愛でられる子



 今年の春、忍術学園に入学したくのたまはたった一人だけという珍しい経験を余儀なくされた。
 少なくとも五、六人はくるものだろうと思ったのにとんだ誤算である。
 これじゃ両親が望んだ「友達百人できるかな」は初っ端から挫折せざるを得ない。別に本気で百人作るわけじゃないけど。ただの比喩表現ではあるが、しかし一人もできないというのもいかがなものかとは思うんだ。でも仕方ないよね、いないんだから。
 たった一人で授業を受けるのにも最近慣れ初めて、自分寂しい、とちょっと思っている。
 楽といえば確かに誰に気を使うでも、無理に年相応に振舞うこともなく楽ではあるのだが、いかんせん誰もいないという状況はそれもそれで気疲れするものだとしみじみと実感した。
 ていうか先生と一対一というのが耐えられない。ゴーン、と低い鐘の音が聞こえ、マンツーマンの妙な緊張感を覚える授業を終えて一人費やした精神の疲労を癒すようにくのたま長屋の廊下で、庭に足を下ろしながら吐息を零した。ポカポカと暖かな陽射しにとろりと瞼を落としながら、欠伸の代わりに溜息を零す。
 はぁ、と思ったよりも大きな溜息が自分の口からぽとりと落ちると、ぽん、と後ろから肩を叩かれぎょっと目を丸くした。

、どうしたの?」
「溜息なんてついちゃって、何かあった?」
「元気がないでしゅー」
「・・ユキ先輩、トモミ先輩、おシゲ先輩」

 後ろを振り向いて見上げた先に、見慣れたくのいち教室の先輩の姿を認めてほっと肩から力を抜く。見慣れているのはなにも先輩だから、という理由だけではないのだが、それはひとまず置いて私は元気がないですか?と首を傾げて尋ね返した。
 彼女達はそんな私の問いかけに、そりゃぁ、と互いに顔を見合わせて頷いた。

「溜息なんてついて俯いてたらねぇ?」
「元気がないように見えるわよ」
「何かあったならいってくだしゃい、力になりましゅよ」

 そういって頼もしく笑いかけてくる少女達に、可愛いなぁ、と和みながら(外見はともかく中身は彼女達より年上だ)私は悩みというほどではないんですけど、と前置きをして口を開いた。
 本当に、相談するほどのことではないのだが、話すという行為は中々人の癒しになる。
 彼女達とは年も一年違うだけであるし、割合と気持ちは楽なほうだ。しかも何故かくのいち教室の皆様は私を見かけるとよく話しかけてきたり頭撫でたりお菓子くれたりとしてくれるので優しいなぁ、と常日頃思っている。山本シナ先生が言っていたように良い子達なのだろう。たとえその視線が小動物を眺めるような視線であってもそう思いたい。愛玩動物だなんてそんなまさか。

「・・・くのいちの新入生って、私だけじゃないですか」
「えぇ、そうね」

 何年かに一度ぐらいはそんなこともあるらしいが、それでも滅多にあることじゃない。そんな低い確率に自分が当たるとは思っていなかっただけに、運がいいのか悪いのかと悩みどころである。不運だなんて認めない。
 ふぅ、と溜息を零して、続きを促す三人分の視線に私は苦笑いを零した。

「だから、その・・・授業とか全部一人で受けているんで、ちょっと寂しいなって・・・」
「あぁ・・・そうよね。全部一人だものね」
「しかも先生と一対一でしょう?きついわね、それは」
「気持ちわかりましゅ」
「ですよねー。まぁ仕方ないことなんですけど」

 愚痴めいたことを年下の子に話す照れも感じながら、えへ、と笑って頬を引っかいた。
 うんうん、と同意を示してくれる彼女達は嬉しいが、やっぱりこれはどうしようもないことなのである。途中編入者というのもないわけではないらしいが、基本的にそういう存在はいないと見てもいいらしいし。飛び級できるほど優秀な人間ではないし、結局このなんとも形容しがたい状況を甘受する他無いのだ。・・・まぁ、悪いことばかりでなし、前向きに考えるべきである。むむ、と考え込んでいる先輩方に、私は目元を緩めた。

「でも、先生と一対一だからこそ授業もすごく集中できるし、わかりやすいし、悪いことばかりでもないんですよー」
「でも、寂しいんでしょ?」
「それはそうですけどね。いないものは仕方ないですし。それに先輩方がこうして構ってくださるので、思ったより平気です」

 うん、当初先輩と関わることなんてそうないだろうなぁと思っていたのだ。委員会は別としても、一学年離れるだけでも距離というものは遠ざかるものである。が、ここでは私から関わらずとも向こうからやってくることがままあるので、これはちゃんと本心を語っているのだ。
 にこにこ笑って、みんな優しいですよねーとのほほんと口にすると、がばぁ、と左右正面から唐突に抱きしめられた。むしろ襲われたような気さえする。ぎょっとして目を丸くすれば、あぁんもう!!とユキ先輩の高い声が廊下に響いた。

「可愛いーーー!!」
「ユキ先輩?」
、任せて私達がなんとかしてみせるから!」
「何をですかトモミ先輩」
「もう寂しいなんていわせないでしゅよ!」
「はぁ、ありがとうございます、おシゲ先輩」

 ぎゅうぎゅうと抱きしめられてちょっと苦しいな、と思いながら疑問符を飛ばして妙に興奮している先輩方の好きなようにさせる。・・・くのいちの先輩は妙にスキンシップ過多だよねぇ。それだけ可愛がられているということだろう、一歳しか違いは無いのに偉く子ども扱いされているが、それで彼女達が喜ぶのなら甘んじることは別に苦ではない。相手女の子だし、これぐらいのスキンシップは慣れたものである。
 しかし何をなんとかさせるつもりだろうか。いや会話の流れから言ってなんとなくわかるが、何とかするも何も、と首を傾げる。よくわからないが、まぁ多分悪いようにはされない、と思う多分。その後抱きしめ地獄からようやく開放され、一緒に食堂に行きましょ!と誘われて断る理由もなく頷くと、おシゲ先輩に手を握られながら、先輩方に囲まれて食堂まで行く羽目になった。


 いや本当、なんでくのいちの先輩はこんなに構ってくれるんでしょうね?