ぼくのひみつ
手伝うよ、そういって食堂のお姉さんは笑って虫取り網を持って竹谷先輩に笑いかけた。微笑みかけられて僅かに頬を染めた竹谷先輩が、食堂のお姉さんに向かって何度も何度も頭を下げる。すみません、助かります。そういう先輩に対して、あの人は気にしないで、とやはり柔らかく答えるのだ。
伊賀崎先輩や、虎若、三治郎、孫次郎まで近くによってありがとうございます、なんていっているのを横目に、虫取り網に穴がないかを確認して、僕は首を傾げた。
・・・いいのかなぁ、普通の女の人に毒虫の捕獲なんて手伝わせて。それは戦力外だとかそういうことではなく、単純に危ないのではないか、ということなのだけれど。だって相手は毒をもっているのだ。なんの拍子に、相手を刺激して彼女がその毒を受けないとも限らないだろう。そうなった場合の対処すらおぼつかないただの女性だろうし、それなら未熟とはいえ一年生でもなんでも、学園の生徒を使ったほうがよほど安全ではないだろうか。まぁ、そんな致死量の毒を保有している生き物が今回逃げたわけではないので、大丈夫といえば大丈夫なんだろうけど・・・確かに猫の手も借りたい状況だけれど、一般人をそんな危険な目に合わせてもよいものか。
冷静な思考でそう考えるも、委員会で一番力のある人が快く了承してしまっているのだ。むしろ頼み込むほどで、何を言っても無駄だろうと僕は大人しく口を噤んだ。というか、いっても「大丈夫だよ」とかなんとかいってこの人は結局参加しそうな気がする。お人好しで変なところ頑固らしいから。
あぁでも、さすがに毒虫の危険性を先輩が考慮していないはずもなく、委員の誰かと一緒に行動するように、と言っている。なら大丈夫だろう。それにきっと一緒に行動するのは伊賀崎先輩か竹谷先輩とだろうから、これで万が一の対処もなんとかなるだろう。一緒に行動することにならなくてよかった。
さすがに他人の面倒まで、それも何も知らない一般人までフォローできるとは思わない。僕はは組ほど考えなしにはなれないし、ろ組ほど楽観視することもなく、冷静に自分の力量がわかってる。
自分の力を把握しておくことが大事なことだって、も言ってたし。まぁそれでももしも一緒になってもは組やろ組よりうまくやれる自信はあるけどね。装備を整えて、散り散りになった状態で一人笑みを浮かべた。
足早に学園内を駆け回りながら、今回逃げた毒虫が好きそうなところを考える。無闇たらに探し回っていたらただ体力を使うだけ。こういうときこそ頭を使わなくちゃ。あぁ、でも。
「使わなくてもわかるけどね」
これは委員会の誰も知らない、僕だけの秘密。駆け出した足で校舎に向かう。今頃他の委員会の人たちは、お姉さんを囲んで走り回っていることだろうけれど。あぁ、本当にあの人が一緒でなくてよかった!でなければ彼女のところに行けやしない。誰にも教える気のない、僕だけの秘密の捕獲場所。
「!」
「一平君!」
助かったぁ!とばかりにほっと胸を撫で下ろしたに、ごめんね?と眉を下げてからばさばさと虫取り網を翻す。中に入るのは逃げた毒虫。全部はいないけれど、しかしそれなりの数が集まっている。
なんでか生物委員会が逃がした(正確に言うと、逃げられた)虫や動物は、基本的にのところに集合する癖があるのだ。その理由は定かではないが、捕まえなくてはならない側にしてみれば、本当、には悪いけどありがたい体質である。何か生き物に好かれるフェロモンでも出しているのだろうか?おかげであちこち駆けずり回らなくてもよくなったのは嬉しいけど・・・は全然嬉しくないだろうな。もっとも、このことを知るのは僕だけで、委員会の誰にも話してはいない。だって知られたらきっと皆の傍に寄ってくるもの。それがどんな思惑であれ、彼女が誰かに取られるのは我慢ならない。だから隠す。このことは僕とだけの秘密にする。
あぁ、二人だけの秘密だなんて、なんだかわくわくしちゃうよね。
「うぅ・・・なんで私のところにくるかなぁ・・・・」
「生物委員としてはありがたい体質だけど・・・よし。全部捕まえた!」
「おつかれさまー。・・・しかし、そんな体質嬉しくないなぁ」
そういって苦笑染みた笑みを浮かべて肩を落とすに、まぁ確かに虫好きでもない女の子が、虫、しかも毒虫にたかられて楽しい気持ちになるわけもないだろう、と虫篭の中で蠢く軍勢に、僕は眉を潜めた。僕だってさすがに伊賀崎先輩でもあるまいに、こんな大量の毒虫にたかられて幸せな気分に浸れるはずもなかった。
虫は嫌いじゃないけど、限度ってものがあるし。まぁとにかくこれであとは竹谷先輩たちがどれだけ捕まえられるかにかかってるな、と腕を下ろすと、は虫篭を見つめて、なんとも言えない顔をしていた。
「・・・虫除けの薬とか、保健委員会に貰ったほうがいいかなぁ」
「え、それは困るよ!虫が捕まえにくくなっちゃう」
「さらっと本音出したな・・・もう。あんまり逃がさないでね、偶に本気で心臓止まりそうになるから」
「うん。気をつける」
そういって仕方なさそうに、それでも許容してくれるかは優しい。できるなら本当に虫除けをしたいだろうに、それでも僕が困ると言えばこうして我慢してくれる。だからこそ、をあまり煩わせないためにも逃がさない努力をしなくては。それでももしも逃げたときは。
「真っ先にのところにきて、助けるからね」
「うん。待ってるね」
にこり。穏やかに瞳を細める彼女は、まるでずっと年上のお姉さんみたいだと、一体どれだけの人が知っているだろう。・・・まぁ、知らなくてもいいことだけれど。