願い
独りにするなと泣くきり丸に、あぁこの子は今寂しいのだ、とようやく悟って私はきり丸の手を取った。ゆっくりと移動すると、抗うこともなく嗚咽を零してきり丸もついてくる。
木陰に近寄ると、まずきり丸を座らせてから私も木の幹に背中を預けるようにして座り、それから涙から鼻水まで垂れ流して泣き続けるきり丸を引き倒す。
さすがにその動きには驚いたのか、うわっと動揺した声が聞こえたがひとまず無視をして太腿の上にきり丸の顔を押し付けると、手をずらしてぽんぽん、と背中を叩いた。
「泣き疲れたら寝てもいいからねー」
「・・・・、・・・・、ワリ、鼻水ついた・・・」
「・・・・・・・・・ん、まぁ許す」
うつ伏せになったからその拍子についてしまったのだろう。とりあえず持っていた手拭いで拭くだけ拭いて、ついでにきり丸の鼻も拭きとる。少しだけ綺麗になった顔に満足して、私はくしゃりと笑った。
「大丈夫大丈夫。きりちゃんには一杯周りに人がいるから、ちょっと休んだらまた元気になれるよ」
「・・・」
「今は休憩ね。そういえば最近また忙しそうだったもんね?疲れてるんだよ、無理は仕方ないけど無茶はだめだよ」
人間疲労がピークになると何しでかすかわからないからなぁ。あのきり丸の号泣も理不尽な物言いも、全てきっと疲労からくるハイテンション故だ。あとで糖分補給ができるようにおばちゃんに何か頼んでおこうかなぁ。できるだけ重くならないように軽い口調で言うことに努め、きり丸のさらさらとした指どおりの髪に指を通す。立花先輩もサラストだと評判だが、中々どうしてきり丸も将来有望なサラストではないだろうか。
つやつやを輪を作る黒髪に戯れるように指を通して、にこりと上から見下ろす。うつ伏せになったきり丸の後ろ頭しか見えなかったけれど、きり丸が膝の上で身じろぎをしたので恐らく頷いたのだろうと思う。
「・・・・」
「んー?」
「だれ、にも、言うなよ・・・ぜったい」
「言わないよ」
むしろ言えないといったほうが正しいかもしれない、あんな様子。言いふらすような趣味の悪い真似はしないよさすがに。キッパリと言い切れば、きり丸はもぞもぞと顔を膝に押し付けて、それからぐるりと寝返りを打った。勿論膝から落ちないように注意をして、仰向けにんったきり丸の真っ赤になった顔と目が見える。見下ろすと、きり丸はまだ細く流れる涙を指先で飛ばすように弾いて目を閉じた。
「は、無理するなって言わないんだな・・・」
「え?うーん・・・・まぁ正直なところ無理はして欲しくはないよ?でもさぁ・・・言って聞くようなら最初から無理しないよね、誰も」
そもそも無理しなくちゃやってけないんだから、ここは周囲がどれだけ目を光らせるかにかかってくるとこだと思う。無理する前に無理矢理止めるとか、負担を減らすとか。
だってきり丸は一人で学費を稼いで、生活費を稼いで、そうやって生活しているのだ。子供のできるバイトもたかが知れてるし、やっぱりそれはどうにもならないことなのだろうと思う。危ないことにさえ首突っ込まなければいいんだけどねぇ。それが所謂「無茶」なのだけれど、まぁそうなったらきっとは組や担任が助けに行くだろうし、きっと大丈夫だろうとは思うけれど。きり丸から視線をあげて、林の向こうを見やるとしばらく沈黙が続いた。
さやさやと揺れる葉っぱの擦れる音に涼しい風が吹いて、きり丸の熱くなった目元も冷えるのではないか、と思う。・・・まぁしかし私が何も言わずともこの顔晒して戻れば何かあったのは明白だろうなぁ。言わないけど。思いっきり周りから心配されて、もみくちゃになって笑えばいいのだ、この子は。
「・・・きり丸?」
やけに沈黙が続くなぁ、と思ってそろりと声をかけると、すぅすぅとなんとも心地よさげな寝息が聞こえた。おや、寝てしまったのか。思ったよりも早く寝たな、と感心しつつ、涙の跡の残る頬を触れるか触れないかという距離で辿りふっと息を吐いた。全力で泣き喚いていたからきっと体力を使いきったんだろうなぁ。泣くって本当疲れるからなぁ。その分すっきりするけれども、ほんと疲れるから大変だ。元々疲れてたみたいだし、そこでダメ押しの一発だったのだろう。まぁ寝て起きたらすっきりしていることだろう。このままだときり丸が起きるまで私こうしている他ないのだけれども。うん、それぐらい我慢しますよ。だって子供が泣いてるんだから。体全体で寂しいって叫んだんだから。・・・ちょっと羨ましいなぁ、と思ったけれど、それは綺麗に包み隠して、私は体重を木の幹にかけるとごつりと頭を押し付けた。
「いーい天気だなぁ」
足元でちらちら風に揺らぐ花が、にっこりと笑ったような気がした。