必要なのは君だけだから
寄るな触るな近づくな。声高に言うのは己のプライドが許さない。だから言葉を飲み込んで耐えるのだ。子供染みた独占欲。子供なのだからという言葉は、それこそ癪に障って苛苛が倍増する。
寄るな触るな近寄るな。はお前達のものじゃない。僕達のものだ。はい組のものだ。は組のでもろ組のものでもない。連れて行くな、邪魔するな。割ってはいる全てに苛苛する。ちっと舌打ちを零すが、誰も気づきはしない。するとすれば同じい組の人間ぐらいだろう。笑ってを連れて行こうとする人間が気に食わず、できることならその手を振りほどいて連れ去ってしまいたい。だけど許さないプライド。大丈夫、と言い聞かせて耐え忍ぶのだ。彼女は紛うことなく僕らのものだ。は組もろ組も関係ない。上級生だって構うものか。彼女は僕達い組のものだ。それは事実、そう、歴然たる事実だ。そう考えて溜飲を下げる。
あぁだけど、僕らと彼女の間を邪魔するものは、本当に苛立たしい。どうにかならないものかと、溜息すら零れた。馴れ馴れしい。は優しいから誰だって拒まないのがまた癪に障る。拒めばいいのに。は僕らのものなんだから、僕らだけ見ていればいいのに。優しくするのも笑うのも傍にいるのも全部、他人なんか放っておいて。
思いは、思わぬ形で成就した。
瀬川真由美。異世界の人間。日常に入り込んだ異邦人。
ふわふわとした茶色の髪。顔立ちはまぁ整っている方。浮世離れした雰囲気で、ふんわりとした笑顔でいつの間にか学園の人間の信頼を得た人。おっとりしているけどちょっど頑固で、思いやりがあって、他人の感情に敏感。だけど好意には鈍感で、まるでこの時代を知らないただの女性。
誰もが皆あの人に夢中になった。優しいから。この時代にはない暖かな雰囲気を纏っているから。笑顔が可愛いから。辛いときに傍にいてくれるから―――あぁ、なんて好都合。
にたりと歪む口を誰が抑えられるだろう。皆が皆あの人に夢中になる。皆が皆こぞってあの人の傍に行きたがる。あの人はいつも中心にいる。大切にされて、愛されて、そうしていつだって彼女の周りには人が溢れるのだから。
「丁度いいね」
「うん。皆あの人の近くにいたがるから」
「先輩たちも皆競ってるし」
「は組もろ組もみーんな、だ」
くすくすと笑みを零す。高揚する気持ちを誰が知ろう。誰が気づこう。知るまい、気づくまい。これで邪魔者はいなくなった!
「お姉さん様様だ」
「このままずっとちやほやされてればいいのに」
「でも不思議だよね。あの人の何がそんなにいいんだろう?」
「いいじゃないか、そんなこと。僕達には関係ないよ」
言われて、それもそうだと頷く。どうでもいいのだ、そんなこと。何が理由で彼女がもてはやされようが、そんなことは関係ない。必要なものは、「学園の人間が彼女を慕っている」という事実だけ。それだけあればそれでいいのだ。僕らとの邪魔さえしなければ、誰がどうなろうと知ったことではないのだから。
「ふふ。ねぇ、何しようか。僕、と一緒にどこかに遊びにいきたいな」
「あぁ、それなら先輩から美味しいうどん屋があるってこの前聞いたよ」
「じゃぁ今度の休み、皆で行く?」
「いいね、行こうよ」
くすくすくす。ほら、もう誰にも邪魔なんかさせないよ。