ダブルブッキングにも程がある
私の幼馴染は美少女だ。この荒んだ世の中に舞い降りた天使と呼んでも憚らないほどに超絶可愛い美少女だ。好みはさておき100人中100人が「美少女です」と太鼓判を押すぐらいには素晴らしい美少女である。人間好みはあるからね。美少女とはいえ好きなタイプというのは一定数あるので、彼女が万人に愛されるかというとそんなことはないと言えるが大多数の人間の目を引くことは間違いない程度にはその顔面レベルの高さは子供ながらに圧巻の一言といえる。
卵形の輪郭にマシュマロのようにぷにっと絶妙な弾力を伴った色白のほっぺた。鮮やかなミントブルーのちょ、おま、その髪色・・・!?と二度見するほどのつやつや天使の輪っかを作りながらも柔らかな手触りの良い髪。くりっと大きなライトグリーンの双眸にけぶるほどに長く密度の濃い睫毛はぱっちりと上向きで扇形に開き、ぷっくりと膨らんださくらんぼのような唇のぷるぷるつやつや感は荒れたこともない様子を見せ、その奥の並んだ歯列はピュアホワイトのごとく真っ白に整列をしており・・・まぁ私の少ない語彙で言い表すには難しいが、神様が作りたもうた造作の美少女なのである。幸いにして、神がかり的美形には見慣れているので(実際神様の美貌も拝んでますが?)可愛いなー天使だなー眼服だなーぐらいにしか思っていないが、世の中そんな現代に舞い降りた天使を見逃すほど甘くはないのである。
小さいうちは可愛かったけど大きくなったらちょっとねぇ、というレベルならよかったのだが、いかんせんこの幼馴染、成長しても衰えるどころか益々美貌に拍車がかかる程度には完成されているのだ。なんで顔面の配列に歪みが生じないの?え?人間なの?時々幼馴染サイボーグ説を唱えそうになるが、怪我をすれば血も出るし温かいし見たことのある傷口からコード配線やら金属質な何かは見えなかったので人間なのは間違いないと思う。
それはさておき、そんな美少女な幼馴染は、美少女であるがゆえに、大変な苦労を強いられていることを心にとどめ置いて欲しい。切実に。美形って得ね、というのは楽だが実際なってみると役得と同じぐらい苦労もあるのである。特出したものは得てして自らに余分なものも呼び込むものなのだ――――何がいいたいかというと、幼馴染はその美貌のせいで変態・変質者ホイホイという非常に不穏な性質を帯びてしまったのだ!
人生においてこれほど不要かつ不愉快で不条理な性質などあろうか!あるけどね!異世界転生トリップ常習犯という不必要な性質も存在するけど特殊事項すぎて今回の件に関してはボッシュート!
可愛いからって犯罪に巻き込むのは本当にやめて欲しい。美少女は世界の宝なのだから皆さん一致団結で見守って頂きたい所存。可愛いあの子は俺のもの☆的な独占欲は発揮させるものではないよ。やっていいのは選ばれた恋人だけだよ。それでもヤンデレルートはできるだけ回避して貰いたいところ。美形でもイケメンでもやっちゃいけないことが一杯あるんだよ、犯罪ダメ、絶対。それにほら、世の中にはこんないい言葉があるんだよ――イエスロリコンノータッチ!とな!!
カっと閉じていた目をあけ、目の前で今にも幼馴染に無体を働こうとするおっさん・・・いやわりに若いから三十代前後か?まぁ小学生からすれば十分おじさんだ・・・私に言われたくないって?だまらっしゃい。今は犯罪に巻き込まれた幼気な小学生女児に間違いはないんだから。とにかくそのおっさん目がけて、近くにあったあはんうふんな白濁の何かに塗れた爆乳美女のイラストが描かれた明らかにR-18的な分厚い漫画雑誌を拘束された両手で引っ掴み、頭上で大きく振りかぶりながらぶん投げる。
割にストレートにとんだ雑誌は狙い通りに男にあたり、うわっ、という声と共に怯んだ男とズボンを半端にずらされかかっていた幼馴染の間に割り込んで、じりじりと後ろに下がる。ふざけんな拉致監禁だけじゃなく性犯罪も込みかよホント屑だわイチモツが腐り落ちて発狂しろ変質者めが。
「・・・!」
「愛ちゃん、大丈夫?」
シャツを捲られズボンを降ろされかかっていた美少女幼馴染・・・如月愛音ちゃんはその整った美少女フェイスを恐怖と嫌悪感で蒼褪めさせ、ライトグリーンの双眸が滲んだ涙で心細く揺れている――小動物のようにいじましく憐憫を誘い、庇護欲を誘発させるがごとく守らなければ、という使命感に襲われるその顔も、一部からは狂った思考を呼び起こす魔性のそれであることは経験上しっている。特に目の前の男に見せるわけにはいかない顔だ・・・そう判断すると、男から愛ちゃんを隠すように背中に庇い、すぅと目を細めて男を睥睨した。虫ケラか汚物かゴミ屑を見るかのように、心を籠めて、これ以上ない侮蔑をたっぷりと含ませて見下してやる。
この餓鬼、と悪態をついて睨んできた男が一瞬きゅっと喉奥を占めて動きを止める程度には、この視線に殺気、ないしは殺意が籠めてあったのは間違いない。
「・・・っうぜぇ目をしてんじゃねぇよ糞餓鬼が!!」
「っっ!」
「!!」
竦んだように目を泳がせた男が、次の瞬間には憤怒に顔を赤黒くして拳を振り上げる。子供に僅かでも怯えた・・・それを隠すかのように、口汚く怒声を上げながら振り下ろした拳が、がつんと米神か頬か、曖昧な境目を強かに殴りつけて、熱さか痛みか一瞬の判断もつかないまま、フローリングに倒れ込んだ。声をあげなかったのは意地のようなものである。まぁタイミングをみて自分で横を向きながら倒れるように動いたから、相手が思うほどダメージがあったわけでもないんだけどね。
フローリングに受け身を取りつつ転がった私に、悲鳴をあげて愛ちゃんが取り縋る。
やめろ、この子は関係ないだろ!?と泣きながら私の頭を守るように抱きしめる愛ちゃんの腕の中からふぅふぅと肩で息をする男を見上げると、男はそれすら気に食わない、とでもいうように私から愛ちゃんを乱暴に引き剥がし――抵抗する愛ちゃんを強かに殴って――あいつマジ許さない、と密やかな殺意を漲らせると、男は今度は足を振り上げた。あ、これはアカン。咄嗟に体を捻って腹部を庇えば、横っ腹に男の爪先が捩じりこむ。うぐぅ、と呻き声をあげると、男は丸まった私の背中に幾度も足を落としてきた。
「この!餓鬼の!分際でっむかつくことしてんじゃねぇよ!!」
「っ、・・っ・・・」
「お前なんか!どうとでもできるんだからなぁ?わかってんのか?あぁ!?」
「・・・っぐぅ・・っ」
顔は見えないがきっと泡でも飛ばしながらヤバい目つきで蹴っているのだろう・・・自分よりも非力なものを甚振る優越感と満たされる自尊心に浸りながら、この小さな城の中だけの裸の王様となって。まぁ実際抵抗もできずにされるがまま、蹴り飛ばされているのだが。苦痛の声を殺し、部屋の外でサイレンが鳴り響く音で気を紛らわしながら男が飽きるか疲れるかするのを待っていると、ピンポーン、とバイオレンスな現状に似合わない間延びしたインターホンが荒んだ薄暗い空気を壊すかのように鳴り響いた。男は私を蹴っていた足を止め、息をふぅふぅと興奮で荒くしたまま、こんなときに、と舌打ちをして踵を返した。居留守を使うわけじゃないんだ、と漠然と思いながら男が部屋を出ていくのを頭を抱えた腕の間からちらりと見る。
男は部屋のドアの前で一度立ち止まると「妙なことをしたらわかってんだろうな?」と吐き捨てて部屋を出て行った。はいはい、大声とかあげるんじゃねぇよってことですね。大丈夫、ちょっと蹴られすぎて今すぐに動くにはちょっと私も辛いもんがある。
とりあえず一旦暴力が終わったところで体中に込めていた力を抜くように深く息を吐き出し、体中を弛緩させてフローリングにでろぉ、と体を投げ出す。幼気な少女に遠慮のない仕打ちだなホント。まぁやらかした私も私だが、傍観するわけにはいかない状況だったのだから仕方ない。あーくそ。背中がいてぇ。あと脇腹も痛い。泣くぞ、マジで。
「、・・・っ」
「はは、愛ちゃん・・・ほっぺた平気?」
ボロボロと泣きまくりな愛ちゃんの頬が赤くなっているのに痛みとは別に眉を寄せながら問いかけると、彼女はこくこくと頷きながら寝転がる私の横でごめんなさい、と咽び泣いた。
「ぼ、僕の、せいで、ごめんなさっ・・・ごめ、ごめんねぇ・・・!」
「愛ちゃんのせいじゃないよ。間違いなくあの誘拐犯のせいだから。何をどう転がして引っ繰り返して超理論振りかざしたところで、間違ってるのはあの男の方だから」
むしろ被害者以外の何ものでもないのだから、ごめんなんて言う必要はどこにもない。安心させるように微笑みながら、その殴られて赤く腫れているまろい頬を拘束された両手で労わるように撫でて、さてしかしどうしたものか、と横たわったまま思考を巡らせた。愛ちゃんは幸いにして拘束こそされていないが、部屋に男がいる以上逃げ出すには難しい状況だ。あと自分暴行されたあとなので機敏な動きはちょっと難しいかな。骨に異常はなさそうなのが不幸中の幸いだ。痣にはなっているんだろうけれども。この拘束も解いて欲しいところだが、今さっき妙なことをするなと釘を刺されたばかり。拘束を外した後のことを考えると大人しくしているのが無難か・・・。とりあえず男の監視の目が長期に外れる時を狙う他あるまい、と思考を巡らして大人しくしていること数分。ドアの向こうで何やら男と訪ねてきた誰かの会話が薄らと聞こえたが、はっきりと聞こえないままバタン、とドアの閉まる音だけがした。
・・・今なんか結構物騒な単語が聞こえたような気もしたんだが、聞き間違いか?
「愛ちゃん、今なんか爆弾がどうとか聞こえなかった?」
「聞こえた気もするけど、はっきりとは・・・」
ですよねー。距離があるからかそこまで大きな声ではなかったからか、漏れ聞こえたそれは不穏な単語をチラつかせていたようにも思うが、確証が持てない。
不安を隠せもしないで私の問いに戸惑うように視線を揺らしながら部屋の出口と私を交互に見やる愛ちゃんに、ふむ、と頷く。
「・・・もう少し待って、あの男が帰ってこないようだったら出てみようか」
「だ、大丈夫なの?」
「来客対応が終わればすぐ帰ってくるだろう男が、多分客が帰ったのにここにこないのは何かがあった証拠だと思うよ。でも確証はないから、もうちょっと待ってそれから動いてみよう。・・・最悪、爆弾って言葉が事実なら悠長にしてられないし」
もしかしてこのマンション、ないしは近辺に爆発物が仕込まれたとかいうデンジャラスな事件が同時発生しているのかもしれない。ないと思いたいけど最悪を想定して間違いはないはずだ。誘拐された上に爆弾事件ってなんだよ今日は厄日かこんちくしょう。
溜息を零して、とりあえずこれ解いてくれる?と両手首を拘束しているロープを示すと、愛ちゃんははっと目を見開いてこくりを無言で頷いた。状況が不穏すぎるので、この状態でしばらく過ごそうと思ったけれどそうもいかないらしい。そうして四苦八苦しながらかなりきつめに結ばれているロープを外し、2人でドアの裏側、死角になるような位置に座り込んで体を小さくする。・・・上手くいけば男の隙をついて逃げられるかもしれないし。
ある意味、こんなチャンスはまたとない機会といえるだろう。
「・・・ジャスト3分。どうやらどっかいったみたいだね、あいつ」
「逃げられる・・・?」
「千載一遇のチャンスって奴だね。行くよ、愛ちゃん」
3分も待ってこないなら、あいつはどこかに出かけたのだろう・・・誘拐した子供をなんの拘束もせずに捨て置くほど緊急性が高い事態ってもしかして爆弾事件が本当のことなのかも、という思考が脳裏に焼き付いたが、まぁ爆発する前に逃げればオッケー。うん。早く逃げよう。愛ちゃんの手を取り、立ち上がるがズキン、と蹴られた部位の痛みに思わず苦痛の声が小さく零れる。
「っ、大丈夫・・!?」
「・・・ん。平気だよ」
私の声を聞き咎めたのか、愛ちゃんの顔が曇り、そっと背中に手が添えられるもそこが蹴られていた場所だと気付いたのか、躊躇うように拳が握られた。悔しそうな、悲しそうな、何とも言えない顔で愛ちゃんがきゅっと眉を寄せる。
「早く逃げよう。病院に行かなきゃ・・・!」
「その前に警察だろうけどねー・・・あ、マジでいないわ」
決意を籠めたような愛ちゃんに軽口を叩き、ドアを開ければガランと静かなリビングが見えた。きょろりと視線を彷徨わせて中を確認し、けれどまじまじと眺める気にはならないので、さっさとリビングを抜けて短い廊下を抜け、玄関に出て、履いてきていた靴などあるはずもないので靴下のまま外に出た。ひんやりと冷たい床の温度が靴下越しに感じられたが、それを気にする間もなく異様な静寂にごくりと唾を飲んだ。
「誰か、他の部屋の人に助けを・・・」
「・・・多分、もう誰もいないよ」
「え?」
「爆弾って言葉、本当だったのかも。これ、人払いされてる」
気配がないのだ、ちっとも。何かしらあるだろう活動気配が今この瞬間全て取り払われており、あるのは私たちだけが廊下に佇むと言う奇妙な空間のみ。
考えられるのは爆弾が本当にこの近くに仕掛けられていて、そのために近場の人間を避難させた、というところか。それならば男が私たちをあのまま放っておいて逃げ出したのも理解できる。恐らくインターホンを鳴らしたのは警察だろうし、その状態で私たちのことまで気が回せるほどあいつの頭は賢くないだろうし度胸もなさそうだ。一緒に連れ出せば不審極まりないし、そもそも警察を前にして私たちが騒ぎださない保障はない。ていうか騒ぐ。全力で助けを求めるよ。運がいいのか悪いのか、数奇な1日だなと思いながら、とにかくマンションから脱出を図るべく廊下を進み・・・武装した一団を発見した。
「、あれ・・・!」
「警察?かな?」
人がいたことに声を明るくした愛ちゃんが控えめに私の袖を握って指差し、私も紺色の制服にいかつい恰好をした・・・所謂防護服?らしきものに身を包む一団に、ほっと息を吐いた。よかった、警察なら保護を求めて間違いない。
2人で顔を見合わせ、声を張り上げながらその一団に駆け寄る。
「すみませーん!」
「助けてくださいっ」
「えっ!?子供!??」
「なんで子供が?人払いは済ませてたはずだろう!?」
一瞬にして動揺が走る警察組織。そりゃそうだよな、と思いながら突撃すれば、困惑と動揺を露わにしながらも子供に合わせてしゃがみこんだ警察官は、一刻も早く逃げなさい、と口を開いて・・愛ちゃんと私の尋常じゃない様子に眉を寄せた。
「君達、一体何が・・・」
「おい、どうした?」
「萩原さん。いや、まだ子供が逃げ遅れていたみたいで・・・」
事のあらましを確認しようとしたのか、問いかけてきた警察のお兄さんに重ねるように、開けっ放しの室内からひょっこりと顔を出したのは・・・爆発物処理現場とは思えないほど軽装な恰好したチャラそうなイケメンだった。大分若そうだが、他の皆がきっちり着込んでいるのになんであの人だけ軽装なんだ?しかも中にいたってことは処理してたんだじゃないの?え?大丈夫なの警察??
「はぁ!?ちょ、どういうことだよ!?」
「いや自分たちにもそれがさっぱりで・・ただ、どうも様子が普通じゃないといいますか・・・」
ぎょっと私たちと警官さんを見比べて目を見開き慌てて近寄ってきたお兄さんにお仕事はいいのかな?と思いつつ愛ちゃんを背中に庇う。この重装備な緊迫した空気で1人軽装備な警察とか超怪しい。個性が爆発系じゃなかろうな?びくっと震えた愛ちゃんは私の背中にぴっとりと寄り添い、伏し目がちにして目を逸らした。んぐ、という息が詰まったような声はあれかな?お兄さんロリコン予備軍ですか?警察の癖に??胡乱気な目をやれば、お兄さんは何か慌てた様子であわあわと両手を動かした。
「なんか今あらぬ疑いをかけられた気配がする・・・!」
「萩原さんめっちゃ不信がられてますね」
「なんで!?俺なんかしたか?」
しいていうならチャラそうな見た目と軽装備なところですかね。まぁ言わないが、とりあえずまともな警察官っぽいお兄さんにぴたっとくっつくと、何かショックを受けたような顔をしてお兄さんは頭をガシガシを掻きむしった。
「俺子供にこんな態度取られたの初めてだわ・・・」
「萩原さん愛想がいいですからね・・とりあえずこの子達を避難させましょう」
「そうだな。爆発物の方も問題ない。一旦降りるか」
そういって、ほら、行こうか、と優しく促された私たちはそっと動いて階段近くまでいくと、唐突に背後から抱き上げられた。私はその瞬間ひゅっと息を呑んで体中を強張らせる。痛いっ。
「いた・・っ」
「え?」
急な体勢の変化に背中が引きつれるように痛む。蹴られた部分に触られたからか?小さく呻き声をあげて後ろを睨みつけるとお兄さんは驚いたように目を丸くしてから、次の瞬間には険しい顔で私を床に下した。
「どこか怪我してるのか?」
「背中、と、脇腹。愛ちゃんは顔を」
「・・・誰に?」
「知らないおじさん。誘拐されたの、愛ちゃんが」
「もでしょ!?」
「でも目的は愛ちゃんでしょ?」
私は完全なるおまけだった。目撃したし邪魔をしたから一緒に拉致されただけで、あのおっさんの目的は間違いなく愛ちゃんだった。全く、ロリに手を出すロリコンなど世界から抹殺されればいいのに。でもロリと恋愛するイケオジとイケメンはいいと思います。思いが通じでいればいいけど無理矢理はダメだよね。
渋面を作ってむっつりと言えば、愛ちゃんはそういうことじゃないでしょ・・・!と頭を抱えた。・・まぁ、どっちにしろ危険な目にあっていることは間違いないので愛ちゃんが頭を抱えた理由はわかっているが、一番身の危険が迫っていたのは彼女なのである。自分を蔑ろにする気はないが、優先度の高さというのは存在するのでそこは我慢して欲しいところだ。私の淡々とした受け答えに警察官のお兄さんたちはむっつりと深刻な顔で黙り込んだと思ったら、とりあえずここから下りてからだな、と一つ溜息を吐いて促した。まぁこんな爆弾が近くにあるようなところで呑気に事情聴取なんてできないよね。
「あー・・抱っこしても平気か?」
「・・・この辺触らなければなんとか」
でも抱っこする意味ある?と首を傾げれば、靴下のまま歩かせられるか、と言われた。なるほど。あの時いきなり抱き上げたのは私たちが靴を履いてないことに気が付いたからですね。気が付けば愛ちゃんも抱っこされていたので、私もお兄さんに一応触られると激痛がくるところだけ伝えて抱っこを甘受する。いえ、他も痛いっちゃ痛いところはあるんだが、我慢できないわけじゃないし我儘いってられないしね。そうしてお兄さんが私を慎重に抱き上げようとしたところで、部屋付近で悲鳴のような怒声が響き渡った。
「タイマーが動き出した!!」
「全員、退避しろぉ!!」
瞬間、一斉に現場から退避する警察官の姿に、私は咄嗟に腕を伸ばしていたお兄さんの片手をひっつかみ、思いっきり全体重をかけながら後ろに倒れ込む。ついでに後ろに立っていた愛ちゃんを抱っこした警官のお兄さんの腰も押すようにして突き飛ばしながら、階下に向かって体を傾けた。重力に従い落ちていく身体。それに導かれるように驚愕に目を見開くお兄さんの顔を下から見上げながら、あ、この体勢私下敷きになるな、と瞬きを一つ。やっべ大怪我確実だわ。そう思いつつ、全員が階段下にその姿を消した瞬間、耳をつんざく凄まじい爆音と熱波が、周囲を覆い尽くしたのだった。