芸能事務所の社畜から政府の社畜になりました。



 時は西暦2205年。地上の科学力は目覚ましい発展を遂げ、ついには不可能とされていた「時間」の干渉をも可能とするまでに成長を果たした。
 否。正しく言えば、それに「科学」という人力は意味を為さなかっただろう。何故ならば、「時間」という曖昧且つ絶対的なものに、直接的に人の手で干渉できるわけではなかったからだ。時間は人の手では触れられない。時間に人が関わることができない。であるならば、人ならざる物ならば、どうだろう?
 科学が蔓延り神秘が解明されていく中、それはあまりに荒唐無稽で無価値で唾棄すべき絵空事であった。科学への冒涜といってもいい。けれども。けれども、だ。
 人は夢を現実へとするために、絵空事だと吐き捨てたそれらに再び手を伸ばした。
 つまり、神秘を研究し、突き詰め、神秘を操る術を模索したのだ。それらは、一般的な見方をするならオカルト的な、結局のところ毒にも薬にもならない、大勢が思う「信用に値しない」空想の産物であるはずだった。
 いや、そうでなければ、ならなかったのかもしれない。けれど何の因果か神の悪戯か、はたまたそれは人の飽くなき欲望の賜物か。人は、行き着いた。科学によって、神秘へと辿り着いたのだ。科学では為し得ない、けれど科学が辿り着いた「神秘」の御業に。
 科学とは相反する神秘なるものの存在――それに辿り着いた時、人は確かに夢の一端を掴んだのだろう。人は時に干渉する術を得た。己自身が手に触れられずとも、手足となる物を得たからだ。
 これにより今まで多くの歴史上の謎や解明できずにいた様々な憶測、あるいは歴史上の偉人などの人物像、その全てが詳らかにすることができるとされていた。
 しかし、事はそのような明るい話題のみに留まらなかった。いや、元よりわかりきっていたはずのことであったのだろう。過去に干渉ができる――すなわち、過去に起きたことを、変えることができる。不変とされてきたものが、不変ではなくなった時、誰かの耳に、誰かが囁いた。

「もしもあの時、こうしていたら」

 夢想、空想、妄想、欲望。誰もが一度は考えるだろうその誘惑に、禁断の果実に。手を伸ばし掴もうとするのは、ある意味でとても自然なことだったのだろう。
 手に届かなかったはずのものに、手が届く。その甘美な誘いに、抗いきれる人間ばかりではないなど、わかりきっていたはずだ。
 そして、人は、禁を犯す。いや、最初から人は禁忌に触れていたのだ。開けてはならぬ箱の蓋に手をかけ、ずらしてしまったが最後。あとはもう、その蓋を開けきってしまうだけ。
 人は過去に手を出した。己の欲望と理想と希望を詰め込んで。
 様々な思いを絡めて、人は過去へと干渉する。すなわち、「歴史の改変」を目論んで。
 時の政府は彼らをこう呼んだ。


――――「歴史修正主義者」と。





 思った以上に壮大な物語になっていて、お姉さんそろそろキャパオーバーになりそうです。目の前でテーブルの上にちょこんと座り、滔々と語る狐――曰く、時の政府・・・この場合未来の政治機関から派遣されてきた使い魔的なイキモノの口から語られた内容に、ゲームか漫画みたいな話だなぁ、なんて思いながら淹れた紅茶を一口啜る。今私はあのいまいちよくわからない衝撃的出来事から流されるように社長室の応接セットに含まれる革張りのソファに腰を下ろし、ローテーブルを挟んで狐と対峙している状態だ。早乙女社長は専用のデスクの前から動かず、狐、こんのすけといったか。それの話に茶々を入れるでもなく沈黙を守っていた。
 こんのすけの歴史云々よりも、ぶっちゃけ沈黙している社長の方が気にかかるが、いかんせんどうにも語る内容が最終的に私に関わってきそうなので迂闊に思考が逸らせない。
 困ったなぁ、と思いながらその「歴史修正主義者」とやらの悪行?について語るこんのすけに「それは大変だねぇ」なんて、ちょっと他人事な相槌を打っていると、こんのすけはくわっと細い目を唐突にかっぴらいた。

「大変!大変と!!そのような一言で片づけてはならぬ大事なのですぞ、これは。歴史への干渉、改変とはすなわち未来を変えるということ。本来あるべきだったものがその姿を変え、あるいは消えてしまうことなのです!!今こうしている間にも、未来は刻一刻と危機に瀕しているのでありますっ」
「あぁ、うん・・・」

 そうは言われても。理屈も言いたいこともわかるのだが、ぶっちゃけ実感はない。こちらの心情を言葉にすれば、「そんなことを言われても」である。
 いやまぁ歴史改変というか時間の逆行についてはあながち他人事ではないような気もしているが、でも結局私それする前に死んだしねぇ。あれだね、実力が伴ってないと結局無意味だよね、色々と。熱弁を振るう彼には申し訳ないが、過去が変わってもぶっちゃけそのこと自体を私たち・・・変えられた側が知ることはないんだろうから、どうにでもなぁれ、という気はしている。きっと下手すれば「私」だとか「シャイニング早乙女」だとか、そういう存在も消えてしまうのだろうが、やっぱりそんなことを「消された側」が知ることはない。苦痛さえ伴うこともない緩やかな消失に、怯えろというには自分の在り方がそもそも異質すぎて、私は苦笑を浮かべるしかなかった。
 むしろ、存在自体なかったことになるのなら、ありがたいことな気すらしているというのに。まぁしかし、そんな内心を素直に吐露すれば下手したら精神異常者かと疑われかねないし、いやまぁ、あながちその判断間違いじゃないけど、まぁとにかくこれでも自分は真っ当なつもりでいるので、諸々をくるっと八つ橋に包んで、私はこてりと小首を傾げた。

「それで、その歴史修正主義者とやらが危険なのはわかったけれど、それとあなたがここにいる理由とどういう関係が?」

 そもそもこれも過去へ干渉にならねぇの?と思いつつ問いかければ、こんのすけは待ってました!とばかりに尻尾をピンと立てて、ふんす、と鼻息も荒く意気込んだ。
 意気込み過ぎててしてしと小さな足でソファを踏み鳴らすぐらいだ。無駄に和む。

「良いご質問です。いいえ、それが本題といいましょう。時の政府は、その犯罪者への対抗手段として「審神者」なる存在を見出されました」
「審神者?」

 審神者、というと・・・あれか、神様の言葉の代弁者だっけ?俗にいうシャーマンみたいなそんな感じの。曖昧な知識を脳内から引っ張り出しつつ、けれども彼の言う審神者とは違う意味かもしれない、と反復することで問い返す。こんのすけは、その質問は想定内、とばかりに淀みなく答えを口にした。

「審神者とは、「眠っている物の想い、心を目覚めさせ、自ら戦う力を与え、振るわせる技」を持つ者のことを言うのです。過去へと飛んだ歴史修正主義者と対抗するには、その審神者の力――簡潔に言えば、審神者が呼び起こした道具からなる「付喪神」の力が必要なのです」

 おおよそ自分の知識とそんなに差異がなかった。ただ結構なオカルト系になってきたな、とは思う。いや私が言えた義理じゃないけど、うん。科学で神秘の解明だとかまぁ色々言っていた割に行き着くところそこなんだ、と思わないでもないけど。
 はぁ、と気の抜けた相槌を打ちながら、今度は付喪神とやらの知識を引っ張り出す。
 付喪神・・・俗にいう長く使われていた道具などに憑く物の怪や、その道具自体に意思が宿ったものを言うな。まぁ、長く人の手にある道具にはそれなりに人間の執着妄執悲喜こもごもが注がれるもので、そんなものが定着するのも頷けると言うものだが。だが実際にそんなものがいますよーと言われるとなんだか複雑である。
 私自身の事情もあるので否定する気はないが、同時に科学の恩恵を甘受している身にしてみれば、眉唾であって欲しいなぁ、とも思うのだ。
 まぁ、目の前にロボットとは別のイキモノがいるので、否定する材料が一切ないのが悲しいことである。私、こういうものから離れることってできないのかしらん?

「時を超えることができるのは付喪神のみ。故に、審神者は付喪神・・・特に我々政府が管轄する審神者が扱う付喪神は刀剣の付喪神に限り、それらは「刀剣男士」と呼ばれております。それらを使役し、統括し、過去へと送り「歴史修正主義者」を一掃することが、審神者の仕事なのです」

 つまり審神者以外に歴史修正主義者とやらと戦う術を持つ者はいないし、歴史修正主義者と戦うためには付喪神とやらにその腕を振るって貰わなくてはならない。
 簡単にこんのすけの語った内容を咀嚼しながら、お茶を飲もうとして中身がすでに空になっていることに気が付いた。・・・そんなにハイペースで飲んでいたつもりはなかったんだけど・・・思ったより緊張していたのかもしれない。中身のないコップの底を見つめて溜息を零し、無言でソーサーにコップを戻した。

「・・・それで、私にその審神者とかいうものになれ、と?」
「当たらずとも遠からず。様は察しがよろしいようで」
「あまり嬉しくはありませんが・・・当たらずとも遠からず?」

 こんのすけの口ぶりに引っかかりを覚え、眉間に皺を寄せるとこんのすけはコーン、と笑い声?らしきものをあげて、ぱたり、とふさふさの尻尾でソファを叩いた。

「勿論様には審神者の素質がございます。このこんのすけが見えることがその証拠」
「つまり、あなたは通常は見えない存在だと。でもその理屈でいくと社長も審神者の素質があることになりませんか?」

 なんだか含みがあるなぁ、と思いながらずっと黙り込んでいた早乙女社長に水を向けると、社長はくるり、と椅子を回転させて、ミーは例外デースと語尾を伸ばした。

「未来の政府が必要な人材を探すためにそこの狐をよこした際、サポートとして見れるようになったにスギマセーン」
「意外ですね。社長ならなんなく見えそうですけど」
「見えてもいいことナイデスヨ、コンなもの」
「あぁ、同意です」
「なんという言い草!こんのすけの使命は邪見に扱われて良いものではないのですよ!?」

 過去が変わればあなた方もいなくなってしまうのですよ!ときゃんきゃんと喚くこんのすけに、だからそれこそが現実味がない、と内心で一蹴しつつ、つまり社長が見えるのは、こうしてこんのすけが見える人材を探すために、その手助けとしてなんらかの細工をされたということなのか。確かに、企業のトップなのだから話を通しておくのは間違いではないだろうけど・・・。

「ちなみに今まで誰誰試してみたんですか?」
「リュウヤサーンとリンゴサーンとーS☆RとーQ★Nとー七海サーン渋谷サーンその他諸々デース」
「思った以上にメイン所がすでに接触済だった。あぁそれで一週間だったんですか」
「一週間過ぎても見つからなければ、次を当たるというオハナシだったんですがー・・・」

 そういって、早乙女社長は私を見つめて、深い深い溜息を吐いた。

「最後の最後でぶち当たるなんて、サーンはberry berry un luckyデース」

 そういって、苦笑とも怒りとも哀れみともつかない、なんともいえない微笑みを浮かべた早乙女社長に、不意に気が付いた。あぁ、彼は私が見つからないようにしていたのだ、と。
 そういえばここ最近異常なほど仕事が多かったし、遠出することも多かった。私事務じゃなかったっけ?と思うぐらい出張が多かったのは、つまり私を遠ざけたかったからなのだろう。その心遣いを、優しさを、理解して私の顔は奇妙に歪む。

「社長、」

 吐息混じりに掠れた声で、視線を落とした。膝の上にのった両手を握りしめ、どうしようもない心情で息を詰める。その様子を、こんのすけがじっと見ていることにも気が付いていたけれど。その瞳の奥が、俄かに鈍い光を浮かべたことも。本当は気が付いていたけれど。
 ただ、父を亡くしてから、明確に感じた庇護の存在に、失くしたくないと思ってしまったのは――それこそが、思惑だったのだろうか。