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 そろそろ来る頃合かなと思っていた。学園生徒を広場に集めて、その前に教師が並ぶ。
 中央の台の上には学園長が立っていて、生憎と時代が時代だからマイクもメガホンもないけれど、学園長のお声はあの年でもよく通るので今まで聞くことに困ったことはない。くの一教室は数が少ないけれど、適当に一列に並びながらぼんやりと直射日光を受けていた。暑いな。あとめんどい。
 横に整列する卵達のざわめきをぼんやりと右から左へ流していると、演台に立った学園長が、わざとらしく注目を集めるためにごほん、と咳払いをした。マイクも通さない咳払いだが、不思議とよく聞こえるのでざわめきが水を打ったように静まり返っていく。こういうところの切り替えはすごいなぁ、と思うのだ。
 現代の学校だと、結構こういう全校集会みたいな場だと中々ざわめきが収まらなかったりするのだけれど、ここはそんなこともなく皆が皆、また学園長の思いつきかよ、という空気を漂わせながらも聞こうとしているのだ。
 こういうところ、とても感心する。しかし本当、学園長の思いつきどうでもいいんだが・・・基本的にくの一教室が巻き込まれることは少ないからなぁ。ちょっかいはかけることもあるが、基本は傍観スタイルである、くの一教室は。そう思うと男子生徒の方はお疲れ様、というしかないだろう。
 今回はどうだろう。くの一も巻き込まれるのか、はたまた関係ないのか・・・関係ないのなら一々広場に呼び出さないで欲しいと思うのだけれど。足元の土を弄りながらふっと吐息を零せば、全員の注目が集まったのを確認して、学園長先生が口を開いた。

「えー、今回は、委員会の結束を固めるため、委員会対抗オリエンテーリングを行う!」
『えぇ~~~』

 一斉に上がる微妙なブーイングは、学園長の一睨みで事なきを得た。しかしざわめきはちょっとやそっとではなくならず。またかよ、とか、学園長の突然の思いつきも困ったものだよなぁ、などという声がそこかしこから聞こえてきた。まぁしかしこれは恒例行事のようなものなので、皆諦めというか慣れのようなしょうがない、という雰囲気は漂わせていたが。しかし、委員会対抗か・・・。

「じゃぁ私達には関係ないですね」
「そうね、委員会活動は基本男子だけだし」
「あっちも毎回毎回大変よねぇ」
「今回はどんなオリエンテーリングになりましゅかねー」

 くの一にもないとは言わないが、しかし学園運営の基本となる委員会は主に男子の方が担当している。これは人数の関係上と、学園が男子と女子を分離しているが故の結果だ。うーむ。恐らく、根本に男尊女卑があるのではないか、と踏んでいる。そうとは悟られないだろうが、こういう「仕事」と名目がつくものは女ではなく男のものだという考えがあるのだろう。くの一教室がいくら優秀で、女傑といわれようとも時代故の根本的な考えの排除には中々至らないものなんだろうな・・・面倒事が少なくて楽だけどさ、こっちは。なにせこれで委員会に属していたら学園長の思いつきに巻き込まれる可能性がぐんと高くなる。それがないというだけでなんて平穏な日々であることか・・・。
 自分達には関係なさそうだ、と判断して一斉に聞き流しの体勢に入ったくの一を尻目に、学園長の話は尚も続いていく。

「尚、今回のオリエンテーションの優勝者には、豪華優勝商品として・・・」

 そこで一旦溜めを作るように学園長が言葉を区切る。しかし周囲に緊張感は全くない。何故なら皆、どうせ学園長のプロマイドとかサイン色紙とかそんなところだろう、と思っているからだ。
 毎度毎度そんな優勝商品なのだから、やる気も著しく下がるというものだろう。だがしかし、私は一瞬目を細め、学園長から視線を外すと前に並ぶ教師達を見た。・・・あ、土井先生が胃を抑えてる。は組の授業また遅れるからなぁ・・・ご愁傷さまです。内心で合掌しつつ、更に視線を動かして、教師に紛れるようにして立っている茶髪を見た。にこにこと笑ってたっている女性に、王道ならこのイベントは恐らく・・・と、顔を伏せた。

「真由美さんを臨時委員として委員会活動に参加させることができるものとする!!」
『おおおおおおお!!!!!』

 ばばーーん、と、効果音があるのならばそんな効果音が聞こえてきそうな様子えで学園長が告げると、生徒から歓声にも似たどよめきが起こった。一気に彼らの中のやる気に火がついたのが手に取るようにわかる。しかしまぁ、王道だなぁ・・・・。想像通りだ、といささかの呆れを感じながら、ざわめきの起こる生徒を満足そうに見ている学園長から、優勝商品にされた女性に視線を移した。目を丸くしてわたわたと慌てている様子に、どうやら何も聞かされてなかったらしいな、と私は可哀想に、と同情した。優勝商品にするならせめて一言断ればいいものを・・・他人の都合も聞かないとダメだと思うよ、学園長。あっちだって食堂の手伝いとかあるだろうに。

「一気にやる気になったわね・・・」
「単純・・・」
「荒れそうでしゅ」

 ぼそ、とテンションの上がっている生徒、ひいては委員会を眺めて呆れた様子を隠せないユキ先輩達に、いや本当単純だなぁ、といっそ微笑ましくも感じて苦笑を浮かべた。好きな女の人が絡むとこんなに単純になってしまうものなのか・・・恋とは恐ろしいな、全く。
 時折聞こえる「ギンギーン」やら「いけどーん」やらをスルーしつつ、まぁこれで本格的に私達には関係なくなったな、とほっと息を吐いた。いやーよかったよかった。巻き込まれなくて。伝えることだけ伝えて解散、というよりもルール説明やらどこで行われるか、何時開始か、などの諸注意を述べている中でくの一教室だけは早々にその場を後にする。
 なにせ関係ないのだ。丁寧に説明まで聞く事はない。がやがやと真由美さんも大変よねー、とか、どこが優勝すると思う?とかトトカルチョ染みた会話の飛び交う中校舎に戻っていると、横にいたユキ先輩達含む二年生が、シナ先生に呼ばれて集団から逸れた。
 それを目で追いかけて、委員会対抗戦に便乗した授業でもするのかなぁ、と思考を巡らせる。今度はなにするんだろう。また毒団子の試食かな。それとも薬湯?医療班として動くとか?今回は商品が商品だけに荒れそうだもんなぁ。

「あぁでも、学級委員長委員会はまた審判なのかな」

 それだと可哀想になぁ。参加できなけりゃ商品の意味もない。まぁ彼女が手伝うような委員会活動もなさそうだけれど。なにせ学級委員は学級のことや、今回みたいな対抗戦などの審判役を行うのだ。彼女の出番は基本あるまい。しかし、本当にあの人も可哀想なことである。自分のことなのに勝手に決められて商品扱いされてるんだから・・・私なら不満が残るところだ。巻き込むなよ、と是非にも言いたい。まぁ無意味なんだろうけど。
 ま、委員会に参加する程度ならばまだ許容範囲か?さほど無茶なことを要望されたわけではないのだし、そこが救いだろうか。いやでも、やっぱり勝手に決めちゃうのはよくないよね。人権は大事だよ。

「ご愁傷様、としか言えないなぁ」

 いやはや、面倒なことに巻き込まれてしまっているものである。頑張れ男子、頑張れお姉さん。私達は高見の見物をしているよ!いやーこういうときくの一でよかったなぁとしみじみ思うね!

「・・・あ、でもそうなると食堂の手伝いがいなくなるんだよね・・・」

 優勝商品なんだから、多分あっちに付きっ切りなんだろうし・・・。対抗戦の手伝いとかもしてるかもしれない。 
 そうなってはおばちゃんもいきなりお手伝いさんがいなくなって困るだろう。あの人が来るまで一人だったとはいえ、今はお手伝いさんがいて仕事も分担していたんだろうし。いきなり抜けてしまうと、うん。大変だよね。
 やっぱり学園長、事前に承諾ぐらい取ってないとまずいって。おばちゃんも突然の思い付きには慣れているだろうが、それとこれとは別だろうし。うーん・・・・。立ち止まってしばらく考えたあと、手伝いに行ったほうがいいかな、と足を食堂に向けた。

「あら、。どこに行くの?」
「食堂です。おばちゃんのお手伝いに」
「あぁ・・・そっか。真由美さんあっちにいっちゃったものね」

 委員会トトカルチョの集計をしていたのだろうか。紙と筆を持って何か書き付けていた先輩に答えると、彼女は納得したように頷いてあとで私達も手伝いに行くわ、と手を振った。
 それにはーい、と返事を返して小走りにその場を駆け出す。委員会対抗戦・・・果たしてどこが優勝するのであろうか。まぁ関係ないのでどうでもいいっちゃいいんだけども。

「怪我しないといいなぁ・・」

 上級生はともかく、下級生に怪我がないことを祈っておこう。佐吉君とか、うん。無事だといいな・・・!