セーラー服と日本刀
黄金色をしたふさふさの尻尾。柔らかそうな白い胸毛を逸らし、隈取の施された顔に黒い円らな瞳が光を映してきらりと光る。
「改めまして、審神者様。私審神者様の本丸運営をサポートさせて頂く管狐のこんのすけと申します!」
そういって、ちょこんと頭を下げ・・・というか未だに今剣により首根っこ掴まれた状態で空中で宙ぶらりんの状態なのだが、この狐結構肝が据わっていらっしゃる。
あ、いや。尻尾がめっちゃお腹に回ってた。ぷるぷるしてた。ガチビビリしながらも自己紹介するところはすごいなぁ、と感心しながら、こんのすけ、と口の中で名前を転がし、あぁ!とポンと手を打つ。
「君があのこんのすけか!」
「あの?」
「いやーそっか、これがこんのすけか・・・ガチで狐だったのか・・」
そういえばスレで隈取した狐とかどうとか言ってた気がする。でもぶっちゃけ関係ないかと思ってスルーしてた。それより死活問題が目の前に転がってたし。
今更ながら合点がいって、ふむふむと頷きながらこんのすけを眺めまわして今剣に下すように告げた。可愛いというべきか不気味というべきか判断に分かれる顔だな。ただもふもふは魅力的。とりあえずもうタックルはしかけてこないだろうから、大丈夫だと思うし。今剣は多少渋々感が拭えないもの、言われた通りにこんのすけを床に下すと、ぼそぼそっと三角耳に何かを話しかけた。あまりに小声だったので聞こえなかったが、こんのすけの尻尾がピーンと天を向き、獣顔で表情などわからないはずなのにめっちゃビビリ顔になったので、多分また怖いこと言ったな、とおおよそを察して思わずため息が零れた。
あまり脅すものではないよ、今剣。
「ちがいますよあるじさま。おどしではなくれいぎをさとしているのです!」
物は言いようとはこのことか。にこっと悪いことなど何もしていませんとばかりに顔に可愛らしい笑みを浮かべる今剣に、今後この本丸に来るだろう刀剣男士諸君の先が危ぶまれる。下手したら教育的指導という名の上下関係が叩きこまれるのではなかろうか。
まぁある程度集団生活をしていく中で上下関係が生まれるのは致し方ないが、ほどほどに。何事もほどほどに、ね。
私がこれから先に憂いていると、歌仙さんが場をとりなすようにところで、と話を切り替えた。
「何か用があって出てきたのではないか?君は」
「あ、はいそうです歌仙様。審神者様には早急に本丸と契約を結んでいただかなくてはなりませんので」
「契約?」
「どういうことだい?それは」
はて。役人からはそういう話は聞いていないが?契約ってなんぞ?と首を傾げ、尻尾をふりふり、床に座るこんのすけを見下ろして説明を求めると、こんのすけは実は、と口を開いた。
「この本丸が旧式・・・この歴史修正戦争の初期に立てられた本丸であることはご存じでしょうか?」
「古いタイプの本丸だってのは聞いたけど、そこまでは」
そもそもこの本丸のデザインがすでに古くない?まぁ刀剣の時代に合わせて、というか彼らが住みやすいようにと考えた結果なのだと思えばそういうものかと思うけれど、そもそも古いタイプとはなんぞ?
「・・どうやら役人はまだ説明していないことがあるようだね。全く・・・首を落としてやろうか」
「そのときはぼくもよんでくださいね、歌仙」
「はいそこさらっと物騒な会話しない。・・・立ち話もなんだから、とりあえず歩きながら聞くよ。本丸の契約とやらをするのはどこ?」
「鍛冶場でございますね。あそこが最も神聖な場所にございますので」
「あぁ、なら丁度いいね。私たちもそこに行く予定だったから」
一つ頷き歩き出せば、歌仙さん達も後ろについてぞろぞろと動き出す。こんのすけはいささかデフォルメされた短い手足を忙しなく動かしながら、私の横に並ぶとまずは概要を、と口を開いた。
「そもそも、本丸の運営とは刀剣男士を顕現し戦線を維持することだけではなく、審神者様の霊力を使い、家や畑などの生活機能、あるいは外部からの侵入を禁ずる結界の維持なども目的としているのです。本丸との契約とは、つまり審神者様の霊力を本丸に循環させることを言うのです」
「現代風に言い換えると、電気やガス会社との契約みたいな?」
「概ねイメージはそのような感じかと」
「霊力が動力源ってわけね。でも契約はしていないけどこの本丸、稼働してるみたいだけど・・・」
「本契約に至るまでは政府の術者より支給されております霊力によって稼働しております。元々次元をずらし故意的に霊的場所を創り出している場所なので、審神者という媒体がいなくとも微量の霊力は常に本丸に供給されています。まぁ、住む人間がいない家屋など、そこに在るというだけでそれ以上にも以下にもなれませんが」
「あぁーだからあの廃墟か。それなら、そんなに急いで契約する必要もないんじゃないの?」
これでもこっちも色々あるんだし、多少余裕を持ってもいいのでは?いやそりゃ早くするに越したことはないんだろうけど、私の場合通常の本丸着任とは違うわけだしねぇ?
着いて早々、契約をしろとはこれ如何に。ちょっと某鬱系魔法少女を思い出すじゃないか。僕と契約して審神者になってよ!って?
横目でちら、とこんのすけを見ると彼はふぁさっと尻尾を揺らした。
「先ほども申しましたように、この本丸は少々・・・いえ、大分古い型なのです。詳しい話はまた改めて説明させて頂きますが、要するに非常に燃費の悪い本丸なのです」
「どういうことだい?」
「簡単な話です。どんな機械も、最新のものの方が基本的に機能も燃費も良いもの。この疑似空間も、日夜術者と科学者による研究により進化しているのです。まぁそれだけに本丸建設等に関わる費用諸々は莫大なものになるのですが」
「でしょうねぇ」
そうぽんぽんと新しい本丸を用意しますね!なんて安易に役人が口に出せない程度には、おっそろしい額の予算が動いているのだろう。国家に関わる問題だとするならば、本丸を建てるにも色々と手順があるのだろうし、普通の家建てるだけでも一年はかかるのに、大層複雑な術式とそれに加味する科学技術を無理なく両立させようと思ったら、時間も倍ぐらいかかるんじゃないか?基本的に神秘と科学ほど相容れないものはないだろうし。そもそも異空間、異次元?をこのような人の住める疑似神域にまで構築しようとしたら・・・とりあえず俄かな知識しかない私でも「それどんな夢の技術?」って思うぐらいぶっちゃけ有りえない手法ではなかろうか。未来技術ってすごい。
そう考えると、私がこの問題ありまくりーな本丸に再度戻されたのもわかる気がする。もちろん納得いかない面はあるけれど、どうしようもない事情というのも理解できるのだ。私というのはイレギュラーなのだろうし、本来用意されている・・所謂真っ当な経緯で審神者になった面々に与えられる分の本丸はあっても、それ以上は恐らくない。
新しく用意する、ということが極めて困難な状況だったのだろう。本丸の再利用というのはよくある話とみた。でも中古でいいから敵に座標特定されてないもうちょっと安全な本丸はなかったのだろうか・・・いやまぁ住み慣れてるので別にいいっちゃいいんだが。
「加えてこの本丸の座標はすでに敵に知られています。通常、本丸を守護する結界に関しては、最高レベルの術式が組まれているのでそうそう破られることはないのですが、敵も日夜進化しております。そのレベルに合わせた結界は・・・残念ながら、この本丸の初期機能では危ういのが現状。強化するためには、早急に審神者様に本丸との契約を行って頂き、霊力を循環させなければならないのです」
「あんぜんのために、けいやくをしろということなのですね」
「そういうことです。ただ、何分霊力も新しい本丸よりも大量に必要になってきますし、元々長く審神者のいない屋敷でしたので馴染むに多少時間がかかるかと。なのでできるだけ早目に契約して頂くことが結果的に身の安全に繋がるかと思います」
「そういうことなら仕様がないね」
こんのすけの説明に納得がいったのか、それならば急ごう、と少し早足になった二人についていきながら大量の霊力ってどれぐらい必要なんだろう、とちょっと首を捻った。
そもそも一般的な総量を知らないので基準がわからないんだが・・・。
「こんのすけ。大量の霊力って言ったけど、具体的にどれぐらい必要なの?契約してぶっ倒れるほどの量を取られるんだったら、事前準備はいくらかしたいんだけど」
「そうですねぇ。審神者様の霊力をきちんと計ったわけではないのでどれぐらい、とは申し上げにくいのですが・・・近代における一般的な審神者様がこの本丸を維持しようと思ったら、ほぼ寝たきり生活に近いことになるのではないかと」
「うん?」
「本丸の機能だけに霊力を回せば、まぁなんとか大丈夫かもしれませんが・・・いやでもかなりの負担にはなりますね。ただ、この本丸は歴史修正主義者に座標特定されておりますでしょう?その分結界もより強力なものにしなければならないので、それを維持し続け、尚且つ刀剣男士様を顕現していくとなると厳しいでしょうね」
「・・・歌仙さん、布団の準備お願いします。食事は・・・なんだっけ、ネットが使えるんでしたっけ?お弁当でも注文しておくので、それでちょっと我慢してくださいね。後は何かあったかな・・・わからないことはこんのすけに聞けばいいのかな?」
おいおいそれ先に言えよ。倒れたらこの後の予定も何もかもパァでしょうが!
ちょっと政府もこんのすけも色々足りない。大事なところはもうちょっとちゃんと伝えよう?これ聞かなかったら何も言わなかったってことでしょ?サポート要員、それでは意味がないよ!聞かれないところでも必要なところは言いなさい!1から10まで説明しなさい!!言ったのに聞いてなかったのは聞いてない方に非があるけど、言わなかったらそっち側にも非ができるんだからね!
こちとら何も知らない素人なんだから、本当、省かずに包み隠さず説明してほしいところです。唸り、こんのすけを軽く叱りつつ政府から新しく受け取った端末(最新型らしい)を起動して通販ページを開きながら、適当にお弁当を注文しておく。とりあえず幕の内弁当でいいだろうか。あ、飲み物もいるな。その他食料品とかは・・・とりあえず置いておこう。
日用品も揃えたいところだけど、そもそもこの屋敷にどこまで揃っているのか把握してからじゃないと余計なものまで買っちゃう。リフォーム前は知ってるけど、リフォーム後はどこまで準備されてるか知らないからね。一から全部となると大変だけど・・・そういえばそこらの金はどうなるのかな。まぁでもこっち被害者だし、当面の資金は政府負担で問題ないよね。何か言ってきたら今剣辺りけしかけよう。多分いい笑顔でやってくれるはず。今はとりあえずそれぐらいだな。
歩きながら端末での作業を続け、とりあえず布団はあるんだよね?とこんのすけに確認する。あるという返事があったので、それの置いてある部屋への案内は、まぁ必要な時にしてもらうことにしよう。
「私が倒れたらこんのすけに聞いて、そこの部屋で布団敷いて寝かせてね。お弁当は今注文したから、お腹がすいたら・・・とはいってもわからないかな?こんのすけ、一般的な食事時になったら教えてあげて。あと、そうそう。お風呂についても簡単でいいから説明してあげて欲しい」
「はい!わかりました」
「冷静な主に感心すればいいのか手慣れ過ぎてやしないかとか政府この野郎とか色々言いたい気はするけれど、とりあえず従うべきなんだろうね・・・」
「やらないわけにはいきませんし、かといってやればやったでびみょうなところですね。まぁあるじさまならだいじょうぶでしょうけど」
溜息を吐いてなんともいえない顔をした歌仙さんを尻目にふふ、と笑った今剣にこてりと首を傾げる。・・大丈夫って何が?
「れいりょくのことなどいらぬしんぱいということですよ。さぁ、あるじさま、たんとうべやがみえてきましたよ!」
一瞬深い笑みを浮かべた今剣は、次の瞬間には無邪気なそれへと表情を変え、正面を指差しながら、ほらほら!と急き立てるように手を引っ張った。
それにつられて視線をやりながらも、私は先ほどの笑みの意味を考える。
さて・・・それは私の霊力量は多いから大丈夫ですよ、という額面通りの意味なのか、それとも前世の因縁故なのか。ていうか前世関係だとしたら私のこと今剣にはバレてるってこと?まぁ相手人間じゃないからなぁ。ていうか今までも色々してたしなぁ。
いやでも今剣はあくまで九郎さんの懐刀であって、私との関わりなぞ・・・所詮主人の近くにいる程度の人間でしかないような。いやでも龍神の神子というポジションだとやっぱり勝手が違う?なんにせよ、ここらはあまり突っ込みたくはないな。そもそもこの世界があの世界の延長線上にあるとは限らないし。ていうかそうなると私は遙か世界の未来に転生したってことになる。なにそれどういう状況なの。もしくはここもまた乙女ゲーの世界なのか。もうちょっと言うなら遙かシリーズの何作目にあたるの。・・・やめよう。不毛だ。頭が痛い、と唸りながらも私はそれはそれとして、と思考を切り替えるように今剣の旋毛を見下ろす。
「なんにせよ、自分の霊力量なんて知らないしねぇ」
そもそも霊力と神気は一緒に考えていいものなのか。私霊力持ちなの?どうなの?その辺りよくわからないが、普通に話が進んでるから多分霊力もあるんだろう。多分。
そう考えるとやっぱり準備は万全にしておくことに越したことは無いと思うんだ。
結論、備えあれば憂いなし。というわけで、さっさと戦友に会いに行こう!一旦思考を無理矢理とも取れる考え方でぶた切り、ゆるゆると綻ぶ口元で私は逸る気持ちを抑えながら、そっと障子戸に手をかけた。