セーラー服と日本刀
最近、口癖がお肉食べたい、になってる気がする。あとお米食べたいと調味料欲しい、かな。基本的に食関係なのはあれだ。日本人なら仕方ないと思う。
強制菜食主義な生活を強いられて早数か月。イコールで強制ダイエット生活である。運動にも事欠かないおかげか、来た当初よりも引き締まった体に・・・というよりも本当に肉が削げ落ちてきてこれ触り心地悪そうだな、って自分でも思う体になってる。
体脂肪率を今計ったらどこのアスリートですかってことになってそう。でもあれだ。未だ成人もしていない小娘の肉体に、これは頂けない。成長期の体には無駄なものだって必要なんですよ。こんなガリガリの骨と筋肉のみで構成されたような体はよろしくない。そもそも女子の体は多少肉があってぷにっと柔らかいぐらいがいいのだ。
試しにお腹の肉をぷにっと抓んでみる。・・・抓めないこともないけれど、肉っていうより皮っぽい感じ。お肉掴んでる感じがあんまりない・・・。ちなみにこれで腹筋に力を入れてみると、最早掴む肉などなかった。
ちなみに腕の筋肉は言わずもがな結構なことになってる。そりゃ常時一㌔は確実にある刀ぶん回しているので、上半身の筋肉はカッチカチですとも。肩甲骨辺りもすごいよ?・・・・・・・・・・アスリート目指してたわけでもないのに、女子捨てた体になってきたな、としみじみと思う。食べるものが野菜だけなのが余計に肉を削ぎ落とす結果になっていると思われ。仕方ない、仕方ないんだけどさー!
「あぁ、でもマジで動物性たんぱく質が恋しい・・・」
まぁこれで肉食べ始めたら益々筋肉つきそうだけど。でも脂肪もつけたいよね。ダイエットに苦心されている方には恨めしいことだろうが、自分で望んだわけでもない強制ダイエットはひたすらに苦痛なだけである。止めどきもないのが辛い。
そうぼやきながら、今日もじゃがいもを茹でて潰して練って作り上げた芋餅を頬張る。片栗とか、繋ぎがないので微妙な感じだけど、まぁまぁいける。味付け?野菜出汁一択ですけど?
「せめてどこか外に繋がったらいいのになぁ・・・」
相変わらず、この屋敷の門から外は次元の歪みを如実に表す不可思議な空間が広がるばかり。もう一度手を出す気にはならないが、試しに物を投げ入れてみるとどっかに消えるんだよね。どこに行ったのかはわからないが、まあ、どこかには行ってるんだろう。これでいくと無機物は通過可能なのかもしれないが、本体(私)が通れないんじゃ意味がない。
「お肉があれば、料理ももうちょっと幅が広がるのにねーしぃちゃん」
こてん、と首を傾げれば、芋餅をもっきゅもっきゅと食べていたしぃちゃんが、同じようにこてん、と小首を傾げる。なにそれ美味しいの?という顔で見上げてくるので、多分美味しいよーと返事を返す。
大体煮込めば出汁も取れるしね。まぁ、美味しいかどうかは個々の味覚によるので断言は難しいが、少なくともメシマズではないと思っているので、それなりのものは提供できるはずだ。ずず、と相変わらずさっぱりとしたべジブロスを飲み干すと、しぃちゃんは頬袋を作りながら、何かを思案するように顎に小さい手を添えていた。
その横でトマトとじゃがいもの冷製パスタもどきを頬張るむっくんは、しゃきしゃきとじゃがいもを咀嚼しつつ、考え込むしぃちゃんに何やら耳打ちをする。
しぃちゃんははっと顔をあげて、むっくんを見つめると私を振り返った。ん?なに?黒い円らな瞳を首を傾げると、わらわら、と周りでご飯を食べていた妖精さん達が集まりだしてなにやら円陣を描いて会議をし始める。え、私超疎外感ありまくりなんですけど?
「え?なに?私ハブ?ハブなの?いっちゃーん、にぃくーん、さっちゃーん。皆―私も混ぜてよー」
そういって上から覗いてみるも、何やら床に描きながら相談事をしている彼らは総無視である。むしろちょっと話しかけないで、とばかりにむっくんにじゃがパスタもどきの盛られたお皿を押し付けられて、あっちで食べてて、とジェスチャーで促される始末だ。
あれ、これ作ったの私なのに扱いひどくね?物凄い切ない気持ちになりながら、こうなったらどうやっても仲間には入れて貰えないだろう、と諦めてすごすごと円陣を組む妖精さん達から離れて、一人もそもそと千切りにしてトマトと絡めたじゃがいもを抓む。
美味しいけど味気ないよ、じゃがパスタもどき。
「なに話してるんだろ・・・」
しゃきっとした食感を味わいつつ、円陣を組む彼らを眺めて一人首を傾げた。
※
「だるい・・・」
目が覚めて開口一番、爽やかな朝には似つかわしくない疲れた声音に、あれ、可笑しいな?と首筋に纏わりつく髪を払いつつ、むくりと体を起こして首を傾げた。
昨日は夜襲もなかったし、仕事は畑仕事と屋敷の掃除と、まぁ普段と変わらない作業ばかりだったはずだ。疲れが溜まっているにしても、こうもいきなり出てくるものか?
だる重い、そう表現するに相応しい体調に、寝たはずなんだけどなぁ、と思いながら枕元の短刀を手に取り懐にいれ、同じく打刀を手に持つと、とたたた、と軽やかな足音が聞こえて障子戸を振り返った。と、同時にスパーン、と小気味よい音をたてて障子が横に勢いよくスライドする。立て付けもよくなったよなぁ、とその滑るような動作にしみじみと感じ入りつつ。視線を上かややや下方に修正すれば、そこにはむっくんが障子を両手で開け放った大の字姿で逆行を背負っていた。今日もむっくんが元気で良いことだ。代わりに私の体調はあんまり芳しくないが。いや、でも妙に疲労感が残っているだけなので、疲れが出ただけなのかもしれない。そう思いながら、刀を腰に差しながらむっくんにかくん、と首を傾げる。
「おはよう、むっくん。朝からどうしたの?」
起こすにしてもちょっと元気が良すぎないかい?私そんなに寝起き悪くないからちょっと声・・・は無理にしても音たててくれたら起きるよ?
柄の頭を押して、ぐっと刀を腰に差しこんで立ち上がると、むっくんはそんなことより!とばかりにばたばたと両手を上下にふって、しきりに外を指差した。・・・?外になにかあったっけ。昨日は変わらず殺風景な・・いや、最近、枯れてた木々も芽吹いて花も咲き始め、結構賑やかになってきた庭があるだけのはず。一部は見事な家庭菜園になってるけど。疑問に思いつつも、のろのろと動けば、痺れを切らしたようにむっくんが服の裾を掴んでぐいぐいと引っ張る。えぇ、本当にどうした、むっくん。
そのただならぬ興奮具合に、一体何事かと眉宇を潜めて外に出れば、そのまま庭に降りるように促される。少し考えて、部屋に戻ってから草履を一式を取り出して下に置いてから足先を引っ掛けた。ちなみにいっちゃん作の草履です。いや、だって裸足のままで降りるわけにもいかないし、かといって綺麗になった屋敷の中を土足で上がることもできないし。とはいっても裸足のままだともしも襲撃があった時に大変なので、大体どこの部屋にも草履を配置していたりする。基本外に出るときは現代から持ち込みの靴ですけどね。
さておき、その草履を引っ掛けて、軽く足首を固定していくと、ちゅんちゅん、ピチチチ、と小鳥の鳴き声が長閑な庭先に響いていく。あぁ、雀でも飛んでるのかなぁ、なんてのんびりと考えたところで、うん?と眉間に皺を寄せた。・・・雀?
「・・・あれ、なんで」
顔をあげれば、庭の地面に複数の雀が何かを啄むように突いている。茶色い羽の、小さくて丸いフォルムの見慣れた鳥だ。そこでようやく、私は庭の空気が普段と違うことに気がついた。慌てて庭に降りると驚いたように雀が飛び立つ。まだ昇りきらない太陽の、薄らぼんやりとした青空を、小鳥が羽ばたいて。その動きを茫然と見送って、再び口の中でなんで、と呟いた。
「うそ、生き物が、いる・・・」
この空間は、閉鎖空間だ。次元が異なるこの場所で、植物こそ存在すれ、私以外の動物は存在しなかった。今まで、他の生き物の存在など欠片とてありはせず、聞こえるのは木々の囁きばかりで虫の声も、ましてや小鳥の鳴き声などが聞こえてくるなどなかった。ありえないはず、だった。そういう場所なのだと思っていたし、これからもそうなのだと思っていた。私以外の生き物が現れるなら、きっと人ではないだろうし、ましてや真っ当な動物だとも思っていなかった。多分妖しとか神霊系の何かだと思ってた。妖精さんがその筆頭だったし、人の会える確率は低いんだろうなぁ、と思っていたところで、まさかの動物の襲来である。何故、と目を見張ると、くいくい、と寝間着代わりの浴衣の裾を引っ張られる感覚がして、視線を下に向ける。足元には、私を起こしに来たむっくんだけでなく、いっちゃんやにぃくん、さっちゃん達もいて、私は瞬きをしきりに繰り返した。
「もしかして、これを教えに来てくれたの・・?」
屋敷に動物が現れたよ!って?そりゃ大事件だけれども、一体全体どうして・・・え?違う?うん?これだけじゃなくて?身振りで手振りで、本題はそこじゃない、とばかりに体を動かず妖精さん達が、一斉にびしぃ!と屋敷を指差す。正確に言えば、屋敷のやや上の方を、だろうか。私は疑問を差し挟む余裕もなく、示されるまま、視線を屋敷の上の方に向け――――絶句した。
ぽかーん、と口を開けて他人が見れば大層な間抜け面を晒していることだろう。しかし、それを取り繕う、なんてこと考えもせずに、私は茫然と屋敷の裏を眺めた。
「や、山・・・?」
そこには、昨日まで絶対なかったはずのもの・・・緑深い、大きな山がででーん、と聳え立っていたのだ。屋敷の裏手に、そんなものなどなかった。絶対なかった。屋敷しかなかった。そもそも山があれば早い段階で気づくわ!ついでに多分色々探し求めて入ってるわ!!
アイエェェェ!?なんで!?どゆこと!?ナニコレ?!山!?なんで山!!??山って一夜で出現するものなの!??一夜城は聞いたことあるけどさ、山はないよ、山は!!
絶句して立ち尽くしている私に、妖精さん達がどうだ、すごいだろう、とばかりに胸を張っているのが視界の隅に映る。・・・え?もしかしてこれ君らがやったの?山を?どうやって?
「待って、待って皆。ごめんさすがの私も山はちょっと許容範囲外というか山って作れるものなの?それともあの山だけどこか別の空間と繋げてるの?それができるんだったら私も外に出してほしい、じゃなくて、え?・・・・え?」
まさかのジェバンニが一晩でやってくれました系・・・?そんな馬鹿な!
混乱の中、どうにかこうにか処理をしようと目まぐるしく頭を回転させ――結果。
「あ、お肉食べたい」
多分色々なことを放り投げ、半分ほど現実逃避も兼ねて、私は自分の欲求に素直になることにした。うん。山があって鳥が飛んでるってことは、多分あそこ食材の宝庫のはずだ。家庭菜園だけじゃちょっとなぁ、と思っていたので、山の中で色々探せるのはいいことだ。特に動物性たんぱく質の可能性は涎ものである。川があれば魚もいけるよね。野生動物を捕まえるにはちょっと罠も仕掛けないといけないし、すぐにとはいかないだろうけど山菜とか茸とか、木の実とか!食べれるものはたくさんあるだろうし!
無論毒性のものには気を付けなければならないが、そこはそれ。元忍者と平安時代を過ごした人生経験を舐めるな、ということで。
ぱん、と両手を合わせて、にっこりと笑った。
「よっし、皆。今日は山の探索だよ!」
最早、どうやってあんなものが現れたとかどうでもいい。どうせ考えてもわからないし。むしろわかってもどうかと思うし。そうなればそんなことは投げ捨てて、今一番大事なことを優先させるのだ!
すなわち、食材の確保である!あとあわよくばあそこ通じて外出れないかな、とか。
そうと決まれば着替えよう、と私はおぉー!と山の探索に乗り気ないっちゃん達を促して、いそいそと屋敷に戻ったのだった。腰で刀がカタカタカタ、と震えたけれど、皆まで言うな。突っ込んでも仕方ないんだよ、刀さん。と、私はぽん、と刀を叩いた。