた赤ちんを軽く塗る。正直それじゃ追いつかないぐらいだが、まぁ、ないよりマシ。それから当て布をして、包帯でぐるぐると腹を巻いて固定すると、ゆっくりと背中を倒した。あ゛ー!痛い!!痛すぎて泣く!泣き叫ぶ!!今日も寝るとき地獄だわぁ、と思いながら、廊下をとてててて、と走る軽快な音に首を横に向けた。
 そこには長さの異なる刀を二口抱えたいっちゃんが駆け寄ってきていて、私は行儀悪く寝転んだまま、いっちゃんの持ってきた刀を受け取った。

「ありがとう、いっちゃん。最近、刀ないと落ち着かなくなってるのが、末期っぽいんだよねぇ」

 一種の精神安定剤?みたいな?それはそれでどうよ、と思いつつも、それぐらい背中合わせの状況なのだと思うと、マジ拉致った奴絶許、とめらりと恨み心が芽生える。まぁ、すぐ鎮火するけど。だって、考え続けても意味がないんだもの。
 刀を受け取り、抱き抱えながらふぅ、と大きく息を吐き出す。拍子に脇腹や、まだ治りきっていない傷がじゅくじゅくと痛んだが、意識しすぎると辛いのであまり考えないことにする。

「・・・また落とし穴作り直さないと・・・それから警戒線も張りなおして、他のトラップも確認してこないとね・・・」

 先ほど使用した落とし穴の修復を考え、マジで倒した怨霊が消えてくれるのはありがたい、と溜息を零した。あれで死体の後始末までしろと言われたらやってられないところだ。
 足を持ち上げ、縁側に完全に乗り上げて這いつくばりながら、いっちゃん達が甲斐甲斐しくお湯や手拭いをもってきて私の手足や顔を清めていくのに、マジ妖精さん天使、と涙が出そうになる。うぅ、君たちがいるからやってけるんだよ・・・!
 お湯を沸かしておいてくれたのか、ほんのりと暖かい手拭いの心地よさに目を細め、綺麗になった指先でいっちゃんの頬に指を添える。ぷにっと柔らかい頬を指の背で撫でながら、掠れるような声で囁いた。

「ありがとう・・・」

 お礼に何かしてあげたいのに、私にできることは何もなくてどうしようもなくなる。与えられてばかりだなぁ、と苦笑を零せば、いっちゃんが指を握りしめて、ぐいぐいとそれを自らの頭に持っていった。撫でろ、と言わんばかりの様子に、ふふ、と笑い声を零してゆっくりと頭を撫でる。すると、足の方を清めていたごーくん達が、ズルイー!とばかりに顔の方にわらわらと寄ってきて、ぺったりとぷにぷにのもち肌ほっぺを、頬に押し付けてきた。おぉ・・・なんだこの天使たち。可愛すぎか。

「ふふ、なぁに、撫でてほしいの?」

 笑いながら、開いている片手でごーくんの頭を撫でれば、気持ちよさそうに目を細める。その姿がまるで猫のよう、なんて、そんなことを考えながら、ひとしきり妖精さん達を愛でまくって、よいしょ、と上体を起こした。・・・ん。相変わらず傷口は痛むけれど、ここで寝落ちするわけにも行かないし。

「いっちゃん、にぃくん、ごーくん、むっくん。トラップの張り直しするよ。明るい内にやっちゃおう」

 いたたた、と小さく唸りながらも、腰にいっちゃんが持ってきた二口の刀を差して立ち上がる。このトラップは生命線だ。私一人では、どう足掻いても迎撃しきれない怨霊を、どうにか殲滅するための策なのだ。いや、なんの策もなしに怨霊数体を相手どって勝利もぎ取れるほど私強くないですよ?短刀もった骨魚と蜘蛛みたいな下半身の組み合わせだけならまだしも、あと大きなボロボロの笠被ったのとか入ってくるとマジ死にそうになるから。あと戦う前にある程度体力とか諸々削っておきたいし。そのために、庭中、屋敷中に張り巡らした罠は必要なのだ。さすがに天才トラパーと言われた彼の先輩や、学園一の絡繰り師と言われた彼らほどではないにしても、くのいちの端くれ。ちょっとした罠や仕掛け程度ならお茶の子さいさい、である。
 事実、落とし穴は実にシンプル且つ使い古された罠だが、だからこそその有用性は語らずともわかるというもの。警戒線にしたって、結界の破れる感覚だけでなく、今どこにいるのか、現れた場所がどこなのか、音によってわかるように張り巡らしたそれは行動の指針になる。おかげで寝てる時でもちょっと安心できるんだよね。音で知らせてくれるから。
 恐らく、今この屋敷に私以外の人間が入ってきたら一時間もしない内に天国に行くと思う。割かし殺傷力の高い罠仕掛けているので。でもそれぐらいしないとマジ身の危険がありすぎるので、まぁ、なんだ。気を付けてね!というしかないよねー。
 まぁ、大体は、妖精さんのお仕事によるんですけど。いや、ある程度の案は出したよ?一人じゃちょっと無理だから、妖精さん達にもお願いして、手伝ってもらってさ。そうしたら、何かに目覚めたのか元より物作りが好きなのか、日々改良され、尚且つ数も増えていく罠の数々。一応、私が把握してないとヤバいので、新しいの作ったら場所とどういったものなのかっていう報告だけはさせてるんだけど、あと味方にはわかるように目印もつけさせておく。そろそろ妖精さんが爆薬とかに手を出しそうで戦々恐々としている。どこから調達してくるのかわからないが、火薬に手を出す前にこちらのお食事事情をなんとかしたいところである。真面目に。そろそろ動物性たんぱく質も欲しいです。

「お肉食べたい・・・」

 後お米と調味料が欲しいです。なんとかならんものかなーと溜息突きつつ痛みに唸りつつ、せっせと切られた警戒線を貼り直していく。傷に障るので、休み休みだからぶっちゃけ進みは遅いんだが、その分をカバーするように妖精さん達が動いてくれるので本当にありがたい。とりあえず今日はもう襲撃はないといいなぁ、と思いながらぴん、と張った糸を弾いた。