芸能事務所の社畜から政府の社畜になりました。



 さて、唐突だが政府が選ぶ審神者の基準について、ここで少し話してみよう。
 審神者に選ばれるのに最も重要なのは、つまるところ付喪神を降ろすことができる才能のみに焦点があてられる。それができなきゃ意味がないのだから当然ではあるが、あまりにも「才能」に重きを置きすぎているのが政府の自己中心的な傲慢さを如実に表していると言えるだろう。
 率直に言えば、能力さえあれば、大概のことは目こぼしをされるというのがこんのすけの話である。多少人格に問題あれでも、任務さえこなしていれば許容するという風潮が政府にはあるらしい。さすがに前科者やら犯罪者は選ばないが、おおよそ一般人やあるいはそういう職種の人間から選ばれた「審神者」を選出するのに、性格だの人柄だのはあまり考慮に入らないというのだから、政府の切羽詰りようも大概である。
 とにかく政府に忠実で逆らわない、ある意味「政府」にとって都合のいい人間で才能さえあればいいといったところか。
 その結果、選ばれた審神者がどんな人物であろうと任務に支障をきたさない程度であれば政府の関与するところではないらしい。
 なので、審神者の中にはあまり好ましくない人間もいるというのが正直なところである。ゲスい行いを刀剣に対して行使する審神者もいるんだとかいないんだとか。
 無論、真っ当な人格者もいるので、なんというか、うん。色々だよね、というしかない。子供は親を選べないというが、刀剣も似たり寄ったりだよなぁ。
 まぁそんなわけで、審神者と刀剣男士の間には様々なことが起こりうるわけだが、今回起きたことは、ぶっちゃけ審神者と刀剣というよりも「人」と「神」の間に起こった――いわば自然災害並みにどうしようもない話だったのだ。
 誰が悪いとも言えないが、しいていうなら人ならざる存在に対する認識の甘さというか・・・思うのだが、この時代の人は下手に科学が発展しているせいでちょっと神霊や妖怪に対して舐めすぎじゃないかと思う節がチラホラと見受けられる。
 信じる信じないの次元ではなく、存在を認識しているのに扱いが雑というかなんというか・・・その内きっとしっぺ返しを食らうのだろうなぁと思いながらも所詮遠い未来のこと。知ったこっちゃないぜ。というわけで本題に戻ろう。
 元々この本丸にいた審神者は、こういった霊的な職種についていたわけでもない極々普通の一般人であったらしい。無論、審神者だの歴史修正主義者だの付喪神だのタイムパトロールだの、そんなこと現実にあるとは微塵にも思っていない、知識もそれこそ漫画やアニメや心霊番組やら程度の情報量しか持っていない一般人だったそうだから、さもありなん。
 まぁ才能さえあればいいという政府基準なので、その審神者は強制的にこの任に就かされ、そして概ね良好な関係を刀剣たちと築き、任務も堅実にこなしていたという話だ。
 刀剣を刀剣とみなさず仲間、あるいは家族と見て仲良く和気藹々とこの殺伐とした戦場を乗り越え成果をあげていく。実に健全且つ平和なこの本丸の日常が崩れたのは、とある刀剣の出現からだった。
 いや、それでも最初はきっと問題はなかったのだろう。内心はどうであれ、きっと審神者もその刀剣も他の刀剣たちも、今まで通りであったのに違いない。歪みを帯びてきたのはいつ頃だったのか。何が切欠で何が問題で何が原因だったのか。最初からだったのか、途中からだったのか。突き詰めるには、すでに全ては終わった後だった。
 悲劇の始まりは、審神者が一つの刀剣に心を移してしまったことだという。言い方を変えれば、神に見入ってしまったのだろう。心奪われ、浅ましくも恋慕い、唯一にならんと執着した。その恋心を悪いとはいえない。誰にでも、なんにでも。起こり得る現象を悪いと断じきることは誰にもできないだろう。ただでさえ相手は神だ。人を魅了するに十分な力を持った存在だ。止めよという方が無茶なのかもしれない。逆に、神が自分から人の子を魅了することもあるのだし。・・・そうなれば、まぁまず人間が抗うことは無理だろうけども。
 さておき。問題は、ただ、その恋があまりに重すぎたということだ。病むほどの思いなど碌なものじゃない。
 審神者は、想いを募らせすぎて、拗らせて、病んでいった。美しい神に心奪われ、正気を失い、過度な執着を見せ、そうして、崩壊は始まった。
 ――――もし。もし、だ。刀剣が、神が、審神者と同じだけの思いを審神者に返していたら。与えていたら。あるいは、もっと別の終着があったのかもしれない。しれないが、現実は無常だ。審神者の愛を、心を、執着を、一心に注がれていた刀剣は、しかし同じだけのものを返さなかった。恋に敬意を。愛には親しみを。似て非なる好意に、決して手に入らなかったものに。心乱され、狂わされ、そうして壊れた審神者の心は、狂気を帯びて、他者にも及ぼし―――この本丸は、歪んでしまったのだという。
 事態に気づいた政府が収拾に身を乗り出したときには時既に遅く、この本丸は悲惨な状態となっていたそうだ。審神者は精神を病み任を解かれ、付喪神は――壊され、捨てられ、見るも無残な状態だったという。唯一残存した刀剣も、決して無事といえるものではなく。
 誰が悪いとは言えなかった。誰も悪くなかった。でもきっと、全てが悪かった。
 どうしようもない―――人の心が起こした、悲劇だったのだ。
 そんでもって私が呼ばれたのはそんな昼ドラも真っ青なホラー染みた愛憎執着劇が起こった本丸の立て直しを行い、次に来る正式な審神者に明け渡すまで維持してね☆というどうしようもなく関係のない巻き込まれという理由だったのだ。
 審神者は才能ありきなので数も少なく、今度はちゃんとした審神者をつけるから教育期間が必要で、かといって残った刀剣とかこの本丸を廃棄するには勿体ない!でも人員いないし・・・そうだ臨時なら過去からでもいいんじゃね?というはた迷惑な思考回路で連れてこられたとか本当なんて理不尽な所業!!とやけぐそ気味に握りしめた荒塩をそぉい!!と投げつけた。

「そもそも!!降ろした!審神者と!別人の!審神者に!付喪神が従うかってーのぉぉぉぉ!!!」

 しかも話聞いてみるに明らかに付喪神側に色々トラウマ植えつけちゃってない!?なんだその初っ端好感度マイナススタートのキチゲーは!!ハードモードすぎるだろう全然全く関係ない過去の人間連れてきてやらせることかよぉぉぉぉぉ!!
 大きな武家屋敷の中を走り回り、塩と水をまき散らして敷地内を必死に浄化しながら、そんな無茶な内容なら絶対受けなかったよ!例え過去が変わるよとか言われても!!別にどうでもよかったしね!!と塩を畳に叩きつけて、じゅわっと穢れを蒸発させた。
 ・・・だからこんなにも穢れに満ちてしまったんだなーこの土地。納得するけどしたくなかった!

「そう言われると思いましたので伏せておりましたのに・・・ところで様、何故塩と水を屋敷中に撒かれておいでで?」
「確信犯か!いやおおよそ不都合なことは隠してるんだろうなとはわかってたけど!!もう敬語なんて使わないからね!?こんな縁起でもないところお浄めもせずに神降ろしができるわけないでしょうがっ」

 ていうかお前!式の癖にこの状況がわかってないのか!!??
 こちとら必死にやってんのに、こんのすけのマイペースな発言に苛ッとくるのが止められない。他人事かお前・・・!
 あぁしかしこんのすけは人の手より作られた式だという。元々存在していたものに服従の契約を結んだような式神とはまた違うので、このヤバい状況が見えていないのには作った側の力量の問題なのかなー?と首を傾げた。
 あと、こんのすけの仕事は審神者の簡易的サポートと政府との橋渡しなので、そこまでレベルの高い式である必要はなかったのかもしれないが。
 だがしかし、ひとまず荒塩がなくなったので台所に向かうことにしよう。
 まぁこの塩と水は応急処置なので、一通り撒き終ったら本気でお浄め作業をしなくちゃなぁ。しかし、私は別にそっち系に精通しているわけではないので、正しい作法なんぞはよく知らない。私の浄化なんぞぶっちゃけ借り物の力に頼りまくりの他力本願万歳な手段だからな。そしてそれがここでも有効なのかは定かではないし。せいぜい地元の神社のお手伝い程度のことしかしてこなかった俄か巫女さんでは、どう足掻いてもできそうにないのだがそんな状態で大丈夫なのだろうか・・・?
 どうやればいいかな・・とりあえず祈っておけばいい?それとも大幣でも作ってみるべき?どうしたものか、と考えつつ、台所に立ち寄り、見えた炊事場におぉ、と軽く目を見開いた。
 外観から大方予想はしていたが、なんて立派な土間と竈なのだろう。完全に昔の台所じゃないですかやだー。これ現代っ子に扱える人いるの?竈で米炊くとか結構難易度高いよ?まず火を起こすところからできるかどうか。キャンプに慣れている人でも難しいんじゃないだろうか。
 え?私?手慣れたもんですが何か?感心しながら土間に降りて、石造りの竈に触れてしげしげと観察する。鍋の蓋を開けたり、火入れ戸の開けて中を覗いてみたり、煙突の行方を追ってみたり、完全に竈だわぁ、と思ってほう、と吐息を零した。うん。懐かしくも思うがぶっちゃけ料理が面倒くさくなった、と眉を潜めた。
 諸々の事情で(諸々は察してほしい)別に器具の使い方がわからないだとか使えないだとかはないのだが、それにしたって現代の偉大なる発明品、そう。電化製品に慣れている身としては、この手間暇がかかる炊飯事情はちょっとなぁ、と思う。
 指先一つで事が終わるならそれに越したことはないけれど、ないものはしょうがない。そもそも、このちびっこくなった手や身長では、ちょっと家事に手間取りそうだが。ちっさいといっても十歳前後なので、まぁ言うほど小さくもないんだが。4、5歳まで遡ってなくてよかった、マジで。

様には珍しゅうございましたか?」
「ていうか昨今の人にこの様式は珍しいでしょう。使えるの?これ。私の時代以上に、未来の人にこれが使えるとは思わないんですけど」
「この仕様は初期値に設定されているものでして、要望があればリフォームも可ですよ」
「なんだその手間。初期値をこれに設定する意味は!?」
「なんでも上の方が「郷に入りては郷に従えだ!見た目大事!!」とのことでして。何分形から入る御方だったそうです」

 無駄な経費!!なんだその役人!ちょっと面白そうな人っぽい!でもいい迷惑だ。
 呆れた目でこんのすけを見れば、こんのすけはぷいっと顔を背けて、自分のせいではないですもん、とばかりに尻尾をふりふり、誤魔化している。可愛いけどなんとも言い難い。・・・とりあえずリフォームが可能らしいので、いっそ竈のフリした電化製品にでもしてしまえ。見た目竈で、中身が電化製品。とりあえずコンロと炊飯器とオーブンがあればいいかな。電子レンジ・・・もあったら便利だしつけて貰おう。
 幸いにも水道だけは標準装備されているようなので(ここは妥協したんだ・・)これはこのままにして。あ、冷蔵庫もない。それもいるなぁ。長期保存には冷蔵庫は必須である。諸々台所に必要なものを頭の中で算段をつけながら、土間を漁って調味料の類を探す。ついでにもの位置関係の把握もしておく。あ、荒塩見つけた。

「ですが様。早く刀剣男士を降ろされた方がよろしいのでは?貴女はその為にここに来たのですよ?」

 そういって、ごそごそと漁る私に苦言を呈するように、こんのすけは早く仕事に取り掛かりたい、とばかりに急かしてきた。その声を背中で聞きながら、調味料はあるけどそういえば食材はどこなんだろう、と首を傾げて、食糧庫も探さなくては、と塩を片手にこんのすけを振り返る。あと洗濯場とお風呂場と・・・。この屋敷を塩撒くために走り回っていたが、庭に畑とか馬小屋とかなんか色々あったからあれも聞かなくちゃいけないな。
 とりあえず一通りやることやったら屋敷の案内を頼まないとなぁ、なんて。こんのすけの思いとは裏腹にのんびりとした考えでもって私は薄く微笑んだ。

「こんのすけ。言っておくけど、この状況で神を降ろしたら確実にこっちの命が危ないからね」

 ふふ、と息を零して微笑むと、こんのすけの目が見開かれた。ぶわぁ、と尻尾の毛が膨れて大きくなったが、お構いなしに塩を片手に土間に振り撒いておく。
 まぁ、ここは荒神様のご加護のおかげか他に比べてマシだけれど、それでもマシなだけで大丈夫なわけではないし。後でちゃんとお酒とお米としきび諸々用意してきますので、今しばらく我慢してください荒神様。祀られている神棚に南無南無と手を合わせて、大量の塩を抱えてあとは盛り塩を随所にしていって、最後はえーと神様を降ろす鍛冶場を祓って今日の所はおしまいにしよう。新しい審神者がくるにしても、この土地自体をどうにかしないと維持も何もあったものじゃないし。
 何も見えていないこんのすけにはきっと伝わらないのだろうが、少なくともこの土地の状況を改善してからじゃないと私何もできないよ。マジで。穢れた土地で神を降ろせばどうなることか。良くて半死半生、悪くて死亡。末代まで祟られるってね。荒れる御霊がどこに行ってどうなるか。さて。神秘を侮る人達に、対処ができるかねぇ。
 それに、位の高い付喪神を降ろそうと思えばそれなりに自分の力も万全に持っていかなくてはならないので、穢れたままではそれも削がれてまともな神降ろしはできないだろう。つまり、いい仕事をするためには職場の改善は最優先最重要項目なのだ!

様、神職関係にお勤めであったのですか?」
「巫女さんのバイトはしたことあるよ。でも一応本職は芸能事務所の事務員です」
「ほほぅ。然様でございますか。ところで、ここはそんなに危ないので?」
「こんのすけが語ったようなことが起きた場所が、危なくないという保証はできないかな。付喪神なんていう神秘を扱ってるんだから、おおよそ察してくれないと」

 まさかそれは信じてこれは信じないとかいう馬鹿なことは言わんわな?
 うっそりと笑えば、こちらの目が笑っていないことを察したのだろう、こんのすけは小首を傾げ、少しの沈黙の後に口を開いた。

「何か必要なものはございますか?」
「清酒を大目に。あと塩も。そのあとのことは調べてみないとなんとも」
「心得ました。そちらに関してはわたくしめが調べてご用意させて頂きまする。いやはや、思った以上に様は適任だったのでございますね」
「嬉しくないなー」

 まぁ期間限定なのが不幸中の幸いか。嬉しそうにコン、と鳴くこんのすけに苦笑を浮かべて、さー頑張ろー!と、空元気を振りまいた。