あまりにも木陰の下が心地よいものだから、以前忠告されたにも関わらずまたしてもうつらうつらとしていたのだが、それがいけなかったのだろうか。いやなんでいけなかったのかはわからないけれども、多分私はいけないことをしたんじゃないかなとか思うのだ。
 何故ならこっくりこっくり船を漕いでいたとき、茂みから飛び出すように姿を現した人物が、人を見るなりいきなり両目から涙を溢れさせてしまったのだから、そりゃもう驚くしかないというものだろう。私何かしましたか?!ここにいただけですよ奥さん!!

「え、え、きりちゃん!?」
「・・・っなんでこんなとこにいるんだよ!!」

 怒られたーーーー!!!!おろおろと、遭遇した早々にぼろっぼろ泣き出したきり丸に声をかけると、心配したにも関わらず理不尽にも怒鳴られてしまった。まさかの展開である。というか初っ端からまさかすぎてすでにパニック状態だ。つり目勝ちの目から、ぼろぼろと落ちる涙を、怒鳴られたこともあわせて珍しいと好奇にも似た感覚を覚えながらも、私は困惑を浮かべて首を傾げた。きり丸は、いつもは勝気に輝いている瞳をいつも以上に吊り上げて、見開いた目から涙を落としてはずるる、と鼻を啜り上げた。

「なんで・・・なんでこんなとこいるんだよ!タイミング悪ぃよお前!」
「え、あ、ごめん?」
「謝んな!!」
「えぇ?!」

 ちょ、きりちゃん言ってること支離滅裂!恐らくは本人も何を言っているのかわかっていないのではないだろうか。うぅ~、と低く唸り声をあげて乱暴に目元を擦ってなんとか涙を堪えようとする様子に、何があったかは定かではないが、いくらかの余裕を取り戻して私ははて?とばかりに首を傾げた。なんだ、情緒不安定なのかきりちゃん。確実に情緒不安定だとは思うけれども、この様子だと。涙を拭えども中々止まらないのか、すでに頬を濡らしに濡らしまくって、ぐっしょりと湿った頬は真っ赤に紅潮していた。雫を付着させた睫毛がぱちぱちと視界をクリアにさせようとでもいうように何度も瞬きを繰り返し、静かな木立に鼻を啜る音が響いていく。

「・・・きりちゃん」
「う、ひぃっ、く・・っ・・・な、なんでいるんだよぉ・・・だ、誰にも、あ、あいたくなかったのにぃ・・・!」
「あー、うん、ごめんね?えっと・・・私どこかに行こうか?」

 何一つ落ち度はないけれども、泣いてる子供に勝てるはずも無い。もしかしたら彼は泣き場所を探していたのかもしれないなぁ、と思いながら、近くによって慰めることもできずにそう提案をしてみた。いや、彼がこんなマジ泣きをするなど想像もしていなかったので、正直これ私がみていいもんじゃないよね、と思うのだ。だってあのきり丸が、恥も外聞もなく号泣しているのだ。あのいつもちょっと世の中斜めに見て時にざっくりと毒舌で、よく言えば冷静、悪く言えば達観した冷めた子供のきり丸が、年相応に号泣である。
 無論冷めたシビアな子供にならざるを得なかった背景があるとはいえ、こんな癇癪を起こしたような泣き方を彼が人目に晒すなど普通ないだろう。・・・私は確かに彼が言うように、なんでここにいちゃったんだろう、と思いながら軽く首を傾げた。
 どうやら彼は人に会いたくなかったみたいだし、いやそれは勢いだけの話かもしれないが、しかしここは一人にして時間を置くというのも一つの手だ。自分の手に余るような気もしたので、乱太郎とかしんべヱくんとか土井先生とか、あとあのお姉さんとかを呼んでくるのが一番ベストかもしれない。なにせそれらはきり丸が心許す大事な存在だ。
 うん、私がここにいておろおろするよりよほど効果的である。そう思うと、それがもう最善策のような気がして、私はきり丸の返事を聞かずに踵を返そうとした。だが、あ・・という引き攣った声が聞こえ、私は踵を返した足を止めて再度きり丸を振り返った。
 そうして、私は再び目を丸く見開くことになったのだった。

「きり丸」

 何故かは、目を見開いてひどく傷ついた表情で、私を見つめていた。