放り込まれた先は、
さて、これをありがた迷惑といっていいものかどうか、判断に困るところである。
忍たまの友ならぬくのたまの友と筆、半紙を両腕に抱えて持ちながら私はとほりと肩を落とした。困惑したように視線をぐるりと動かせば、広い教室に複数のまだあどけない子供達が綺麗に正座をしてじっとこちらを凝視している。装束の色は水色に井桁模様で、私が着ている桃色のそれとは似ても似つかない空色の着物に、遠目でしか見たことはなかったが、一年の忍たまの装束の色だったよね、と今更の認識を新たに頭に刻み込んだ。
そもそもくのたまと忍たまは完全別離をされているので、自分から接触を図るか授業でもない限り、あまり会う事も話すこともない。見かけることはあれども、そう、親しくすることはあんまりないんじゃないかなぁと思うのだ。あとなんか、忍たまとくのたまって、あんまり仲良くないみたいだし。悪いわけではないみたいなんだけど、なんていうか・・・ライバル意識というかそういったものが大きいというべきなのだろうか?しかしヒエラルキーはくのたまに軍配が上がっているような気がする。日頃の先輩達の行動言動を見聞きしている感じでは。あれか、女は強しということか。まぁそんなわけで、悪くは無いが良くも無い、というなんとも微妙なスタンスを築いているこの学園において、私のこの状況は明らか異質といっても過言ではない。やっぱりありがた迷惑なんだろうなぁ、と眉を下げると、ぽん、と背中を押した安藤先生を見上げた。
「というわけですから、彦四郎の隣に座りなさい。彦四郎、手を」
「はい」
安藤先生が言うままに、教室左端にいた少年が手を上げる。あぁあの子の横かぁ、と確認すると、一端先生を見上げて問いかけるように瞬きする。と、頷かれたので頭を下げて机の間を歩いて少年の横に座った。
集まってくる奇異の視線。どこかしら警戒もされているような気がしなくもないが、そこはくのたまと忍たまの違いというものだろう。あぁ、これはこれでもの凄く居心地が悪いのですが、なんでこうなったんですか山本せんせー!内心でそう不満を訴えつつ、どう表情を作ればいいのかわからず、横を見るとパチリとこちらを見ていた少年と目が合った。
少し驚いたが、少年の方がより驚いたらしい。ぎょっと目を見開いて、慌てたように視線と泳がせる姿は可愛らしいという他ない。・・・うん、そうだよね。いきなり男の子ばかりの教室に、あんまり接触を図ったことのないだろう女が割り込んできたのだ。一人ここに放り込まれた私も然ることながら、今までの輪を崩しかねない存在に戸惑うのはここの子達も一緒だ。閉鎖された空間であるが故にその傾向はより顕著かもしれない。
動揺を露にしている彼に、ここは私が年上らしくリードしてあげねばならんだろう!と、一人拳を握り締めた。というわけで、さん、はい笑顔!
「これからよろしくね、えっと・・・彦四郎君?」
「あ、う、うん。よろ、しく」
「私のことはでいいから。わからないことがあったら教えてね?」
「くのいちでもわからないことがあるの?」
「いや、私君たちと同じ新入生だから。勉強してるところは同じじゃないかなー?」
進み具合に差はあれど、授業内容に差はないと、確か先生方も言ってたような?きっと彼のいうくのたまは一学年上のユキ先輩達のことだろうから。くのたまと忍たまは違うという先入観を植え付けられてそうだ。あれ一つ上なんだから一年とできることが違っても可笑しくないんだけどなー。その調子で私まで特別視されたらちょっと困るなー。そんなに優秀じゃないしねぇ。首を傾げながら言うと、彦四郎君はあ、そっか、と納得したようにふんふんを頷いた。その姿と横目に見て、多分教科書もさして変わりは無いはず、とくのたまの友を広げてみせる。ていうか今どこまで進んでるんだろう。こっちより進んでたらちょっと困るんだけど。いや十歳の学ぶことに中身すでに二十歳越した自分がついていけないとかものすご切ないけどさ!でも学ぶことが平成日本とは違うんだし、そもそも知らないことは大人も子供も関係ないんだし、ま、いっかぁ。
「今どの辺り?」
「えっと、今日は確かこの辺り」
「あーそっかそっか。よかった、ここなら私も知ってる」
「くのいちの方が進み早いの?」
「んー。生徒が私一人だから脱線のしようがないんだよねぇ」
それならついこの前終わったところだ。じゃぁちょっと復習も兼ねることができるな、と思いながら安堵にほっと息を零す。そうすると彦四郎君は小さく首を傾げるので、私は仄かに口角を持ち上げて黒板に踊り始めたチョークの音を聞いた。
「今年のね、くのいちの一年生って私だけなんだ」
「そうなのっ?」
「うん。だから今までずっと一人で授業受けてたんだけどね、先生たちが見かねて忍たまと一緒に勉強するように、って配慮してくれたらしいよ」
「あぁ、だからい組に?」
「そう。ろ組とは組も候補にあったらしいけど・・・座学の授業の進み具合はい組が一番近いんだって」
でも確か実技とかはろ組かは組に、とか言われてたなぁ。一つのクラスに留まることはできないんですか、と思ったがきっと私に口出しする権限はない。そもそもこの話しでさえ今朝唐突に言われて道すがら簡単に説明された程度の内容なのだ。
ていうか、そもそも忍たまに混ざってくのいちが勉強することが有りえないはずなのだが・・・これはユキ先輩達の行動のせいというかおかげというか、そういうことなんだろうなぁ。
あのなんとかするとはこういうことか、とこの教室に入ってようやく悟ったところだ。遅いって?いきなりの展開に呆気に取られていた私の思考も組んで欲しい。
黒板に踊るチョークの文字に、半紙に筆を滑らせながら文字を綴りながらぼんやりとしていると、彦四郎君は何やら得意気に鼻を鳴らして教科書のページを捲った。
「そりゃぁ、ろ組は異様に暗いし、は組なんかアホだからな!い組にきて正解さ」
「ふぅん?そっか」
得意気な様子に、そういやは組といえばあの「一年は組」だったか、と記憶を呼び起こす。
ここ最近元の世界の記憶が曖昧というか、何故にこの世界に、という気持ちが強いので頭から抜け落ちがちだが、騒動の種といえばあそこのクラスだった気がする。そして確かに勉強が進んでなくて・・・土井先生は頭を悩ませていたような記憶がある。酷く曖昧だったが、それならやっぱり座学はい組で正解だったんだろうなぁ、と安藤先生の説明の声を聞きながら墨が落ちないように硯に筆を置いた。
「・・平穏でいられればなんでもいいんだけどさ」
隣に聞こえないように、ぽつりとそれだけ呟いた。
しかし、確かに一人は寂しいとは言ったが、何も忍たまに混ぜなくても、と思うのはいけませんか。