意地っ張りトラップ
一言で言うと、ちょっと気まずい。そんな微妙な空気が流れる中、羞恥なのか怒りなのかわからないが、頬を薄っすらと紅潮させて、網の中一人の少年が捕まっていた。
空中に吊り下げられて、足元も心もとなく揺れている様はどことなく頼りなく、首を逸らして上を見ながら、この罠ってどう解除するんだったっけ、と一人内心で首を傾げた。
少年は同じい組の子で、確か任暁君とよく一緒にいる少年だ。えーと、名前は黒門君だったと思う。伝七、と呼ばれている光景を思い出しながら、私は罠にかかってしまった黒門君を見上げてぷるぷると震えている彼に声をかけた。
「えっと、大丈夫?黒門君」
「う、うるさい!」
え、声かけただけなのになんか怒られた。反射的なのか知らないが、きゅっと眉を吊り上げて怒った彼に困惑を浮かべると、途端ちょっとしまった、という顔をして彼はむっつりと口を閉じた。またしても微妙な沈黙が横たわる。えーと。
「怪我とか、してないよね?」
「・・・ない」
「そっか。待ってて。今罠解除してみるから」
できるかはわからないけど、まぁチャレンジしてみることはいいことだろう。ぶっきらぼうに返されたそれに、多分照れ隠しだろうなぁ、と思いながら、彼が吊るされている木の根元までいって罠の元を探す。しっかし誰だろうな、こんな罠しかけたの。まぁここらは競合区域だし、どんな罠が仕掛けてあっても(命に別状さえなければ)それは引っかかったほうが悪い、ということになるのだが。一応罠には目印もあるし、何かの拍子に目印がなくなっただとか、わざと置いていない、などということがなければそうかかることはないだろう。
まぁ、上級生クラスともなると彼らぐらいにしかわからない目印、というものもあるらしいので、そんなものは下級生もよく引っかかるが。あと、なんかよく罠にかかる人種とか。
木の根元で罠の解除に四苦八苦しつつ、これ縄切った方が確実に早いよね、と思った。
しかしそれをするともれなく上の黒門君が落っこちてしまうわけで、あの状態でまともな受身は多分取れないだろうし・・・。
幸い高さはそんなにないから落ちた所で問題はないと思うけど、しかし痛い思いをさせるわけにはいかないだろう。というわけで、苦戦しながらも罠の解除に尽力を尽くした。
えーと、ここを引っ張ってー、ここを外してー、そしたらここが動くからー。ん、これであとはゆっくり下ろせば問題ないかな。
「黒門くーん。今から下ろすからねー」
「・・・本当に大丈夫か?」
「多分」
自信はない。曖昧な返事を返すと、網の中で黒門君が大丈夫かおい、とばかりに不信の眼差しを向けてきた。・・・大丈夫!確証はないけど大丈夫だから!へら、と笑って誤魔化しながら、よいしょ、と一音低い声を出してずるずると縄を緩めていく。そうすると、徐々に黒門君の入った網が下がっていくのだが、これ腕の負荷が結構すごいわ・・・。
まぁ縄が木の枝を通って網を吊り下げているので、耐えられないほどではないけれど。
ゆっくりと黒門君を下ろしながら、最後にどさ、と地面に落ちる音がしてほっと肩の力を抜いた。縄から手を離して駆けつければ、緩んだ網の口を広げて出ようとしている黒門君の姿が見える。
「大丈夫?」
「あぁ、平気だ」
網から脱出するのを手助けしながら問いかければ、ようやく窮屈な中から抜け出せた黒門君はほっと息を吐いて頷いた。中身がなくなって地面に虚しく広がった網をどうしようかな、などと考えているとぱたぱたと装束についたものを払い落としてた黒門君はふと顔をあげた。
「・・・お、おい!」
「うん?」
地面にどことなく哀愁と漂わせながら広がっている縄を回収しつつ、これ用具に持っていけばいいのかなぁ、とのんびり考えていた私は、気張ったようにかけられた声に緩慢に振り向いて首を傾げた。
黒門君って眼力強いよねぇ、と真っ直ぐに向けられる目にそんなことを思う。
「別に、僕は一人でもこんな罠ぐらい抜けられたんだからな!それにいつもこんなのにかかってるわけじゃない。そこの所勘違いするなよ!」
「あぁ、うん」
わたわたと早口に言われて正直所々何言ってるのかわからない部分もあったのだけど、とりあえず「僕の実力はこんなもんじゃない!」と言いたいらしく、適当に頷いておく。
要するに、罠にかかった上にそれを私に助けられたことが恥ずかしいのだ、この少年は。十歳児とはいえ男のプライドもあるだろうし、い組の子達は他の組の子よりも優秀なのだと自負しているので、余計に癪に障るのだろう。微笑ましいことである。
僕は優秀なんだからな、今回は偶々引っかかってしまっただけで、といい重ねるのをうんうんと聞きながら縄の回収の手を止めていると、黒門君は言いたいことを言い終えたのか、はたまた言う内容が尽きたのか、若干呼吸を乱しながら口を閉ざした。
途切れたのを見計らって、縄の回収の続きを始める。ずるずるずる、と腕に巻き込むようにして縄を引き上げつつ、口を開いた。
「別に誰にも言いふらさないからそんなに心配しなくてもいいよ?実際黒門君ならあれぐらい自力で脱出できたと思うし」
小しころか棒手裏剣で縄を切ってしまえば脱出することはそう難しくないだろう、あの程度の仕掛けなら。まぁもしも手元にそれらがなければ結局誰かに頼るしかないわけなんだが、黒門君がそれらを持っていないとは考えにくい。彼らは確かに事あるごとに自分達は優秀だと言っているが、実際にその通りの成績を残しているのだ。それぐらい仕込んでいたって可笑しくない。
大抵体のどこかにそれらは仕込まれているものだし・・・。私だって、手首の下に棒手裏剣と小しころを仕込んでいる。
これは防具にもなるし、いざという時に役立つ、からだそうだ。シナ先生曰く。忍者の必須道具ということなんだろう。よもや私が仕込み武器なんてものを身につけることになるとは考えてなかったけどね!巻き終えた縄を抱えて用具倉庫に持っていけばいいのかなぁ、と思案すると、黙り込んでしまった黒門君を横目に捕らえる。・・・えっと?
「どうしたの、黒門君」
「べ、別に!」
呆けたように目を丸くしていた黒門君に首を傾げれば、はっと我に返ったかのように意識を取り戻して勢いよく顔を背ける。その姿に照れ隠しのようだ、と思いながら横を向いた彼のふくふくとした子供特有の丸みのあるほっぺたの赤い痕に、おや、と眉を跳ね上げた。
「黒門君」
「なんだよ?」
「ほっぺた、擦ってるよ。あとで保健室行っておいでね」
つん、と自分の頬を突いてここ、を教えながら目を細めれば、彼は自分の頬を指先で辿って眉を潜めた。ちょっと痛かったのかもしれない。恐らく、罠にかかったときに縄が擦れてできた傷なのだろう。大したことはなさそうだからすぐ消えるだろうけど。
それだけを教えて、さぁ用具倉庫に行こう、と縄を抱えてじゃ、と踵を返す。用具主任の吉野先生に渡せばいいかなぁ。考えながら背中を向けると、後ろから慌てた様子で声がかけられた。
「ちょ、ま、待てよ!」
「なに?」
「あ、う、・・・どこ、行くつもりだ?」
「用具倉庫に縄を片付けに」
だって放置もどうかと思うし。後片付けはやっぱり大事かなぁと。しどろもどろに問いかける黒門君に答えれば、彼はちら、と私が抱える縄に目をやって、それからふん、と鼻を鳴らすとずかずかと近寄ってきた。なんだ?首を捻れば、正面に立った彼が私の腕から縄を勢いよく奪い取る。驚いてうわ、と声をあげれば、そっぽをむいてずんずんと黒門君は私の前を歩いた。
「助けてもらったのは事実だからな。僕も手伝ってやるよ」
「あ」
「いいか、これは借りを作りたくないからだからな。勘違いするなよ」
「あぁ、うん。・・ありがとう、黒門君」
「だ、だから!別に親切心じゃないからなっ」
そう一声張り上げて、顔を赤くすると先先行ってしまう彼の背中を見つめて私はおやまぁ、と目を丸くした。・・・ツンデレ少年だよツンデレ。子供がすると初々しくて可愛いね!
あぁなんて微笑ましい。うっかり顔を綻ばせながら、先を行く黒門君のあとを追いかけるように小走りに駆けて横に並んだ。ちらり、と横目で見られた気配があったが、目を向ければすぐにふいっとそらされてしまう。むすりとした仏頂面が子供らしくて可愛らしい。
くすくす、と声を殺して忍び笑うと、黒門君は聞きとがめたように勢いよくこちらを振り向き、笑うな!と大声をあげた。その顔がまた恥ずかしさを押し殺したように赤かったので、一層笑みが零れてしまったのは、まぁ仕方ないというものだろう。