セーラー服と日本刀
室内で局地的大嵐に見舞われるとはいったいどういうことであろうか。
軽い竜巻発生のごとく室内でごうごうと唸りを挙げながら舞い上がる誉れ桜の勢いに押されて襖が吹っ飛び、そのついでにこんのすけも吹っ飛ぶ。小さな体躯は見た目以上に軽い代物だったのか、きりもみしながらきゃああああ!!???と絹を裂く悲鳴がドップラー効果を残して遠ざかっていくのを端っこで聞きながら、視界一面のピンクを茫然と眺めるしかなかった。
不思議と風が私を避けて左右に流れていくので、ちゃっかり私の背後を陣取り桜タイフーンを避けた今剣と歌仙さんと、ついでに私にくっついていたしぃちゃんたちも無事である。無事じゃないの多分こんのすけだけだ。
「流石にこれだけ激しいと桜吹雪とはいえ雅とは言えないね」
「堀川、たまりにたまっていたんでしょうねー」
桜の花弁と暴風により視界を奪われ襖や障子が吹っ飛び、風通しも良くなりすぎた部屋の惨状を前にしみじみと言われ、そんな問題なのだろうか?と小首を傾げる。
いや決して雅がどうとかいう問題ではないはずなのだが、とりあえずそんな突っ込みをいれる気にもならない。ただ私が感じることと言えば、桜の出現と共に軽くなった掌と、荒れる室内と、私を避ける風、それから、それから。
「無事でよかった・・・!」
目の前に降り立った、碧の目をした美少年の震える声。
大きめの丸い目を潤ませて、手に持っていたはずの刀のかわりに節ばった指先が壊れ物のように指先を握る。気遣うように優しく、そっと触れたそれは次の瞬間に力を増して、ぎゅう、と強く手を握りしめた。それでも痛いと思わないのは、彼なりの配慮の末だろう。少年のまろやかなクリーム色をした頬が紅潮し、水を帯びて潤んだ瞳の碧が深みを増すその色味のなんと美しいこと。淡い桃色をした唇が戦慄き、そっと手に取った指先を持ち上げて、その口唇に微かに触れ合わせる。かかる吐息の熱さが、少年の言葉にならない想いを伝えているようだ。
「主さん、主さん・・・っあぁ・・・!」
そういって、少年は一時激情を抑えるように唇を引き結んで額に握った手を押し付ける。俯いた少年の旋毛を見つめ、私は困ったように眉を下げた。ぶっちゃけ桜暴風雨が激しすぎて部屋の惨状と相まって反応にすごく困るんだが。え?これ感動?感動なの?的な?温度差ーと内心で呟きつつ、それでも少年が縋るように手を握るので、私は諸々をぐっと飲み込んだ。空気は吸うものではない。読むものだ!
「堀川、さん?」
「・・・っはい」
確認をするまでもないのだろうが、とりあえず確認のように名前を呼ぶ。刀は無く、目の前に人が現れたのだから、彼は間違いなく脇差・堀川国広の付喪神なのだろうけれど。すると、彼は一呼吸の間を開けて詰まったように返事を返した。それから、ゆっくりと顔をあげて、泣き笑いの相好で不恰好に口角を持ち上げる。
「僕は、堀川国広です。お会いしたかったです、主さん」
ようやく収まりを見せ始めた暴風の中でも、相変わらず桜だけは吹雪きながら少年――堀川国広は右目からほろりと一粒の涙を落とした。
彼はその涙を手の甲でぐいと拭うと、ちょこん、と目の前に正座をした。そうすると目線の高さがほどほどに噛みあい、綺麗に線上で繋がり合う。ピンと伸びた背筋が綺麗で、そういえば歌仙さんも今剣も立ち姿も座り姿も綺麗なんだよなぁ、と日本刀の所以を垣間見た気がした。
「ようやくこうしてお話ができて、本当に嬉しいです。もう心配で心配で・・・主さんがいなくなってから、刀の僕がいうのも変ですけど生きた心地がしなかったんですよ?」
そういって、もう一度小さく無事でよかった、と呟いた彼は未だ手を握りしめたまま放す様子がない。うん?このまま?と思いつつも、慈しむように親指で手の甲を撫でられ、ぎゅっぎゅっと時折力を籠められるとなんだろう、すごく確認されているような気がする。存在確認?私そんなに消えそうですか?どっちかというと君らの方が曖昧なような?でも堀川さんがめっちゃニコニコしているので言えない。物凄く嬉しそうにしているから言えない。桜もずっと吹雪いたまんまだし。
「置いて行ってごめんなさい。あの時は私も気が付いたら病院だったから・・・」
「いいんです。貴女が無事ならそれで」
堀川さんは首を微かに横に振ると、生きているならそれだけでいい、と破顔した。なんだろう、その言葉すごく重い。彼の・・・いや、あるいは彼らのその言葉は様々なものが込められた故のものなのだろう。長い長い時の中で、彼らが体験せざるを得なかったことなのだと思うと、私に返す言葉はない。
微笑み、じっと見つめてくるその碧色の双眸に浮かぶ幸福の色を眺めながらふっと息を零した。なんていうか、これから顕現する刀も、皆こんな感じなのだろうか?そうだとしたらやっぱり私には荷が重い気がする、と思いながらも逃げる術はなく、結局こうなるのよねぇ、と彼の手を握り返した。
「生きるために、戦ってくれますか?」
問いかけは、真摯に。「刀」の付喪神である彼に「生きる」ためにとは、少々可笑しいのかもしれない。あぁでも、きっと間違ってはいないはずだ。
見つめる彼は、一瞬目を見開き、それから言葉を自分に染み込ませるように僅かに目を伏せて、すっと手を放すと心臓の位置に掌を押し当てた。
仮初の身体に、本当に心臓が埋まっているのかはわからない。それでもその心音を感じ取るように少しだけ俯いて、堀川さんはふっと口元を緩めた。
「僕の全部を懸けて。貴女と共に、戦います」
あ、桜エフェクトと一緒になんかキラキラエフェクトも舞った気がした。ぶわわぁ、と一気に春めく瞬間を真正面から見て、これ横から見たらこっ恥ずかしい気がひしひしとしながらも最早取り返しがつかないのでぐっと押し黙る。
真面目なところだし茶化す気もないのだが、美少年と向かい合う自分があまりにも似つかわしくなくてなんかゴメン、と言いたくなるのはしょうがないことだと思うんだ。
刀剣男士とやらにもうちょっと顔面偏差値下めな人はいないのだろうか・・・いないんだろうなきっと・・・。眩しさに目を細めていると、どん!と軽い衝撃が背中にかかり、僅かに前に身体を揺らしてぅえっ?と声をあげる。
「堀川ばかりずるいです!!ぼくのこともわすれないでください!」
「堀川も、僕たちのことを忘れてはいないかい?」
「だって、歌仙さんも今剣もずっと主さんと一緒にいたじゃないですか。出遅れた分を取り返したっていいと思いませんか?」
そういって、にっこりと笑う堀川さんに歌仙さんがやれやれ、とばかりに肩を竦めて、後ろから伸ばした手で私の手を優雅に掬い取る。今剣は背中にべったりとくっついたまま首筋に頬を寄せて、ぷぅと頬を膨らませた。
「ちょっとあわないあいだにずいぶんとしたたかになりましたね、堀川は」
「会わなかったからこそ、だよ。ずるいというなら、そっちもずるいと思うなぁ」
「まぁ、思うところはそれぞれにあり、だね。そんなこと言ったら、他の刀達も同じことを言うだろうしねぇ」
そういって、手をにぎにぎと握る歌仙さんに、今剣と堀川さんが、あぁ、と目を半目に伏せた。よくわからないが、とりあえず他の刀もこんなテンションで来られると私ちょっと温度差で風邪引いちゃいそうですよ?いやいいんだよ、うん。そこまで思ってくれるのはありがたいが、いやでもやっぱりちょっとなんか。うん。なんかね?
あ、それよりも、というと語弊があるが、この部屋の惨状もどうにかせねば。というかこんな桜暴風が連続したらマジで部屋が壊滅状態になりかねないので、他の顕現はもうちょい被害の及ばない場所でするべきか?背中に今剣、片手に歌仙さん、正面に堀川さんという布陣でなんかすごい侍らせてる感を醸し出しながら、私は思考を明後日に飛ばした。
「・・・審神者さま・・・・こんのすけも忘れないで・・・」
ボロボロの管狐の切実な訴えも、吹雪く桜にかき消されて届かないのは、まぁ、しようがないよね。