セーラー服と日本刀
AM4:54。目覚まし時計が起床時間を知らせる前に起き上がり、薄暗い室内で僅かな明かりを頼りに目覚まし機能を解除する。正直目覚まし時計である必要性はないようにも思えるが、寝過ごさない確証もないので一応必要だと思う。蛍光塗料の塗られた文字盤と秒針が薄闇にぼうと浮かぶのを眺めて室内の明かりをつける。パチッと点いた電気の明るさに僅かに目が眩みながら、数度の瞬きで視界を持ち直して乱れて多少絡まった髪を手櫛で整え目元を擦った。ごしごし、と数度手の甲で目元を擦って欠伸を一つ。
それから寝乱れた布団を軽く畳んで整え、室内に設置された浴室で顔を洗って軽く歯磨きを行う。乱れた髪を今度は丁寧に櫛で梳かし、二つに分けて軽く三つ編みにしてゴムで纏めた。
そしてここで一定の年齢ならば化粧を軽くでもするものなのだろうけれども、中身はあれでも今現在の肉体年齢はまだまだ若い十代前半。スッピン晒しても何も言われないし気にしなくてもいい年齢である。なんなら化粧水さえつけなくてもやっていけるだけの瑞々しいハリと弾力と肌理を維持している十代スキン。若いってすげぇ。尊敬する。
ゆーて私まともに成人迎える年齢まで生きた覚えないけども。あ、切ない。
中身だけ変な年の取り方してるな、と思いながらスッピンを鏡に映して前髪を整える。まぁ朝の手間が一つ省けて何よりだと思いながら、さっさと浴室を後にして押し入れから着替えを引っ張り出した。押し入れの中は政府から送られた数着の着物が整然と並び、その中で一際目立つ紺色のスカートとセーラーカラーの学生服を手に取る。本来ならば半年近くにも渡るサバイバル生活でボロボロになったものなので到底着れたものではなかったのだが、政府の厚意により新品同様に綺麗になったのでありがたく着させてもらっている。別に普段着というか一応審神者の正装だとかいう巫女服だとか浴衣だとかも用意されているのだが、願掛けの意味も込めて基本は学生服を着用している。着なれた制服にさっと袖を通し、胸元で赤いスカーフを手早く結んで軽く歪みを整える。それから更に巫女さんが着用する千早を取り出し、それを羽織って朱紐を結んでおおよそ身支度は整った。
セーラー服に千早ってどうなん、と思わなくもないけど「審神者」という仕事の切り替えとしては割と重宝している。それにこういう組み合わせ経験したことあるし。陣羽織にスカートという組み合わせでしたが何か?
自分が着ていると思わなければ絵的には二次元チックで割と好きだけどな、セーラー服と千早って。あくまで二次元であって現実に持ってくるとんん?と首を傾げるけどまぁ誰も突っ込まないからいいや。
そうやって姿見で自分の姿を眺めて内心で突っ込みと言い訳を繰り返していると、部屋の外から声がかけられる。
「主。起きているかい?」
振り返れば障子戸に大きな影が映り、決して開けることなくこちらの返答を待っている。
それに私はちらりと壁掛け時計を見やってもうそんな時間か、と一つ呟いた。
押し入れを閉めながら起きてるよ、と返答をしつつ畳の上を滑るように歩いて障子を開ける。そこにはこちらもきっちりと身支度を終えている愛刀・・・歌仙さんが本日も麗しいご尊顔で微笑んでいた。
「おはようございます、歌仙さん」
「おはよう、主。今日も身支度は完璧だね。でも偶には他の着物もきたらどうだい?」
そういってざっと上から下まで私の恰好を眺めてから満足そうに頷きつつも、歌仙さんは物足りなさそうにそういった。彼も私のこの恰好が審神者という「仕事」に対してのケジメとわかっているし、別に否定する気もないのだが元来お洒落が好きな刀である。
風流と雅をこよなく愛する文系名刀、らしい。こんのすけ曰く。ぼそっと「まぁ巷ではゴリラの異名でも通ってますけど」と呟いて早々に歌仙さんからアイアンクローをプレゼントされていた不憫、いやむしろ自業自得?なところはあったが。
でもなんとなく言わんとしている所は察した。偶にすげぇ実力行使なんだよね彼。逸話的にも割と物騒な逸話持ちだし・・・元々の持ち主の影響だとかどうとか・・まぁ歌仙兼定本人・・本刃?の拵えも相当雅やかな代物なので、さもありなん。
着飾ることを厭うどころか推奨しているので、わかっていながらも偶にこうして言ってくるのだ。まぁ「雅じゃない」とか「もっと身綺麗にしろ」とか言われるわけではないので、一種の通過儀礼と思っている。
「支度なら僕が手伝うし、偶には着飾って欲しいものだね」
・・・いやこれは私の身支度を手伝いたくて仕方ない顔だ。わきわきと動く手がなんだろう、彼の欲求不満を表しているような?そういえば他の刀もやたらと私の手伝いしたがるというか特に短刀にその傾向が強いというかおはようからおやすみまでお世話します感が半端ないというか。さすがにどこぞのお貴族様じゃないし、重病人でもないのでそこまで世話してもらう気にはなれないよ。でも偶には発散させないと色々酷いことになるって主知ってる。
「じゃぁ今度万屋に行くときに歌仙さん見立ててくださいねー」
「・・・!任せてくれたまえ。飛びっきりの着物を用意するよ」
ぶわぁ!と桜を咲かせて歌仙さんが蕩けるように微笑む。まだ朝日も満足に昇ってない筈なのに超眩しい。これは次のお出かけ日が大変なことになりそうだ。ほどよくストップかけてもらうために堀川さん横に置いておこう。今剣?むしろ歌仙さん並に着飾ろうとしますが?
さて、早朝から桜吹雪かせる歌仙さんを促して廊下を歩きながら、本日の脳内スケジュール帳をぺらりと捲った。
出陣、遠征、内番、メンバーに片寄が生まれないよう、あるいは戦力バランスも考えて組み立てなければならない。かといって私は戦の経験はあれども指示を出すような立場ではなかったので、その手のことに関してはズブの素人も同然。使う側というよりも使われる側だったしな。まぁメンバーに関しては前日の内に諸々の意見も取り入れて決定しているので今朝の朝礼で発表するだけなんだが。あとは戦場と敵のデータを纏めて、データといえばこの前新しい戦場が開いたからそこに短刀達を派遣してフィールドワークさせねば。その日程とメンバー決めもやらないといけないなぁ。あぁ、そうだ。
「朝ごはんにトマト使いたいから畑に行こうか、歌仙さん」
「それは構わないけど・・・ちなみに今日の献立はなんだい?」
「トマトとブロッコリーのツナマヨサラダに雑穀おにぎり、卵焼きと豆腐の味噌汁、それから林檎を少々」
ざっと並べ立てて、今ならきっと朝露を浴びて瑞々しくたわわに祈った真っ赤な宝石が畑に並んでいることだろう、と口元を綻ばせて進路を畑に向ける。サバイバル時代も実っていたけれど、やっぱりきちんと整備して肥料もやりつつ世話すると美味しさが段違いだわー。
朝一番に収穫した獲れたて野菜を十分な調味料と道具で調理できるなんてとっても贅沢!この生活になってしばらく経つけど、本当に日々ありがたいことだらけだ。
戦事に関してはかなり大変でもう投げ出したいぐらいだけど、やらなきゃいけないから逃げもできない。自分で戦わない分マシと言えればいいが、自分の代わりに戦う人間がいるというのもその責任を負うというのもきついものがある。
そこは感謝とはいえないけれど、まぁまともな衣食住揃えて貰っているからしょうがあいよねー。ていうか帰れないからどうしようもないんだけどねー。日々のストレスは日々の家事で精神安寧図ってます。
そうこうしながら畑に降りて、まだ薄暗い中でたわわに実ったトマトを収穫する。大振りのトマトにミニトマト。黄色と赤と適当に摘んで立ち上がれば、歌仙さんが私の収穫したものをごく自然な動作で持っていく。籠ごと抱えて、ざっと畑を見回した歌仙さんがそういえば、というように口を開いた。
「短刀たちが今度苺というものを植えたいと言っていたよ」
「苺?」
またなんで・・・そういえばこの前洋菓子作りたいとか思って本開いてた時があったな。甘味に飢えてたんだよ、しょうがない。確かその時に今剣含め他の子たちも一緒に見てたな。苺の話題もその時出たような・・・日常会話すぎて細かく覚えてないや。
「純粋に食べてみたいのと、あと兄と音の響きが同じだそうだよ」
「兄?」
「粟田口派には一期一振という太刀があるんだよ。うちにはまだ来てないけどね」
「なるほど。まぁこればっかりは縁だし、それにまだ刀を増やす気にはなれないなぁ」
兄弟に会わせてあげられないのは申し訳ないが、自分の管理能力込みでぽんぽんと刀を増やすことは控えたい。あんまり大人数すぎると絶対目が届かないし統率も取りにくくなるからある程度体制が整って安定するまでは小規模で行きたいんだよね。
増やすにしても一気にというよりは徐々にしていくのがベストと考えている。刀の付喪神なんてぶっちゃけよくわからないし、どうなるのかどうしていけばいいのか手探りもいいところである。そもそも審神者という役目自体未知の領域だからな。付喪神従えて敵と戦えってどんなシステムなんだ。本来の審神者ってそういうものじゃないし・・・自分、いきなり大人数に指示できるほど司令官として優秀な人間ではないんですよ。
錬度差が開くことは難点だし戦力的にも増やした方がいいんだろうけど・・・今の所困ってないし、錬度に関しては一振りずつ出すより複数出して同時あげしていけばいいでしょ。こんのすけは戦力の増強がどうのと言ってくるけど、こればっかりはうちの方針と思って諦めてもらうしかない。まぁこの本丸が危険物件なのもあって守備面考えて戦力増やせと言ってるんだけど。でもほら、妖精さんのトラップもあるし一応ちょっとやそっとじゃ結界もどうこうならないってことだし、当面は初期メンバーで様子見といったところである。それに今のところ戦力不足を感じてもないしなぁ。うちの刀は強いんです!
「まぁでも苺は植えてもいいかな。また苗寄せておくね」
「彼らも喜ぶよ。あぁあと戦力の増強に関しては気にしなくても構わないよ。主の考えは最もだと思うし、僕らも納得して賛成している。それに今の所急遽必要な戦力もあるわけではないからね」
「おおよそ揃ってるものねぇ」
初期メンバーにすでに太刀まで揃ってるし、火力としては大太刀とやらが大きいらしいけど、緊急性があるほど必要に駆られてるわけではない。それに来るか来ないかは運だというので、焦ってもしようがないことである。
まぁ気長にやりましょ、ということで、トマトを抱えて台所・・・厨というべきか?まぁ言い方はどっちでもいいとして、台所まできて流し台にトマトを置き、袖を捲って千早を脱いで代わりにエプロンを装着する。ちなみに歌仙さんは割烹着を身に着けるわけだが、何故だろう。イケメンな美男子なのに、妙に割烹着が似合うんだ。白い割烹着に和服だからだろうか?この漂うお母さん臭・・・落ち着く。
「今失礼なこと考えてなかったかい?」
「歌仙さんといると落ち着くなって思っただけですよ?」
「それならいいけれど・・・」
そういって包丁構えて半目で見てきた歌仙さんに、さらっと大分端折って伝えながら小首を傾げると微妙に腑に落ちない、という様子で彼はトマトに向き直る。
これ、全部言ってたら説教食らうところだったな。危ない危ない。内心でほっと胸を撫で下ろしつつ、炊飯器のスイッチをいれ、鍋を取り出す。
水をいれてコンロにかけて、カチッと天下。IHにもできるらしいがまぁどっちでも困らないのでいいかなって。本丸のカスタマイズは基本的に給料から差っ引かれるそうなので、余裕ができたらやっていきたいところ。今のでも別に困ってないけどね。
お味噌汁の準備をしているところで、おはようございます、と爽やかな声が台所に響いた。
「堀川さん。おはようございます」
「おはよう、堀川」
「相変わらず早いですね。主さんはもっとゆっくりしてていいんですよ?」
料理なら僕も歌仙さんもできるようになりましたし、とそういって流れるような動作でエプロンを身に着け何をしましょうか、と袖捲りをする堀川さんに昆布とかつおで出汁を取りながら、卵焼きをお願いする。快く引き受けて冷蔵庫から卵を取り出す堀川さんに、トマトを切る手を止めて流し台からボールを取り出した歌仙さんが手渡す。
流れるような連携プレーだなぁ、とその一連の動きを見ていると机の角に卵をぶつけて割りながら、堀川さんが話し出した。
「主さんは遅くまで仕事をしてるんですから、朝くらいゆっくりしていても罰は当たらないのに」
「んーでもこれはこれで気分転換にしてるし、習慣化してるからしてないと逆に落ち着かないかなぁ」
「まぁ、主の作った物は格別だから、ないと他の子達から不満が出そうだけどね」
「あぁ、わかります。今剣とか獅子王さんとか・・・同田貫さんや宗三さんも結構わかりやすく不満そうにしますよね」
「歌仙さんたちのとそう味に違いはないと思うけどね。最初の頃はともかく」
教えたのが私なんだから味も似通ったものになるはずなんだが。こてん、と首を傾げると、2人から呆れなのか苦笑なのか判断のつかない半笑いを貰い、何さ、と眉間に皺を寄せる。
「主と僕達が作った物じゃ天と地ほどの差があるよ」
「式神の方々も、主さんの作った物でなければ受け取ってくれませんしねぇ」
「そうなの?金平糖とかは嬉々として受け取ってるけど」
「甘味は別腹らしいよ」
女子か。いや女子以外でもそうか。可愛いから許す。そんな雑談を交わしながら朝食を作っていれば、太陽も昇り完全に朝が顔を出す。
そうすれば順々に、朝の早いものから厨に顔を出してくるのだ。大広間で待っていればいいよとも思うのだが、皆さん一度はこっちに顔を出してくるんだよねぇ。
「おはよう、主殿。歌仙殿、堀川も精が出るな!」
「はよ。・・・・飯はもうできてんのか?」
「おはようございます、山伏さん。もう出来上がる頃だよ同田貫」
「おはよう、2人とも」
「おはよう、兄弟。同田貫さんも。丁度いいから2人とも、出来上がった物を持って行ってよ」
朝の太陽よりも尚眩しい快活な笑顔と共に、水も滴る筋骨たくましい山伏さんと同田貫さんが顔を出す。朝の鍛錬が終わったのだろう。濡れている空色の髪と黒髪がしっとりと額に張り付いている。井戸で軽く水被ってきたのかな?衣服だけはきちんと整えているようだが(まぁ以前上半身裸でやってきて歌仙さんに大目玉食らったんだが)、2人は堀川さんが示したお皿に目をやり、心得た、と頷いてひょいひょいと腕にお皿を乗せていく。
これどっかのレストランのウェイターさんとかがやってるの見たことある。器用だなぁ、とかこんな筋骨たくましいウェイターなんて早々いねぇよなぁ、とかくだらないことを考えておにぎりをぎゅぎゅっと握る。
「おはようございます、主君!歌仙さんと堀川さんもおはようございます」
「おっはよー!今日の朝飯はなんだ!?」
「おはよう・・・」
「おはよう3人とも。今日の朝ごはんは広間にもう並べてるからみておいで」
「何か手伝うことはございませんか?」
「・・・僕も手伝う」
「じゃぁ前田はお茶を持って行って。小夜は湯呑みを。愛染は・・・寝過ごしそうな人達に声かけてきてくれる?」
「おう!」
役目を割り振れば、3人はテキパキと動き出してさっと台所から姿を消す。あぁ愛染がどたばたと大きな足音をたてるので、歌仙さんが「もっと静かに!」と怒鳴っていたが。はぁい、という間延びした返事におかんと息子、と思いつつおにぎりを握る。にぎにぎぎゅっぎゅ。
「おっはよーございまーす!わぁ、今日も美味しそうなごはんですね!」
「主に握られていイイ形だね・・・・おにぎりのことだよ?」
「青江殿!朝から主様の前でなんということを!あ、おはようございます皆様ッ」
「・・・・・おはよ」
「朝から絶好調だねぇ、青江も鯰尾も。鳴狐もおはよう」
「青江、あとで話をしようか」
「ふふ、歌仙、すごく盛り上がってるね・・・眉間のことだけど、朝からお説教は遠慮したいかな」
「青江さんのそれって、もうどうにもならないですよね」
しみじみと堀川さんが言えば、片方しか見えない目を細めて、青江はふふ、と笑う。
鳴狐はその間に手伝うことは?と言いたげに小首を傾げて、今の所はないので先に大広間に行って貰うことにした。つまみ食いをしようとした鯰尾の口に卵焼きを一個放り込んでやりながら、3人を見送る。
「ふわぁ・・・おはよーございます、あるじさま。かせん、ほりかわ」
「おはよう、今剣」
「今剣、寝癖がついてるよ」
そういって、堀川さんがタオルで手を拭いて眠気眼の今剣の背を押しながらこちらを振り返った。
「すみません。今剣の身支度を手伝ってきますね」
「もう大体終わってるから大丈夫だよ。今剣、夜警お疲れ様。寝ててもよかったんだよ?」
「あさごはんは、あるじさまとたべたいのです・・・」
この舌っ足らずは通常通りなのか眠気故か。多分眠気だよねぇ。いつもよりもゆっくりとした返事に苦笑をしてじゃぁ行っておいで、と促す。堀川に世話をされながら遠ざかっていく小さな背中を見送りながら、にぎったおにぎりを大皿に並べ立てた。
「・・・・おはようございます、主」
「おっはよ、主!ん~いい匂いだなぁ!」
「おはよう、宗三。獅子王。・・・宗三、先に顔洗ってきたら?」
「いつもいつも起こされないと起きれないのかい、君は」
「布団が僕を籠の鳥にするんですよ・・・」
歌仙の呆れを含んだ苦言にも常套句を織り交ぜながら宗三は手で隠しながらふわぁ、と欠伸を零す。それから桃色の頭を左右に揺らしながら顔を洗ってきます、と絶対まだ覚醒してないだろうな、というおぼつかない足取りで歩いていく宗三に苦笑を浮かべた。
この前柱にぶつかったらしいし、途中で何もないといいんだが・・・まぁ洗面所には今さっき堀川さんも今剣を連れて行ったし、途中で回収してくれるだろう。
そうしている内に朝食もできあがったので、歌仙さんと同じく宗三を見送った獅子王が残りのおにぎりが乗ったお皿を持って広間に向かう。私はちょこんと小さい、まるで人形サイズの朝ごはんセットを持って、よし、と背筋を伸ばした。
今日も一日、がんばりますか!