一幕



 箸の先を伸ばして肉じゃがのじゃがいもを抓む。味の染み込んだじゃがいもは茶色く色づいていて、口に含むとほろほろと柔らかく崩れて甘かった。もぐもぐ咀嚼しながら、しかしこの時代に肉じゃがってまだなかったはずだよねー、とごくりと飲み込む。いつから肉じゃがって料理ができたんだっけ?
 まぁこの世界って時代に乗っ取っているようでそうでもないところが結構あったように思うから、細かいことは気にしないけど。美味しいし。

「彦ちゃん、明日私くのいちの方のテストがあるんだけど協力してくれる?」
「いいよ、なにすればいいの?」
「・・・お団子食べてくれればいいよ」
「・・・解毒剤はある?」
「三十分ぐらい後で渡すことになると思う」
「ん、わかった」

 友人に、しかも小さい子にこんなこと頼むのは心苦しいものがあるのだけれど、上級生に仕掛けるほどの度胸もなく。別にターゲットの指定もなかったし、事前にお願いしちゃダメとも言われなかったし!
 色々と言い訳を内心で並べ立てていたのだが、こくりと至極あっさりと頷かれて少々困ったように眉を下げた。嫌そうな顔の一つもしてくれたっていいのに・・・優しいなぁ。
 いやでも本当ごめんというしかないよね、こんなこと。いくら授業とはいえ・・・毒団子の試食とか・・・・。せめて団子は美味しく作ってあげないと。あ、口直しもいるよね。何がいいかなー。

「口直し何がいい?」
「そうだな、おはぎがいいな。黄粉とあんこ両方」
「わかった、おはぎね」

 おばちゃんに作り方伝授してもらおう。・・・あ、でもその時はあの人がいない方がいいよね。あんまり接触すると面倒なことになりそうで望ましくないし。主人公格に接近すると、こっちの希望とは真逆の方向に向かいそうで怖いんだよね、本当。魚の身を解して口に運ぶと、彦ちゃんがあ、と視線を動かしてもぐり、と顎を動かした。

「滝夜叉丸先輩と田村先輩と綾部先輩とタカ丸さんだ」
「アイドル勢ぞろいか・・・なんか華やかだね」

 煌びやかというか、存在が派手というか、視界が煩いぐらいの気配だ。きらっきらと目の錯覚のようなものを撒き散らしながら、ぎゃあぎゃあと賑やかに食堂に入ってきた先輩達を嫌でも視界に入れて、お味噌汁を啜る。
 ずずぅ、と音を立てるとミソと出汁の味がマッチして実に美味しかった。食堂のお味噌汁好き。
 そのまま極自然に視線を彼らから外すと、時間帯故か、人の少ない食堂で彼らの声は嫌でも耳に入ってきた。通る声してるもんなー。彦ちゃんが食後のお茶を啜り始める。綺麗に魚も骨しか残ってない辺りさすがだ。彦ちゃん。

「先輩たちまた何か喧嘩してるよ。・・・飽きないね、あの人たちも」
「平先輩と田村先輩がでしょ?大丈夫だよ、ここ食堂だし」
「そうだね。おばちゃんもあの人もいるしね」
「うん。あぁほら、止めに入ってる」

 まぁ後ろで食堂のおばちゃんが睨みを利かせているのも効果があるだろうけれど。さすが学園最強の異名をとるおばちゃんである。四人、というよりも二人か。の間に入って、宥めているお姉さんの姿を眺めながらお茶をずずずぅーと啜る。あぁ、とりあえず食べるもの決めたらしい。空いている席に行く四人の背中で揺れる髪と、綺麗な笑顔で待っててね、と朗らかに告げるお姉さんの姿は青春だなぁ、としみじみ感じた。
 近所の年上のお姉さんと学生の青春恋愛。少女漫画か、はたまた少年系か・・・甘酸っぱい気配がムンムンである。

「戻ろうか」
「そうしよう」

 ことり、と湯のみをお盆の上に置いて声をかければ賛同を貰う。さくさくを料理を作ってしまったのか、笑顔で運んでいるお姉さんとそれを蕩けるような笑顔で(それは綾部先輩を除く面々だけど。綾部先輩は表情に乏しいからなぁ)見つめている四人の横をさくっと通りながら、カウンターに食器を置いて中のおばちゃんに声をかける。

「ご馳走様でした、おばちゃん」
「ご馳走様でした」
「お粗末さま!」

 振り返って食器を洗っていたおばちゃんの快活な笑顔に笑みを返して踵を返せば、あ、とばかりに後ろから声があがる。なんとはなしに振り返れば、お姉さんがにこり、とやはり綺麗な微笑みを浮かべて、パーマのかかった茶髪を揺らしていた。

「お粗末様、二人とも」
「はい、ご馳走様でした」
「今日も美味しかったですよ」

 にこり。辺り障りない会話に、すぐにあの人の視線も外れて四人に向き直る。私達もまた、何事もなかったかのように食堂を後にした。入り口で六年生とすれ違ったが、まぁ、食堂の中の騒がしさが増すぐらいで、特に支障はないわけで。ただ。

「よかった、六年が来る前に食べてて」
「さすがに騒がしいからね」
「だねー」

 多少賑やかなのはいいけど、騒がしいのは好むところではないものね。