芸能事務所の社畜から政府の社畜になりました。
朝採れの小松菜を使ったグリーンスムージー。ふわふわメレンゲのスフレオムレツ。パキッと音が小気味よい○ャウ○ッセンのウインナーを2本添えて、締めにはギリシャヨーグルトに蜂蜜とてんこ盛りのベリーを乗せて!
見た目にも華やかなこれぞ女子力!を全面に押し出した朝食メニューに人が人ならスマホでパシャっとインスタグラム行きである。まぁやらないし興味もないけど。
でも綺麗なものとか可愛いものを自慢したいだとか賞賛されたいという気持ちはわからなくはない。しかしそれよりも面倒なのが先立つし、写真にばかり気を取られるのもいかがなものかと思うので、食事は純粋に楽しんでいただきたいものである。
スフレオムレツなんて時間との勝負なところあるしね。というわけでいつも食事を食べる広間にワゴンに乗せてできた朝食を運んでいく。ガラゴロと控えめな音をたてて板張りの廊下を押し進め、辿り着いた広間の障子をすらっと横にスライドさせる。
中を覗きこめば低卓の上を布きんで綺麗に拭き清める五虎退くんと、薄青い透き通ったギヤマンの・・・簡単に言えばガラスの花瓶に庭で詰んできたのだろう花をあーだこーだと言いながら活ける清光さんと乱ちゃんの姿が見えた。障子を開けた拍子にパッと一斉に振り返り、いの一番に清光さんの頬が薔薇色に染まる。
「主!」
「おはようございます、清光さん。綺麗な花ですね」
ガラゴロと押しながら中に入って机の上の花に目を細めれば、彼はえへへ、とはにかみながらつん、と活けた花を赤いマネキュアの塗られた爪先で突いた。
ふるり、と揺れた花の先でぷくり、と乱ちゃんが白い頬に空気を含ませて膨らませる。
「清光だけで選んだわけじゃないでしょー!主さん、ボクも頑張ったんだよっ?」
「勿論。2人で選んでくれたからこんなに綺麗なんですよ。今日の朝食にもピッタリ!」
ほらほら!とばかりに花瓶ごと花をずい、と目の前に突き出されて勿論わかってる、と頷いて鼻先を寄せて甘い香りを吸い込んだ。うん。きつくもなく臭くもなく、丁度いい花の匂いが鼻孔を掠める。食事の匂いを邪魔しないほどよいさじ加減と食欲を損ねない控えめ且つ柔らかな色合いが朝食の席を彩るのには丁度いい。センスいいねぇ、と褒めれば、2人は顔を見合わせて照れたようにはにかんだ。イケメンと美少女が微笑み合うとかなんて眼福な光景。いやどっちも美少年だけど。
「あ、あのあの・・・!」
「うん?どうしたんですか?五虎退くん」
「えっと、その、僕も、あの・・・っふぇ・・・」
「あ、机拭いてくれたんですよね?ありがとうございます!五虎退くんはよく気が付くのでとっても助かりますよ」
頭に子虎の一匹を乗せたまま、濡れ布きんをぎゅうぅ、と力いっぱいに両手で握りしめた五虎退くんが言いよどみながら目の縁に涙を溜めこむ。それが零れ落ちる前に、彼の言いたいことを先んじて口にして私は彼のふわふわの前髪の先を軽く掠めるように触れながら蜜色の瞳の端に軽く指先を当てる。くっついた雫を静かに払ってやって笑えば、五虎退くんの頬がポッと赤くなって蕩けるように目尻が下がった。
伊達にめんど、基様々な性格と生い立ちの人達と関わってきたわけではないので、おおよその対応というか対人に対しての把握はできるというものだ。五虎退くんの場合ほぼ反射的に涙目になる・・・癖みたいなものもおおよそ含まれているので、とりあえず安心させてあげれば大体なんとかなる。乱ちゃんは社交的だがまだ少し警戒心あって明るく振る舞うことで壁を作っている節がある。そういうときはあえてその壁を叩かないことにする。ていうか私が深く突っ込んだ接触が苦手なのもあるが。なんていうか、そこまでぐいぐいとトラウマに解消に努めるのも違うっていうか、結局私期間限定だからなぁ。
そのまま流れるように頭の上の子虎の眉間の軽くカリカリ、と爪先で掻いてやって、足元に体をくねらせながら胴体をすりすりと寄せる残りの4匹をかわしてさっとワゴンの横で手を広げた。
「そんな皆のために、今日はちょっといつもと違う朝ごはんにしましたよー」
「わぁ・・・!なになに?これっ。卵焼き?」
「で、でもなんだかいつもと違います・・・!」
「すっごい苺たっぷり!可愛いっ」
「これはスフレオムレツっていって、メレンゲを泡立てて作ってるので普通の卵焼きよりふわふわしてるんですよー。まぁ時間が経つとしぼんじゃうので、早めに食べるのがオススメです。ささ、並べちゃいましょ」
そういえば、三人とも萎むという発言に反応したのか、いやに機敏な動きでテキパキと皿をテーブルの上に並べていく。その速さたるや流れ作業のごとく見事なコンビネーションを見せて、こっちがどうこう言う前に綺麗に整えられた食卓の出来上がる。おぉ・・・素早い。感心していると、最後のスムージーが入ったグラスを置こうとしたところで、清光さんがあれ?と首を傾げた。
「主、1人分多くない?」
言いながら、いち、にぃ、と数えて、乱ちゃんが主さん間違えちゃった?とこちらを振り返る。五虎退くんは虎くんたちの分ですか?と首を傾げたので、私はうん?と語尾をあげた。
「今朝多分刀剣男士様的な人影を見たから準備したんですけど、清光さん達はまだ会ってないんですか?」
「えっ」
一斉にぎょっと目を丸くしたので、私はあれ?と首を捻る。てっきり彼らにはもう挨拶なりしてるものだと思ったんだが・・・ここにいないのも食事前に紹介でもしてくれるのかと思ったんだけど。今朝方こんのすけと見た人影を思い浮かべ、あれー?とパチパチ、と瞬きをする。刀剣男士だと思ったんだけど、まさかこんのすけが言ったようなホラー的なやつだったの?ないとは言わないけどこのタイミングで?ないでしょ、さすがに。
そう思いつつも、彼らのお仲間ならまず彼らに顔ぐらい見せに行くよね、とも考える。それがないということはそういうことなのか、はたまた勘違いか・・・?1人顎先に指を添えて考え込めば、3人は顔を見合わせ、代表するように清光さんが口を開いた。
「ねぇ、主。ちなみにどんな姿だったの?そいつ」
「どんな、って言ってもまだ外も薄暗かったし一瞬だったから・・・見えたのせいぜい白いマント?みたいな布?ぐらいで」
「了解把握。乱!五虎退!」
「任せて!」
「はい!」
「時間はすふれおむれつが萎まない内にだからね!」
「わかってるよぉ!」
「い、行ってきます・・・っ!」
私が今朝の記憶を思い返してる間に、たったそれだけの情報で何が特定できたのか、即座に清光さんの指示が飛ぶ。それの受けた2人も理解が早いのかなんなのか、五虎退くんまでも機敏な動きで広間を飛び出していった。追従する五虎も、普段の猫っぽい無邪気さから遠のいてまるで野生に戻った狩人のような動きだ。あれ、刀剣男士(仮)様狩られる・・・?
その速さと言ったら、さすが刀剣男士というべきかそれともそれが短刀の特性なのか、あっという間にいなくなった姿にポカンとしていれば、清光さんは全くあいつは、とぶつくさとぼやいて、にっこりと笑顔を浮かべた。
「主、すぐ乱と五虎退が連れてくるからねっ」
「あ、はい」
え、そういう扱いでいいの?今までのしんみりとした再会の感じは何処いったの?朝からなんだかテンション高いね?色々と突っ込みたいというか言いたいことは出来た気がするが、元気なことはいいことだ、と飲み込んでじゃあまぁ座って待とうか?と座布団を差し出しつつ腰を下ろす。清光さんは私の横に並んで座って、頬杖をついてにこにこと満足そうだ。状況がいつもと違う気がするが、お仲間の目が覚めて嬉しいのだろう。そりゃそうだ。人に失望すらし、拒絶していた付喪神がまた1人、どういう思惑であれ人型を再び取るというのだから。心境の変化があったことには違いは無く、私も少しだけ肩の荷が下りると言うものだ。えーと、これであと何本かな?目を覚ましていないのは、と指折り数えたところで、どたどた、というらしくない足音が廊下から聞こえてくる。
彼らはその性質からかそもそも付喪神だからか、あまり大袈裟な足音を立てることが少ない。仕草が洗練されているからっていうのもあるかなぁ。
同時に、言い合うような声も聞こえたので、もう見つけたのか、と思えばスパァン!と勢いよく障子が横にスライドしていく小気味よい音が室内に響く。
「あっるじさーん!連れてきたよー!」
「虎くんたちが、見つけてくれました・・・!」
溌剌とした様子で、乱れちゃんが取ったどー!ばかりに突き出した右手に、なんだかぼろっちぃ布がひらひらと踊っている。なにあの襤褸布。え?あれ刀剣男士?布が?本体布?いや、本体刀だわ。大きなそれが風にはためいて揺れる傍、五虎退くんがどこか誇らしげに胸を張るので、すごいね、とよくわからないまま褒めればふにゃっと相好を崩した。可愛い。そんな和む様子とは裏腹に、悲鳴のような切羽詰った声が、障子の影から聞こえた。
「そ、それを返せ、乱・・・!」
「じゃぁ早く出てきなよ。おむれつが萎んじゃうでしょ」
「お、俺は別にそんなもの・・・と、とにかくそれがなければ俺はダメなんだ!」
ちょっと低めの美声は聞こえども姿は見えず。ていうかこの声知り合いに超似てる。声だけ聞こえるから余計にそう思う。ていうかどこから聞こえた。いや多分障子の向こうになんか丸くなった影だけは見えるのであれなんだろうなーとは思うものの、何の気が引けているのかシャイなのか、一向に姿を見せる様子がない。いささか呆れた様子で乱ちゃんが掴んだ襤褸布をひらひらせて、本当に国広くんって勿体ないよね、と溜息を吐いた。五虎退くんはいそいそと私の横に座り直すと膝に子虎を2匹乗せて、お腹空きました、と小さく呟く。そうだね、結構時間経ってるもんね。
「よくわかりませんが、乱ちゃん。それ返してあげたらどうですか?朝ごはん食べれませんよ?」
「えー折角剥いだのに?これ剥ぐの大変なんだよー?」
「剥がないでくれ・・・!というか早く返してくれ・・・!」
「まー俺もぶっちゃけ食事の席にその襤褸布どうかと思うけどー主の作ってくれたおむれつも早く食べたいし、返してあげなよ乱」
「むぅ。しょうがないなー」
つん、と何も塗ってないはずなのに色づいた唇を尖らせて渋々、という様子で障子の影の団子・・・基新たな刀剣男士に薄汚れ、裾も解れてボロボロの布を片手ではい、と差し出す乱ちゃんの後ろ姿を眺めて、一体あれほど布を求める刀剣男士ってどんな人型なの?と想像を膨らませる。・・・あれか、超美形系か。ここにいる面子よりもワンランク上の美形か。不細工であることは最初から期待していないので、同じ高ランク美形でも更に上のランクなのかもしれない。しいていうなら鳳珠様的な。あれは・・・うん。神に愛されすぎた造作というのはああいうことを言うんだなっていう典型だった。美形に見慣れてるからトチ狂わなかったし、そもそもどこかこう、画面越しの感覚もあって私は流せたけど、あの娯楽も美術鑑賞も自由にできない時代設定の世界感じゃ、あれへの耐性つけるの大変だろうなぁ、と思う。さておき、そういう場合って顔に反応しない方がいいんだよね。大丈夫。人外級の美形には大概慣れてるから!ばっちこーい、と思いながらひったくるように乱ちゃんの手から布を奪い取った影が、もぞもぞごそごそと蠢く。
乱ちゃんはその様子を見届けながら、白い襤褸布の端を持って横に立っていた。あれって逃亡防止に持ってるのかな・・・?
「み、乱、放せ・・・!」
「だーめ。国広くん逃げるでしょ。主さんとはしっかり挨拶しなくっちゃ!」
「俺なんかが会ったところで意味なんて、おい!やめろっ」
発言の節々から感じるちょっとネガティブな気配にそういう性格なのかなぁ、と分析をしていると、布を持ってじりじりと引っ張り合いをしていた乱ちゃんが、やがてもー!と痺れを切らしたように声を荒げて、機敏な動きでしゃがみこんだと思ったら、スパン、とキレのある動きで団子に向かって足払いを仕掛けた。
えっ?足払い?!ぎょっと目を見開いたところで「うお!?」とあちらからも驚いたような声が聞こえて障子戸に影がよりはっきりと濃く映りこんだ。清光さんがうげ、と眉を潜めて五虎退くんが息を呑む。まさか、と思う頃には、みし、と障子の木枠が軋む音がしてやがてメシメシメシィ、と音が広がり、パキン、と可哀想な音が響いた。
メシッ、バキ、どさぁ!
流れるような音の連携が聞こえ、清光さんが頭を抱える。ぴょあっと肩を跳ねさせた五虎退くんのふわふわの頭を撫でてあげながら、ご飯に目を落とせばとりあえず木枠なんかの破片は飛んできていないことを確認してほっと一安心。あーオムレツちょっと萎んできてる。時間経ったもんなぁ。残念、と思いながらちろり、と視線を前方に向けた。
そこには、折れて壊れた障子を下敷きに1人の青年が唖然とした表情で仰向けに転がっていた。ポカンと何が起こったのか理解できていないかのように半開きになった口に、見上げる形となった上目の碧眼がこれ以上ないぐらい大きく見開かれて時が止まったようにしん、と静まり返る。多分頭から被っていたのだろう襤褸布が取れて露わになった髪は太陽の光を一心に受け止めたような輝く金髪で、つやつやの天使の輪っかが光っている。白い面に染みは一つもなく、人間離れしたシンメトリーは人外共通なのか、やっぱり恐ろしいぐらいに整っていた。
例えるのなら、金髪碧眼の王子様。白馬に乗ってやってきちゃう系の正統派美青年。エメラルドグリーンの海を写し取った宝石みたいな両目も、金の糸のように額を滑るサラサラの髪も、文句のつけようのない、感嘆の吐息を思わず零しちゃうぐらいの美形だ。
・・・最早完全に西洋人のカラーリングなのだが、刀の付喪神ってこれでいいの?襤褸布の下の衣服もなんか・・・あれだ。学生?ブレザー?よくわからないがとりあえず日本刀らしくはないよな、と観察しつつ、私は珍妙な登場を果たした彼に、そっと曖昧な微笑みを浮かべた。
「背中、大丈夫ですか?」
「~~~~っ!!!」
瞬間、ぐあっと白い顔を真っ赤に染め上げた青年の、声にならない絶叫が迸った、ような気がした。
「乱、やりすぎ」
「えへっ」
呆れた様子で清光さんが苦言を呈するが、ぺろっと舌を出してウインクを飛ばした乱ちゃんは多分全く悪びれてないと思う。うーん。これ、大丈夫なのかな?
絶叫がてら目にも止まらぬ速さで起き上がり、部屋の隅っこに固まって壁に顔を向けたまま襤褸布を頭からひっかぶって丸く小さくなった姿に、これ立ち直らせるの私の仕事なの?と零れそうな溜息をぐっと押し込めた。うわぁ・・・大変な作業になりそうだ・・・。