セーラー服と日本刀
携帯端末から顔をあげ、眉間に皺を寄せて首を傾げる。
「・・・誰か、きた?」
今、直した門扉の方から何かが入ってくる気配がした。結界が壊れた様子がなく、穢れた気配が漂ってくることもない。これまでこの屋敷に侵入を果たしたのは結界をぶち壊しながら押し入ってきた怨霊オンリーだったので、今までにない状況に目を細め素早く携帯を操作して懐に仕舞う。無論、腰にはいつもの打刀と短刀を差し込み、尚且つ打刀は抜刀した状態だ。だって何かあった時に抜刀するなんて遅すぎる。突然のことならまだしも、事前に何かが起きていることがわかっているのに備えないのはよっぽど抜きの速さに自信があるのか抜かなくてもどうとでもなるのか危機管理意識が低いかのどれかである。
というか私が今置かれている状況で危機管理意識が低かったら即行死んでるが。いや、普通ならないんだけどね。普通じゃない状況だから仕方ないよね。危機管理と自衛は大事。すっごく大事。
「普通じゃないことに巻き込まれてるみたいだしなー」
もうちょっと色々聞きたかったのだが、まぁそれは無事生きていればどうとでもなることである。それにしても変なことに巻き込まれてんな私、と思いながら、玄関までを進んだ。部屋を通るたび、妖精さんもいつもと違う様子に気が付いているのかひょっこりと顔を出して私を見上げてくる?時折やや好戦的ないっちゃんとかにぃくんとかがやる?とばかりに石を見せつけてくるが、とりま様子見ということで隠れて見張っていて貰うことにした。いや、状況が今までにないだけに、開幕投石はさすがにちょっとな。
しかし、こちらも馬鹿正直にのこのこと姿を見せる気はない。今までにない状況ということは、今までにないことが起きるということだ。廊下の途中、庭を降りて迂回するように庭を回り、玄関まで向かうと植え込みの近くに身を潜めて門扉を伺う。
さて・・・鬼が出るのか蛇が出るのか。そっと視線をやれば、そこには黒いスーツをきた中年男性と、緋袴を着こなした若い女性が立っていて・・・・ぎょっと目を見開いた。
「えっ、人?」
思わずまじまじと植え込みの隙間から門扉の前に立ち何やら話している二人を凝視し、どこからどう見ても人間であることに、ごくりと生唾を呑んだ。
え、えー・・・まさかここで人間とのエンカウントとは!!つまりこれは私がこの本丸?とやらから脱出ができるということですかな!?ここに入ってこれる人間は一応味方?らしいし?それがいい意味でかは別問題、とのことらしいが。まぁ開幕に人の命を狙ってくることはまずないはずなので、私は打刀を鞘に戻して、そっと立ち上がった。
向こうはどうも話に夢中なのかこっちには気づいていないようだけど。まぁ基本気配殺すようにしてますしね。あの明らかに戦ったことなんて一度もありませんという人達に気づかれるようだったら私とっくに死んでる。・・・いや、それにしてもあのスーツの人女の人にへこへこしすぎじゃね?気が弱いのか立場的に弱いのか・・・上下関係的には女性の方が上そうだな、と遠目に観察しつつそろそろと近寄る。
「ホント信じらんない!こんなボロ本丸をあたしによこすなんて、どういうつもりなのよ」
「も、申し訳ありません。何分本丸の建設も簡単ではなく・・・既存のものをお使い頂くしか」
「庭もきったないし、屋敷もボロボロだし、最っ悪。パパに言ってすぐに手入れして貰わないと・・・すぐ準備しなさいよ」
「勿論です!お嬢様のお力であればすぐにこの本丸も潤沢な霊力で満たされ、屋敷の妖精も増えますし本丸自体も自己修繕機能が働きますので!」
ボロで悪かったな。これでも結構修繕して当初より遥かにマシになったんだぞ。こっちの苦労もしらないで、と女性の言い分にちょっとムッとしつつも、まぁ決して新しいものでもなければ綺麗なものでもないことは確かなので、さもありなん、と頷く。
それにしてもあれだ。あの女性、推察するにいい所のお嬢様で、性格も割ときつめのようだ。上からの言い方が様になっているというか、そういう態度を取ってもそれが許される、といった上位者特有の雰囲気がある。そして黒スーツの人は・・・恐らくお嬢さんのお父さんの部下か何かで頭が上がらないと。へこへこしながら胡麻擦るような愛想笑いを浮かべる様子に、会社務めって大変だなぁ、と同情の目を向ける。
内心でどう思っていようと、表面上は愛想笑い浮かべて頭下げてないといけないんだものね。そう思うと学生って気が楽なもんだよなぁ。そういう場面が社会に比べて少ないわけだし。ともかく、会話から考えるとこの本丸はお嬢さんのものになるらしい。ふむふむ。つまり彼女が審神者とやらで、あの黒スーツのおっさんは政府の役人、と。
ということは私がここにいるのはやっぱり何かの間違いなのかそれとも何か用があったのか・・・まぁここが彼女のものになるなら私は出ていくことになるんだろうし、どういう理由であれやっと帰れるのならどうだっていいが。あ、でもなんか基本的に現世?には帰れないんだっけ?うーん。・・・まぁとりあえず落ち着いて状況説明と今後の話だけでも聞けたらいいなー。せめて妖精さん達に挨拶ぐらいはさせて貰えるかな、と思いながら、さっさと案内しなさいよ、とおっさんにきつく命令する女性の後ろから、あの、と声をかけた。
「ひっ!?」
「あ、驚かせてすみません。私ここに半年?ぐらい前からいる者なんですけど・・・」
「あぁ、なんだお前か」
びくん!と肩を跳ねさせて驚いたお嬢さんに謝りつつ、勢いよく振り返った顔をみてそこそこ可愛い顔してるな、と観察する。あくまでそこそこである。自慢じゃないが自分の平凡顔とは裏腹に目だけは鍛えられたので、その基準からすれば一般的に言えば可愛い部類だけどそんなに大絶賛するほどの美形でもない、というぐらいの可愛さである。モテそうだけど、これより上はまぁいますよねって感じ。自分が言えた義理じゃないが。仕方ないだろう。周りに美形が多すぎたんだよ・・・!男率は高かったが数少ない女子も大概美女と美少女ばかりだったんだよ。
さておき、年齢は割と若そうだ。同い年・・・よりちょっと上?高校生ぐらいかな。しかし、腰も低く言ったにも関わらずおっさんの方はさっきまでの愛想笑いと低姿勢はどこいった?とばかりに冷めた目と高圧的な態度が向けられる。あ、これ絶対嫌なタイプの人間ですわー。好きになれないタイプというか、性格がいいことは絶対ないな、と思われる人間である。人によって態度真逆に変えるとかないよね。まぁそんなことはさておき、ですよ。
「・・・私をご存じで?」
「ふん。お嬢様、これのことはお気になさらず。ただの本丸維持のために用意した人間なので」
「ふぅん。・・・みすぼらしい恰好ね。まぁどうでもいいわ。ここはあたしのものになったんだから、さっさとどこかにやってよ」
「はい、ただちに」
・・・・・・・・・・・・あ、これアカン奴や。こいつら、明らかに私のこと見下してる。格下のどうとでもできる弱者だと思ってる。否定はしないけど、とりあえずせめて諸々を説明してくれよ!!何も知らないままで色々決定して押し付けられるのは流石に嫌なんですけど!?そして私の腰に差してる刀たちがめっちゃガタガタ鳴ってますけど!?
一瞬米神をぴくりと引き攣らせ、なるほどブラック、と納得しながら溜息を吐き出す。こういう輩には何を言っても無駄なのはわかっているが、最低限度のことぐらいはして頂きたいものだ。
「・・・せめて説明だけでもしていただけませんか?聞き捨てならない発言はありましたが、それも込みでお話しして頂けると助かるんですが」
とりあえず事情を話せ。私を拉致った理由を話せ。そして今後どうなるのかを重箱の隅を突くがごとくに説明をしろ。この状態でもまだ敬語使う私って偉い、と自画自賛しながら二人を見れば、女性は不愉快そうに眉を寄せ、おっさんは面倒そうに鼻に皺を寄せた。それしたいの私なんですけどホント。なにこの人達、人としての礼儀があまりにもなってなさすぎて親の顔が見てみたい。苛立ちを押さえるように、刀の柄をぐっと握りしめると、そこに目をやったおっさんが、あぁ、とばかりに頷いた。
「お前、その刀どもは置いて行けよ」
「は?」
「この本丸は全てこちらの方のものになる。無論刀も全てだ」
「いや、あの?」
「なにそれ。初期刀?レアでもないし、まさか中古を与えるつもり?」
「いえいえまさか!お嬢様の初期刀は勿論選んでいただきます。ただまぁ、ないよりはあった方がよろしいでしょう?」
あ、刀の震えが止まった。しかし気配がより一層重たくなった。思わずじっとりと背中に汗を掻くぐらいに、刀から発せられる気配が重く、鋭い。それこそ抜き身の刃を心臓か喉に突き付けられているぐらいに。・・・この気配に目の前の人達は気づかないのだろうか。鈍感なのか無視してるのか・・・まぁ前者なんだろうけど。というか会話のキャッチボール。ねぇ私の優しく投げたボールはどこいったんです?キャッチもされずに見送られました?何故同じ言語を扱っているはずなのに、言葉が交わせない妖精よりも通じないのか、小一時間ほど問い詰めたい。実際問い詰めますけどね!!でないと私なんか更にやばいことになりそう!私を無視してやり取りをする相手に、これはもう実力行使もしょうがない、と諦める。別に脳筋でも暴力行為が好きなわけでもない。むしろ使いたくない。痛いことは嫌なんです。どっちの意味でもやりたくないんです。ないんですけど、やらなくてはいけないときというのは、往々にしてあるものなのだろう、と重たく息を吐き出した。
まぁ、自業自得ということでお願いしたい。多分、というか確実に恨まれるんだろうけど。それはそれで理不尽だよな、と思いながら拳を握りしめた瞬間、聞きなれたガラスの割れる音が聞こえ、そして同時に――背後から、けたたましい破壊音が響いた。
「ひ、ひぃっ!?」
「な、なによあれぇ・・・!」
振り返れば、そこには赤い鎧の大きな鬼の姿がもうもうと立ち込める土煙の中、大きな太刀を構えて立っていた。ひゅっと思わず息を呑む。頭から日本の角を生やし、爛々と輝く黒い洞に浮かぶ赤い光。手に持つ武器に相応しい体躯を供えたその怨霊は――私が初めて見る、敵だった。
「っ走れ!!」
考える前に、二人を突き飛ばしながら怒鳴り声をあげる。両手を使って思いっきり体を押すと、突っ立っていただけの体は簡単によろめいてその場から蹈鞴を踏むように二、三歩移動する。その瞬間、先ほどまでいた場所に、唸り声をあげて刀が振り下ろされた。それが地面についた瞬間、土を抉るように激しい音と礫が飛んでくる。飛んできた礫から顔を庇いつつ、ぞっと背筋が凍った。破壊力が、半端ない!!今まで相対してきたどの敵よりも、その破壊力の凄まじさに戦く。これで胴でも薙がれたら、掠っただけで致命傷だ。多分ほぼ即死となるだろう・・・いや、原型さえ留めているかどうか、とぞっとしない想像に奥歯を噛みしめ、未だ逃げ出してもいないお嬢さんとおっさんの両手をひっつかみ、屋敷に向かって走り出した。
もつれるようにして足を動かす二人がつんのめり、こけそうになるのを無理矢理引きずりながら、後ろでぎゃーぎゃー喚く声も無視して土足で屋敷にあがり、どたばたと廊下をけたたましい音をたてて突っ走る。
お嬢さんはともかくおっさんの方を引く腕が超引っ張られるのが地味に辛い。くっそ体力と足ぐらい鍛えておけよおっさん!!どうせ歩くこともなく車ばっかで移動していい物食べて酒飲んでぐーたらした生活してるだけなんだろう!生活習慣病になって早死にするよ!健康第一!マジ歩けなくなってからじゃ遅いんだからね!?
そうこうしている内に、目的の部屋の前に辿り着いた私は普段ならゆっくりとあける障子戸をスパァン!!と勢いに任せて横にスライドさせた。最終的にぶつかった反動でこっちに戻ってくるぐらいには強い勢いだったようだが、そこを気にしている余裕はない。開け放った障子戸をそのままに、ぐるっと周囲を見渡して声をかける。
「いっちゃんにぃくんさっちゃん!この人達ここに匿って!」
言いながら、腕を引っ張って強引に二人を部屋――煌々と火の灯る鍛冶場へと押し込めた。半ば突き飛ばすような乱暴な形だったので、走り通しな上に怨霊に襲われるという滅多とない経験をしたせいか、おぼつかない足では体を支え切れなかったらしく、二人揃ってずべしゃ、と結構酷い様子で石畳の上に倒れ込んだ。ちょっと悪かったかな、と思ったが今はそんなことに頓着している場合ではない。声をかければ、竈の影からぴょこり、と顔を覗かせた三人が、倒れ込んだおっさんとお嬢さんを遠慮なく踏みつけて(あれ?)私の方に駆け寄ってきた。顔は真剣そのものなのだが、特におっさんの顔をにぃくんが抉るように捻りを利かせて踏みつけていた気がするのだが気のせいだろうか?あといっちゃんは股間の上を踏み台にジャンプして私の前に着地したのだが、おっさんの「う゛っ」という苦悶に満ちた唸り声がなんとなく耳に残った。まぁ無視しますが。
「ごめんね、三人とも。もうわかってると思うけど、怨霊が侵入してきた。今度のは今まで見たことのないタイプだから、・・・かなり危険だと思う」
少し乱れた息を整えるように深く呼吸をし、真剣な声色で告げればざわ、といっちゃん達が顔を見合わせる。
「とりあえず三人はここで火を焚きながら結界を維持して、この人達を守って。ここは一番神聖な場所だから、怨霊は早々寄ってこれない。いいね?」
火は清め。そしてそこから生まれる刀もまた不浄を斬るもの。ここは、聖なるものを生み出す場所――と、いう思想もある。それほどに神聖視されるこの鍛冶場ほど、今安全な場所はない。目を合わせながら言えば、三人は後ろでぜぃぜぃと息を乱し(一人股間を押さえて蹲りつつ)座り込んでいる人達を見て、ぐぐっと眉間に皺を寄せた。全身で嫌そうなオーラを出している。あれ、ここ素直に頷くところじゃ・・・?
「皆・・・?」
「こ、これはどういうことなんだ!お前、この本丸に何をした!?」
予想外に渋い対応に、うん?と首を捻れば、痛みが引いてきたのか、それでも股間を庇うようにしながら、おっさんが指を突き付けて怒鳴りつけてくる。それに眉を寄せて、淡々と返した。
「別に何も」
「嘘を吐くな!こ、こんな、歴史修正主義者が這入ってくるなど・・・!お前が何かしたんだろう!?えぇ!?」
「失礼ながら、私、問答無用で拉致されてきましたのでここがどういったところかも存じ上げませんし、最初からこんな状態でしたのでそれを責められても困りますね」
「馬鹿を言え!最初からだと!?ならなんでお前が生きてっひぎぃ!!」
そら死にもの狂いで戦ってきたからですよ、と言う間もなく。むしろ相手も最後まで言わせてもらえることなく、さっちゃんの手に持った槌で強かに弁慶の泣き所を殴られ、今度は脛を押さえて蹲った。その様子をみたお嬢さんが若干顔色を悪くしていたが、いっちゃんと目が合うと、いっちゃんがくいっと顎をしゃくって出入り口を示す。それで何が言いたいのかお嬢さんは悟ったのだろうか・・・益々顔色を悪くして、ぶるぶると震えながら「大人しくしてます・・・」と物凄い細い声で呟いた。あれ、待っていっちゃん何を言って脅したの?というか目と目で通じ合ったの?すごいねお嬢さん。
・・・まぁ、とりあえず五月蠅そうで邪魔そうなのはこれで大人しくなったみたいだし、私は気を取り直して三人を見渡した。
「これは、ここの妖精である三人にしかできないことです。お願いします」
そういうと、三人は顔を見合わせ、少し考える素振りを見せてから、こっくりと頷いた。それにほっと胸を撫で下ろして、無事に帰ってこれたら山で捕ったものでパーティしようね!と内心で(果たせるかわからないからなぁ)告げてからそっと鍛冶場の外に出る。それから、青い顔をしている二人と、心配そうに私を見つめる妖精さん達を見て、一つ微笑みを浮かべて見せた。絶対大丈夫、なんて口が裂けても言えないけれど、大丈夫なように、頑張るよ。だから、
「待ってて」
ピシャン、と障子を閉じた。ぴっちりと、隙間もなく。閉じた障子を見つめ、そこが堅牢且つ澄んだ気配に満ちていくことを感じて、額をこつりとつけた。
「・・・やれるだけ、やってみるから」
正直、あの破壊力の持ち主に近づくのはかなりの無謀である。救いは、見た目通り動作がさほど早くはないということだろうか。決めるなら一撃。チマチマと体力を削るような戦い方は、あまり望ましくはないだろう。問題はどうやって隙を作り、懐に入るかである。・・・使える罠がどれだけあるだろうか。考えをまとめながら、ばっと障子につけていた額を放して、踵を返した。
とりあえず自分に有利な場所を探さねば。できればそこに誘導、あるいはポジションを決めて、一気に決めるか。ぎゅっと腰の刀を握りしめて、奥歯を噛みしめる。
嗚呼。怖い、という感情を、噛み殺せたら、どれだけ気持ちが楽になるだろう。