二段構えにも程がある
大きな手に口元を覆うように顔の下半分を掴まれ、罅割れ、剥き出しのコンクリートの床に押し付けられる。血走った眼がぎょろりと動き、興奮に荒くなった息で三日月に反り上がった口元が愉悦を刻んだ。男の腕が振り上げられる。その手の先には大振りの刃物が握りしめられ、そのまま振り下ろされれば間違いなく私の体を刺し貫くだろう。
その光景が、いつかどこかの、私を思い出させた。そっくりそのまま、似たようなシチュエーションで。暗闇と、襲い掛かる男と、鈍色の凶器。年の頃も似たような時代か。どうもこの年代の私は、割と血生臭いことに縁があるのかもしれない―――ただ、しいてあの頃と違うことをあげるとするならば。
ぴくり、と片手を動かす。拘束も何もされていない手だ。床に這いつくばった指先を、跳ねあげて男の横っ面・・・正確にいえば、右耳めがけて空気を叩きこむように張り手を食らわす。遠慮も気遣いもどこかに置き忘れてきたかのように、パァン、と小気味よい音が薄暗い廃ビルに響いて、男の体がよろめいた。すかさず顎を掴む手を振り払って腹部を蹴り込みながら男の下から這い出る。耳を抑えながらよろめき、こちらを見た男はすぐに手を伸ばそうとしてきたが、その動作はおぼつかない。当然だ。男の三半規管は今は使い物にならないはず。平衡感覚を司る器官が万全ではないのに動かれたら、それこそ化け物みたいなものだろう――とりあえず逃げるなら今しかない。さっと踵を返し、荒廃したビルの一室から外に出て、躊躇う。が、すぐに視線を上を向けると、速度を上げて走り出した。静かな薄闇の廃ビルは、スニーカーを履いた靴でも十二分に音を反響させる。
ヒールではないのでそれほど高く音が響くこともないが、それなりに大袈裟に音は出たはずだ。階段を使い、上へ上へと昇って、階段の踊り場の突き当り。大きな窓を見つめて、飛びつくようにして錆付いて動かしにくい鍵を回した、ギチチ、と思いっきり力をこめて鍵を開け、赤錆のついた手が独特の匂いを纏う。汚れた手でやはり汚れた窓ガラスの、長いこと放置されていたが故に悪くなった立て付けのそれを動かして、身を乗り出すようにして外を見た。多少高い位置にある窓から身を乗り出すと、自分の足が宙に浮いてぶらぶらと揺れる。ぐるり、ぐるり、ぴた。首を巡らし、薄暗い宵闇の、遠くの明かりしか見えないような廃ビルの周囲を見渡して、顔を下に向ける。
下を見れば、それなりの高さ。正確に言えば大体ビルの5階ぐらいだろうか?落ちれば多分死ぬ。運が良ければ即死は免れるかもしれないが、こんな誰もこないような廃れたビルから落ちて誰かに発見されるとは考えにくい。一晩放置されれば結局死んじゃうんだろうなぁ。容易く想像できる結末にぶるりと身震いをして、階下から聞こえる人を探す声に時間があまりないことを察する。まぁ思惑通りに追いかけてきてくれていることには感謝だが。でないとわざと上に登った意味がない――それにしてもどうやって逃げたものか。考えながら外をもう一度ぐるりと見回し・・・お?と眉を跳ねあげた。
・・・行けるかもしれない?僅かの光明に、私はさっと窓から飛び降りて、再び足音を立てながら階段を登ったのだった。
※
この街、本当に犯罪が多いと思うのだが、皆さまはどうお考えだろうか?それとも私の運が悪いのだろうか?いや、でもどれも当事者というよりは目撃者と言った方が正しいような気もする。狙われてる張本人じゃなく間接的に巻き込まれる率の方が圧倒的に高い。結果的に犯罪に遭っているのだからまぁどっちにしろ意味は同じかもしれないが。
それでも昔よりはマシかな、とも思うのだ。昔は超絶美少女な幼馴染が犯罪被害に遭うことが多く、それの護衛と防衛も兼ねて積極的に巻き込まれにいくスタイルだったからだ。
まぁ大体大声と防犯ブザーで対処できる程度だったし、よっぽどヤバい奴は・・・せいぜいあの誘拐爆弾事件ぐらいか?規模が大きかったのって。それ以外は未然に防げる程度だったし、あの時知り合った警察のお兄さんたちの手助けもあって不審者・変質者の出没率も減った。まぁそんな犯罪率の高めの地域だから、ご近所さん同士の結束も堅いしそういう意味ではいい町なんだけどなぁ。いかんせん犯罪思考を持つ人間が多すぎる気がする。皆、理性の手綱はしっかり握ろう?まぁそんな不穏な気配漂う生活も、幼馴染が引っ越しをしたことで少々鳴りを潜めたが。引っ越しのときは色々あったが、いずれアイドルになるだろう彼女の夢を応援していきたいし、愛ちゃんはアイドルになったらお父さんが作った曲を歌ってくれるらしい。俄然お父さんのやる気がアップしたよね。
ただアイドルになるには愛ちゃんの精神がやや繊細すぎる気もする。なまじ色々と事件に巻き込まれつつあった為に、対人関係がやや心許ないといいますか・・・芸能界でやっていけるのだろうか?というかアイドルになったらあの天使っぷりだ。益々犯罪者を呼び集めそうで不安である。過去の色々を踏まえて護身術諸々は教え込んでいったけど、果たして・・・。
芸能界は魑魅魍魎が跋扈するという専らの噂だしな。週刊誌やらマスコミやらの類も怖いし・・・愛ちゃんの性格を考えると正直向いてないんじゃないかなぁとは思うのだが、本人は歌手ないしはアイドルになりたいというので夢をぶっ壊す発言はできないし。子供の夢はね、できるだけ守ってあげたいよね。だけどそれとやっていけるかはまた別問題でして。傍にいてあげられればいいが、今の私にそれはできないし、そもそも芸能界に飛び込む気もない。誰か彼女を支えてあげられるような友人が無事にできればいいんだけど。公私共にね。できれば知力体力武力と併せ持ったハイスペック彼氏がいてもいいよ。愛ちゃんならそんな彼氏をゲットできると信じてる。え?三枚目系昭和臭漂うイケメン弄られ先輩キャラが重要人物になる?・・・そんなはずはないよね?
さておきそんな今は別の町にお引越しをしてしまった幼馴染の今後を案じつつ、でもまぁ子供の夢って変わるもんだし!案外平凡にどっかの会社に勤めてるかもだし!と思い直しつつ、偶にやってくる警察のお兄さん方に食事を振る舞いつつ(宅飲み最高?ここ他人の家ですけど??)、今現在、私は廃ビルの壁を、雨どいを使いながらよじ登るという大変命がけなアクティビティを行っている真っ最中なのです。え?なんでそんなことになったかって?そうだね、これには大変深くて重たい事情があるのだが、簡潔に述べると肝試しをしに郊外の廃ビルに行ったらなんか危ない人に遭遇してしまって逃亡中、といったところだろうか。
詳しく言うと、肝試しはクラスの好奇心強い系の怖いもの知らずな男子とそれに賛同した女子という数名により立案され、私は勿論参加する意思は皆無だったしそもそもそのグループに属しているわけでもなかったので誘われもしなかったのだが、肝試し先が郊外の廃ビルだという話が漏れ聞こえてきましてね?小学生が夜間に出歩くのもどうかと思うけれど、場所がね、大層問題があったんですよ。肝試しだから勿論曰くありげな場所であることは想像がつくけれど、存外にその廃ビルがあれな方面にガチな場所でね。・・・明確に見たわけじゃないけど明らかに陰の気配がムンムンで穢れ増し増し、な場所だったものだからさりげなく別の場所の方がいいんじゃないかな、ともうちょっと近場とか、と老婆心から会話に入ったらじゃぁお前も来いよ!的な展開になっちゃって。勿論後々馬鹿にされたりこう、ランク的に下に見られる可能性が大だけれど、行かない、という選択肢は選べた。いっそ約束しても行かなければ問題はないわけだし。けれども、だ。子供たちが途中にでも怖気づいて家にとんぼ返りでもしてくれればいいが、存外こういう子達は数人が怖気づいてももう数人が無駄に虚勢を張って行動するパターンが多いので、結局廃ビルに突撃するんだろうなぁと。そうなったらガチでアレなものが出た場合、この子達の身の安全は保障されないわけで。
そんなことをぐるぐると考え出したら、子供を見殺しにするのはちょっと、良心的に、無理だった。これが大して仲良くもないそこそこの年齢の人間なら自業自得だよね、ということで放置だが(そもそもよっぽど力が強くないか相手との相性が合わない限り常世の存在が現世の存在に影響を及ぼすことは近代においては稀だ)相手は小学生だ。・・・大人よりも、よほどあっちに引きずられる可能性が高いのが子供である。七つまでは神の内。すでに七つは越している年齢だけれど、確率としては中学生や高校生よりもよほど小学生は異形に好かれやすい年代だ。
結果、いやいやながら私もついていくことになったのだが、それがまさかの道中にて怪しすぎる男に遭遇。怪しいっていうか、・・・殺人現場を目撃?しちゃって?子供たちはパニックになるし男は男で目撃者は生かしておけぬ!!状態だし。とりあえず逃げて!と声を張り上げて悲しいかな裏寂れた郊外じゃ人気も少なくてどうしてもんかと思いつつ防犯ブザーで男を牽制する。けれどそうやってこっちが努力しても、こういう時に鈍くさい子ってどこにでもいるわけで。結果、すっころんで腰が抜けた女の子とその子を助けようとした男の子と一緒に、私も男に捕まりどこぞの・・・ていうかあれやん。めっちゃ曰くつきの廃ビルですやん。ある意味目的地に連れてこられて閉じ込められて、私が囮になって子供たちを逃がしてそして私も逃げ出して、現在最初にいたビルの隣の隣のビルの雨どいを使って壁登り中なのだ。
説明すると私が最初にいたビルの間にもう一つ背の低いビルがあったのだ。距離も幸いにしてここの廃ビル群は感覚が狭いみたいで、頑張れば飛び移れないこともないかも?ってぐらいの距離。なので窓からアイキャンフラーイ!して屋上に飛び移り、そこから逃げようと思ったんだけど屋上のドアは施錠されていたという不運っぷり。ここは!鍵ぐらい!開けておいてよ!!!がっくりと項垂れつつえーじゃーどうするー?と考えた結果、更に横のビルの壁の雨どいを発見し、更にビルに備え付けられていた非常階段を発見。・・・あそこからなら屋上まで雨どいを使って登って、非常階段から下りることが可能じゃね?とぽくんと両手を打つ。距離的に下に降りるより上に登った方が近かったので、子供の体力・・・というか今までの消費した体力分を考えても距離が短い上に登って安全に階段で降りるルートに変更し、結果壁登り真っ最中という・・・。
子供たちには下に降りて民家に逃げ込むように指示したし、足音もちゃんと下に向かっていた。なので私は男の注意を引きがてら上に登ったのだ。逃げるのに上に行くとか普通に逃げ道塞いでる感半端ないよね。仕方ない、子供たちが確実に逃げるためには自分を使うしかなかったんだ・・・しかしこれで私が殺されて犯人が捕まらなかったら次のターゲットがあの子らになるな。サスペンスホラーな感じになるな。目撃者は殺す、絶対にだ。みたいな感じ。ていうかこの廃ビルあの男の拠点かよー。だからこんなに陰の気配ムンムンなのかよー。あいつ絶対何人か殺してここでなんかしてたよー。・・・一種の儀式化してるのかもしれない。男がここで人を殺し、その穢れに引き寄せられて良くないものが集まって場となり、結果男の理性もそれに引きずられて崩壊している感じだ。穢れの気配が留まるところを知れない。
うげぇ。性質の悪い無限ループみたい。どっかで断ち切らないとどえらいことになるぞ。すでにどえらいことになっているが、とりあえず全部は無事に逃げ切ってからだな。あとで松田さんと萩原さんと伊達さん・・いや、この中なら確実に伊達さんに連絡しておかなければ。よくよく考えて松田さんと萩原さんは爆処の人なんだからこういうの関係なかった。
あ、でも松田さんは部署移動したんだっけ?警察も色々所属があるからいまいちわからないんだよね・・そこまで興味もないし。まぁいいや、とりあえず警察に通報しとけば。
「っと、あっぶな・・・!」
考え事をしながら雨どいを登っていると、足元がずりっと滑って一瞬体が落ちる。咄嗟に雨どいにしがみついて落下を止めると、宙ぶらりんになった体にばくばくと心臓が早鐘を打った。・・・考え事しながら登るの止めよう。装備も不十分な身一つ状態なんだから、集中して登らないと一瞬でお陀仏になる。夜風がぴゅう、と拭いて一瞬で噴き出た汗を冷やしながら、全身の筋肉を使いつつ壁に足をもう一度つけて、ぐっと口元を引き締めて上を見上げる。屋上までもう少し。できれば父親にばれる前に家に帰りたいところですな。あ、でも警察に通報したらバレるな。・・・仕方ないよね。ふぅふぅと息を乱し、手足も限界になってきたところで、ようやく片手が屋上の壁の縁にかかる。くっそもう本当、この体でこんなアクティビティさせないでくれよ・・!ザリザリとしたコンクリートの感触を指先に感じながら、これ体持ちあがるかな?と体中筋肉がパンパンで腕がぷるぷると震えている状態にちらっと絶望的予測が頭を過ぎる。
いや、できるかできないかじゃない。やるしかないんだ。ここまできたら最早根性である。命がけの根性だ。ファイト一発!もう少しでミッションクリアだ!!気力を奮い立たせ、両手で壁の縁に手をかけ、壁を蹴りながら自分の体を持ち上げていく。懸垂とか死ぬわ・・・!
「ふんっ・・・・・・ん?」
鼻息も荒く、息を止めながら上によじ登り、乗り越えるように上半身が壁の上に乗っかると、あぁこれでもう大丈夫、と安堵の息を・・・吐く前に、目の前に広がった光景に動きを止めた。
「・・・は?」
「え?どうした、ライ・・・はぁ?!」
現状が理解できません、みたいな顔をしたなんかイケメンだけど隈か下睫毛かアイラインかわからないけどそんな目元で腰まである黒髪ロングにニット帽という特徴ありすぎだね?なお兄さんと視線が合ったと思ったら、今度はそのお兄さんに壁際に追い込まれていたこっちもイケメンな、人の良さそうな顔をした顎髭を生やしたお兄さんがこちらを振り向き、ぎょっと目を剥く。ニット帽のお兄さんに比べて顎髭のお兄さんの無個性なことよ・・・暗闇で正確に色はわからないがパーカーとシャツ姿が大層カジュアルですね?ってぐらいか。
マジマジと2人の男の様子を壁の上から眺め、所謂壁ドン状態で見つめ合っていただろう2人の様子に、え?修羅場?痴情の縺れ?それとも告白ラストシーン?と思考が明後日の方向にカッ飛び出す。だって壁ドンってあんまりしなくない?普通の日常ではお目にかからないよね?あと2人とも顔近いし。めっちゃ近いし。まさにキスする5秒前のような近さだ。二人とも顔整ってる部類だから見れる絵面でよかったね。
多少、いや大分、混乱した頭でそこまで考え、とりあえずお兄さんたちの手の中になんか物騒そうなものが見えた気がしたけどそれは多分目にしちゃいけないやつ、とそこだけ俊敏に働いた防衛本能で、私は壁に乗り上げ、下半身だけ未だ宙ぶらりんな状態で思わず呆けたように口を開いた。
「お楽しみ中すみません・・・?」
「は?!いや、え!??子供!?なんで子供!?どこから出てきてるんだ!??」
「落ち着け、スコッチ」
「これが落ち着けるか!!」
ごもっとも。私以上にパニックに陥ったのか、壁ドンされている側のお兄さんが慌てふためき泡を食って叫んだところで、壁ドンしている側のお兄さんがすごく冷静にお兄さんを宥めている。対照的すぎるが、多分私もお兄さんが混乱してます、という様子を体現してくれたので思考が冷静さを取り戻す。取り戻したところでどっちにしろあんまり遭遇してはいけない現場に遭遇したんだな、ぐらいにしか状況はわからなかったが。結局私変なことに巻き込まれるの?思わず眉を潜めたところで、まるで刃物みたいに鋭い目をしたお兄さんがさりげなく黒い何かを自分の手元に引き寄せながら、私をじぃ、と観察しながら口を開いた。
「とりあえずその子供をこちら側に下してやったらどうだ?」
「・・・は!!そうだ、君、危ないからこっちにきなさい!」
「え?あ、はい」
長髪ニット帽のお兄さんがあまりにあまりな私の体勢を見かねたのかそっと溜息混じりに言うと、ようやくパニックから少しだけ回復したのか顎髭お兄さんも頭を抱えていた手を放して慌てた様子で私に向かって両手を伸ばしてきた。
あー・・多分この顎髭お兄さん子供好きというか面倒見がいいタイプなんだろうなぁ。お兄さんの手を取って壁から降ろしてもらうと、ようやく地に足がついた状態になりほっと体から力が抜ける。途端に腰が抜けたようにへなへなと地べたに座り込んでしまった。あ、もう色々手足が限界だったんだな・・・。これ回復するまでちょっとじっとしとかないと動けないや。冷静に自分の状態を確認していると、急に座り込んだ私にひげ面のお兄さんが大丈夫か?としゃがみこみながら優しい声音で心配そうに問いかけてきた。
「大丈夫、です。ちょっと、体力的に限界だったので・・・」
「何故こんなところに?いや、それよりもどうして壁から現れた?」
「ライ、少し待てって。本当に大丈夫か?怪我とかはしてないか?」
辺りを警戒しながら、眇められた目にぞくっと背筋に悪寒が走る。警戒心、猜疑心、好奇心?細めた目は子供に向けるにはいささか冷たく、口調も素っ気なくて普通の子供は大抵怖気づく。この人、本人にその意図はなくても小さい子には敬遠されるタイプだ。よっぽど物怖じしない子供でない限り、遠巻きにされるかぎゃん泣きされそう。そもそも懐にアレなブツを仕舞い込んだ時点で駄目だ、全力で避けなくちゃいけない人間だ。・・・ということは目の前の子ども好きそうなお兄さんもそっちの類の人間か?見た目でいうならまだこっちの人の方が危険度は低そうだが、人は見た目に寄らないので多分この人も同類なんじゃないかと思う。
そもそも廃ビルの屋上で壁ドンされてる時点でなんかもうあれである。どういう事情であれ仮にBL展開であれ、今の私には色々と荷が重い。あーもう頭が痛い。あの殺人犯のこともそうだがこんな明らかに怪しい2人組に関わるのもどうなんだ。どうしたらいいんだ?何言ってもお互いに不審すぎてどうしようもない。こっちもなんだこの2人組、と思っているが向こうだってなんだこの子供、って思ってるだろう。そもそも素直に話していいのか?助けを求めたところでこんなところで拳銃持って壁ドンしている2人組だぞ?真っ当な人間とは到底思えない。何も聞いていないし何もわからないけどこっちもこっちで口封じされそうな気がする。こんなことなら登るんじゃなくて下りればよかった!判断ミスが致命的すぎて頭を抱える以外にできることがない。いやでもだって殺人犯から逃げた先で更にやばそうな人間に遭遇するなんて二段階構え予想できないよ!!落とし穴すぎる!!
「組織の関係者とも思えないが・・・」
「いくら組織でもこんな子供を、しかもこんな場所から登場はさせないんじゃないか?」
「だが子供がビルの壁を登ってくるなんて、不自然極まりないだろう?」
「そうれはそうだが・・・」
それは私も否定のしようがないが、待ってやめて物騒な単語出さないで。組織?なにその裏社会な臭い漂う名称。この人達そっち系?え?なにこれ私殺人犯よりヤバい事案に巻き込まれそうなの?むしろ巻き込まれているの?どうなの?
「・・・君、どうしてここにいたんだ?しかも壁を登ってくるなんて、一体何があったんだ?」
思案気に、探るように問いかけられて思わず返事に詰まる。見下ろしてくる2対の瞳はどこか警戒心を秘めて硬質な輝きを放っていて、私の一挙一動、呼吸の僅かな乱れすら見逃すまい、と神経を集中させているのがわかる。しかし、それはあくまで自然体に見えるように偽装されて、だ。するり、と頬を撫でられて自然に上向かされる。首筋に手を当てられ、目線が合うように固定されると、私の視界には柔和に微笑む男と、無表情に見下ろしてくる男の2人の顔が映った。ニット帽の男の懐にいれられたままの手がすこぶる怖い。まるで北風と太陽、飴と鞭。一方が脅してもう一方が甘い言葉で油断させるんですねわかります。ぶるりと体を震わせて、私は観念したように震える声で吐き出した。
「さ、殺人犯に、お、追いかけられて、」
「なんだって?」
「肝試しに、ここにきたら、人を殺してる、おじさんを見つけちゃって」
「逃げてきたと?・・・ビルを登って?」
「それ以外、ルートがなくて。下には、他の子を逃がして、私は、・・・そこそこ慣れてるから、囮になって、上に。ちなみに、殺人犯はこのビルの2個隣のビルに。今はもういないかも?私をまだ探してるかはわからない」
見つからなくてどこかにいった可能性はある。とりあえずあの子らが無事ならそれでいいんだけど、と思いながら話している内に少しだけ落ち着いてきて、私は肩に入っていた力を抜くと考え込むように思案気な表情を浮かべた2人に向かってさっと手を伸ばした。
「お兄さん、どちらでもいいから携帯持ってたら貸してください。それか警察に通報してください」
多分あのビル調べたら色々ヤバいもの見つかると思うよ。あの男穢れに犯されたせいで猟奇殺人の気もあったし。私を殺そうとしたときの愉悦の混ざったあの笑顔。軽くトラウマレベルで脳裏に焼き付いている。手を伸ばすと、お兄さんは初めてその可能性に思い至った、みたいなきょとんとした表情を晒して、それから困ったように眉を下げた。
「あー・・そうだな。うん。・・・ライ、とりあえずお前のことは信用していいんだよな?」
「勿論だ。スコッチ。とりあえずお前はその子を連れて町に行け。後のことはこちらでなんとかしよう」
「・・・・悪い。頼んだ」
いやだ、物騒。ていうか通報はしてくれないの?え?お兄さんについていって平気なの?よくわからない会話を頭上でかわされ、いや理解したくもないのだが、とりあえず私は今だ不審人物でしかない2人に疑心暗鬼の眼差しを向けた。お前ら、子供が無条件で大人を信用すると思うなよ。
そうは思うがまだ体力を根こそぎ奪われた反動でおぼつかない体では碌な抵抗もできずにひょいっと顎髭お兄さんに抱き上げられ、いやだ怖い、と顔面から血の気を引かせる。だから!お前ら!私にとって不審人物すぎるんだよ!!!いやでも説明しないで関わりたくない!!緊張と警戒に身を強張らせればお兄さんはそれをどう解釈したのか宥めるように背中をぽんぽんと叩くので、だから!触らないで!!と叫びそうになった。違うんだよ。あんたらが一番わけわかんなくて怖いんだよ。だって1人は確実に拳銃持ってたでしょう!?もう明らかに一般人じゃないでしょう!?そんでもって意味深な会話してたでしょう?同類だろお前らあぁぁぁ!!
しかし現状逃げられるはずもなく、お兄さんに連れられて非常階段を下りていくようになった私は、物凄く遠い目をしてぐったりと項垂れた。・・・もう、生きてればそれでいいや・・・。
ちなみに道中色々と探りというか話しかけられたが、まぁ聞かれて困ることは何もなかったので普通に答えた。でも名前と住所と電話番号だけは無言で貫き通した。だってこんな怪しい人に身元教えたくない。スコッチとか明らかに偽名にもならないあだ名かもわからない変な名前で呼ばれてる人は信用できない。
だがしかし、私の犯罪巻き込まれ率に同情の視線を向けられたことは如何ともし難かった。これでも減った方というか愛ちゃんが引っ越ししてから初めての事件だったんですよ。だから油断していた節もあったかもしれない。私が壁登りができた理由がわかったかね、お兄さん。まぁこれは前世スキルも込みですけどね!
とりあえずお兄さんの怪しさはこの上なかったが、ちゃんと交番に届けてくれたので少しだけ信用してもいいかもしれない、とは思った。
そういえばあの2人の声、ものすっごい聞き覚えがあったんだけど、まぁ気にしない方が正解だよね。
後日無事殺人犯が捕まったがお父さんと警察からのお説教が半端なかったので、もう2度と肝試しにはいかないと心に誓いました。いや、好きでいったわけじゃないんだけどね。