セーラー服と日本刀
まさか、再びここに戻ってくることになろうとは。
ざり、と土を踏みしめ見慣れたお屋敷・・・俗に本丸と言われる拠点を見上げ、私はふぅ、と息を吐いた。込められた感情は決して一つに絞れはしなかったけれど、しいていうなら確かここを空けて数日しか経っていないはずなのだがボロボロだったお屋敷が綺麗すっかりリフォームされてることに驚きが隠せない。
まさに劇的。あのBGMが流れて「なんてことでしょう」と脳内ナレーションが勝手に流れてくるぐらいには、ピカピカと光る屋敷の有様にリフォームってすげぇ、と感嘆の息を零した。
あの大太刀による一撃で砕けて大穴があいていた石畳も今はどこが穴空いてたの?と言わんばかりに白い敷石が整然と敷き詰められ、踏み荒らされ戦闘の余波で無残にも折られた庭の植木も青々とした葉を生い茂らせている。
その植木も伸ばし放題生え放題だった以前とは違い、生き生きとしてはいるが庭園の庭木の様相に戻っている。多分これが本来あるべき姿である。いや、ある意味で自然体だった以前もあるべき姿なんだろうけど、庭園としては今の姿が相応しいはずだ。
ふとあの庭木の手入れとか誰がするのかな、などと考えてしまったのは・・まぁ、今後ここで生活していく上で仕方ない疑問だと思うことにしよう。庭師さんとか呼べるのだろうか。さすがに忍びスキルはあっても庭師スキルまでは習得していない。生け花程度のスキルなら持ってるけども。くのたまの必須科目だったからしょうがないよね。
つらつらと思考を脱線させながら、綺麗になった本丸を眺めまわして後ろを振り返った。
「とりあえず、いっちゃん達のところに行こうかと思うんですけど、意見は?」
「ないでーす!」
「彼らも大層主のことを心配していたからね。早く無事な顔を見せてあげるべきだと思うよ」
まぁ、元気になったことはもうわかっていると思うけどね。そういって後ろに控えていた歌仙さんが微笑み混じりに言うので、そうなの?と首を傾げる。今剣はするりと私の腕ごと抱きしめるように体を寄せて、上目使いに見上げてきた。
「とうぜんですよ。このほんまるの「あるじ」はあるじさまです。あしをふみいれたじてんで、やしきのすべてはあるじさまをむかえいれているのですよ」
「一般庶民には過ぎたお屋敷だけどねぇ」
いやはや、ある意味玉の輿?主と言われてもピンとこない。一国一城の主・・・とまでは行かずとも、一軒家にしても規模のでかい屋敷の主というのは、どこか恐れ多いような。まぁ言うてもここで半年近く過ごしているので、勝手知ったるなんとやら、ではあるのだが。とりあえず、長きに渡り共に戦ってくれた戦友の元に早く行かなくては。私も元気な彼らの顔を早くみたいのである。
今剣を片腕にへばりつかせたまま、小走りに石畳を抜け、玄関を開けて靴を脱ぐ。
あの今にも底抜けそうだった足を置くだけでギィギィぎしぎしと音を立てていた床板も、ちっともあの不安を煽る音を立てずにしっかりと私の体重を受け止めてくれている。すごい。もうこれでいつ踏み抜くかと戦々恐々としなくていいのね・・!
「歌仙さん、歌仙さん!床板が真新しいですよ!?腐ってない!穴開いてない!あの恐怖感煽る音もしない!!すごいっ」
「・・・っそ、そうだね、主・・・!」
「あるじさま!こっちのかべもきれいになっていますよっ」
「マジで!?」
くっと眉間に皺を寄せて言葉に詰まった歌仙さんに首を傾げたが、今剣の歓声にすぐさま意識が流れる。そこの壁は最早素人ではどうにも修復できなかった漆喰の壁だったのだが、あの崩れてボロボロだった姿は影も形もない。職人の手による見事な再生を果たした壁は白く輝いて、感動に思わず感嘆の吐息を零した。
「未来技術ってすごい・・・!」
たった数日でここまで屋敷の修繕というか最早リフォーム?がどうして可能なのか・・・!多分これした人屍になっていると思うけど悪いのは政府なので恨むならそっちでお願いします。ぺたぺたと壁を触り、床をとんとんと踏み鳴らしてふふ、を笑みを零す。掃除と維持が大変そうだが、綺麗な家というのはそれだけでテンションがあがるものだ。なにせ今までが今までだったので、ここまで「家」という機能を取り戻した屋敷には感動しか覚えない。雨風しのげりゃなんでもいいとはいう。確かにそれは重要だ。究極それだけでも構わないかもしれない。だがしかし。だがしかしである!
人間、住むならやっぱ雨風だけではない細かい機能美というものは必要なのである!具体的に言うと汚いよりは綺麗な家の方がいいのは万人に共通する条件だと思います。
「あぁ・・台所とかお風呂場とか寝室とかも見たい・・・!みたいけど最初は鍛冶場だね、行こう!」
どれだけビフォーアフターしているかじっくりとっくり観察したいところだが、なにはともあれ妖精さんたちに顔を見せなくてはお話にならない。はしゃぐ私に注がれる歌仙さんの生温い視線はあえてアウトオブ眼中しながら、きゃっきゃとはしゃぐ今剣と一緒に鍛冶場に足先を向けると、小気味よいポン!という軽い破裂音が聞こえ、ぎくり、と足を止める。反射的に腰元に手が伸びたが、指先が何もない空間を撫でた瞬間、今剣と歌仙さんが私の前に立ち塞がった。小さく華奢な背中と、大きく広い背中が視界一杯に映り込み、あ、と思わず小さく声が零れた。私を守るように立つ背中の、見慣れない光景に戸惑いが浮かび、名残惜しげに腰元を撫であげる。・・・ここにあったものが今目の前に立っているのだと思うと、なんだか、すごく、複雑な気分。
「審神者様お初にお目にかかりま・・・キャーーー!!??」
「・・・なんだ、せいふのいぬですか」
「今更どの面下げて、と言いたいところだけど、これには今の所罪はないしねぇ」
絹を裂くような乙女の叫び!!・・いや乙女?少年?ともかくも甲高い悲鳴が聞こえたと思ったら、今剣のどうでもよさそうな淡々とした声が拍子抜けしたように落とされた。歌仙さんに至ってはすでに抜刀していた刀をつい、と動かして、やれやれ、とばかりに肩を竦めた。・・・とりあえずそこに何がいるんだろうか。歌仙さんの背中に邪魔されて見えない前方におろおろしつつ、そっと彼らの気を引くように袖を引っ張った。
「あの、歌仙さん?今剣?」
「ん?なんだい、主」
「なんですかー?あるじさま」
「いや、そこに何がいるのかなって・・・」
「さ、審神者さまーーーーーー!!」
二人の様子から危ないものではなさそうなので、私もみたいなーとそんな気持ちでこてん、と首を傾げると、歌仙さんと今剣の間から唐突に何かが飛び出してきて、腹部にダイレクトにタックルを仕掛けてきた。ぐふっ。
咽こむと、刹那に腹部に張り付いていた何かを今剣がむんずと引っ掴み、バイオレンス極まりない勢いで床に叩きつけた、べしん!という乾いた音と「きゃん!」と子犬が鳴くような声がほぼ同時に聞こえる。え?マジで何事なの?
「おまえ、くびがどうとさよならしたいのですか?」
「前々から思っていたけれど、政府はもう少し礼儀というものを身に着けるべきではないかな。雅じゃない」
あ。これはアカン。今剣と歌仙さんの声がものすげぇ低くなった。ちょっとこれは頭にきているフラグですよ奥さん!今剣が一部にはご褒美です!!と言わんばかりの絶対零度の眼差しで、ぐりぐりと抉りこむように床板に這いつくばる黄色いもふもふを踏みつける。歌仙さんはよろけた私を支えるように肩に手を添え、こちらも冷ややかな目で床で踏みつけられる何かを見下ろした。・・・この二人、恐ろしいほど沸点低くない・・・?
さっきまでのテンションも急激に下がりつつ、私は恐る恐る今剣の足の下にいるもふもふをきちんと視界に収め・・・・ちょいちょい待て待て今剣さん!?
「まま待って待って!今剣、足退けて!」
「またあるじさまにがいをなしたらいけないので、いやです」
「いやこれ動物虐待だからね!?絵的にすごいダメだからね?!倫理的にもやっちゃいけないよ!?」
「大丈夫だよ主。これは政府の管狐だから、動物虐待には当たらないよ」
「そういう問題でもなくね?!とりあえず二人とも、その足と刀をしまってぇぇぇぇ!!」
今剣は踏みつけたままだし、歌仙さんはさあ今から首と胴をさよならしようかと言わんばかりだし、どうした付喪神!!付喪神ってこんなにバイオレンスなの!?審神者わかんない!!必死に二人を説得しながら、これやっていけるのだろうか、と内心で一抹の不安を覚えた私は、きっと何も間違っていないと思う。