芸能事務所の社畜から政府の社畜になりました。
清光さんが目覚めてから、早一週間が経ちました。
その間、何か事件があったかというと・・・別になにもなく。いや、普通に同居人が増えた程度で何もなかったよ。しいていうなら人手が増えて家事がちょっと楽になったけど同時に作業も増えたなってぐらいで。まぁ別に洗濯物と食事の量が増えた程度で音を上げるほど軟な根性してませんが。ていうか、場合によってはもっと人が増える可能性もあるわけだし(今の所兆しもありませんが)とりあえず肩慣らし程度と思っておこう。
「主ー。畑の水やり終わったよー」
「ありがとうございます、清光さん。じゃぁ手を洗ってから、ご飯にしましょう」
鍋にかけていた火を止めながら台所の入口からひょっこりと顔を覗かせた清光さんに振り返りながら促すと、今日のご飯なに?と赤い瞳をきらきらとさせながら清光さんが問いかけてくる。
「今日は和風オムレツに野菜汁、キャベツと豚肉のおかか和えに納豆と海藻サラダですね。食べられないものはありますか?」
「大丈夫だよ。主の作る物は全部美味しいし」
「わぁ、清光さん褒め上手。そんなあなたには木苺と生クリームのホットケーキを三時のおやつにプレゼンツ!」
「わぁい!」
なんとなくノリでゲッツ、の要領で人差し指を清光さんに向ければ、彼は白い頬を紅潮させて殊の外喜んだ。結構彼は甘いものが好きである。とりあえず手を洗っておいでーと促せばうん!と素直に頷いて内番服の袴を捌きながら清光さんは廊下を去っていく。見た目年齢の割に反応が大分幼いなぁ、と思うけれど、あれで実年齢は凄まじいんだよな。だって付喪神だもの。
その後ろ姿を見送って、準備した朝食を食事をとるための部屋に持っていこうとすると、足元を金色のもふもふが横切ったので足を止めた。
「すっかり、加州清光様と打ち解けたご様子ですね、審神者様」
「そうかな?まだちょっと空元気なところあるけど」
「最初に比べれば十分ですよ!・・・ちょっと餌付けしてるような気もしますが」
「してるつもりはないけどなー」
というか聞いた話によると、結構料理上手な刀剣男士とやらもいたそうじゃないか。それなら別に食事に対してさしたる衝撃もないだろうし、餌付けと言われると腑に落ちない。いや、美味しそうに食べてくれるなとは思ってるけど。
こてん、と小首を傾げると、こんのすけは紛れもなく餌付けです、と胸を張って言ってきた。いや、そんな胸張られても・・・。
「・・まぁ、それで多少でも気を許してもらえるなら別にいいんだけど」
「見たところ大丈夫そうですが・・・気にかかることでもあるのですか?」
「そうだね、心の傷は目に見えるものではないから、何がどこまで癒えているのか、それとも相変わらず膿んだままなのか・・・。その判別はどうしたってできるものではないからねぇ」
目に見えればそれこそわかりやすいのだろうけれど、そんなことできるわけがないのだから上っ面をとりあえず尺度にするしかない。あとは注意深く観察していくしかなぁ。二百年ほど経った未来でも、人の・・・人というか何かの「心」を具現化することはできないのだなあ、としみじみと思う。
まぁ、私にできることなど限られているし、それをちまちまこなしていくぐらいしかできない。こんのすけ曰く、酷いところは出会い頭に命狙われるぐらい殺伐としているらしいし。私は大分緩いところに突っ込まれたんだなぁと思う。いやこれで命がけのところに放り込まれたら私即行で死亡フラグぶち立ててると思うけど。生き残れる気がしないわぁ。人柱立てるのなら無関係の人間じゃなくてその原因の血筋かいっそお役所の誰かにしてくれないか。そして付喪神も祟るならその血筋とお役所だけにしてくれまいか。妖しが理不尽な生き物だなんて知ってるけど!
「とりあえず、地道にコツコツとが一番だよ。スパッと解決なんて、土台無理な話だし」
「真理でございますねぇ」
「主ー!なにしてるの?早くご飯食べようよー」
手洗いをしてきたのだろう清光さんが、ひょこりを顔を覗かせて急かすようにねぇねぇ、と声をかけてくるので、はいはい。と生返事を返してこんのすけの横を抜けた。
まぁ、なにはともあれまずは腹ペコ付喪神様にご飯をお供えしてさしあげねば。
※
ご飯を食べたらまず何をするか?とりあえず本丸を歩き回って浄化作業ですけど何か?
庭先を歩きながら、未だ淀み滞ったままの龍脈を探ってそこが円滑に流れていくように自分の霊力・・・霊力?そういえば私考えたこともないけど、今使ってるのって霊力なの?それとも神力なの?これは自力なのだろうか、他力なのだろうか・・・多分他力かなぁ、と思いつつ、薄紅が咲き乱れる木の根元で、しゃがみこんで地面に手をついてゆっくりと力を流し込んでいく。
粗方本丸内を浄化していったとはいえ、長年凝った怨念執念妄念はそう易々と流されてはくれない。細かいところはこうやってチマチマと凝りを見つけて浄化していくしかないんだよなぁ。なんか呪詛探しに似てるわ。
「主ってさぁ」
「うん?」
一つ淀みを解消したところで、乾いた土から顔を出した桜の根を撫でて、かさついた木の皮を楽しんでいると、頭上から一緒に呪詛探し・・・ではなくて散歩をしていた清光さんが横にしゃがみこんで私の頭に手を伸ばしてきた。
「普通の審神者と、結構違う?花弁ついてたよ」
「マジっすか。ありがとうございます。・・・まぁ審神者っていっても臨時ですし。正式なものじゃないですからねぇ」
「そうじゃなくて」
どうやら桜の花弁が髪にくっついていたらしい。赤いマネキュアがついている指先が薄紅色をした花弁を抓んでひらりと地面に落とす。それに紛れるように何枚もの花弁が頭上から降り注ぐのが見えて、髪についていたそれとまぎれてわからなくなった。
清光さんはそんな花弁を見ていた私にほんの少し溜息を吐いて、今まで私が触れていた地面を見やる。そこで少しばかり眉を潜めて、つぅ、と指で文字を描くように地面に滑らせた。
「・・・前の主は、こんなことできなかった」
「しなかっただけで、できたのかもしれませんよ?」
「そうかもしれないけど、・・・多分、主と同じようには、できないと思う」
そういって、伏し目がちになった清光さんを見つめて、うーん、と困ったように小首を傾げた。そりゃ、まぁ、私、色々特殊な事情がありますし。それと一般的な審神者さんを同列に扱うにはちょっと。加えて言うなら、ここでいう審神者はあくまでも「付喪神を権現させることができる程度の霊力持ち」であって、それを専門に扱う人間とはまた別種であるそうだから。私も専門家なわけではないけれども、まぁ、多少そっち系には詳しいしねぇ。とりあえず、前の主を思い出してネガティブモードに入った清光さんの頭をぽんぽん、と軽く撫でて(しゃがんでいるからこそできる)、俯いてしまった彼の存外に柔らかな髪をくるり、と指先に撒きつけた。
「戻って髪弄りましょうか。可愛い結い紐があるんですよ」
「可愛い?」
「色々揃えてみたんですよー。髪飾りも取り寄せてみたんで、色々試しましょ」
「・・・うん。あ、でも、もういいの?本丸の浄化・・・」
「あぁ、これ定期点検みたいなものですし。切羽詰ったものもないですし。ほらほら、行きましょ清光さん」
可愛い、に反応した清光さんの手を取って、促しながら立ち上がると、彼は少し迷う素振りを見せながら、はにかむように微笑んだ。
「えへへ・・・可愛くデコってよね、主!」
「じゃぁ清光さんも私を可愛くデコってくださいねー?」
「任せて!」
くいっと手を引っ張れば、清光さんはふんっと力を入れて立ち上がり、逆に私を引っ張るようして屋敷に向かって駆けてゆく。おぉ、そんなに着飾りたいのか。引っ張られながら、尻尾のように揺れる黒髪を眺める。・・・清光さんは赤!って感じだけど、他の色でも似合いそうだよなぁ。
さて、何色がいいだろう。頭の中で部屋にある結い紐を思い浮かべながら、私は小さく微笑んだ。