芸能事務所の社畜から政府の社畜になりました。
縁側に佇む青年・・・今までこんのすけ意外のイキモノをここで見たことはないので、十中八九付喪神なのだろう、と思う。その肉体から感じる神気とも霊力とも取れる力の波紋を見ながら、人じゃないことは明らかだ、と戸惑いも躊躇いも見せずにザリザリと砂を蹴った。
肌は黄色人種らしくクリーム色がかかっていて、だけど多分一般的な人に比べてちょっと色白系。赤い瞳は少し暗色がかかっていて、だけど綺麗なルビー色。首元で結わえて肩から前に流している黒髪は、つやつやと陽の光を受けて煌めいていた。
整った目鼻立ちに、なるほど神様ってのは基本的に美形な存在なのだな、と納得した。まぁ、美というのはそれだけで強さの象徴とも取れるので、今後出てくるかもしれない?刀剣男士も皆美形なのだろうなぁ、と思わず遠い目をした。いや、うん。今更ですけどね?私の周りの顔面偏差値高すぎて笑える。
まぁここまでは予想の範囲内。今更イケメンがどうとか感覚も麻痺してくるわぁ。こちとら乙女ゲー世界経験者だぞ。・・・ここそういうゲームな世界じゃないよね?ちら、と横切った可能性にありそうだなぁ、と思いつつ、あとしいて突っ込むなら恰好かな?と彼の足元まで近づいて首を傾げた。
日本刀の付喪神だから、てっきり和服かと思ったらめっちゃ洋服だった。似合ってるからいいけど、もしかして付喪神さん現代的になっちゃってるのかな?と思いながら、沈黙してしまっている青年ににこり、と微笑みかける。びく、と肩を揺らした彼が戸惑い気味に視線を泳がせたので、私は深々と頭を下げた。
「お初にお目にかかりまする、私この度この本丸の主の代理として任されました審神者なる者。付喪神様にあられましては、そのご尊顔を拝見させて頂き、恐悦至極にございます」
「えっ。あ、そ、そんな・・・」
「つきましては誠に失礼ながら、お名前を頂戴してもよろしいでしょうか?」
一応、というか紛れもなく神様なので挨拶は欠かしてはならないと思う。へりくだりすぎな気はするが、まぁ私が接してきた神様が例外なのだ。彼らは私よりも高次元の存在である。機嫌一つで現世にさよならあの世にこんにちは?十分有りえて超怖い。
少なくとも、相手の許しもなくいきなり馴れ馴れしい態度を取るのはあまりよろしくないだろう。ていうかどこまでへりくだればいいのかわからないので、自分なりに最上級で敬っているつもりである。言葉使いの不自然さは目を瞑ってほしい。
まぁ実際、彼からは神様らしい神気をビンビンに感じているので、自然に頭も下がるというものだが・・・本当、この時代の人達はこんな諸に神様!な存在に対してなんで物凄く強気に出られるんだろうね?よっぽど慣れ親しんでる相手でない限り、それかよっぽど自分が安全だと確信できない限り、そんな態度を取るのは恐ろしいと思うのだが。あ、白龍とかは別である。だってスタートがすでに色々と違う。うん。あれは物凄く例外。・・・まぁ、格で言えば確実にこの付喪神様よりも上なんだけど。
そんなことを考えながら、頭を下げたままで相手の返事を待っていると、ひどく狼狽した様子でねぇ、ちょっと、やめてよ、と弱い声が聞こえてきた。
さて、どうしたものか。許しもなく顔をあげてもいいものかと思ったが、声音が心底困りきっているので、多分これはセーフだろう、と思って顔をあげる。見上げた先で、付喪神様は眉を八の字にしておろおろと両手を胸元まであげてわきわきと指を動かしていた。
「俺は、ただの、使われるだけの付喪神なんだから、その、あんたが頭を下げる必要なんてないんだよ?」
「それは少し違いますよ、付喪神様。・・・ですが、それは後に致しましょう。付喪神様はあまりこういう態度は好まれない?」
「好まないっていうか、あんた一応、その・・主、になるんだし。審神者、でしょ?なら、そういうのいらないから、さ」
「わかりました。そう申されるのでしたら、少し崩させて頂きます。まぁでもあれですよ、一応初対面なので多少堅苦しいのはお見逃しくださいね」
ふむ。やっぱり自分が神様って意識は低そうだな。本当は全然上から目線でいいのだが、まぁ元は刀剣なので、人の上に立つという意識が低いのだろう。以前も関係しているのかもしれないが。そうして少しだけ態度を和らげて見せると、少しだけ詰まっていた息を吐き出すように付喪神は肩の力を抜いた。
「さて、では改めて。お名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「あ、うん。・・・加州清光。扱いにくいけど性能はいい感じ、ってね」
そういって、ぎこちなく笑って見せたので、無理に笑わなくてもいいんだけどなぁ、と思いながらなるほどこれがあの刀の付喪神、と一つ頷く。後ろ姿しか見てなかったからあれだけど、よくまぁ出てきたものだ。
あんだけ拒絶してたのになぁ、としみじみ思いながらまぁ出てくる気になったのならいいことだ、と笑顔を向ける。それは、彼が前を向く気になった証なのだろうから。
そう考えて縁側に腰かけ、履物を脱いで揃えながら、すくっと立ち上がる。・・・加州清光さんは、正直、男子としてはそこまで背は高くない部類だろう。あくまで目測なので正解なところはわからないが、それにしてもこの身長差。見上げる首がちょっと疲れると思いながら、視線を下に向けている彼の目が多少丸くなったので、私の小ささに驚いたのかもしれない。ナリはこんなですが中身は成人過ぎてるんですよ!この姿は諸事情なんで!決して私の意思ではなく!!あれか合法ロリってこういうことか。嬉しくねぇな全く。
「さて、では折角ですし、お茶でも飲みながらゆっくり話しましょうか。そういえば他の刀剣の方々はまだ?」
「それは、うん。まだ、ちょっと・・・」
「そうですか。じゃぁ、加州清光さんが一番乗りですね」
「清光でいいよ。・・・主は、なんで、」
「はい?」
「っなんでもないよ」
いやぁ、久しぶりに人型と対話だなぁ、と思いながらお茶請けは何にしようかと冷蔵庫と棚の中身を思い出していると、ぼそぼそと加州清光さんが何か言っていたが、思考が飛んでいたので注意を払っていなかった。咄嗟に聞き返すと、慌てた様子で少し早口で加州清光さん・・・清光さんは首を横に振って斜め下に視線を落とす。あからさまに誤魔化された感じがあったが、ここで追及するものでもないな、と突っ込みはせずにするりと清光さんの片手を取る。それにぎょっと目を向いて、びくりと肩を震わせた清光さんの指先がひどく強張ったのを感じながら、あえて握りこみはせずにただ添えるだけを意識して、上目使い(いや、必然的に)で彼を見上げる。
「案内いたしますよ、清光さん」
「案内、って・・・ここのことなら、多分主より知ってるよ」
「そういえばそうですね。まぁいいじゃないですか。案内されてくださいな」
「・・・変なの」
そういえば元々ここにいた刀剣だったな。そのことを思い出しながら、苦笑した清光さんはただ添えただけの私の手を、すごく、すごく躊躇ったように、ほんの少しだけ力を籠めて握り返してきた。こうしてみると兄と妹のようだと思いつつ、彼を引っ張って廊下を進みだす。
きしきし、と板張りの廊下が久しぶりの重みに軋みをあげるのを聞きながら、これで食卓が賑やかになるなぁ、とほくほくと頬を緩めた。いや、やっぱり一人と一匹の食事は侘しいものがあるよ、ホント。そういえば清光さん爪にマニキュアしてるんだな。ちらりと見えた赤い指先を思い返して、この本丸にマニキュアなんてあったかな?と眉を寄せた。
必要だったりするのかな・・・?ということは用意して貰った方がいいのか。てかまず清光さんに必要なもの聞いて準備しなくちゃいけないのか。
今この本丸、私のものしかないからなぁ。あ、そういえばこんのすけに一人起きたよって言わなくちゃ。まぁでもとりあえず、最初にお茶だなお茶。
目まぐるしく思考を巡らしながら、人知れず息を吐く。・・・清光さんって、何が好きなんだろう?今日のお昼はともかく、晩御飯は彼の好きなものを用意したいなぁ、なんて考えながら、手を繋いで横を歩く清光さんをちらりと見れば、メッチャ視線があった。どうやらずっとガン見されていたらしい。お、おお?思わずにこぉ!と笑顔を返して、ほら、あそこですよ!と丁度見えてきた食堂を指差して、ぐいっと少し強めに彼の手を引く。
「ちょっと主!引っ張らないでもわかってるよ」
そういって、もう、と唇を尖らせた彼は、少ししてほんの少し、口元を綻ばせた。あ、今の顔は、無理してなかったな。少しほっとして、私は目元の筋肉を緩ませる。
なるほどなるほど。子供の姿とは、それだけで和み要素でもあるんだな。こんのすけの必要な処置の意味がなんとなくわかってきた。そう思いながら、あれ、ってことはこれ実年齢伏せるべき?とちらりと思考を明後日に飛ばす。・・・これに関しては、こんのすけに相談だな。今日の夜のことを考えて、ひとまず、動き出した本丸に、ほっと息を吐いた、そんな日だった。