あぁ、天女さま!



 ある日、一年は組のお騒がせ3人組が連れてきた奇妙な女性は、あれよあれよという間に学園の食堂のお姉さんという役職を頂き、そして気がついたらなんだか学園、ひいては一部忍たまのアイドルと化していました。
 なんでもその女性、こことは違う時代、世界からやってきたそうな。一見どころかどこをどう聞いても眉唾ものでしかない胡散臭い話なのだが、まぁあれだ。着ている物とか持ち物とか言動とか、時代に比べて浮世離れしている様子は、確かにここではないどこかからやってきたという思いを抱かせるには十分なものであるのだろう。
 無論、その噂を耳にしたときに私は、恐らくこの学園の誰よりも真っ先に納得し、また信じたのは当然の話である。何故なら実体験してあまつさえ多重転生トリップという、なんかもう勘弁してよという境遇に不本意ながら巻き込まれているのだ。こんな典型的且つ平和な王道トリップを、信じない要素がまずない。
 しかしまぁなんだ。本当にあるんだなこういうことって。しみじみと、偶々庭で見かけた件のお姉さんと善法寺先輩を遠目に観察しながら、奇妙な話だ、と首を傾げた。

「異世界トリップって普通ないと思ってたけど」

 存外、そうでもないのかもしれない。いや、珍しく普通ないことではあるのだと思うのだけれど、なんというか、知らないだけで実は私みたいな転生して記憶持ちの子とか、あのお姉さんみたいなトリップかました人とか、身近にいたりするのかもしれない、と思わないわけでもないのだ、こういうことが起こると。
 だって普通、トリップした人間が二人も同じ世界の、しかもこんな身近に存在するなんて早々ないと思うのだ。ダブルヒロインとかもあるのでそれは例外だが、生憎と私と彼女は知り合いでもなんでもない赤の他人である。言っておくが、私はヒロインだとかそういうものになりたいわけじゃない。むしろ脇役、モブ、目立たず騒がず平凡に生きたい一般市民希望である。ていうか一般市民だ。ヒロインっていう柄じゃないし。むしろ主役的な役割は遙かで懲り懲りだ。あれは碌なことがない。まぁ時代が時代という問題もあったが、いや本当にあれはどうしようもなかった。うん、彼らと親しくなれたのも身近にいられたのも嬉しくなかったわけではないのだが、やっぱりどうにもこうにも役職に問題が。さておき、それがこういう形で同じ時に存在するとは、いやはや人生なんでもありとはよく言ったものだ。
 しみじみ頷いていると、庭の方向が騒がしさを増す。ぼんやりとしていた視線の焦点を合わせると、どうやら善法寺先輩が綾部先輩の落とし穴に落ちたらしい。会話しながら歩いてたら落っこちたとかそんなところだろうか。穴の縁にかがみこんでいるお姉さんの後姿を見やりつつ、それにしても、を首を傾げた。

「あの人誰オチになるんだろうなぁ」

 異世界からやってきた、浮世離れした可愛いお姉さん。今の私は彼女より年下ではあるが、実際の年齢は私が現代に居た頃とさして変わりはないだろう。そして精神年齢は恐らく私のほうが上だ。お姉さんと呼ぶのもなんとなく微妙な気がしないでもないが、ご飯食べるときに会話するぐらいなので問題はなかったりする。
 さておき、私とは違い、この世界に基盤を置くことなく突如落ちてきてしまった憐れなひと。日常から切り離された非日常。きっと夜とかホームシックとかになったり、いつかそういうイベントが起こって忍たまの誰かに慰められるんだと信じて疑わないよ私は。そして彼女の現代思考の、戦を知らない平和な空気に癒されたりして、落ち込んだりしている忍たまを慰めてフラグをバリバリ立てる姿も想像できるよなにこれ面白くね?
 王道トリップ、典型的逆ハーレム、モテモテな彼女はまさにアイドル。よもやそんな夢見る乙女の妄想をこんな第三者視点から拝めるなんて!他人の恋愛ほど見ていて面白いものはない。女の子って恋バナ好きだし。
 いや私そこまで興味なかったけど、でも面白いと思うよこの状況。恋愛フラグをそこかしこに立ててはブチ折って、メインと対抗馬相手に色々やらかして。そして彼女が迎えるエンディングはなんだろう?
 ハッピーエンドの異世界残留恋愛エンドが、ちょっぴり切ないけど帰還エンドか、それとも生まれ変わりな現代エンドか。どちらにしろ誰と結ばれ、誰と笑うのか、それはわからないけど。

「当事者じゃないって、幸せだわ」

 その一言に尽きるわけである、私としては。うふふふ、と笑って、無事に穴から這い出てきた善法寺先輩と彼女を姿を見納めにし、止めていた足を動かした。
 しかしまぁ、逆ハーレムの何が難しいって、一人決め込んだら残りが振られちゃうことだよね。
 切ない話である、と一人考えながら、前から小走りにやってきた彦四郎に、笑顔で手を振った。