エンカウントするにも程がある
定期的な、というよりも偶には健康診断も受けなきゃね、という軽い気持ちで健康診断にいったらなんかちょっと数値が怪しいね?とかいう話になってあれよあれよいう間に紹介状を持たされて再検査に赴きやっぱりちょっと怪しいね、と話をされてちょっと検査入院しましょうか、と話が流れ検査入院する羽目になった父親の付き添いで病院に来院した娘ですこんにちは。うーん。大事ないといいんだけど、やっぱり定期的に健康診断は受けさせておくべきだったか。とはいっても、父にその気がないと中々行かないというのも現実で、無理矢理連れて行けるような年齢でもないので懇々と父に言い聞かせる以外に術がないのが現状だ。食事関係には気を付けているつもりだが基本的に引きこもり属性のある父親なので、運動不足がやっぱりいけないのかなぁ。まぁ引きこもりに関しては私も人のことは言えないが。いや、家事というやることがあるからね?出かける時間がね?あとほら、色々あったからぶっちゃけ家が一番安全だという結論に至るという・・・保険で検査入院費も出るというし、この際遠慮なく入院しちゃって!と「どうしよう、もし重病だったら・・・!!君1人残していけないよ!!」と顔面蒼白になって縋りついてきた父親を宥めてべりっと引き剥がしてぺいっとベッドに放り捨てる。
扱いが雑?違うよ、安静にしてね、という子供心だよ。さめざめと泣く父親はさておいて、一旦家に帰らないと、と丸椅子から腰をあげた私は廊下で言い合う声に、ふっと意識をそちらに向けた。
淡い金髪にそっくりの見た目をした・・・双子だろうか?少年が2人、額を突き合わせて何やら一つの部屋の前で言い合っている。
「だから、翔ちゃん。ここは病院の人以外入っちゃダメなんだから、早くお母さんたちのところに戻ろうよ」
「さっきから言ってるだろ!この部屋に変な奴が入っていくのを見たって!もしここで変なことしてたらどうするんだよ?」
「それなら病院の人に言えばいいじゃないか!翔ちゃんがわざわざ確かめる必要なんてないよ」
ぐう正論である。青と白のポロシャツをきている少年に、ピンクと白のポロシャツを着ている少年がぐぅ、と喉奥を鳴らして言葉に詰まる。言い返すにしてももっともすぎて何も言えない感じだ。どうやらピンクボーダーの子よりも青ボーダーの子の方が口が回るタイプらしい。よくよく見ると2人とも大層顔の整った美少年であることが伺えたが、最終的に言い負かされた少年はうぐぐ、と拳を握りしめてうっるせー!と地団駄を踏んだ。
「危険には自ら飛び込んでしちゅーにかつをみいだす!それがケン王のいきざまだ!」
「翔ちゃんすぐケン王のこと持ちだす!ケン王はケン王、翔ちゃんは翔ちゃんでしょ!」
オカンと息子か。思わず内心で突っ込み、ケン王ってなんだっけ、と思いだすように視線を泳がせてポクンと手を打つ。あの世紀末アニメ・・・じゃなかった。ドラマか。タイトルがケンカの王子様の割に王子・・様・・・?と首を傾げるアクションドラマだ。
舞台は中世ヨーロッパ、内乱で家族を殺された王子が復讐と王国復興を誓い拳一つで戦うという・・・何故拳なんだ、ていうかその衣装王子じゃねぇ、そもそも展開がヤンキードラマに近いんだけど、というような突っ込み要素満載のドラマである。
確か主演がシャニーズの・・・誰だったかな。あんまりケン王ちゃんと見てないんだよね・・・学校で結構話題にはなってるんだけど。ていうかこれすごい人気ドラマなんだってね。シャニーズのアイドル人気なのかドラマの内容が受けているのかわからないが、世の中何がヒットするかわからんね、としみじみと感じ入ったものである。深夜枠のドラマだと思うけどめっちゃゴールデンタイムにしてるんだよね。そういえば松田さんや伊達さん達も結構気に入って見てるっていってたなぁ・・・男の子はああいうのが好きなのかねやっぱり。まぁ私も恋愛ドラマより刑事ものやサスペンス系をよく見るけど。近場にリアル刑事がいるとあるある教えて貰ったりこれはないわーとか裏話してくれたり結構面白いんだよね、っと。話が脱線したな。ぼんやりと喧嘩をする双子を眺めていると、声がどんどん大きくなっていくのがわかり、次第に喧嘩の内容も脱線していってるようなのであ、これはアカンな、と思っていると騒ぎを聞きつけたのか看護師のお姉さんが廊下の向こうからずんずんと近づいてくる光景が見えて、私はそっと物陰に身を潜めた。いや、見つかると巻き込まれるかなって。
「こら!君達、なに騒いでるの?」
「げっ」
「ご、ごめんなさい」
「病院は騒ぐところでも喧嘩をするところでもないんだよ。ほら、お母さんのところに戻ろうね?」
「・・・はーい。いこ、翔ちゃん」
「うぅ・・・くっそー。薫、あとでケン王かんしょー会だからな!」
やっぱり喧嘩の論点がズレてる。看護師さんに注意され、むくれながら双子はきゃいきゃいと先ほどまでの喧嘩はなんだったのか、という様子で廊下を走って・・・あ、また注意された。早足で去っていく後ろ姿を見送り、ついでに看護師さんがいなくなったのを見届け、私はそういえば怪しい人物という話はどうなったのだろうか、と首を傾げた。
少年達が言い合っていた部屋の前まで行き、なんとなく恐らく口論の発端となったであろう入口の前に立ち止まりドアを見上げる。なるほど、関係者以外立ち入り禁止・・・ここに入ろうとして口論になったのか。
「・・・変な人物、ねぇ」
病院で?関係者以外立ち入り禁止の場所で?子供が見かけた不審人物?・・・ふぅん?
顎に指を添え、見過ごすには少々、いや、今までの経験上あんまりよくない気がする、と目を細めた私はしばしの逡巡の後、溜息を吐いて部屋のドアに手をかけた。
中を検分してから人呼ぼう。子供の言うことを大人がまともに取り合ってくれるかはわからないので、後回しにされて大惨事になったら事だ。そういえば今日はパトカーがよく動き回ってる気がするが、日常茶飯事といえば茶飯事なので些細なことかもしれない。
見つからなければそれでよし。見つかったら強引にでも大人に中を検分させればいい。そんな気持ちで人目を忍んで中に入り、中を改める。物置かな?バケツやらなんやら置いてある埃を被った中をごそごそと探り、無駄足だったかなぁ、良き哉良き哉、と思っている中、不意にケーキ屋の大きな紙袋を発見して動きを止めた。
・・・病院の物置にケーキ屋の紙袋?いやまぁ、何か物を入れるのに使ったんだろうから、あっても可笑しいことじゃないんだろうけど。しかし、しかしだ。ダンボールでもなく置かれている紙袋の存在に強い違和感を覚え、そろそろと近づいてそっと中を覗きこむ。
―――最初に見えたのは、黒く大きなデジタルの文字盤だ。赤い数字がカウントを刻むように目減りしていき、所々に伸びた配線は複雑なのかそうでないのかはわからない。
赤いデジタル数字の時計はカチカチ、という時計の秒針もなく無音でちょこんと可愛らしく居座っておきながら、その存在感は実物の大きさと反比例するかように異様に網膜に焼き付いて離れない。
ごくり、と知らず出てきた唾を飲み込んで、普段は気にならないその音さえ何故か耳につく。紙袋を覗き込んだ状態で一瞬硬直し、しきりに瞬きを繰り返して目の前の現実がリセットされないかな、という淡い期待を抱いたが、無情にもいかにもな姿をしたデジタル時計は紙袋に行儀よく収まったままだった。
なんでこんなところに、とか嘘だといっておくれよバーニィ、とか、いっそ性質の悪い悪戯でありますように、だとか、色んなことが一瞬にして頭を駆け巡ったが、なんの打開策も妥協案も出てこない。当たり前である。
あー・・・えぇと・・・すごい、見つけちゃいけないもの見つけちゃったな・・・。これが本物かどうかはさておき、見過ごすわけにはいかないレベルで最大級危険物だ。あくまで趣味の悪いデジタル時計であると主張したい。例え数字が現在の時間を刻むどころかどんどん減っているカウント数だとかでも、あくまで私はデジタル時計説を推したい。そうでなければ、恐ろしいことこの上ないではないか。
「爆弾(仮)とかマジか・・・」
この街、本当に大掛かりな事件が多すぎると思うの・・・。日本ってこんなに危険だったっけ?ていうか私の遭遇率が高いのか・・・?え、本当に嫌だそれ。
くらくらと眩暈を覚えながら、がっくり、というよりはぐったりと項垂れた私は、何が何でも大人を呼びつけなければならない、と深い溜息を吐いた。
※
待合室のベンチに溜まる人に、受付に並ぶ人の列。病棟の奥に向かう人並みと院内スタッフ。呆れるほどに変わりのないラウンジの様子を尻目に、シャツにスウェット姿の父親の手を引っ張って人ごみに紛れて病院の外に出る。別に父親は検査入院のためにここにいるだけで、動き回るのに支障が出るような症状などは一切ない。かといって敷地外に出ていいわけでもないのだが、まぁ病院の敷地内であればいいだろう。駐車場までなら敷地内だ。
「君急にどうしたの?ここ駐車場だけど・・」
「・・・あそこにベンチあるでしょ?そこでおやつ食べようよ!」
「お父さん今絶食中なんだけどなー」
「しーらない」
検査の為に絶食中という父には悪いが、病院の売店で買ったコンビニスイーツを掲げて笑えば、父親はしょうがないなーという顔で苦笑を浮かべた。娘の我儘に付き合う父親、という姿に内心でほっと胸を撫で下ろす。ベンチに腰掛け、がさがさとビニール袋を漁って中から限定生チョコティラミスとプラのスプーン、それから甘さ軽減のための紙パックのストレートティを取り出してスタンバイ。普通に食べたいものはチョイスしてある。いいじゃん偶の贅沢。隣の父親は食べれないけど。
「あー売店の美味しそう・・検査が終わったらお父さんも食べたいなぁ」
「終わったらね」
「でも君のご飯の方がもっと食べたいなぁ。家に帰ったらミートスパゲッティ作ってね?」
「好きだねぇ、お父さん」
自家製ミートソースのスパゲッティは父親の好物だ。何も問題がなければ作ってあげるともさ。・・・問題が起きても、無事に帰ることができれば作ってあげる。
にこり、と笑って、カップの蓋を開けてスプーンを突き刺せば白無地のワゴン車が駐車場内に入ってくるのが見えた。運転席はかろうじて見えるけれど、後ろの席はスモークが張られていて中の様子が伺えない。目の前を通りすぎていくその車が来院者用の駐車場ではなく、関係者用の奥の駐車スペースに入っていくのを見届けると私はティラミスを口にぱくりと運んで頬張った。次々と駐車場に入ってくる車は普通車ばかりで、けれど間隔が非常に狭い。確かに米花中央病院に来院者数は多いけれど、短時間に入ってくる車の数としては微妙なところだ。
「そういえばさっきテレビで観覧車で何か事件あったようだって報道をしていたよ。刑事さん達も映っていたけど、松田君たちは見えなかったなぁ」
「担当じゃなかったのかもね。毎日なにかしら事件が起きてて警察も大変そうだよ」
「そうだね。松田君も萩原君も伊達君も忙しそうだし、また今度家にきたら労ってあげようね」
「あの人達は我が家をなんだと思ってるんだろうね?」
「僕としては、君の身の安全には変えられないから大歓迎だけどねぇ」
一瞬、ドキリとする。見上げた父は柔和な顔で私を見下ろしていて、その慈しみ深い眼差しにむず痒さのようなものを感じて誤魔化すようにヂュコゥ、とパックの紅茶を啜った。・・・気付かれてる?いや、まぁ気づかれていても問題はないが、なんとなく居心地の悪さを覚えつつも素知らぬふりでケーキをパクついた。
・・・まぁ、昔に比べて激減はしているが偶に思い出したように事件に遭遇するときがあるので、警察にツテがあるのは父親としては安心なのかもしれない。父子家庭だ。頼れるところが多いに越したことは無いだろうし、もしもの時に警察への相談口があるのは心強いだろう。本当心配かけて申し訳ない。でも好き好んで巻き込まれてるわけでもないこのジレンマ。実は警察に厄介になる前に潰しているあれそれがあるとかないとかは秘密だ。大丈夫、犯罪未満のナニかだから。主にお祓い系だから。そもそもこの街の事件発生率が可笑しくない?人生で爆弾に遭遇とかそうそうないよ?しかも2回もだよ?ありえなくない?
ないわーと心底自分の不運を呪いつつ、これ保健委員が憑いているのかしら?と一度神社でお祓いしてもらおうかなぁと考える。ついでに父親の無病息災の祈願もしておこうかなぁ。その際には貢物、げふん。お供え物を持っていかなければ。
「・・・そういえば今日どっちがきてるんだろ」
「ん?誰がだい?」
「んーん。なんでもなーい」
どっちでもないかもしれないからまぁいっか。
爆弾といえばあの2人のどっちかかな、とか、知っている顔がその2人なだけで安直な考えにいや他にも人員いるし、と思い直してまた一口パクリ。マスカルポーネクリームとコーヒーの苦み、それから生チョコの蕩け具合がコンビニスイーツのクオリティをあげている。これすっごい美味しい・・・!
「・・・お父さんも食べたいなぁ」
「今日が無事に終わったらね」
本当に、今日が無事に終わったらいくらでも食べさせてあげるよ。
「ちょっと聞いてくれよちゃん。こいつ爆弾と心中するつもりだったんだぜ!?」
「結果的に生きてるだろうが!蒸し返すんじゃねぇよ!!」
「いやでも松田、あれはねぇぞ。運よく病院から通報があったからまだしも、なかったらお前絶対死ぬ気だったろ」
「あーあーあーうっせーお前らしつっこい!生きてるからいいだろうが」
「また殴られたいのかお前!?」
「(これ図らずもファインプレーだったのかな私?)はいはい今日はそんな皆さんに労いのハンバーグですよー」