お団子シンフォニー



 一言でいうなら、この毒団子どうしよう、である。笹の葉に包まれた白い団子を両手に抱えて、途方に暮れたように教室の隅っこで肩を落とした。
 今日はい組の授業ではなくくの一の授業として、毒について勉強したのだ。なんという恐ろしいこと勉強するのかとも思うが、誤解するなかれ。山とか森とかそういう身近な毒を判別できることはこの時代に生きていく上で地味に重要な知識である。
 有毒植物や動物の見分け方はこのちょっと歩けば大自然を実践している場所にとってとても有益な情報である。もしものことがあっても、知っていれば毒を食らわずにすむのだから。逆に毒を知っていることで解毒の方法もわかるのだし、何も相手に盛ることが前提ではないだ。所謂基礎知識ってやつである。まぁしかし、それはあくまで基礎知識で、ここが忍者の学校である以上、それを利用する術も学ぶのはなんとも言い難いものがあるのだが。
 今回は学んだ毒のいずれかを用いて誰か引っ掛けてこい☆という課題である。毒はさすがに致死のものではないが、指先が痺れたりだとかお腹を下したりだとか眠くなったりだとか、効能は好きに選べとのことである。勿論お団子に混ぜてどれだけ違和感のないものにできるかとか、そういう技術も問われているわけで。そこで下剤は可哀想すぎるので効能は眠り薬をチョイスしてみた。これならそう害はあるまい。薬盛る時点で害がありまくりだって?文句は学園に言ってくれ。生徒は出された課題をこなすしか術はないのである。

「とはいったものの・・・誰に食べさせれば良いのやら」

 だって、眠り薬とはいえ毒は毒である。わかっていて食べさせるのはいささか良心が咎めるところであり、そもそも誰にあげればいいのさ?というところに躓くわけで。
 いきなり見知らぬ人物に接触をはかるなんて私はちょっと苦手だし、かといって知り合いにあげるには知り合いなだけに更に良心がチクチクと痛む。ていうか私の知り合いなど一年生かそこらがせいぜいだ。精神年齢的にずっと年下の子供たちにこんな目に合わせるのは・・うん、ちょっとそれは。しかしそうすると私は課題をこなせないわけで、そうなると評価が悪くなるわけで。つまり成績に響くのである。それも困りものだ。
 ていうかこんなこと考えている時点で私にくの一、ひいては忍びの適正ゼロだな、と入学する前からわかっていたことだったがしみじみと感じ入ってどうしようかなぁー、と答えの出ない袋小路に溜息を零した。
 先輩たちなら迷わず笑顔で毒入り団子を差し出すとか無理矢理口に突っ込むとかするのだろうに・・・あのときのキラキラと充実感に溢れた先輩方の楽しげな顔が忘れられない。
 多分あれだ。一度やっちゃうと病みつきになっちゃう☆とかそんな感じだ。恐れおののく忍たまの反応が楽しすぎてしょうがないんだろうなぁ、と嬉々として忍たまいびりに走る先輩方を思い浮かべつつ、お団子を抱えて項垂れると、背後からおい、とつっけんどんな声がかけられた。

「そんな隅っこで何やってるんだよ」
「お前、そんなことしてるとろ組みたいだぞ」
「・・・黒門君、任暁君、と・・・上ノ島君と彦四郎君」

 聞こえた声は二人だけだったが、振り返って確認してみれば見慣れた四人が怪訝な顔をして立っている。眉間に寄った皺に、ろ組みたいって、とぼやきつつへらりと表情を崩して団子を隠すように両手で包んだ。

「何か悩み事?」
「授業でわからないところでもあったのか?」

 そういってちょっと心配そうに顔を覗きこむ上ノ島君と彦四郎君にそういうわけじゃないんだけど、と言葉を濁し、視点を合わせるようによいしょ、と立ち上がる。
 ほぼ同じぐらいの高さになったところで、じゃぁなにやってたの?と問われるのは当たり前の流れだった。それに答えあぐねるように淡く笑みを浮かべて首を傾げる。

「や、まぁ、お気になさらず」
「教室の隅っこで丸まってたら誰でも気になるだろ」

 ズバッと中々遠慮なく突っ込まれて、うっと反論に窮すると、目敏くも彦四郎君が眉をぴくりと動かした。子供って、突っ込んで欲しくないところも結構ずばずば突っ込んでくるよね・・・。

、それなに?」
「え、あ、これは・・・」
「お団子だよね、それ。貰ったの?」

 きらっと子供らしく甘味に反応を示して俄かに表情を明るくさせた上ノ島君に、いや貰ったっていうか、ともごもごと口の中で言いながら、向けられる四対の目にひくりと頬を引き攣らせた。・・・まずい。これ確実にお団子食べたいって思ってる目だ。子供だものね、お菓子とか食べたいよね。うん。わかるだけにマジどうしよう・・・!物欲しげな視線に気圧されながら、お団子と四人を見比べ、うわぁ、と頭を抱えそうになった。いや、私もね。普通のお団子なら普通にあげるんだけどね。別にあげ惜しみしてるわけじゃないんだよ、ただあげるわけにはいかない事情というものがあって・・・!いや、ここであげれば課題はクリアできるわけなのだが、仲良くなった子にそんな可哀想な目にあわせるのもいかがなものかと思うわけで!でもあげなければあげないだけ私がケチな子みたいだし。それはそれで関係に皹が入りそうな・・・あぁもうどうしろと!?

?」
「・・・ごめん、皆。これ、くの一教室の課題だから、あんまり食べないほうがいい」

 シナ先生ごめんなさい。私には無垢な子供を騙して毒盛るようなことはできませんでした・・・!洗いざらい、というわけでもないが、しかしそれでも関係を悪化させないためには正直に話す以外に術はなく、困ったように笑いながら告げると、丸く目を見開いて上ノ島君はえ、と口を半開きにした。

「・・・課題?」
「うん。課題」
「毒入り、なのか?」
「毒っていっても眠り薬だから、痛みとかはないよ」
「それ、僕たちに言ってもいいのか?」
「本当は駄目だろうけど・・・まぁ、友達に毒盛るわけにも」

 止むを得ない場合はともかく、どうせ盛るなら知り合い以上友人未満か、本当に全く見知らぬ相手に盛ったほうがまだ精神的に楽だ。恨み買うのは怖いけれど、ほら、こういうのここじゃ常識みたいだし、むしろ騙されるほうが悪いとかそんな感じだし、許されるかなぁとかね。思ったりね、しているわけで。へらりと表情を崩してだからあげられないんだ、ごめんね、と申し訳なく眉を下げると、むっと眉を寄せて黒門君が口を開いた。

「じゃぁお前、それどうするつもりだよ」
「ん?適当な人見繕ってあげる努力をするよ」
「適当な人がいなかったら?」
「その場合は、残念ながら課題失敗だろうねぇ」

 まぁそれもやぶさかではない。特に気にした風でもなく、なるようになるさ、とばかりにあっけらかんと言うと、それが気に食わないのかなんなのか、任暁君がそんなことでどうする!と声を荒げた。

「課題なんだぞ、それ。もっと真面目に取り組まなくてどうするんだよ!」
「そうだよ。それに失敗したらの成績にも響くよ」
「まぁ自分の成績だし、他で取り戻せば・・・」
「そんな考えがいけないんだ!あぁもう、それよこせ!」

 落第は嫌だが、しかし卒業するつもりも実はないのでやけに真剣に(皆真面目な良い子である)お説教をする彼らに囲まれ、苦しくも言い訳(いや別に言い訳のつもりでは)を口にすると、埒があかない、とばかりに引っ手繰るようにお団子が任暁君の手に渡る。あっと声をあげて取り返そうと手を伸ばすが、ひょいっと遠ざけられて私は困ったように眉を八の字にして上目に彼を見やった。

「任暁君、それ返してくれないと課題が・・・」
「そんなこといって、どうせやる気ないんだろ」
「やる気がないわけではないよ、ただ失敗もしょうがないかなというだけで」

 正確に言うと、気が進まないだけだ。誰がわざわざ毒入りのものを他人に食べさせたいと思うか。いやくの一の先輩嬉々としてやってるんだけど、私にはそんな悪戯心はない。
 しかし言えば言うほど、どうも彼等にとっては不満のようだ。エリート意識の高い彼等に、この私の考えは受け入れがたいことなのかもしれない。別にさぼるわけではないんだけどなぁ、と頬を掻くと、彦四郎君がお団子の串を一本持ち、それからしょうがないなぁ、と腰に手を当てた。

はくの一に向かないよ」
「自覚はしてますが」
「よくそれでこの学園にきたな・・あ、行儀見習いか」
「うん、まぁ。で、お団子・・・」
「見た目は美味しそうだよね。は組辺りなら騙されるんじゃない?アホのは組だし」
「あぁ、あいつらアホだし学習能力ないもんな」
「丁度いい、あの三人組にでも渡しちゃえばいいよ」
「ちょ、皆さん?」

 え、なにその生贄ルート決定、みたいな行動力。むしろ楽しそうだね皆さん。そして物騒だよとても。さすがに十歳児を生贄するのは、と躊躇していると、彼等は適当にその辺に置いておけばしんべヱ辺りが食べるだろう、とか話している。どうやら彼等の中では組の例の三人組が犠牲になることは決定のようだけれども、皆さんそれ私の課題・・・。ぼそりと呟くと、ふん、と小馬鹿にしたように、黒門君が鼻で笑った。

「どうせに任せても失敗しそうだからな。いいか、これはい組のためでもあるんだからな」
「はい?」
「くの一とはいえ、お前ももうい組にいるんだ。い組は優秀だからな、落ち零れなんて出さないし、出させない」
「補習はは組の専売特許なんだから、い組から赤点なんて恥ずかしくて出せないよ」
「まぁ万が一失敗しそうだったら、僕達が食べてあげる」

 そうにっこりと笑う上ノ島君に、ぎょっとしながらも目を丸くして瞬きを繰り返す。
 は組散々な言われようだなぁ・・・。まぁ仕方ないぐらいの補習の回数だとは知っているのでフォローも中々難しいわけですが。私はポカンとそういってじょろじょろと教室の外に出ようとする彼等の背中を見つめ、つまり、と小首を傾げた。

「協力してくれるわけだ?」

 ツンツンとした言い方ではあったけれど、要するに仲間内の面倒は見てあげようという心優しいお話であるわけで。なんともこまっしゃくれた言い方ではあったけれども、なんというか、うん。友達思いの良い子達である。胸の内がほっこりとしながら、これは、と首を傾げた。

「真面目に取り組まないと罰当たりだな」

 いや真面目に取り組んでなかったわけではないのだけれども、うん。小さい子に手を煩わせているのだから、仕掛けぐらいは自分でするべきだろう。そう思い、いささか離れてしまった彼等の背中を追うように駆け出した。
 ・・・今回、ターゲットになってしまった子供達には心底悪いとは思うけれども。彼等の好意を無碍にできるはずもない、と水色井桁の装束の背中を、トトトト、と小走りに追いかけた。