芸能事務所の社畜から政府の社畜になりました。
裏切り。
そう、裏切り。確かにそれは刀剣達にとってそうとしかいいようがなかったのだろう。
信頼し、心預けていた相手から掌を返したように酷い目にあったのだから、それを裏切りと言うのは間違ったことではない。
どうしようもない、と飲み込めたら楽かもしれないが、好いた相手ではそれもままならず。なんというか、無理に彼等を使うよりも新しい子を育てた方がいいと思うんだが。
いや別に彼等がいらないとかじゃないんだよ?そうじゃないが、無理に危うい状態で戦わせることもないんじゃないかと思うんだよね。その方が精神的にも肉体的にも安心安全だと思うが、上の人は力ばかり見て内情を省みてはくれないらしい。ガチで痛い目にあえばいいのに。
呪詛めいて呟けば、足元でちょこんと座っていたこんのすけがぶるり、と体を震わせて高い声で鳴いた。
「恐ろしいことを申されないでください!あなたが言うと現実になりかねませんっ」
「そんな物騒な力はありません。ほら、こんのすけ。あーん」
呪詛なんてリスクが高そう且つ、危ないことを本気でやるほど危険思想を育んだ覚えはない。そもそも私と呪詛の相性は超絶最悪なのだよ?今は八葉もいないのだから、もしもがあってもあんまりまともな対応ができるとは思えない。胡乱な目でみてくるこんのすけに失礼な狐だと思いながら、出来立ての厚焼き玉子を箸で摘まんで差し出す。
最初のうちは必要ありませんとすげなく断っていたこんのすけも、私が強引に口の中に突っ込むように食べさせていけば、色々と諦めて味見役をするようになった。というか、無理矢理突っ込まれることに危機感を覚えたのかもしれない。
実際、こんのすけは式であって食物を必要とする生き物ではなく、ぶっちゃけ食道とか胃とか味覚とかが存在しているのかは甚だ疑問だが、食べれているので問題はないのだろう。そもそも誰もいない本丸で唯一会話が可能な存在がこれなのだ。コミュニケーションを求めるのも仕方ないだろう。だって未だに付喪神様引きこもって出てこない。本来なら多くの刀剣男士の声や存在で賑わっているだろう本丸も、こうまで静かじゃ普通の人なら精神的に病みかねないと思う。
厚焼き玉子をはふはふ言いながら咀嚼しているこんのすけが、そんな私の呟きにごくり、と飲み込んでからたしたし、と尻尾で足を叩いてきた。ふさふさの毛並みはにゃんことはまた違った魅力に溢れている。
「だから早く刀剣男士を降ろした方がいいと申し上げておりますのに。この本丸も使われない部屋ばかりでは廃れてしまいまする」
「まあねぇ。確かに使ってない部屋はやばいよねー。味どう?」
「美味でございます。しかし、わたくしは稲荷寿司の方がやはり・・・」
「それはまた今度ね。代わりに油揚げのお味噌汁を注いでしんぜよう」
「誠ですか!・・・ではなく!そう思うのでしたら、そろそろ無理にでも付喪神を降ろしてはいかがでしょう?人は、あまり長い間一人では心を病んでしまいますでしょう?」
そういって、心配そうに小首を傾げるこんのすけに、その辺のことは考えてくれてるんだなぁ、と感心する。まぁ、本心はさっさと戦の準備進めろやってところかもしれないが。それでも、最初は機械的だったこんのすけがここ最近ちょっと人間?らしくなってきたところは感慨深く感じるものだ。
「まぁでも、こんのすけがいるし。平気平気」
「様・・・こんのすけも、ずっといられるわけではないのですよ・・・?」
そういって、少しばかり憂いを籠めて、そしてどこか必死に。細い声で呟いたこんのすけに、本当に、人らしくなったと思いながら、油揚げの浮かんだお味噌汁を汁椀に注いで、お盆に乗せた。
「極限状態にでも持っていこうって魂胆なのかな?まぁ、なんとかなるでしょ」
「様!」
本来こんのすけがこうも本丸に常駐していることは有りえないことらしい。通常、サポート役のこんのすけは審神者に必要最低限の説明を行ったらあとは政府との橋渡し程度の接触しかしないのが規定によって決められているらしい。
今回、そうせずにこんのすけがここにいるのは、本来ならばこの「未来」の事件に関わりなどあるはずもない「過去」の人間を呼び出して事に及ぶと言う異例の案件による観察が目的なのだろう。いついかなる事態に置いても対処できるように、こんのすけは長くこの本丸に留まっている。更に言えば、通常ならば初日で無理矢理にでも刀剣男士を呼び出すところが私がそれを行わなかったので、人間の精神状態を慮っての配置であることもわかっている。人間、いくら引きこもりであれど完全に一人になってしまうと精神を病んでしまうからな。引きこもりって言われる人種とて、様々な手段で誰かと繋がっているのだ。どんな状況であれ、「誰もいない」場所での生活なぞ、そうそうできやしない。
ぶわわぁ、と尻尾を膨らませたこんのすけの頭を撫でつけ、お盆を二つ抱えて台所・・ちなみに、政府に要請をかけてあの昔ながらの竈の台所は見事な現代風キッチンへと様変わりを果たしている。だからそんな労力を使うぐらいなら初期設定をこれにしておけというに・・・よくわからない手間をかけたがる人達だ。さておき、台所を離れて、更に本来食事をとる場所である広間を抜けて廊下を進み、一つの部屋の前まで行く。
そこは障子を開け放って完全に外から中が見える状態になっているが、今は両手が塞がっているので問題はない。ていうか開けたの自分だし。
そうしてずかずかと緋袴の裾を捌きながら部屋に入ると小さな卓袱台の上にご飯を置き、こんのすけの分は畳の上にお盆ごとおいて、ずりずりと膝を滑らせて床の間へと向き直る。そこにはいくつかの刀剣が並べて置かれており、勿論最初に付喪神を降ろすようにと言われた加州清光も刀台の上にしっかりと置いている。
どれもこの本丸に破壊、あるいは刀解されずに残った刀剣達だ。本当なら、こんな床の間に収まりきらないほどの数の刀剣があったはずなのだが、それもこんな極わずかになってしまったというのだから悲しい話である。
刀は全てで六振。内、一つはいわずもがな打刀の加州清光。それからもう一本打刀があり、それから短刀が二振に、脇差一振、太刀が一振。どれも皆出てくる気配が一つもないという相変わらずの引きこもりっぷりだ。
まぁ無理矢理引きずり出すつもりはないので、引きこもっていても問題はないのだが。むしろその方が個人的に楽かもしれない。戦いの場に出すこともなければ、傷つかせることもなく、それでいて付喪神といえども神様を使役なんていう胃に痛い事態に見舞われることもない。このまま次の審神者さんがくるまで変化のない日々だと楽なんだがなぁ、と思いながら畳に三つ指をついて、深々と刀剣に頭を下げる。
ちなみにこの刀剣の前にはちゃんとお神酒とお水とお供え物を供えておりますよ。だって神様だもの!というわけで、ご飯を食べる前にちゃんと一礼してから、よっこいせ、と婆臭い掛け声で上体を起き上がらせて卓袱台に向き直る。
今度は食べ物に向かっていただきます、と手を合わせながら厚焼き玉子に箸を伸ばすと、ついてきていたこんのすけが床に置かれた味噌汁に顔を突っ込みながら、常々思っていたのですが、と一つ前置きを口にする。白米を口に運んで頬張りながら、うん?と首を傾げれば、こんのすけは油揚げを食みつつ、ふさり、と尻尾を揺らした。
「わざわざ彼らの前でいつも食事をとるのは何故ですか?」
「うん?そりゃこんのすけ。神様ってのは、案外寂しがりだからだよ」
「その割には、一向に出てきませんけどねぇ」
「神様だからねぇ」
放っておいてほしいけど、完全に無視されるのは嫌だっていう我儘さんは結構いるんだよ。なにせ神様というのは信仰が物言うところもあるので、構われるのが案外好き、という存在は多かったりする。無論そんなもの関係ないという神様もいるだろうが、少なくとも付喪神に関しては、元より人に使われていた道具に宿ったものだから普通以上に人に関心があるものだろう。だからこそ余計に拗らせちゃった感はあるが。
ずず、と味噌汁を啜りつつ、たくあんを一齧り。ポリポリと噛み応えのある食感と小気味よい音に、舌の上に感じる甘みが白米と抜群の相性を醸し出している。手作りの漬物も案外イケルな。ここにきて家事スキルだけでなく農作業スキルもアップしてる気がする。次は何育てようかなー。
「図らずとも自分がレベルアップしてる気がする・・・」
「審神者としてのレベルは全然アップしてませんけれどね」
「一振りも起こしてないからねー」
「また他人事のように・・・もういっそ鍛刀でもしますか?」
そっちの方がいいかもしれない、と目を光らせるこんのすけに、厚焼き玉子の最後の一切れを口の中に放り込んで、それはない、と箸を横に振った。
「ここにこんな立派な刀があるのに、なんでそんなことしなくちゃいけないの。そもそも目的は彼らを呼び出すことじゃなかったっけ?」
「あまりにも貴女様にやる気が見られないので、いっそその選択もありかと。ゆっくりと時間をかけるというのであれば、他の刀剣男士を呼び出してからでもよろしいのでは?」
「わかってないね、こんのすけ」
パシリ、と箸置きに箸を置いて、畳の上に座るこんのすけを見下ろす。
背筋を伸ばして見つめれば、こんのすけも釣られたように背を伸ばした。ぴんと伸ばした前足が超可愛い。くっそあとで肉球触り倒してやる。え?扱いが完全ペットのそれ?いいじゃないか、数少ないコミュニケーションだよ!さておき、だ。こんのすけを見つめて、それからふっと視線を逸らして床の間を見る。
「この本丸で、最初に話すべき相手は、彼らをおいて他にいないからだよ」
でなければ、この本丸は本来の聖域を取り戻すことはできないだろう。未だ燻る淀みの因子は、解放されない刀剣の思いからなっている。その状態で他を招き入れることはできないし、いつまでもそのままにしておくには、あまりにも哀れだ。
せめて、どちらかに振り切ってくれれば動きようもあるのだが、未だ刀剣のままでいることが、彼らの思いの現れと思っている。
・・・毎度思うが、こういう相手の攻略ってさ、もうちょっと前向きな主人公気質の人がいいと思うんだ。こう、なんだかんだ積極的に関わっていくような、さ?
つくづく面倒なことに巻き込まれるなぁ、と思いながら、今日は布団を干そう、と味噌汁の最後の一口を飲み込んだ。
※
ぶっちゃけていうと、布団干し舐めてたわ。そういえば今の私小学校の中学年ぐらいまで若返ってるんだったー。小さくなった体に、掛布団はともかく敷布団は結構重かった。というか物干し竿にかけるのが一苦労である。よっこいせぇ!と掛け声をあげながら持ち上げた敷布団を引きずらないようによたよたと少しおぼつかない足取りで庭先まで出る。そこには洗い終わったシーツと共に先に干した布団がいくつか並んでおり、その横に運んだ布団をかけて、ぱんぱん、と叩いて埃を落とす。・・・これは数日かけてやらないと全部は干しきれないなー。
まぁ今の所私一人しか布団を使うような生き物はいないので、何日かけようが大丈夫だろうけど。
鼻歌・・・耳に残ってる某アイドルグループのデビュー二枚目のシングルを歌いつつ、ふわり、と風が吹いて丸く膨らんだシーツの白さに僅かに目を細める。
うん。いい風だ。これは洗濯物もよく乾くだろう。存外風があった方が洗濯物って乾くからなぁ。そよそよとそよぐ風に結わえた髪を揺らして、あーこの後昼寝でもしようかなぁ、なんて考えていると、不意に強く、突風が吹きぬけた。ぶわわぁ、と巻き上げられたシーツが視界を遮るように目の前に広がり、顔面を直撃する。ぶふっと息を漏らすと、手をばたつかせて顔に纏わりつくシーツを払いのけた。
「・・・異空間の癖にこの自然現象はなんなんだ?」
そういえばこんのすけと雑談で、庭の景観を変えるような御札か何かがあるとかないとか言ってたな。でも景観はともかくとして風の有無はそういえばどうなってんだろう?
ちょっとした疑問を覚えつつも、まぁ深く気にしたらダメだな、と自分に言い聞かせて顔をあげる。なにせ全てにおいてわけがわからないのだ。今更謎の一つや二つ、存在したところで追及するのも面倒だ。案外こんのすけに聞けばさらっと答えてくれそうだが、それはそれでまたの機会にしておこう。会話のネタはあるに越したことはない。
さて、洗濯物は干し終わったし、あとは畑の様子をみて休憩しようかなぁ、と今日の予定を立てつつ足を屋敷に向ければ、ひらり、と。
「ん?」
季節外れの薄紅が、視界を横切る。咄嗟に足を止めて、見えたものを再度追いかけようとするものの、それは跡形もなく消えていて。はて、見間違いだったか、と首を傾げてもう一度前を向く。季節外れとはいったものの、この本丸にぶっちゃけ季節などというものはないので、外れているのか真っ最中なのかは定かではない。少なくとも私が現代にいた頃は桜の季節もとうに終わっていたんだけど。
そんなことを考えながらつい、と前を見やり、ぱちっと瞬きを一つ。おや、まぁ。
「・・・おはよう?」
遅いお目覚めだね、と茶化すのもどうかと思ったので、とりあえず無難な声をかけてみる。そうしてみると、屋敷の中、廊下に佇んで庭先を――私を見つめる赤い瞳の美青年は、きゅっと唇を引き結んで物言いたげな視線を私に向けていたのだった。