セーラー服と日本刀



 冷たい水に手を浸して、長い筒状の仕掛けを取り出す。持ってきたバケツの中で引っ繰り返せば、水と共に一匹の魚がするりと滑るように筒から出てきた。おーよかったよかった。バケツの中で泳ぐ魚を眺めて、ほっと息を吐く。仕掛けにかからないこともままあるので、やっぱり獲れていると安心するわー。その調子で他に仕掛けている罠を確認すると、十仕掛けた内三つ、というまぁまぁの成果だった。
 他にも山を巡って、仕掛けた罠の回収と確認と共に、山菜やら茸やらの採取にも精を出す。

「あ、アケビ発見」

 通り様、蔦がいくつも幹に絡まり、そこに垂れ下がり赤い果肉と黒い種子を見せる木の実をもぎ取るようにして収穫する。四つ五つほど取って籠の中に放り込み、内一つは裂けた中の種を取り除きつつ果肉を頬張った。甘酸っぱい味が口の中に広がり、久々の甘みに唇についた果汁をぺろりと舌先で舐め取って口元を綻ばせる。山歩きのちょっとした楽しみというか、いいおやつだよなアケビって。ちなみにアケビの果皮はほろ苦く、案外料理に使えたりするので、割とアケビって捨てるところのないお得な山菜だったりする。なので残った皮を籠の中に放り込みざくざくと山道を進み、やがて山林を抜けるとそこは見慣れた広大なお屋敷が広がっていた。うーん。相変わらず自分の拠点とするにはでかすぎる屋敷だこと。しょうがないんだけどね!
 よいしょ、と背負った籠と肩から横掛けにしたバケツをがたごとを揺らしながら敷地内に入り、裏の厨の勝手口のところで一通りの荷物を降ろした。
 どっさりと下した拍子にバケツの水が多少零れたが、中に支障はないので気にしない。魚が驚いたように狭い中をぐるぐると泳いでいたが、私はぐぐっと背筋を逸らして、伸びをした。あー!やっぱ山登りは辛いわー。
 ぐるぐると肩を回して筋肉を解しながら、籠の中に放り込んだアケビを取って屋敷に上がる。ぎしぎしと床板を慣らしながら歩いていき、最初に顔を覗かせたのは医務室である。あくまで便宜上医務室と呼んでいるだけであって、正式にどういう用途の部屋であったのかは知らない。大体この部屋で怪我の手当や刀の手入れなんかを行っているので、医務室と呼んでいるだけである。あと使っていない刀なんかは大体ここに保管していたりする。
 基本、私の装備は最初に枕元に置いてあった打刀と、その後に拾った(?)短刀、それから数度の戦闘でやっぱり拾った(?)脇差が標準的なものである。やはり武器は使い慣れたものがいいし、体格的にも筋力的にも、あまり大きい業物は私の手には余る。
 なので、実は太刀なんかもあるのだが使う頻度はそんなに多くないんだよね。申し訳ないことだが、現実問題使える武器じゃないと意味ないのです。リアルに死活問題すぎて。趣味ならねー回しながら使えもするけどねー。まぁ、大体ローテーションしてはいるんだけどね。いや、刃毀れとか諸々で手入れが必要になった場合は武器を変えないといけないわけだし。手入れが終わるまで敵が大人しくしていてくれるならいいが、そんなお優しい状況ではないのが世知辛い世の中である。まぁそんなわけで、大層立派な刀なのはわかるのだが、使う頻度に差が出るのはしょうがないことなのだ。いや、実に申し訳ないとは思っている。宝の持ち腐れってこういうことを言うんだな、としみじみと実感しながらちょこちょこと動いている妖精さんを呼んだ。

「しぃくんごーくんむっくん。アケビ食べるー?」

 ちなみに三人で二つね。呼びかけてアケビを持った手を揺らせば、刀の周りでちょろちょろしていた妖精さん達が、ぴょこん!と飛び跳ねて食べるー!とばかりに突撃してきた。おお、元気だな。足元に群がり、ちょーだい!とばかりに両手を上に伸ばすしぃくん達に、ほいほい、とアケビを二つ乗せて、ついでとばかりに頭を撫でていく。
 その時に、偶に短刀とかがカタリ、と音を立てることがあるのだがよくわからないので放置。場合が場合なら怪奇現象として神社や寺にでも持っていくオカルト現象だが、最早そんなこと言える神経でも状況でもないので軽くスルーである。慣れって怖いよね。

「お山に感謝しないとね。ホント、豊かになったもんだよ」

 当初の畑の野菜だけ生活を思えば、今の食生活のなんと豊かなことか。
 取れる量と確率はまちまちだが、川があれば魚が存在し、山菜や茸があれば、鳥や野兎、猪などといった獣もいる。偶にアケビや木苺などといった木の実も存在するので、甘いものにもありつける。山の恵みって素晴らしい。山ってすごい。
 あとは調味料とお米さえ万全に揃えば言うこと無しなんだけどなぁ。どうにかできないものかと思いつつ、妖精さん達に別れを告げて次の場所に向かう。妖精さんは割と屋敷内を自由に動き回っているが、基本自分の持ち場所があるのか、それともそこが定位置と決めているのか、大体その部屋にいることが多い。最近は生活のリズムも固定化してきたので、尚の事かもしれない。考えながら、屋敷の離れになる鍛冶場に向かうと、その廊下を歩いている矢先に正面からちょこちょこと小さい影が見え始めた。おや、と小首を傾げて、向こうもこちらを見定めたのか、よりスピードをあげて向かってくる。
 すっかり妖精さんと私で綺麗に整えられた廊下を滑るように歩けば、丁度真ん中あたりで妖精さんと合流することになる。なんだろう、あんなに急いで。アケビを持ったまま何かあったのかなー。結界が壊れた様子はないし警戒線も切れてないから敵襲ではないと思うんだけどなー。そう思いながら見つめていれば、何かを妖精さんが抱えていることに気づく。うん?と目を細めれば、目測通り廊下の真ん中あたりで合流した妖精さんが息を切らせて、ずいっと小さな両手で大切そうに抱えていたそれを差し出してきた。なんか薄くて平べったい長方形の黒光りする金属製の・・・・これ、は。

「・・・携帯電話・・・?」

 所謂スマフォとかいうあれやそれ?・・・・え?

「携帯!?」

 思わずアケビも落っことす勢いで妖精さんに掴みかかる。正確に言えば、妖精が持つ携帯に、だが。あと勿論アケビは落としていない。とりあえずアケビと交換で妖精さんから携帯を受け取り、その軽さと薄さに目を見開いた。あれ、今のスマフォってこんなに軽量化されてんの?すごくね?ちなみに私は携帯は持ってなかった。ガラケーですらもだ。家の方針というか経済的にまだいいかなぁ、と、まぁ必要性をさほど感じなかったことがあげられる。高校に入ったら考えようかな、ぐらいで。買うかどうかは別だけど。黒光りする金属製の滑らかな表面を撫で、液晶画面のブラックアウトした表面を撫でて、電源を探す。・・・が、よくよく考えたら充電もなにもないので使えなくね?これ。携帯の側面のボタンを押しかけて、はた、と思い至り眉を下げた。電気水道ガスも通ってないお屋敷で、例え携帯があったとしても長期間放置されていたそれが動く確率などどれほどであろうか。恐らく、というか確実に、これの充電など無きに等しいはずである。壊れてない保障もないし。
 でもこんなものがここにあるということは、それなりに近代文明の持ち主の出入りがあった、ということか?それとも私のように拉致された人が残したものなのだろうか。その人は無事に帰れたのだろうか・・・。今の所屋敷のどこにも白骨死体もなければ木乃伊も腐乱死体もないので、多分どこかには行けたんだろうけど。
 しかし、折角外部と連絡が取れそうな機械を見つけたというのに、使えないとかマジ宝の持ち腐れ。思わず膝を抱え込んではあぁ、と重たい溜息を吐き出した。うぅ・・スマフォなんて超現代機器の癖に充電がなければ使えないなんてマジ有りえない。
 しゃがみこんで恨めしく、それでいて未練がましく携帯を見れば、妖精さんがおろおろと周囲を動き回る。あれ、自分何か悪いことした?と不安そうな顔で、きゅっと眉を下げた妖精さんに、私は携帯を懐に突っ込みながら、違うよー、とほにゃりと口元を崩した。

「いっちゃんは何も悪くないよ。珍しいもの見つけたから持ってきてくれたんだよね?ありがと」

 ぬか喜びではあったが、妖精さんにそこまで察しろというのは要望が過ぎるというものであろう。そもそも彼らがこれの用途を知っているかも疑わしい。というか彼らは何時頃からここにいるんだろうな?いっちゃんの頭を撫でて、まぁ後で一応動くかどうか試すだけ試してみるか、とないに等しい希望に、ぽん、と懐の携帯を叩いた。





「・・・あ、やっべ忘れてた」

 夜、今日山で捕った川魚を夕飯に皆で突き、その団欒の最中に襲撃にあい、夜戦という不利極まりねぇよ!という状況を仕掛けたトラップと妖精さんの投石諸々を駆使して撃退をして今日の負傷箇所は肩と顔というまた微妙に手当のしにくい場所に負ったそれの手当をしようと、医務室で着物を緩めたところで、ごろりと転がった携帯に思わず呟く。
 というかよくまぁあの戦闘中で適当に突っ込んだだけの携帯を落とさなかったものだ。
 すごいな、何がというわけでもないけど、と思いつつむっちゃんとごーくんがせっせと肩の傷に薬草と当て布をしていくのをちょっと任せて(ちなみに他の面子は使ったトラップの張り直しに行ってくれている。本っっっ当にありがたい。)なんとはなしに手さぐりで携帯の側面を辿り、突起物に指が引っかかったところでぐっと指先に力を込めた。
 まぁつかないだろうなー。ついたら奇跡だよねホント。ボタンを長押ししつつ、頬に押し当てられる布で優しく血を拭い取られ、僅かに頭を傾けたその瞬間、

「・・・・え?」

 松明の明かりのみが光源の室内に、ぼんやりと、白い光が灯った。