セーラー服と日本刀



 目と目があった瞬間、込み上げてくる熱いものに喉がひくん、と引き攣る。
 心臓がとくとくと早鐘を打ち、僅かに開いた唇がもどかしく動いて、けれど言葉にできずにきゅっと引き結んだ。眉根をきゅっと寄せてしばらく逡巡した後、壊れ物に触れるように手を伸ばした。その手に、そっと、応えるように、小さな手が触れて。指先に、仄かな体温。握りこまれた指に堪らなくなって、くしゃりと表情を崩すと掻き抱くようにその小さな体を抱き上げた。

「いっちゃん・・・!」
「・・・!」

 会いたかった、と、声にならない声が聞こえたような気がした。





 ぷっくりと球のように滲み出る指先の血液を、こんのすけの口元に持っていく。
 それをピンク色をした舌がぺろりと舐めあげると、ざらつく感触が指先を伝わりなんとなく座りが悪く思う。しかしこちらの微妙な心情など知る由もなく、こんのすけは俄かに瞳を青白く燐光させると、地面と空中にシュン、と音をたてて魔法陣?らしきものを出現させた。・・・いや魔法陣というか、科学数式?数字と文字がごちゃ混ぜに、いや多分方式に乗っ取って円状に羅列されたそれらが薄緑色に光り輝くと、ぐるぐると回りながらその大きさを増していく、やがて鍛刀部屋を覆い尽くすほどに広がると、部屋自体が発光するかのように光に包まれた。
 薄緑の明かりに照らし出された私たち自身も色味を帯びながら、その幻想的な光景を落ち着きなく見やる。うわぁ、なんかすごいファンタジーな瞬間なんですけど・・・。

「声紋、網膜、指紋、霊力確認。ただちに承認作業に移ります」

 どこか感情を伴っていたはずのこんのすけがやけに機械的な発声で告げると、ゆっくりと回っていた魔法陣が急速に回転を始める。音こそ出ないけれど、その速さは最早文字も見えないぐらいだ。・・・追いかけていたら酔いそうなので、とりあえず最早ただの機械のようにも見えるこんのすけを見守っているとほんの数秒足らずで再びこんのすけの口が動いた。

「―――承認完了。霊力供給先を「政府」より「審神者」に移動、接続。――接続終了。本丸運営に及ぶ権利を審神者名「水鏡」に委譲を確認。霊力の供給を始めます」

 言い終わると同時に、ずるり、と自分の中にあったものがどこかに流れていく感覚が身の内を襲う。その急激な動きように、咄嗟に床に手をついて体を支える。よかった、これで立ってたら倒れるところだったかもしれない。まぁ軽い眩暈程度なのですぐ慣れるだろうけど。魔法陣が一際強く光り輝いたかと思ったら、再びその大きさを徐々に狭めていく。こんのすけの足元まで小さくなると、やがてパシュン、と軽い音をたてて魔法陣が消えた。
 あれほどに照らしていた光源がなくなると一気に薄暗くなったかのような気になったが、目に慣れるまでの話だろう。しばらく呆然としていると、こんのすけはこん、と軽く一鳴きして、胸を逸らした。

「これで本丸の契約は終了しました。お疲れさまでございました、審神者様」
「あ、うん・・・」

 なんでもないことのように言われるとなんだかものすごく反応に困るけれど、この世界、いや時代?じゃ、これが普通なのだろうか・・・。もっとこう、書類的なものが必要なのかと思ったよ・・・。思った以上にファンタジーな形で、私場違い感が半端ない。

「わぁい、ならこれであるじさまはほんとうにこのほんまるのあるじさまとなったのですね!」
「大丈夫かい?主。どこか体に異常は?」
「え?あぁ、うん。大丈夫。一瞬眩暈はしたけど、今は別になんとも」

 確かに、霊力が抜き取られた?ようなあの瞬間は脱力感があったが、今は別にそんなこともない。体の動きを確かめるように指を動かし、肩を回し、足首を回し、と全体の様子を確認してから差し伸べられた歌仙さんの手を取りつつよいしょ、と立ち上がれば、なんとなく空気が澄み渡ったような気のする部屋を見回し、ふむ、と頷いた。

「とりあえずこれで当面は安全なのかな?」
「そうでございますね。結界も恙なく発動しておりますし、強化の方も終わっております。これでちょっとやそっとの襲撃では結界も破られることは無いでしょう」
「・・・微妙に安心できない」

 つまりちょっと以上だと破られるわけですね。うぅむ。守備に関してはもうちょっと色々考えた方がよさそうだ。これからここは拠点になるわけだし、拠点がそんなに不安定じゃ落ち着いて過ごせないじゃないか。
 まぁそもそも敵に居場所が知れてる時点でこうなることは当然か。とりあえずそこら辺の知識は早急に手に入れていかないと・・またあんな目に遭うのは御免である。
 はぁ、と溜息を零すと、足元で本丸の契約が終わったぐらいに万歳三唱をしていたいっちゃん達が顔を見合わせ、どんと胸を叩いた。・・・うん?

「どうしたの?いっちゃん」
「どうやら、守備は任せてくれと言っているようだね」
「あぁ・・・いまはれいりょくもしざいもじゅうぶんにそろっていますし、きっといろいろするつもりなのでしょう」

 色々って何。小首を傾げてしゃがみこみ、いっちゃん達に問いかけたところで歌仙さん達の通訳に眉間に皺を寄せる。対するいっちゃん達はその通り!とばかりこくこくと頷き、ぐっと親指をおったてた。何故だろう。今からこの屋敷が絡繰り屋敷になる気がしてならない。

「・・・・まぁ、いっか。仕掛けた内容は後で教えてね。味方がかかったら洒落にならないから」
「え!?それでよいのでございますか!?」
「ていうか結構前からこの本丸そんな感じだったし・・・何時襲撃があるとも知れないんだから、保険はいくらかけててもいいでしょ」

 よくよく考えていっちゃん達と過ごした半年間、この屋敷にトラップがなかったことがない。生命線だったのだ、あれらは。それが復活したからといって何が困るだろうか。
 こんのすけの驚愕の視線を軽くいなし、今までの苦労を思い返す。マジでトラップ達にはお世話になった。あれらがなければ今こうしてここにいることはなかったかもしれない。
 そもそも罠なんて場所がわかれば怖くもなんともないんだし。ただ一応仕掛けてはいけない場所というものは決めておかないとな。所構わずだと逆に安心できない。

「生活空間に関しては基本的に弄っちゃだめだよ。多少の悪戯程度ならいいけど、大掛かりなのはNG。加減は考えてね。資材も無限じゃないし、とりあえず今は最低限に整えてくれればいいから」

 何があるかはわからないので、これらに関しては徐々に揃えていくのがいいだろう。
 人差し指を立てていっちゃん達に言うと、彼らは心得た、とばかりに頷いて、わぁー!と散り散りになった。早速作業に取り掛かったのかなぁ、と思いながらさて次にやることは、と顎に手を添える。

「・・・かのかたがた、きっといろいろやらかすのでしょうね」
「まぁ、少なくとも主に対して小さき方々が危害を加えることは万が一にもないだろうから、いいんじゃないかい?」
「くやしいですが、ぼくたちよりもあるじさまとかのかたがたのほうがきずなはつよいですからね・・・。でも、ぼくだってまけませんよ!」
「それは勿論僕もさ。御方達に負けるわけにはいかないね」
「お二人もそれでいいんですか!?ていうかあの妖精たちは何をするおつもりで!?」

 何やら後ろで決意を新たにしている二人とついていけてないこんのすけはさておき、次はしぃちゃん達に挨拶かなーと心を浮き立たせる。ということは医務室か。
 ひとまず大仕事?は終わったし、考えていたこと(霊力消費で暗転とか)にはならなかったので、とりあえず問題なく動けそうで何よりだ。

「と、ともかく。本丸の契約は済みましたので、今度は戦力の増強です。結界を張っても中の戦力が不足していては話になりません」

 色々と折り合いをつけたのかはたまた一旦投げ捨てたのかはわからないが、こんのすけはキリッと表情を作ると短い前足でたしたし、と床を叩いて注目を集める。
 その言葉に妖精さん達に意識を向けていた私はきょとんと目を丸くして、あぁ、とぽくんと手を打った。

「そっか、歌仙さん達みたいなのを呼ぶんだね」
「今頃彼らも首を長くして待っているだろうねぇ・・・」
「むしろまたされすぎてじりきでけんげんしかねません」

 え?そんなに?遠い目をして明後日・・・いや、恐らく刀剣を安置している部屋に視線を向けている今剣の目には何が見えているのだろうか。歌仙さんも今剣と同じ方向を見つめて半笑いを浮かべている。・・・一体私が扱っていた刀剣たちは今どうなっているんだ?

「本来でしたら一度出陣して頂いて鍛刀をして頂くのが通例なのですが・・・」
「ここで鍛刀なんかを先にしてしまったら今度こそ君の首が飛ぶよ」
「えっ?そんなに待ってるの!?」

 順番飛ばしただけでそこまで!?ぎょっとしていると、歌仙さんはまぁ言葉の綾とも言うけれど、と言いつつも割と目がマジだった。こんのすけの尻尾が再びお腹に回る程度には割とマジな話らしい。

「あるじさまはわかってないです!ぼくたちがどれほどあるじさまによばれるのをまっていたとおもっているんですか!」
「えぇ・・・そうは言われても付喪神を認識したのここ数日のことだし・・・」
「主にとってはそうでも、僕たちにしてみれば半年分の思いだからね。まぁ、とりあえず早く彼らの元に行こう。顕現せずとも、君の無事な姿だけは見せてあげないと」

 ぷんすこ、という表現が正しい在り方で怒る今剣にそんなものなのかなぁ?と首を傾げる。歌仙さんは苦笑を浮かべて、そっと私の背中を押した。
 うーむ。やっぱり彼らと私の間で結構な温度差ができてるような気がしなくもないが、しょうがないのかな?片や数日前に付喪神を知った人間と、半年もの間意識のあった付喪神との感覚を同じにしろとは無理がある。
 歌仙さんに促され鍛刀部屋を出ながら、そういえば顕現ってどうするんだろう?と首を傾げた。・・・言祝でも唱えるの?いや、私さすがにそんなの知らないし・・・歌仙さんたちはどうやって顕現したんだったか・・・いつの間にか出ていたような印象が強いからよくわからないな。まぁそこはこんのすけが知っているのかな。
 改めて顕現、と言われてもピンとこないまま、刀剣を安置している部屋・・・医務室、もとい本来は刀剣の手入れを行う手入れ部屋とやらの前に立つ。
 あのデジタル時計、なんでも手入れ時間を表しているらしい。・・・何故に時間表記が必要?よくわからないが、それもおいおいわかるのかなぁ。
 ここにはしぃちゃん達妖精さん達がいるから刀の安置場所として安心できたんだよな。さすがに何本もの刀を携帯できるわけがないし。
 かといって無人のところに放置しているのも気が引けるというか私の真の意味での生命線だったので、迂闊なところには置けなかった。一番部屋としてまともな機能性を保っていたのがここだったというのもあるけれど。それはきっと妖精たちがいたからなのだろう、と当時を思い返しながらすらっと障子戸を開けると、刹那、顔面目がけて何かが飛んできた。咄嗟に手を突き出して顔面キッスをする前にそれをキャッチする。

「ご、ごーくん!?」

 眼前に見えるそれに目を見開きながら名前を呼べば、うるうるとした目でごーくんが短い手足をじたばたと動かした。そうこうしている内に足元にさらに二人、まとわりつくように小さいお方たちが群がってくる。

「ねぇちょっと。あれはいいんですか?」
「かのかたがたはすべてがゆるされるのです」
「まぁ彼の君は手加減をしているし、むしろ邪魔をしたら僕たちの方が危ないから」

 半目で戯れる私たちを見ているこんのすけのちょっと不満そうな文句に、今剣と歌仙さんが悟ったように首を横に振る。どうやらヒエラルキーは妖精>付喪神らしい。
 んー・・・まぁ、付喪神を降ろせる憑代を作れる相手が格下であるわけがないので、こんな為りでもこっちのが神格というか位が高いんだろうな。いや、ゲームでも自分よりもレベルが上の存在を扱えることがほぼないわけじゃん?それを扱えるまでに鍛えなくてはならないので、普通に考えてこっちのが強いのは当然のことと言える。まぁ姿形はただの可愛らしいマスコットみたいな感じなので一見ではそうとは見えないが。
 人外に見た目相応を求めたらダメなのである。あれだよ、見た目で判断して舐めてかかると恐ろしい目に合うよ。
 ごーくんを抱っこしてしぃくんとむっくんの頭を撫で、ひとしきり近況報告、もとい再会を噛みしめながらそうだ、彼らにもお供え物をきちんと用意しなければ、と思い至った。今まで碌なものをお供えできなかったからなぁ。でもこれからはいいものをお供えできるよ!

「しぃちゃんごーくんむっくん、美味しいもの一杯食べようね!」

 腕によりをかけて作るからね!と拳を握って宣言すると、彼らはパァ、と顔を明るくさせてやったー!と両手を上にあげた。うんうん。君達も味気ない食事ばかりで物足りなかったよね!やっぱり食事に関しては充実させたいよねぇ。私もさぁ、入院生活でいくらかマシな食事は口にできたけど、まともな、というにはあまりにも病院食だったからそろそろ味の濃いご飯が恋しいんだよね・・・。まぁ怪我の度合いを考えれば重たい食事が無理なのはわかるんだけど。一応表面上の怪我はそこそこ治ってはいるのだが、中身はと言われるとそこまでではないんだとか。皮は繋がってるけど中身の肉はまだ繋がってないとかそういう感じらしい。だから無茶するとぱっくりいっちゃうよ☆とは言われたのだが、まぁ通常生活にはさほど支障はないらしいからいいんじゃなかろうか。
 とりあえず彼らに美味しいお供え物を準備することを優先事項の一つに加えて、きゃっきゃうふふと戯れていれば、こんのすけが呆れたように口を挟んできた。

「審神者様、いい加減刀剣男士様を顕現なさってくださいよ・・・」
「ん?あぁ・・・そっか」

 忘れてた、とは言わないけれど、もうちょっと浸っていたい。そう思うものの、こんのすけの横で今剣と歌仙さんが非常にしょっぱい顔をしていたので、なんとなくこれ以上伸ばすのは悪い気がしてきた。しぃちゃん達にあとでね、と軽く声をかけて、ついでに刀持ってきて、と告げれば一目散に駆けていく。その小さな背中が襖の向こうに消えると、三人がそれぞれ一本ずつ、両手を上に突き出して掲げ持つような恰好で刀を持ってきた。明らかに見た目に対して刀の方が重そうなのに、というか重いのに、軽々と持っている辺りに人間じゃないものの底力を感じる。スピードに全く衰えが見えないまま目の前に持ってこられた三口の刀を見下ろして、さっと目を通した。・・・私がいない間でも、彼らはきちんと刀の管理を行ってくれていたようだ。ひらひらと桜を散らせている刀達にほっと息を吐く。

「堀川国広様、同田貫正国様、獅子王様、でございますね」
「他にも刀はあるけど、割と頻繁に使っていた刀だね」

 さすが妖精さん達、わかってるぅ!愛刀と呼ぶなら歌仙さんだし、懐刀といえば今剣ではあるが、その相棒として頻繁に使っていたのは脇差の堀川国広という刀。初期に手に入れた最初の脇差ということもあって、彼の使用頻度は先の二口の刀と勝るとも劣らない。
 朱塗の鞘の見目鮮やかなそれも然ることながら、刀としての機能も十二分。軽く速いので、歌仙さんとの連携において現在私が持っている中では一番の相棒だ。サポート刀として本当に、本当に助かってた・・・。
 次に打刀の同田貫正国という刀は、あれだ。とにかく頑丈。他の刀に比べて多少雑でもへこたれない耐久性がこの荒んだ生活には大層ありがたい代物で、歌仙さんが使えないときの第二の相棒といっても過言ではない。見た目はそうだなぁ、他の刀に比べて装飾もないし芸術性というのはあまりない刀ではあるんだろうけど、戦場でそんなの関係ないしね。むしろ見目に気を遣わなくていい分、ある意味で扱いやすさは段違い。切れ味は言うに及ばず。ちょっと重たいがその分の威力はやっぱり大きかったなぁ。
 そして獅子王。太刀というだけあって刀身も長く、重さもあるので女且つ、そう背丈があるわけでもない私には使い難い刀ではあるんだが、それでも太刀の切れ味は魅力的だった。他に比べて長さもある分、微々たるものではあるが間合いもちょっと取れるし。いや結局近距離には違いないんだけど。何よりこの刀のいいところは、他の太刀に比べて細く軽く短いことである!つまり、女子の私でも比較的、あくまでも比較的、使いやすい刀だったのだ!・・・他の太刀は重たいんだよ、本当に。使えなくはないよ。使えなくはないけど、より使いやすいのはと言われると太刀の中では獅子王しかない。
 というわけで私の中でこの五口の刀は、個人的に使いやすい愛刀ベスト5に部類している。他は他でいいところはあったしどれも大事な刀ではあるが、人間使うにあたって合う合わないってのはどうしてもあるから仕方ないよね。切れ味という点では、ぶっちゃけどれも皆素晴らしいの一言に尽きるのでこれといった優劣がつかないけど。
 皆違って皆いい。これってまさにこのままって感じ。

「うーん・・・とりあえず一番最初は堀川国広さんかな。歌仙さん、今剣ときたらやっぱり次は堀川さんだよねぇ」

 第三の相棒ならばやっぱり順当にいってそうなる。慈しむように朱塗の鞘を撫でると、ガタガタガタガタガタ!!と激しく刀が震えた。思わずびくっと手を引っ込めて心持後ろに下がる。ついでに言えば選ばなかった(いや後でちゃんと顕現するよ?)二口の刀の空気が一気にずしっと重たくなった気もしたが、それは多分気のせいだ。

「・・・堀川、落ち着いて。あと二人も、ちゃんと顕現するから少しお待ちよ」
「あるじさま、はやくけんげんしてあげてください」

 何故か刀の状態で桜まで吹雪かせている堀川さんになんか怖い、と顔を引き攣らせていると、歌仙さんが溜息を吐いて堀川さんにそう苦言した。いやでも顔にはすごいわかるよ、と言わんばかりの苦笑が浮かんでいたので、彼らの中では何事か通じ合っているらしい。
 今剣は今剣で早く早く!と私を急かし、これ顕現して本当に大丈夫なのだろうか?と一抹の不安に襲われた。え?大丈夫?本当に大丈夫?変なことにならない?ならないよね?
 こんのすけの生温い視線がなんとも言えないが、・・・顕現しないことには一生終わりそうもなかったので、諦めたように堀川さんを手に取る。吹雪く桜は綺麗なのに、なんだか心中がしょっぱいや。

「ところで顕現って何か決まりがあるの?」
「名前をお呼びになり、祈ればよろしいかと」

 簡単だなおい。・・・まぁ、専門家でもない人間がなるぐらいなのだから、簡略化に簡略化を重ねたのだろうか。そう思いながら、そっと両手で堀川国広を掲げ持ち、水平に刀身を支えながら、そっと桜吹雪に乗せて囁いた。

「おいでください、堀川国広さん」

 名前は、最も短い呪いだ。そういえばまともに呼んだこともなかったんだよなぁ、と思いながら、この刀の付喪神とはどんな姿形をしているのだろう、と思いをはせる。
 どんな人なんだろうなぁ、とうきうきと心躍らせながら、じっくりゆっくりと、故意的に刀身に霊力を注ぎ込み―――刹那、桜の暴風雨が吹き荒れた。