芸能事務所の社畜から政府の社畜になりました。
「様様!お手紙ですよ!」
ぽんっと小気味よい音をたてて高めの声が早朝4時の寝室に木霊する。
未だ空が薄暗く、ほんのりと肌寒い気温で布団に包まっていた私は、いやに溌剌とした声にぼんやりとした顔のままもぞり、と枕から頭をあげた。
仰向けになっていた体を回転させて俯せになり、両肘をついて深く項垂れる。解いている髪が暖簾のように顔の両サイドに垂れ落ちて表情の一切を覆い隠すと、子狐はその髪の暖簾を潜るように前からずぽっと顔を突っ込んできた。俯いた視線に上目深いの隈取顔が目に入る。うん。可愛い。・・・じゃなくて!
「こんのすけ・・・さすがにこの時間はないわぁー・・・」
「時間ミスをしました。もう1時間遅く来ればよかったですね」
「いや、確実性を狙うなら7時とか8時とか・・・あー・・・まぁいいや。なに?手紙?」
いっそ昼でもよかったんじゃね?と思いつつ、まだちょっと重たい頭を振り切るように髪を掻き上げて、少し眉間に皺を寄せた状態でふりふりと大きな尻尾を軽く揺らしているこんのすけを見やった。こんな時間に来るぐらいだから、重要な案件なのだろうか。
そうだとするなら邪険に扱うわけにも行かず、寝ぼけ眼のまま愚鈍な動作で上体を起こして布団の上に座り込み、乱れた髪を手櫛で整えて姿勢を正す。なんだなんだ、また変な無茶ブリでもしてくるのか?出陣とか鍛刀とかそこらのことは門外漢だぞ。そういう審神者業務はしないっていう契約なんだからね?そう思いつつ手紙を受け取るために手を差し出す。
「はい!様の元の職場からの手紙でございます」
「え?事務所から?」
時の政府からではなく、職場から?え?マジで?予想外の手紙の出所にまだちょっと眠かった目もカッと見開く。うあ、目が覚めた。なにそれどゆこと?
床を滑らせるようにちょこん、と足先で手紙を差し出してきたこんのすけから白い封筒を受け取り、こんのすけに部屋の明かりをつけるように指示を出す。快く返事を返したこんのすけが動くと自動で部屋の電気が灯り、明るくなった部屋で改めて受け取った手紙を眺めまわした。ちなみにこんのすけは本丸そのものの機能サポートもついているので、自動スイッチといってもいい機能がついている。つまり、こんのすけが頭の中で指示を出せば部屋の電気は勝手につくしお風呂も自動でお湯が沸くし火元の管理もできるのである。便利かな未来の技術。まぁでもそれらはあくまでもサポート要素なので、通常は自分たちで動かないといけないんだけどね。
さておき、改めて見た封筒はただの白封筒かと思ったら、手触りが違った。ちょっと分厚めで堅さがあって、光沢のある・・・これは・・・いい紙だ・・!ちょっと高級なレターセットの予感に結婚式の招待状でもあるまいに、いやまさかマジで誰かが・・・?あのアイドル共とうとう七海さんを・・!?と思いつつくるっと引っ繰り返す。裏面には赤い蝋が、早乙女学園の紋章の形で封がされていた。・・・今時蝋燭で封はしねぇよ?糊とかシールでいいんじゃないのか、と思いながらも凝り性のあの人ならまぁ納得、と思いつつぺりっと蝋を剥がす。どうせ手紙の送り主など追及などせずとも約一名しかいないだろうから、誰だろう?なんて考える必要はなかった。そもそも私がここにいるのあの人しか知らないだろうし。
いや、でもなんでいきなり手紙・・?まぁ電子メールの方はそもそも空間が違うので届きようがないのはわかるが・・・何かあったのだろうか。
しかし向こうで問題が起こっても現状では私何もできませんぜ?ていうか私トラブル処理班でもないし。そういうのは日向さんにお願いします。まるっと問題を丸投げにする気満々で手紙を広げれば、手書きの思いのほか綺麗目な文字の羅列が目に飛び込んできた。
社長、存外綺麗な字を書くんだな・・・。もっとこう、良く言えば達筆、悪く言えばミミズがのたくったような、そんな字なのかなと思ったけど、普通に読める字だった。
「へー。トリプルSに選抜されたんだ、先輩方」
「なんですなんです?何が書いてあるんですか?」
「んー?近況報告、かな?この時代にまで続いてるか知らないけど、Super Star Sportsってのがあってね、それにうちの事務所から一組選抜試験に参加するらしくって」
「Super Star Sports!!通称トリプルS!存じ上げておりますよ。今尚続く伝統ある、世界最大規模のスポーツの祭典でございますっ。なんと、様の事務所から出演が?」
「まだ確定ではないらしいけど。まぁ、でも選抜試験受けれるってだけでも大きいことだよね」
私でも知っているぐらいの有名な大会だ。開催国を代表するアーティストによるテーマソング、開幕ライブがあったはず。これに出演が決まれば世界デビューも同然である。うわぁ、すごい大きい話だな。そしてすっごいビジネスチャンス。こりゃ社長が放っておかないわ。なんとしてでも捩じりこんでくるだろうなぁ。まぁ、実力知名度共に、先輩達なら不足はないだろうけど・・・。・・・STA☆RISHはどうするんだろうなぁ。あの人達が黙ってるかな?
「あ、やっぱりあの人たちも選抜に参加する気なのか・・・まぁそれぐらい貪欲でないと芸能界なんてやってけないよねぇ」
「何が!何が書いてあるんですか?トリプルSにどなたが出演されるのですか!?」
「まだ確定じゃないんだってば。ていうかこんのすけなら調べられるんじゃないの?」
「調べられますが、知って迂闊に様に話してしまったら大変ではないですか。基本的に過去から来られた方に未来のことはタブーなのです。だたでさえ改変ギリギリの禁じ手を行っているわけですし」
「あー確かに。過去から人材拉致とか、有名人物でないにしろ普通にやっちゃいけないことだものねぇ」
「そうなのです。政府も結構ギリギリなのでございます。他には何か書いておられないのですか?」
「他には別に・・・あ゛あ゛ん゛?」
思わずヤクザも真っ青な低いドス声でぐしゃりと手紙を潰しかける私に、ピーン!とこんのすけの尻尾が天井に向かって真っすぐ伸びる。ぶわわ、と膨らむ毛並におっと失礼、とこほん、と咳払いを一つ。いけないいけない、平常心平常心。
「様・・・?」
「ごめんごめんこんのすけ。あー・・・こんのすけ、音楽ソフトとか調達できる?あとできれば室内用のキーボードとか・・・立派じゃなくてもいいから至急で準備して貰えるとありがたいんだけど」
「できなくはないですが、何故?」
突然音楽機器を希望する私に、当然のごとく小首を傾げて問いかけたこんのすけに、手紙を封筒に戻しながら私は溜息を零した。いや、だって、この状況で、ねぇ?
「社長がね、仕事申し付けてきたんだよ。なんかドラマのテーマソング?だってさ。おまけにシングル曲まで六曲も!ていうか私事務員であって作曲家じゃないのに可笑しくない?」
「様、作曲までできるのですか?多才でございますねぇ」
「まぁ、学校では一応作曲家コースだったし・・・ていうか今の私の現状ってさ、普通通常業務免除の案件じゃん?だって未来で付喪神のメンタルケアだよ?異空間の本丸維持だよ?まさかその状態で仕事押し付けられるとは思わなんだ・・・」
「まぁ、なんといいますか・・・ぶっちゃけやってることただの休暇みたいなものですし、時間も余ってるので丁度いいのでは?」
「それをこんのすけが言っちゃうとか。言うけど、曲作るのって大変なんだよ?七海さんみたいな天才肌でもないしさぁ・・・。清光さん達に構う時間が減りそうなのが心配」
今の彼らには人との触れあいが大事だと思うんだが、それ未来の政府的にいいの?疑問に思うが、まぁ・・・許可が下りなかったら社長には諦めて貰うとして。とりあえずこんのすけを通じて作曲に必要なものの許可が下りればいいんだろ。
「まぁ、後でどういう曲のイメージなのか社長に詳しく聞かないといけないし・・・そもそもドラマの概要すら書いてないし。返事書くから、届けてくれる?」
「わかりました。このこんのすけ、伝書狐になりますよっ」
「うん。ごめん色々と」
こんなことするためのサポート狐じゃないのにね・・・!多分悪気のないこんのすけの台詞にそっと目尻を拭いながら、綺麗に元に戻した封筒を引きだしの中に仕舞い込む。
それから時計をみて、もう一眠りもできなくはない時間だが・・・目が覚めちゃったしなぁ、と顎に手を添えた。・・・畑の様子でも見に行くか。よいしょ、と声をあげて立ち上がり、寝間着から普段着に手早く着替えると、髪も簡単に首元で一つに纏めてささっと身支度を整える。
「様?何処に?」
「畑。目が覚めちゃったし、雑草取りでもしてくるよ」
「こんのすけも参ります!」
まぁ、薄暗いけど、何も見えないほどでもないし。夜目も利く方なので、多分問題ないはず。そう思いながら、ぴょん、と軽いフットワークで飛んだこんのすけが私の肩に乗ってくる。どういう原理なのか、それとも未来の最新技術の賜物なのか、こんのすけの体重はぬいぐるみのように軽い。少なくとも正規の動物の重さでもましてや機械の重さでもないので、子供の体でもこんのすけの体重を支えるのは容易だ。
肩に乗ったもふもふがくるりと首に巻きつくように尻尾を巡らしてきたので、ちょっと肌寒い早朝の空気でもあったかぬくぬくである。やるな、こんのすけ。天然ファーだぜ!
気持ちいいなぁ、と密やかにもふもふと毛皮を堪能しながら、スゥ、と障子戸をあけた。刹那。
「ぴっ!」
「・・っ」
暗い寝室前の庭先で、白い何かがぼう、と浮かび上がる。植木の間に、ぼやけた輪郭で佇む白い何か。その何かに、ぎょっと息を呑めば、こんのすけは高い声を出して硬直し、その声に驚いたのか、それとも単純に私という人の気配に気が付いたのか、白い何か・・あれは布だろうか?暗闇でいまいち解りにくいが、浮かびあがるそれが、ふわっと靡いてすごい速さで遠ざかって行った。
バタバタ、と足音も聞こえたので、多分実体を伴った何かだとは知れるのだが・・・え?なにあれ?
「様、今の、今の・・・!」
「うん。今のは、もしかして」
白い布が去って行った方向を見つめながら、首元でガクガクブルブル震えるこんのすけに、私も真面目な面持ちで頷く。いまいち姿形は判別できなかったが、多分、今の布は、
「幽霊でございますね!?」
「刀剣男士かもしれないね」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・ん?
思わず、こんのすけを見る。こんのすけも、私を見る。見つめ合い、口を閉ざし、二人でしばらくの沈黙。ぽくぽくぽく、ちーん。
「てへぺろ☆」
こんのすけが、ちろっと舌を出して、ウインクを決めてきやがった。
おいこらオカルト筆頭。今更何をほざいとるか。思わず呆れた目をした私を、咎める者など無論誰もいなかった。