芸能事務所の社畜から政府の社畜になりました。
「ねぇ主ー。主は鍛刀とか出陣とかしないの?」
爪にマネキュアを塗り、ふぅ、と息を吹きかけて乾かしていた清光さんがふとしたように問いかけてきた。机に向かって報告書・・・とはいっても報告するほど何があるわけでもないのだが、とりあえず政府から代理を任されている身としてやるべき仕事を行っていた私は、その問いかけに顔をあげてしませんよ、とさらっと答える。
「なんで?それって、審神者の仕事でしょ?」
「前にもお話しましたけど、私はあくまで臨時なのでそういった通常の審神者の業務は全て免除されているんですよ。私の御役目はあくまでこの本丸の正常化なので、それ以外はノータッチです」
のーたっち・・・?と横文字がわからない清光さんはこてん、とひどく可愛らしく小首を傾げ、ぷらぷらと手首を揺らす。そういえば清光さんいつも赤いマネキュアだけど、他の色はつけないのかな?あげた方がいいかなぁ、と思いながら書き上げた報告書をメールに添付して送信ボタンを押す。カチカチっとクリック音がして、「送信完了しました」のテロップが流れるとパソコンの画面を閉じてよっこいしょ、と体を半身捻って清光さんに向き直る。
「正式な引き継ぎの審神者さんでしたら、きっと清光さんのいうような業務があるんでしょうけどね。まぁ今は休暇中ということで、気にせずのんびりしていたらいいんですよ。そもそも一人で出陣させるのはさすがにあれですし」
「俺、これでも結構錬度高いよ?一人でも平気だし」
頼りないとみなされたと思ったのか、清光さんはむぅ、と唇を尖らせて拗ねたようにじと目を送ってくる。清光さんは構われたがりというか、必要とされている確信が欲しいというか、まぁ彼の生い立ち?を伺うになんとなく理由もわかるので、私は苦笑を浮かべるしかない。・・・加えて言うと、この本丸の事情も重なって余計に自分をアピールしたいのだろうなぁ、と思う。顧みられなくなるのは、確かにひどく悲しいことだから。
「私が、清光さんを一人で行かせたくないだけですよ。ついでにいうと、この本丸で一人で待ってるとか寂しいじゃないですか」
こんのすけもいるけど、人型と動物型じゃやっぱりちょっと、ねぇ?こんのすけが聞けばひどい!ときゃんきゃん吠えそうなものだが、まぁ今いないしいいかな。
それはそうと今日のおやつ何にしましょうかね、と話題を変えるように話を振れば、清光さんはわなわなと体を震わせて、顔を赤くしながら唐突に突撃をかましてきやがった。座っている上にあまりにも突然に正面から襲い掛かられ、逃げる暇もなく飛びつかれる。ガタリ、咄嗟に動いた肘が机にあたり派手な音をたてたが、清光さんはそんな音にも構わずぐりぐりとすっぽりと腕に収まった私の頭に頬を擦り付けて何事か唸り始めた。
「大丈夫、主!俺、主の傍にずっといるから!!」
「あ、うん?」
「主を一人になんてしないし!寂しくなんてさせないし!傍にいるからね!」
すげぇ興奮してるけどなんだこれ。体格的に完全に抱き込まれた状態の私は抵抗する術もなく、興奮しすぎた犬のごとくぎゅうぎゅうと抱きしめてくる清光さんに、何かの誤解が生まれた気がしなくもない、と思わず遠い目をした。
あれか。見た目子供な私が「一人は寂しい」発言したから親元から離された子供の健気な訴えとでも思われたのか。完全に見た目による弊害ですね!
何の他意もない発言でここまで反応されると迂闊なこと言えないんですけどちょっと。とりあえずしばらく離れそうもない清光さんに、まぁ仕事も終わってるしいいんだけど、と思いつつ、しかし体勢がちょっと苦しいので、清光さんの背中に手を回してぺしぺしと叩いた。
「清光さん、清光さん。この体勢ちょっときついので、腕ちょっと緩めてくれませんか?」
「えー?」
ぶぅ、と不満そうに文句を言われたものの、素直に腕の力を緩めてくれる清光さんは好きですよ。稀に人の話ちぃとも聞かない馬鹿力なド天然がいますからね。誰とは言いませんが。えぇ、誰とは。ともかく、緩んだ腕の中で体を反転させ、清光さんを背もたれにする形で座りの良い位置を作ると、よいせ、と閉じたパソコンを再起動させる。
清光さんは私を背後から抱える形になって、そして飽きもせずに頭頂部に頬を摺り寄せてくるのだ。犬というか猫というか・・・本人がそれでいいならいいんだけど。
「何見るの?主」
「今日のおやつ候補でも探そうかなと。何か食べたいのあります?」
「んー。この前のぱんけーきっての美味しかったよ。でも俺和菓子の方がいいなー」
「和菓子ですか。簡単にできるのといえば・・・ホットケーキミックスがあったから、それと餡子でどら焼きもどきでも・・」
「えー!ボクぱんけーきっていうの食べてみたい!」
「あ、えっと、僕、ぷりんが食べてみたいです・・・!」
「パンケーキはこの前作りましたしねぇ。プリンはちょっと時間がかかるっていうか、・・・・あん?」
ちょっと待て。今なんか違う声が聞こえたぞ?スクロールバーを動かしていた手を止め、一拍。時計の秒針が聞こえるほどの沈黙を保ち、思わず頭上の清光さんを見上げる。
そうすると、清光さんも赤い目を丸くさせて私を見下ろしており、無言のアイコンタクトが交わされる。ちょっとねぇ、まさか・・!ばばっと凄い勢いで、清光さんとほぼ同時で後ろを振り返った。
「乱、五虎退・・・!?」
「うふふ、久しぶり、清光!」
「あの、えっと、お、お久しぶりです、清光さん・・・!」
そういって、茶目っ気たっぷりにウインクを飛ばす美少女。稲穂のような黄金色の髪を揺らして、淡いピンク色の唇の端をくっと持ち上げて微笑む姿は、無邪気というよりもちょっと婀娜っぽい。いや、小悪魔といえばいいのか・・・将来が実に楽しみですね。きっと男を手玉による魔性の女になるに違いない。服装は軍服といえばいいのか・・・ネクタイをしめてフリルのついたスカートの裾を広げて座る姿は、可愛らしい少女の姿そのままだ。
その隣には、ふわふわの白銀色の髪をした、あどけない美少年。八の字に下がった眉とちょっと泣きそうにうるうると潤んだ眼差しが気弱そうな性根を表していて、こちらも服装は軍服みたいな洋装だ。どことなく隣の少女とデザインが似ている気がする。
違いといえば、少年の方は短パンだということぐらいだろうか。白い足が惜しげもなく晒され、見る人が見れば「ショタktkr!!」と叫びだしそうな感じである。生憎と私にそんな趣味はないが、見える膝小僧が眩しいという感想は誰もが持つものだろう。しかし着目すべき点はそこじゃない。少年にもっとも着目すべきところは、その膝、肩、頭、傍らで戯れている、白黒の何かだ・・・!え!?なにそれ!??
「お前ら、目が覚めたのか・・・」
「本当はもうちょっと早く起きれたんだけど、ね」
「あぁ・・・」
そういって、感じ入っているのかそれとも突然の権現に言葉が出てこないのか。少し掠れた清光さんの呟きに、美少女は外見に見合わぬ何とも言えない大人びた顔つきで、少しばかり言葉を濁す。皆まで言わずとも、その中に含まれたものを正確に掴み取ったのだろう清光さんは、しょうがない、とばかりに眉尻を下げて笑みを作った。
無論、私とて彼女らの言わんとしていることぐらいわかる。何を思って権現したのかはわからないが、まぁ出てもいいかな、と思うぐらいには信用を得られたのだと思うことにして、私はつい、と少年に目を向けた。正確に言えば、少年というよりも少年が連れているものに、だが。
「・・・虎・・・」
「ふぇっ。あ、あのあの、えっと・・・!」
ぼそり。呟けば、聞きとがめた少年が肩をびくっと跳ねあげておろおろと視線を泳がせる。泣きそうに潤んだ目にそこまでびびらんでもよくない?と思うが、生来気が弱い性質なのだろう。それとも人見知りか?ともかく、私はまじまじと眺めやり、どゆこと?とばかりに首を傾げた。
少年の周りには、白い虎の子供が五匹、自由気ままに戯れているのだ。何故虎。何故五匹も。小さな体躯で、柔らかそうな毛並がふわふわと風にそよいでいる。お尻から伸びた尻尾はまっすぐに伸びて、ゆらゆらと揺れては少年の膝や腕を打った。
大きな金色の目に黒い鼻。一見子猫かと思うが、太い手足や子猫にしては立派過ぎる体躯に、猛獣の片りんを伺わせる。こりゃもうテレビで見るような紛れもないホワイトタイガーの子供だった。わぁ、猛獣の子供生で見るの初めて!なんでそんなもん五匹も連れてんのこの子?成体でないだけマシかもしれないが、それにしたってまさか虎を連れてるとは思わない。再度思う。どゆこと?
一瞬触りたいな、と指先がわき、と動いたが、ぐっと堪えて大人しく膝の上に乗っける。いやいや、初対面、初対面。そしてこの子虎を連れた少年は明らかに人見知り属性だ。見た目同い年ぐらいだけど、人見知りに年齢は関係ないから!欲求を押さえつけながら、私はどうしたものか、とばかりに困ったように清光さんを仰いだ。
いや、清光さんの時も思ったけど現れるのが唐突すぎてどう対応すればいいのか迷うんだけど。あと物凄いナチュラルに会話に入ってきてたし。油断しているところに紛れ込み過ぎて私は一体どうすれば。挨拶?挨拶からいくべき?どうしよう、と思っていると、戸惑っている私に気が付いた清光さんが、あぁ、とばかりに息を吐いて、ひらりと片手を少年少女らに向けた。
「主。わかってると思うけど、俺と同じ付喪神で・・こいつらは短刀の付喪神。部屋に二口、あったでしょ?あの二振りだよ」
「あぁ、はい。なるほど・・・短刀は割と幼い外見なんですね」
つまり長さ・・・いや種類?に応じて外見も変わってくるということ?わかりやすいっちゃわかりやすいが、はて。どっちがどっちの短刀やら?頷きを返しつつ、とりあえずまずは挨拶からかなーと思って、清光さんから体を離して横に座り直し、彼らにきちんと向き直ったところで、畳に三つ指をついて、ゆっくりと頭を下げた。
「御姿を拝見させて頂き、誠に恐悦至極にございます、短刀の付喪神様。この度この本丸の管理を任されました審神者にございます。一時の間なれど、何卒宜しくお願い申し上げます」
深々と頭を下げて、一拍。その体勢のままでいると、前の方でおろおろとした気配を感じたので、ちら、と清光さんを横目で見た。すると、肩を竦めた清光さんが前の二人に呼びかける。
「二人とも、声かけてあげて。じゃないと顔あげないよ、この子」
「えぇ?!」
「そ、そんなぁ・・・」
「主も、そんなにへりくだらないでって言ったじゃん。ほらほら、もういいからさ」
「・・・顔をあげても?」
「い、いいよ!あげてよ主様!」
清光さんの呆れ混じりに声に、額を床につけたままややくぐもった状態で声をかければ、慌てた様子で許可が下りる。それにゆっくりと背筋を伸ばす感覚で上体を起こしていくと、あからさまにほっとした様子で胸を撫で下ろす姿が見えた。そして少年に至ってはほぼ半泣きである。そんな泣かんでも。
「ビックリした・・・」
「礼儀を尽くしてるだけなんですけどねぇ。ところで、お二方のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
そういって、多分高鳴っているのだろう心臓に手をあてて顔色をどこか白くしている様子に、怯えさせたつもりはないんだが、と思いながら目線を向ける。
未だどっちがどっちかはわからないんだが、私。刀の名前はこれそれあーですよ、とは教えられているのだが、それと擬人化した相手の顔が一致するわけもなく。誰これ?状態のままなのは避けたい。そこで、ようやく名乗っていないことを思い出したのか、やや強張った顔のまま、美少女と美少年は口を開いた。
「ボクは乱藤四郎。ねぇ?主様、ボクと乱れて」
唇に人差し指をあて、青い瞳を細めながら妙にシナを作って見せた彼女・・・乱ちゃん?が全てを言い終える前に、ばくん、と音がする勢いで清光の手が彼女の口を塞ぐ。むぐぅっとあがった呻き声に対して、清光の声がワントーン下がった。
「乱、主の歳考えて言ってる?俺たちと違って、主はれっきとした子供、なんだからね?」
「むー!むーむむーーー!!」
じたばたと両手足を動かして、口元を覆う清光さんの手を剥がそうとするが、想像以上に清光さんは力を籠めているらしい。薄ら手の甲に血管が浮かんで見えるのは目の錯覚かな?あと口に出してはいいませんけど、ごめん清光さん。私中身年齢詐称してます・・・全然れっきとした子供ではないんです・・・!でもとりあえずそこスルーしておくね!
なんとなく居た堪れなくなって、そっと二人から目を逸らすと隣で顔を蒼褪めさせている少年を見つめる。・・・まぁ、彼女が乱藤四郎というのなら、こっちは五虎退なのだろうけれど。それでも彼が名乗るまで待っていると、子虎の一匹をぎゅっと腕に抱き抱えて、彼が涙目でおずおずと口を開いた。
「ご、五虎退、です・・、あの、すみません、虎、退けてないんです・・・っ」
「うん?あ、そうなんだ?」
名乗りのあとの謝罪の意味がわからず、思わず首を捻りながらとりあえず相槌を打つと、すみません~~と五虎退君は何故か子虎の頭に顔を埋めてふえぇんと泣き始めた。何故?!相槌打っただけですやん!?あとやっと子虎の意味わかった!五虎ってことか!まさか名前にちなんで虎まで具現化されるとは思わなんだ!!
「えっと、あの、あ、そうだ!プリン!プリン作るから一緒に食べましょ?ね?生クリームとか、果物とか、色々つけて!」
「ふぇ?」
「清光さんと乱ちゃんも!今日のおやつはプリンで決まりですよー!」
少し無理にテンションをあげ気味に声を弾ませ、ぱしん、と手を打つときょとん、とした大きな丸い眼差しと重なり合う。それに微笑みを浮かべて、ふわふわの髪の毛を撫でると、もごもごと未だ攻防を続けていた二人を振り返ってさっと立ち上がった。
とりあえず手早くできるプリンってあったっけ、と記憶を必死に探りながら、きょとーんとしている周囲を放ってパタパタと部屋を出ていく。
「え、あ、ちょっと主、待ってよー!」
「ボクたちを置いてかないでよっ。ほら、五虎退も行くよっ」
「あ、う、うん・・!」
後ろからバタバタと慌ただしい足音を聞きながら、あ、なんか前にク○ク○ッドでなんかすげぇ時短のプリンレシピがあったはず、と思い出して、あとは冷蔵庫の中身を思い出す。・・・うん。飾り付け用の果物もいくつかあるし、なんとかなりそうだ。
とりあえず子供にはお菓子をあげておけば大体なんとかなる。そう思いながら、後ろから抱きつくようにして「もう、主!先行かないでよっ」と片頬を膨らませて訴えてくる清光さんに、ごめんなさい、と謝りながら、ちらりと後ろを見た。二人、手を繋いで追いかけてくる、幼い姿の付喪神。
うん。こんのすけに、報告しないとな。
※
「ていうか刀剣「男士」ってことは、乱ちゃんってまさか男の子!?」
「え、今更でございますね、様」
「男の娘とか!なにそれどんな需要と供給!?なまじ子供で声が微妙にわかりにくいから!!いやちょっと低めかなーとは思ったけど!!思ったけども!!!男の娘は月宮さんで間に合ってます!!!」
「いやまぁ、こちらとしてもまさか権現した付喪神がそっち系とは思わず。さすがオタク大国でございます」
そういうこっちゃねぇですよ!!はっと今更ながらに思い当たった現実に発狂している私を、生温い目で見てくる狐。女の子成分!って喜んだ時間を返せ!!いや割とマジで!!
そもそも刀の付喪神でしょ!?日本人の心でしょ?ていうか日本男児じゃねぇの!?どういうことなのねぇちょっと!?誰が男の娘を想像するかこんちくしょう!!
がくぅ、と床に手をついて項垂れながら、人の死角からアッパーをかます勢いでの不意打ちに力なく腕から力を抜いて布団に倒れ込む。あのきゃっきゃうふふの時間は・・!
戦慄の付喪神に、今後残った刀剣の付喪神が果たしてどんなものなのか、一抹の不安を覚えたのは致し方のないことだった。
つーか、これまで起きてきた三口、全部洋装なんですけど和服はいねぇの?あれ、日本人ってなんだっけ、と思わず哲学的なことを考えそうになったが、ふとあ、この世界色々なんか間違ってた(主に芸能事務所関係で)と思い出したので、そんなものか、とごくりと飲み込む。
「・・・こんのすけ、今後はどんな付喪神が出てくるんだろうねぇ・・・」
「大丈夫ですよ、様!今日みたいに餌付けしていけば仲良くなれます!」
「餌付けのつもりはないって言ってるでしょうが」
そういうこっちゃねぇですよ、と、ファイト!と器用に拳を握るこんのすけの額をぺしりと叩き、私はもぞもぞと布団を被った。
まぁ、とりあえず、無事に起きてくれて、よかったとしておこう。うん。