神頼みにも程がある
夢を見た。悲しい夢だった。胸が張り裂けそうなほどに辛い夢だった。
夢は所詮夢でしかないから、何をどうしてもどうにもできないもので、起きた後の後味の悪さといったら、いつも見る悪夢以上だったかもしれない。
いつも見るものはね、もう慣れたものだからあぁまたかと思うぐらいで済むんだけど。どうせ夢は過去の繰り返し。記憶の整理。思い出の残滓。傷口が乾いてしまないように、瘡蓋になっても剥がしてしまうように、いつまでもぐじゅぐじゅと膿ませるための自虐行為だ。
しょうがない。そういうものだ。忘れられないから仕方ない。覚えているからどうしようもない。夢なんてものは、本来見たところでどうすることもできないものだ。
「そういうものでしょ、夢なんて」
そういうものであるべきでしょ、夢なんて。
※
「そういえば2人とも、初詣には行かれたんですか?」
悪い大人の見本例として提示したいぐらい二日酔いの体たらくで床に伸びきっている現役警察官2名に二日酔いに良いとされるしじみ汁を差し出してやりながら問いかけると、2人が炬燵の天板に預けていた頭をのっそりともたげてお椀を受け取った。
「あーサンキュ・・・」
「初詣かぁ・・・忙しすぎていってないなぁ・・うあーちゃんのしじみ汁染みる・・・うまい・・・」
「出汁うめぇ・・・染みる・・・」
「語彙力完全に死んでますね」
ひたすら染みる、うまい、を連呼する2人に今出動命令降りてもこの人達使い物にならない気がする、と思いながら横に転がるビール缶を拾い集めて流し台に持っていく。後で洗って捨てなければ・・・昨日1日でどれだけ飲んだんだ・・・。そして父親は一向に起きる気配がない。いいよ、もう存分に寝ていたまえ。
炬燵の横で死んだように眠る父親の姿に最早呆れて起こす気にもならず、とりあえず風邪だけは引かないように掛布団を肩まで引き上げてやりながら、頭の下の枕替わりの座布団を引っこ抜いて代わりに本物の枕を差し込んでおく。起きた後体の節々がきっと痛いだろうが、自業自得なので同情の余地はない。
「、おかわり」
「あ、俺もー」
「はいはい。おにぎりでも一緒に食べます?」
「食う」
「中身は?」
「純粋に塩だけですけど?」
何かご不満でも?とにこ、と笑顔を浮かべると萩原さんが俺ちゃんのおにぎり大好き!とこっびこびで言ってくるので、はいはいどうも。と受け流して踵を返した。
後ろから「最近すげぇ扱い雑じゃね?」という声が聞こえてきたが「普通だろ」とあまりにも当然のように松田さんが返していたので1人解せぬ、とばかりに唸る萩原さんの独り言が聞こえた。しょうがないね、チャラ系ムードメーカーのポジションはこうだから。あと最近どころか最初から割と雑な扱いしてた。とりあえず準備していたおにぎりとおかわりのしじみ汁を持って居間に戻り、テレビをつけて鑑賞し始めた2人の前にどんと置く。ついでにお酒代わりの煎茶の入った急須もおいて、あとはご勝手に、と私も炬燵に足を突っ込んだ。ごつごつ、とすでに入っている長い足にぶつかったが、まぁお互いあまり気にもしないでなんとはなしにニュースを見る。相変わらず色んな事件が流れる中、不意に移った神社の様子に自分の分の煎茶を注ぎながらあぁ、と呟いた。
「初詣まだなんですよね。近所にありますから行ってきたらどうですか?」
「そうだなー。折角だしな」
「伊達も誘うか。邪魔してやる」
そういってすちゃ、と携帯を取り出した松田さんの顔は邪悪に染まっていた。あれだ、今頃彼女さんといちゃラブしているだろうリア充を邪魔してやるという醜い嫉妬に駆られた男の顔だ。横でニヤニヤと無意味に煽っている萩原さんも同じく醜い嫉妬に駆られている男の顔だ。この人達、イケメンの癖に彼女いないから・・・ていうか松田さんは確かいい感じの女刑事さんがいるとかいないとか聞いたことがあるんだが、結局どうなったんだろう?・・・もしかして振られてるとかだと傷口に塩塗りこむのも可哀そうだから突っ込まないが。まぁこんなところにいる時点でダメだったか、もだもだラブコメしてるか、そもそもそんな浮いた話がなかったのかどれかだろう。萩原さん?そもそもそんな話すら聞いてませんが??とりあえず折角の休日に恋人同士で水入らずしてるんだからそういう無粋なことはやめてあげよう?ただでさえこの街の警官は労働基準法に引っかかるんじゃないかというぐらい働いているんだからさ。しょうがないよ、伊達さんといえばこの面子の中で言えば決して顔面偏差値は高くはないというのに1人彼女持ちを実現している豪快な兄貴系のとても素敵な警察官なのだから、顔だけ良くても色々くそ面倒そうな性格の爆弾処理班相手じゃ無理があるというものだよ。
伊達さんは私がいうのもなんだが、面倒見が良いのにノリもよく常識人でその上強くて上司からも部下からも信頼の厚い頼れるとっても素敵な男性なのである。
将来結婚するならああいう男の人がいいよね!とキラキラした目で見たくなるぐらいにはぶっちゃけこの面子の中で私のドストライクに入ってくる類の男性だ。でも知ってる。そういう人に限って美人か可愛い素敵な彼女さんとか奥さんがいるんだよ。なんでこいつにこんな美人が!?って感じで素敵な女性がついてくるんだよ。いい男は周りが放っておかないって本当だよね。あれだね、やっぱり人間顔じゃなくて中身が重要なんだなって。
「俺たちのどこが伊達に劣るっていうんだよ!あのゴリラのどこに!!」
「全くだ。俺たちのどこに伊達に劣るところがあるんだよ」
こんなイケメン捕まえて!!これでも高給取りよ!?と炬燵の天板を叩いて訴えてくる萩原さんと顔を顰めて納得できねぇな、とぼやく松田さんにそういうところじゃないかな、と淡い微笑みを浮かべて見せた。イケメンを自覚してネタにする人間は大概独り身が多いですよね。大体イケメンと自負しながらそれを完全に利用しようともしていないんだから、彼女ができるはずもない。
「人間、見た目とお金はすごく大事ですけど、決定打は見た目とお金以外のことがほとんどですよ」
性格とか好みとか相性とかそういうところ諸々で。そもそもそこ(見た目と金)を決定打に持ってくるとその先が続く気配が微塵にも感じないわけだが、そこのところどう思う?
告げると、2人がスン、とした真顔になって黙り込んだ。ぐうの音も出ないらしい。でしょうな、と頷いて、はいはいじゃぁ初詣行きますよーと炬燵から足をずぼっと抜け出して壁にかけてある男2人のアウターを放り投げる。
それを受け取りながら「いやでも俺らだってモテるし。なぁ?」「そうそうモテるしな」「ただちょっと理想が高いだけだし?」「仕事に理解がねぇとな」「そうそうー」となにか言い訳がましい愚痴を零している2人に呆れた目を向ける。
そもそもワーカホリック気味の貴方方についていける女性が少なくありません?松田さんに至っては爆弾マニアの気すらあるでしょ?一般人だと仮に結婚してもその内離婚されそうだし、同じ職場内の人間だとしても結局すれ違いでダメになってそう。同じぐらいワーカホリックかいっそそれ以上且つこのイケメンすらも「どうでもいいわ!」と言い切れるぐらいに男前で仕事人間な女性じゃないと多分長続きしないわ。仕事に理解があってもこの人達と同じレベルでないと結局ダメそうなんだよなー。そういう意味だとこの人達のお眼鏡に適う女性ってすごいレベル高いんだろうなぁ。顔面偏差値じゃなくて内面偏差値がね。
・・・・ていうかこういうハイスペックな人間って、自分から追いかけまわすぐらい執着しそうな相手じゃないと結果的に無理そうなんだよね・・・。追いかけられるよりも追い回したい、みたいな?いやでも無駄に執着強そうだから、相手がすごく可哀想な気もする。・・・色々加味して、この人達は一生独り身の方が皆幸せになれるんじゃないだろうか。イケメンは観賞用。ハッキリわかんだね。
愚痴愚痴文句を言っている2人が準備している間にさらさらっと父親宛にメモを残し、ついでに買い物して帰ろうかな、と冷蔵庫のストックを確認する。荷物持ちも丁度いいことに2人もいるし、トイレットパーパ―とか洗剤とかもストックしとかないと。
「ちゃん、荷物持ちにする気満々だね」
「え、駄目ですか?」
「いや、悪かねぇけどよ。当たり前のように使うつもりだろお前」
この野郎、と松田さんにぐしゃぐしゃ、と乱暴に頭を撫でられてうわ、と声をあげて首を竦める。それでも嫌だともダメだとも言わないのだから、根本的に優しい人達である。まぁ、人んちで飲み明かすぐらいなんだからこれぐらいしても罰が当たらないともいうが。
「あっはは。鳥の巣みてぇ」
「ひっでぇことすんな。ほら、ちゃん。直してあげるよ」
「あ、いいですいいです。松田さんには後で重たいもの持たせますから」
「じゃぁいいか」
「おい」
自分でぐしゃぐしゃにしておきながら笑いやがる松田さんに萩原さんがケラケラと笑いながら私の頭を整えようとするので、お気遣いなく、と手を伸ばして自分で手櫛で髪を整える。無論意趣返しも忘れずに、だ。真顔で突っ込む松田さんはスルーして、家から出ると馴染みの神社の鳥居を潜った。私は勿論もう初詣などとっくの昔に終わらせているので完全に2人の付き添いだが、お参りはいつでも何回でもして構わないだろうから一緒に二礼二拍手一礼だ。パンパン。
「お前何お願いした?」
「世界平和」
「うっそくせ!」
「失礼な!警察官なんだから市民の平和を祈って何が悪い」
「それが胡散臭ぇっていってんだよ」
確かに。まぁ嘘だとは言わないけど多分メインそれじゃないような気はしている。多分もっと俗物なお願いだ。知ってる?お願いするときはちゃんと氏名と住所を言わないと神様もお願い叶えてくれないんだって。曰く、頑張れば特定もできるけど自己紹介も碌にできない人間のお願いを叶える気にはならないそうだよ。正論すぎてその通りですとしか言えなかった。うん。自己紹介って大事。そんな風にじゃれ合うイケメンを背後に、だから多分萩原さんと松田さんの俗っぽいお願いは叶えて貰えないんだろうな、と思いながらお札とお守りの販売所まで行き、2人には無病息災か交通安全のお守りを買うようにおススメしておく。
「この神社のお守りは効果ありますよー」
「お前、さては回し者か」
「でもここって確か芸事の神様じゃなかったか?」
「芸事がメインですけど、存外幅広く手をつけてますよここ」
気が向けばの注釈はつくが、神様なんてそういうものだよね。贔屓万歳お気に入り以外はどうとでもなるんじゃない?精神だよね。真面目すぎるとうっかり堕ちちゃうから、適度に適当が一番効率がいいんだよって言ってた。あと長いものには巻かれろ精神も。上の命令はぜったーい!なところとか。しょうがないよね、人間なら職を失う程度でも神様だと存在が抹消されかねないから上下関係は覆せないよね。人間も神様も変わらんね。
「あ、折角ですから伊達さんにはこれ渡して置いてください。彼女さんにはこっちかなー」
まぁおススメされたからには、と素直にお守りを購入している松田さんと萩原さんに並んで、私もお守りを買ってお2人に手渡しておく。2人ともイケメンだから販売してる巫女のお姉さんが寒さじゃない感じにポッと頬を染めていることに気づいているだろうか。
声がワントーンほど高い・・・さすが女子やで。イケメンの前では可愛くありたい精神、感服する。私はむしろないものとして扱いたいぐらいだが。でも下手に雑な扱いすると逆に興味持たれるパターンが多いから面倒なんだよね・・・かといって取り巻き化するにはおばちゃん精神的に色々辛いものがあるから、まぁ、適当にするよね。
「わざわざ買ってやる必要もねぇのに」
「そんなにここのお守り利くの?」
「まぁそこは個々の判断基準によりますけど。個人的にここの神様は割に優遇してくれるので」
あとでお礼はしますけどね。松田さんに伊達さん用のお守りを手渡しつつ言えば、2人とも何かに引っかかったように眉を潜めた。
「・・・神主と仲がいいってことか」
「あぁ、ちゃんここの氏子だもんね。そういうことか」
そうして何か2人で納得されたみたいなので、私は何も言わずに笑っておく。間違いじゃないよ。神主さんとも確かに仲がいいし、ここの氏子なのも間違いない。なにせ地元の神社だ。色々とお世話にはなっている。
元より信心深くもないだろう現代人たる松田さんと萩原さんでは、このお守りの価値など知る由もないだろう。むしろ神様なんているわけないぐらい思ってそう。科学的に証明ができないからだろうが、逆説を言うのなら、「いない」ことも証明できないのだからいるいないを断定することは実にナンセンスな話である。言わないけど。現実主義者に非化学を説いたところで時間の無駄だし別に知ってほしいわけでも理解して欲しいわけでもない。目を細め、口元に笑みを刷く。どこにつけとく?車に置いておく。と話している2人に、そうそう、と一言付け加えておいた。
「伊達さんには、是非とも財布の中にいれておいてくださいとお伝えくださいね」
「財布?・・・そういや随分小さいお守りだな」
「俺もこれぐらい小さいのにすればよかったかな」
2人が買ったものに比べて大分小さな、それこそ財布とか小物いれとかに放り込んでおける程度のサイズ感のお守りに、私はそりゃそうですよ、と声を弾ませた。
「車に乗っている時だけ事故が起きるわけじゃないですからね」
後、お守りがあるから安心じゃなくて、ちゃんと安全運転を心がけることが一番のお守りですよ。間違っても公道カーチェイスやらスケボーやバイクで爆走とかしちゃいけないんだよ。そういうのが許されるのは二次元の中だけです。現実ではくれぐれも行わないようにして欲しい。周りの身の安全の為にも。
そうやって警察官に交通安全の大切さを説きながら(逆の立場だろうって?あの人達平気で危険に突っ込むからしょうがなくない?)1か月後、私は父親にねだって買ってもらったちょっとお高めの清酒を抱えて、再び神社を訪れた。
神主さんにお酒を神様にお供えしてくれるようにお願いして、ふ、と顔をあげれば本殿の屋根の上で黒い烏がカァ、と鳴く瞬間を目にする。―――ああ。
「ありがとうございました」
お酒、口に合えばいいんですけど。
ニンマリと、烏の目元が弧を描いた。